フィナンシャル・レビュー
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国際通貨としてのユーロの過去・現在・将来
―コロナ禍,ロシアによるウクライナ侵攻を超えて―
伊藤 さゆり
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2023 年 153 巻 p. 148-177

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抄録

 ユーロは,1999年の導入当初から現在に至るまで,ドルに次ぐ国際通貨としての地位を維持してきた。

 ユーロの最大の特徴は,財政主権と通貨主権のミスマッチにあり,ユーロの基盤である欧州の統合は,深化と地域的な拡大による変化の余地を残す。過去の危機は統合の推進力となってきた。EUと加盟国は,コロナ禍では,ユーロ危機を教訓に,財政出動のための枠組みを整備,「復興基金」創設を実現した。ECBはユーロ危機では債務危機の連鎖に歯止めを掛け,コロナ禍では,財政出動を支える役割を果たした。ユーロ導入国は発足当初の11ヶ国から20ヶ国に拡大,2018年以降,国際通貨としての役割の強化が重視されるようになった。

 ユーロは,現在,ロシアによるウクライナ侵攻という安全保障の危機と,これに伴なうエネルギー危機に直面している。ユーロは,対ロシア制裁の手段の1つとして活用された。ロシアとの関係が,相互依存から対立に転じたことは,国際通貨としての役割の強化の追い風とはならない。

 現在の危機は,ユーロの持続可能性への不安に発展するリスクともなり得るし,統合の深化と拡大を促す契機ともなり得る。政策面では,防衛力拡充,エネルギー安全保障,経済安全保障が優先課題となったが,コロナ対応のように共通財源を大幅に強化しようという機運は乏しい。エネルギー危機対策では政治的な対立が先鋭化するリスクがある。

 ECBは,過去の危機対応とは異なり,主要な目的である「中期的な物価の安定」のために金融政策の正常化を急ぎ,さらに引き締めに動いている。現在のECBは,利回り格差が拡大する「分断化」に対処するツールも備えるが,エネルギー危機という非対称的ショックに果たせる役割には限界があり,政治レベルでの協調的な取り組みが必要である。

 先行きについては,近い将来の,ウクライナのEU加盟,ユーロ導入を見通すことは難しいが,EUとユーロはウクライナの復興で重要な役割を果たすことになるだろう。デジタル・ユーロへの取り組みが示すとおり,ユーロの役割を高めることで,戦略的自立を追求する方針も維持されている。

 今後も,ユーロを守るために必要な政治合意が積み重ねられ,ユーロは「欧州の基軸通貨」の様相を強めて行くだろう。他方,グローバル化の後退で,欧州を超えたユーロの国際的な役割の拡大は制約されよう。

 分断を深める世界にあっても,ユーロはドルに次ぎ,人民元を上回る国際通貨として踏みとどまるが,人民元との差は着実に縮まって行くと思われる。

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© 2023 本論文著者
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