抄録
これまでのニホンザルにおける子どもの社会関係の研究は、子どもと母親との関係や子ども同士の関係についての研究に偏っており、子どもと母親以外のオトナとの関係に焦点を当てた研究は少なかった。しかし、子どもは群れという集団の中で生活しており、母親以外のオトナとも何らかの関わりをもっている。子どもの社会関係の全体像を捉えるためには、母親以外のオトナとの関係についても調べることが不可欠と考えられる。本研究では、特に子どもとオトナオスとの関係に着目して、定量的な研究を行った。観察方法は個体追跡法を用い、生後11ヶ月から16ヶ月までの子どもを観察した。オトナとの近接頻度と、オトナオスとの接近と離脱を調べた結果、子どもはオトナメスよりもオトナオスと有意に多く近接しており、その近接は子どもからの働きかけによることが分かった。これまでの子どもとオトナオスとの社会関係に関する研究は、オトナオスの利益に焦点が当てられてきたが、子どもからオトナオスに近寄っていくのならば、「オトナオスとの近接」は子どもにとって有利な効果があるのではないかと考えられる。そこで、子どもにとって有効な効果の一つとして、子どもが受ける攻撃との関係を調べた。その結果、オトナオスとの近接時間の多い子どもほど、攻撃を受ける頻度が低いことと、子どもがオトナオスと近接している時は、近接していない時に比べ、オトナメスや他の子どもから攻撃を受ける頻度が低いことがわかった。つまり、オトナオスとの近接によって、子どもは近接しているオトナオス以外の個体からの攻撃を回避できる、という可能性が示された。さらに、子どもは順位の高いオトナオスと近接する傾向があるが、攻撃頻度が高く自分が攻撃されやすい状況では、オトナオスへの接近を避けるなど、状況によって柔軟に近接の仕方を変えていることが明らかになった。