霊長類研究 Supplement
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第40回日本霊長類学会大会公開シンポジウム
  • 原稿種別: 第40回日本霊長類学会公開シンポジウム
    p. 11
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    日時:2024年7月14日(日)13:30~16:30
    会場:東京エレクトロンホール宮城 6階 大会議室(A会場601)

    日本霊長類学会の会員は、実験室・野外をフィールドに、基礎から応用まで、霊長類を対象とした多面的な研究を行っている。70余年にわたる継続研究の成果には、世界にインパクトを与えた発見も少なくない。しかし、研究分野の細分化や研究予算の「選択と集中」の流れで、長期調査を取り巻く環境は厳しさを増しており、霊長類研究の現場でも多分に漏れず体制の維持と人材の確保が急務となっている。一昨年度に、日本学術会議が学術の中長期研究戦略の取りまとめに着手するなど、わが国の科学研究の将来をみすえた対策がようやく始まったが、科学研究の維持・発展には、公的な支援だけでなく、研究活動に対する一般市民の理解と支援、そして次世代の研究を担う若者への働きかけが不可欠であろう。第40回の日本霊長類学会大会は、野生ニホンザルの長期調査地のひとつ、金華山島を擁する宮城県で開催される。そこで「長期継続研究」をキーワードに、各分野の研究のこれまでの成果を市民に紹介し、研究対象としての霊長類の魅力を知ってもらいたい。

    プログラム
    司会 辻大和(石巻専修大学)
    講演1 ニホンザルの社会と生態:長期調査から見えてくる世界
    川添達朗(NPO法人里地里山問題研究所
    /東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所) コメント:中道正之(大阪大学)
    講演2 国際共創による霊長類脳イメージングの新たな地平
    酒井朋子(慶應義塾大学医学部)
    コメント:山下晶子(日本大学)
    講演3 長期保存される博物館の標本
    伊藤毅(京都大学総合博物館)
    コメント:西村剛(京都大学・ヒト行動進化研究センター)
    講演4 個々の暮らし、此処だけでないところで見守る
    橋本(須田)直子(京都大学 ヒト行動進化研究センター 技術部)
    コメント:山梨裕美(京都市動物園)

    主催:一般社団法人日本霊長類学会
    後援:宮城県教育委員会・仙台市教育委員会
    協賛:公益財団法人 仙台観光国際協会
自由集会
  • 原稿種別: 自由集会1
    p. 12
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    日時:2024年7月12日(金)13:30~15:00
    場所:トークネットホール仙台 第4会議室(A会場)

     霊長類の野外調査は、しばしば森林の奥深くまで対象動物を追跡して資料を収集し、通信状態が悪く、アクセスに時間のかかる遠隔地で行うことも多い。そのため、ほかの生物の調査に比べて、事故のリスクが高いことは否めない。実際、日本人による霊長類の野外調査が開始されてからの70数年間に、死亡事故を含む重大な事故が複数発生している。霊長類の野外調査を志すひとりひとりの研究者のかけがえのない命を守ることは、霊長類学が今後も存続するために、絶対に必要な条件である。日本霊長類学会では、2024年1月に野外調査安全管理タスクフォースを発足させ、野外調査中の安全管理についての検討を開始した。安全に野外調査を実施する体制を整備するためには、まず、それぞれの調査地や研究機関が、現状での安全管理体制、安全についての教育訓練の内容、また実際に事故が発生したときの対応について、お互いに情報共有して学びあうことが必要である。今回の自由集会では、調査地・所属機関が異なる4人の野外研究者が、それぞれの安全管理について紹介する。また、全会員を対象として実施を検討しているアンケート調査についても紹介する。本集会での会員の皆さんとの議論を通じて、日本霊長類学会として、今後、どのような取り組みをすべきかの方向性を確立したい。

    登壇予定者:
    勝 野吏子(大阪大学人間科学部)
    豊田 有(日本モンキーセンター)
    半谷 吾郎(京都大学生態学研究センター)
    松本 卓也(信州大学理学部)

    責任者:半谷 吾郎(日本霊長類学会野外調査安全管理タスクフォース)
  • 原稿種別: 自由集会
    p. 13
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    日時:2024年7月12日(金)15:30~17:00
    場所:トークネットホール仙台 第4会議室(A会場)

    日本霊長類学会は、霊長類に関する研究及び教育を推進するとともに、霊長類の保全並びに福祉の向上に努める活動も実施してきた。人類のさまざまな活動が環境に与える影響についてより関心が高まる現代において、霊長類の保全や福祉向上のための活動は一層重要となる。学術的観点を基盤に、それぞれの課題をとらえなおすことや、その解決策を考えることは、学会が社会に貢献するひとつのあり方であろう。2022年に学会員を対象としたアンケートでも、霊長類に関わる社会問題を扱うことについての関心の高さがうかがえた。しかし、霊長類にかかわる社会問題は多数ある一方、限られたマンパワーの中で学術団体として貢献していくためには情報を整理しながら戦略を検討していく必要がある。そこで今回、霊長類学会の保全・福祉委員会の活動について4名の話題提供をもとに過去の取組及びその社会への影響について振り返り、今後の活動について考えたい。また、参加者から霊長類に関する社会問題について最新の情報を収集する機会としたい。

    話題提供:
    山田 一憲(大阪大学)
    ニホンザルの保護に関する取組
    今野 文治(東北野生動物保護管理センター)
    福島第一原子力発電所事故における避難指示区域の群れのモニタリングと 分布拡大への取組
    山海 直(医薬基盤・健康・栄養研究所)
    実験動物分野での取組
    ―結核蔓延対策、コロナ禍での研究経験を例として―
    山梨 裕美(京都市動物園)
    霊長類の福祉及び違法ペット取引に関する取組
    コメンテーター:江成 広斗(山形大学)、橋本 直子(京都大学)
    進行:勝 野吏子(大阪大学)

    責任者:山梨裕美(京都市動物園)、勝野吏子(大阪大)、林美里(中部学院大)
  • 原稿種別: 自由集会
    p. 14
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    日時:2024年7月12日(金)15:30~17:00
    場所:トークネットホール仙台 第5会議室(B会場)

    近年、仮想空間上で多数の人々がアバターを用いて交流し、社会経済活動を営む「メタバース」が注目を集めている。ビジネスの分野では、非代替性トークン(NFT)や仮想空間上の「土地」をめぐる経済性がメタバースの主な話題であり、一方で情報科学の分野では、メタバースでのリアルな生活を可能にする、VRゴーグル技術や動作トラッキング技術、アバター技術などが脚光を浴びる。しかし本集会では、霊長類学の視点から、「メタバースがヒトの心理や社会に与えうる影響」について考えてみたい。
    メタバースで日常的に生活し、「ソーシャルVRライフスタイル調査(https://note.com/nemchan_nel/n/n167e77d78711)」を共同実施している2名を迎え、霊長類の心理や社会を専門とする会員とともに、この新しい社会空間が、わたしたちの社会にどのような長期的変化をもたらしうるのか、そして、学会が目指す総合霊長類学はメタバースを視野に入れることで、いかに新たな研究の着想を生みだせるのか、会場の皆さんを交えて議論を深めたい。

    本郷 峻
    趣旨説明
    バーチャル美少女ねむ
    メタバース生活の紹介とコミュニケーションや感覚に与える影響
    上野 将敬
    メタバースから霊長類の「毛づくろい」を考える
    Liudmila Bredikhina
    日本のデジタル空間におけるジェンダー多様性:男性バーチャル美少女 コミュニティへの民族誌的研究からの洞察
    徳山 奈帆子
    ボノボ社会とメタバースにおけるジェンダー

    責任者:本郷 峻(地球研/京都大・白眉)
口頭発表
  • 三谷 友翼, 大井 徹
    原稿種別: 口頭発表
    p. 28
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    深刻化するニホンザルの農作物被害に対して、群れ単位での対策が実施されてきた。近年では、群れだけでなく、個体に着目した対策も考案されているが、群れの中で加害にどの程度の個体差があるか、どのような個体が激しく加害しているか検討した事例はない。そこで本研究では、個性及び身体的特性(性、繁殖状態)の個体差が農地での採食行動にどのように影響するか明らかにし、栄養要求と捕食者の影響という観点から考察すると共に、被害対策への応用の可能性について検討した。2022年、2023年の6月~12月にかけて石川県白山市に生息する加害群1群を対象に調査を行った。まず、6月~9月にかけて、逃走開始距離(捕食者の接近に対して逃走を開始する時の距離)を測定し、個体毎に大胆さ(個性)を評価した。次に、9月~12月にかけて農地で行動を観察し、農地への出没時に先頭になった個体を記録すると共に、フォーカルアニマルサンプリングにより対象個体の農地での滞在時間、採食時間、警戒行動、最も林縁から離れた距離(以下、出没距離)を記録した。逃走開始距離の反復率(全分散のうち個体間分散の占める割合)を算出した結果、個体間分散が全分散よりも十分大きく、一貫した個体差が認められた(反復率 平均値±SE:0.56±0.084、p< 0.001)。したがって、逃走開始距離で見られた個体差を個性と呼んで差し支えないと考えられた。さらに、個性、身体的特性と農地での行動との関係を一般化線形モデル、一般化線形混合モデルにより検討したところ、個性の影響も認められたが、雌雄差と、メスについてはアカンボウを持っているかどうかの影響のほうが大きかった。 今後、個性が実際の加害とどのように関連するか検討が必要である。
  • 清家 多慧
    原稿種別: 口頭発表
    p. 29
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    アカオザル(Cercopithecus ascanius)は母系の単雄複雌群を形成する樹上性オナガザル属の1種である。オナガザル属の仲間は似た社会構造を持ち、単雄群であることもあってオス同士は敵対的であると言われている。また、ハレムオスは社会的に周辺化しており、メスや未成熟個体との近接も少ないことが分かっている。ハレムオスと移出前のオスの関係もこの延長上にあり、例えばブルーモンキー(C. mitis)では群れ内の未成熟オスはハレムオスを避けることが知られている。しかし、タンザニアのマハレ山塊国立公園に生息するアカオザルではやや異なる関係がみられた。本発表では、近接データを用いてハレムオスとワカモノオスが親和的な関係を築いていることを示す。 2022年10月~2023年3月にアカオザル1群の観察を行った。オトナオス1頭、オトナメス6頭、ワカモノ(5歳以上)4頭の計11頭を対象に個体追跡を行い、5m以内の近接個体を記録した。なおこの群れのワカモノはすべてオスであった。各ダイアッドで追跡時間に占める近接時間割合を算出し、親和的関係の指標とした。社会ネットワーク分析で固有ベクトル中心性を算出し、近接ネットワークで中心的な位置を占める個体を調べた。 結果、オトナオスの中心性が最も高く、群れの中心的な個体となっていることがわかった。中でもオトナオスと特定のワカモノオスの近接が特に多かった。このワカモノオスは移出間近と考えられる推定7~8歳の個体であり、オトナオスとは血縁がない可能性が高い。他のワカモノオス3頭は推定5~6歳で、同様にオトナオスとの血縁関係はないと考えられるが、この3頭もメスや同年代のワカモノオスと同程度の割合でオトナオスと近接していた。オナガザル属でこのような親和的なオス間関係が見られることは珍しい。なぜマハレでオス間の近接が多いのか、考えうる要因についても検討する。
  • 金原 蓮太朗, 角田 史也, 香田 啓貴, 松田 一希, 半谷 吾郎
    原稿種別: 口頭発表
    p. 30
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    音声は森林のような視覚的に乏しい環境に生息する霊長類において、有効なコミュニケーション方法である。音声コミュニケーションから社会関係を分析するためには、音声からの個体識別が重要である。なぜなら、誰と誰がコミュニケーションしたかや、誰の音声に対して反応したかなどの社会行動の分析が必要だからである。しかし、音声から個体識別をするという課題は、半世紀以上前から取り組まれているが、困難がともなっていた。従来の音響分析手法は、ピッチやフォルマントといった形態的に変異が予想できる音響特徴に着目して音響分析をしたのち、主成分分析などの古典的な次元削減方法と多変量解析を組み合わせることで識別性能を評価してきた。しかし、使用している音響特徴の選択の恣意性(分析者が恣意的に特徴選択を繰り返す問題)や、次元削減方法の妥当性には疑問が残り、汎用性も低いままであった。そこで本研究では、屋久島のニホンザルのオトナメスのクーコールから個体識別を行うことを目的とした。特に、ピッチの計測や共鳴周波数の計測など特定の音響特徴計測をせず、より汎用的な形で分類評価までできる方法について予備的に分析した。具体的には、先行研究(Thomas et al. 2022)の方法を参考に、音声波形から最初に得られるスペクトラム情報を音響特徴として抽出し、ピッチ計測などの一般的によく用いられる音響特徴は計測しなかった。その後、近年開発された次元削減方法であるUMAPを用いて3次元空間に音響特徴を埋め込み、個体ごとに分類できるかどうかを確認した。その結果、比較的高精度度に各個体の音声を識別できることが示された。これは、今回の手法が音響的特徴を探索する労力を軽減しつつ個体識別を行う上で有効であることを示唆している。事前に多くの音声を得ることができれば、少ない労力で群れの中の個体の発声者特定が、以前より容易になることが期待できた。
  • 豊田 直人, 中務 真人, 國松 豊, 西村 剛
    原稿種別: 口頭発表
    p. 31
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    ロリス類とガラゴ類は系統的に近縁なグループであるものの、ロコモーションを中心とした生態的な特徴に顕著な相違がみられる。ロリス類は緩慢な樹上性四足歩行を示し、発達した嗅覚を採餌で活用することで特徴づけられる一方で、ガラゴ類は俊敏な跳躍で樹間を移動し、獲物を捕らえる際には発達した聴覚が重要な役割を果たす。本研究では、前期中新統(約1800万年前)から産出した化石ロリス類Mioeuoticus shipmani (KNM-RU 2052)の生態的特徴の推定を試みることで、約3800万年前に分岐したロリス類とガラゴ類との間にみられる生態上の相違がどのような進化の過程によって生じたのかを明らかにすることを目的とする。生態学的特徴を推定する際には、脳エンドキャスト形態に注目した。脳は多様な感覚器・運動器を統合する場であるため、化石種からも取得できる脳エンドキャスト形態は生態学的特徴を推定するうえで有用である。脳エンドキャストの表面上に計測点をとり、座標データとして定量化した。それら座標データを主成分分析にかけ、グループごとの特徴を示した。その結果、現生ロリス類は嗅覚や視覚を担う脳部位が発達していることに対して、現生ガラゴ類は運動機能や聴覚を担う脳部位が発達しており、それぞれの生態学的特徴に対応した形態を示した。M. shipmaniを解析した結果、以上にみられたガラゴ類的な特徴とロリス類的な特徴との両方を脳部位ごとにモザイク状に有することが明らかとなった。以上の結果から、ロリス類とガラゴ類の初期の進化には現生種でみられるような生態学的特徴の明瞭な相違はなく、様々な特徴の組み合わせを有する多様な種が存在していたことが示唆された。その後、中新世にかけてアフロ・アジア大陸で多様化した他の霊長類との競合のなかで選択的な絶滅が生じ、その帰結として現在みられる顕著な相違が成立したと考えられる。
  • 八神未 千弘, 西村 剛
    原稿種別: 口頭発表
    p. 32
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    テナガザル科は,東南アジアを中心に分布する類人猿の1グループである.テナガザル科には「歌」と呼ばれる,大きく高いピッチの音声を大きく変化させる音声表現がみられる.音声のピッチは,音源をつくる声帯の振動によって決まる.テナガザル科では,声帯を伸長してピッチを調整する内喉頭筋群に,他の霊長類とは異なる特徴がみられると期待される.本研究では,テナガザル科4属を含む霊長類10種の摘出喉頭標本を,マイクロMRIまたはマイクロCTで撮像し,その高精細画像を用いて喉頭軟骨と内喉頭筋の3Dモデルを構築して,形態比較を行った.その結果,輪状甲状筋(CT)と後輪状披裂筋(PCA)に大きな差異がみられた.CTは,輪状軟骨と甲状軟骨をつなぎ,その収縮により甲状軟骨が前方へ傾くことで声帯が伸長する.テナガザルでは,甲状軟骨の下縁および,側板の内外側面や下角の内側面にかけて広く停止していた.一方,他の霊長類のCTは,甲状軟骨の下縁および甲状軟骨下角の内側面に停止しており,ヒトと同様であった.つまり,テナガザルのCTは,他の霊長類よりも非常に長い.PCAは,輪状軟骨と披裂軟骨をつなぎ,その収縮により,披裂軟骨および声帯は後方に引かれる.テナガザルでは,PCAが肥厚し,後方から見ると左右の披裂軟骨間をつなぐ披裂間筋を覆い隠すほどであった.一方,他の霊長類では,ヒトと同様に,PCAの肥厚はなかった.テナガザルにみられたこれらの派生的特徴は,ピッチを大きく変化させるのに適応的であると考えられる.つまり,テナガザルでは,他の霊長類に比べて,長いCTの収縮により,声帯をより長く伸長させることができる.さらに,肥厚したPCAは,CT収縮で前方に引かれる声帯を後方へと力強く固定すると考えられる.以上より,テナガザル科の内喉頭筋群の形態学的特徴は,音声のピッチ変動をともなうソングに適応して進化したと考えられる.
  • 櫻屋 透真, 江村 健児, 平崎 鋭矢, 薗村 貴弘, 荒川 高光
    原稿種別: 口頭発表
    p. 33
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    霊長類の足趾の屈曲を担う脛側趾屈筋(ヒト:長趾屈筋)、腓側趾屈筋(ヒト:長母趾屈筋)、短趾屈筋は、種によって筋腱構造や停止部位が異なり、その形態は各種の運動適応に関連すると考えられている。本研究では、直立二足歩行を行うヒトと樹上移動に適応したオランウータンを比較することで、足趾屈筋群とその腱の形態学的な変化過程を推測することを目的とした。朝日大学歯学部実習用遺体4体7側、京都大学ヒト行動進化研究センターより貸与されたオランウータン標本1体1側の足部を用いた。オランウータンでは、第2趾から第5趾各趾に至る筋の担当が異なった。第2趾:浅層の短趾屈筋腱が二分して中節骨の両側面に、その間を脛側趾屈筋腱が通過して末節骨底に停止した。第3趾:短趾屈筋腱に深層から腓側趾屈筋腱が癒合し、末節骨底に停止した。第4趾:脛側趾屈筋腱が二分して中節骨両側面に、腓側趾屈筋腱がその間を通過して末節骨底に停止した。第5趾:脛側趾屈筋腱の分岐部から起始する破格筋の腱が二分して中節骨両側面に停止し、その間を脛側趾屈筋腱が通過して末節骨底に停止した。ヒトでは、長母趾屈筋腱が長趾屈筋腱へ癒合する腱を出したのち第1趾に、長趾屈筋腱が第2趾から第5趾の末節骨底に停止した。ヒト短趾屈筋は、7側中4側で第2趾から第5趾への各腱が中節骨両側面に二分して停止した。残りの3側では、短趾屈筋の停止は第2趾から第4趾で、第5趾には長趾屈筋腱分岐部から起始する破格筋の腱が二分して中節骨両側面に停止した。ヒトの長趾屈筋分岐部から起始する破格筋は副小趾屈筋(Krause, 1880)として知られていたが、オランウータンにおける類似した破格筋は本研究で初めて観察された。ヒトとオランウータンの足趾屈筋群は、共通の由来から発生したのちに両種の形態へと変化し、破格筋はその過程の初期に形成されたために同一の形態として両種に現れたと考えられた。
  • 伊藤 滉真, 田中 正之, 吉田 信明, 荻原 直道
    原稿種別: 口頭発表
    p. 34
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    ヒトと生物学的に最も近縁なアフリカ大型類人猿が採用するナックルウォークの適応的意義とその進化要因を明らかにすることは、両者の最終共通祖先からヒトがどのように直立二足歩行を獲得するに至ったのかを論じる上で重要な示唆を提供する。特にナックルウォークの床反力の特徴を詳細に分析することは、その特異な移動様式の移動効率や機序を解明する上で必要不可欠であるが、そうした試みは、世界的にも現在までほとんど存在しなかった。本研究では、ゴリラのナックルウォーク中の前肢・後肢に作用する床反力波形を計測・解析することを通して、ナックルウォークの力学的特質を明らかにすることを目的とした。京都市動物園のゴリラ飼育舎内の運動場に設置された水平な梁(幅15 cm)の途中に、6軸ロードセルを用いて制作した床反力計2台(15 cm x 20 cm)を直列に設置し、その上を日常生活の中で自発的にナックルウォークするゴリラ成体3頭の前肢・後肢に作用する床反力を計測した。毎日約7時間、約60日分の計測データから、3頭合わせて計80試行の定常ナックルウォークの床反力波形を抽出・集計し、典型的な四足性霊長類であるニホンザルの四足歩行時の床反力波形と比較した。その結果、(1)ゴリラのほうが後肢の鉛直方向床反力が前肢のそれより相対的に大きい、(2)前肢に作用する鉛直床反力はニホンザルでは立脚期前期にピークに至るが、ゴリラでは後期にピークに達する、(3)ニホンザルでは前肢が立脚期後期に相対的に大きな推進力、後肢が立脚期前期に相対的に大きな制動力を生成するが、ゴリラではそれらが小さくなる、など、ナックルウォークの力学的特質の一端が明らかとなった。今後この波形を運動学的データと合わせてより詳細に解析することを通して、ナックルウォークの適応的意義と進化要因を検討する。
  • 侯 旻, Muhammad Shoaib Akhtar, 林 真広, 蘆野 龍一, 松本 晶子, 早川 卓志, 石田 貴文, Amanda ...
    p. 35-36
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    Bitter taste perception is important in preventing animals from ingesting potentially toxic compounds. Whole-genome assembly (WGA) data have revealed that bitter taste receptor genes (TAS2Rs) comprise a multigene family with dozens of intact and disrupted genes in primates. However, publicly available WGA data is often incomplete, especially for multigene families. In this study, we employed a targeted capture (TC) approach specifically probing TAS2Rs for ten species of cercopithecid primates with diverse diet, including eight omnivorous cercopithecine species [three species of the genus Macaca (Macaca mulatta, Macaca fuscata, and Macaca nigra), two species of the genus Papio (Papio anubis and Papio hamadryas), three species of the tribe Cercopithecini (Erythrocebus patas, Chlorocebus sabaeus, and Cercopithecus mitis)] and two folivorous colobine species (Colobus polykomos and Semnopiethecus entellus). We designed RNA probes for all TAS2Rs that we modeled to be intact in the common ancestor of cercopithecids (“ancestral-cercopithecid TAS2R gene set”). The TC was followed by short-read and high-depth massive-parallel sequencing. TC retrieved more intact TAS2R genes than found in WGA databases. We confirmed a large number of gene “births” at the common ancestor of cercopithecids and found that the colobine common ancestor and the cercopithecine common ancestor had contrasting trajectories: four gene “deaths” and three gene births, respectively. The number of intact TAS2R genes was markedly reduced in colobines (25–28 detected via TC and 20–26 detected via WGA analysis) as compared with cercopithecines (27–36 via TC and 19–30 via WGA). Birth or death events occurred at almost every phylogenetic-tree branch, making the composition of intact genes variable among species. These results show that evolutionary change in intact TAS2R genes is a complex process, refute a simple general prediction that herbivory favours more TAS2R genes and have implications for understanding dietary adaptations and the evolution of detoxification abilities.
  • Xiaochan YAN, Yohey TERAI, Kanthi Arum WIDAYATI, Akihiro ITOIGAWA, Bam ...
    p. 37
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    Coat coloration represents one of the most diverse traits in primates, subject to selection due to its significant implications in camouflage, heat absorption, and communication. Melanism, a genetic trait leading to increased pigmentation and darker coloration, is particularly noteworthy. Among macaques, the black monkey (M. nigra ) exhibits a fully dark coat color, distinct from other species like M. ochreata, which display a brownish two-tone color pattern. To elucidate the genetic mechanism of melanism in M. nigra, we initially examined the hair root transcriptome in four individuals of both M. nigra and M. ochreata. We identified 350 genes with differentiated expression (DEGs) between the dark hair of M. nigra and M. ochreata. Notably, 263 DEGs were upregulated in M. nigra, significantly enriched in processes such as intermediate filament organization, skin epidermis development, trabecula formation, and T cell differentiation. Several DEGs enriched in pigmentation pathways were also upregulated, including CTLA4, FOXN1, GDPD3, KRT2, KRT27, LEF1, SLC40A1, and TYRP1. Of particular interest are LEF1 and TYRP1 for their roles in the Wnt signaling pathway and tyrosine metabolism, respectively. Furthermore, we identified a 9-bp deletion in the upstream of ASIP, which encodes a protein inhibiting melanin synthesis in M. nigra. However, the role of this deletion in melanism in M. nigra remains to be confirmed through additional functional assays. These findings will offer unique insights into the genetic basis of coat color variation in primates.
  • 北山 遼, 橋本 千絵, 早川 卓志
    原稿種別: 口頭発表
    p. 38
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    異種が集まってひとつの群れを形成する現象を混群と呼ぶ。グエノン類のアカオザルとブルーモンキーは、近縁でニッチが酷似しているにも関わらず、複数地域で混群を形成することが報告されている。2種の混群の成立要因は未だ完全には理解されていない。本研究では、行動生態学とゲノム科学の手法を融合し、社会マイクロバイオームという観点から2種の混群の形成メカニズムを明らかにすることを目的とした。社会マイクロバイオームとは、腸内細菌が宿主の社会ネットワークを通じて伝播する過程を指す。社会交渉によって有益な細菌を授受したり、集団として頑健な腸内細菌群集を保持できる可能性がいくつかの霊長類種で報告されている。アカオザルとブルーモンキーの混群においても、種間での細菌の授受による利益があるのではないかという仮説を立てた。ウガンダ・カリンズ森林において、2022年8月〜12月の期間、アカオザルとブルーモンキーの混群1群(N群)のオトナ10個体(2種5個体ずつ)を対象に個体追跡をおこなった。混群内における同種間・異種間の1m以内の近接頻度を記録した。腸内細菌叢解析用の糞便サンプルを採取し、次世代シークエンサーによって細菌組成を調べた。腸内細菌叢解析の結果、優占する細菌系統群は種間でよく似ていることがわかった。個体間の腸内細菌組成の類似度と近接頻度との関係を比較した。傾向としてはゆるやかな正の相関が見られたものの、種差が与える影響が大きく、近接頻度は種間の腸内細菌組成の類似性を説明する有意な因子として推定されなかった。個体観察が群れ内の一部のオトナに限定されていたため、より積極的に種間交渉をおこなうコドモなど、群れ内の他の個体の媒介的な効果を無視してしまった影響が考えられる。今後はより網羅的な個体のデータ収集や、複数の混群との比較を加え、混群内外の種間相互作用と腸内細菌叢の多様性の関係を調べていく予定である。
  • 森光 由樹
    原稿種別: 口頭発表
    p. 39
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    ニホンザルの遺伝的多様性を保全するためには,地域個体群間(群れ間)のオスの移出入が重要であると考えられている。しかし、ニホンザルのオスの分散や移動について詳細に分析した研究はわずかである。報告者は昨年,オスの移動距離と移動ルートについて報告した。引き続き GPS発信機を装着し年間の移動距離と群れから離脱した季節について分析したので報告する。兵庫県内の地域個体群、美方(n=9)、城崎(n=7)、篠山(n=2)大河内・生野(n=15)、船越山(n=5)のオス亜成獣(4.5-5歳)計38頭にGPS発信機を装着し追跡した。さらにデータを補足するために,GPS発信機装着個体とは別に、兵庫県内で捕獲された成獣および亜成獣オス個体、計32頭のミトコンドリアDNA第2可変領域412bpを分析し出生群を特定し捕獲地点からの移動距離を算出した。分析したすべての個体が群れを離れ,他の地域個体群(群れ)に移動していた。距離は直線で最大105.3km、最小2.7km、平均24.8±16.7kmであった。5月〜6月に群れから離れ移動した個体が多かった。群れの広がりの季節性を調べるために調査対象群には複数の成獣メスにGPS発信機が装着してある。5月〜6月が最も群れが広がっていた。群れの広がりはフェノロジーの影響を強く受けていた。オスの群れからの離脱・移住と関係があると予想している。地域個体群の保全単位を考える上で、オスの移動頻度や移動距離が今後キーワードになると考えている。
  • 豊田 有, 丸橋 珠樹, Malaivijitnond Suchinda, Hengsawang Damrongsak, 杉田 暁, 松田 ...
    原稿種別: 口頭発表
    p. 40
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    カオクラプック・カオタオモー保護区はタイ王国ペッチャブリー県に位置するタイ国立公園野生動物植物保全局(Department of National Parks, Wildlife and Plant Conservation of Thailand、以下DNPT)管轄の保護区(禁猟区)である。この場所は、野生のベニガオザル集団が確認されたことを機に国立公園に準ずる保護区(禁猟区)に指定され、現在までDNPTによって維持管理されている。1988年当時、確認された地域集団は22頭であったとされるが、現在は6群、計460頭以上にまで増加している。ある意味で絶滅寸前の地域個体群の保護保全に「成功」しているかのように見える保護区であるが、急激な個体数増加に加えて、保護区周辺の土地開発が進んだ影響で、周辺農地への猿害が近年顕在化しつつある。こうした背景を踏まえ、今後の長期的な保護保全計画策定に資する知見を提供する目的で、当保護区で研究が開始された2012年以後の個体数の変動と、各群れの遊動域の変化および保護区周辺の土地環境の変化が遊動域に与えた影響などを検証した。個体数変動および遊動域は過去10年間の調査者によるデータを用いて変化を分析した。保護区周辺の土地環境の変化は、対象区画の衛星画像を時系列的に解析し(主に雑木林の伐採と農地拡大の割合など)、これらが遊動域に影響を与えているかどうかを検証した。本発表ではこれらの分析結果に加え、周辺の農地で実施される猿害対策などについても紹介する。
  • Raquel Costa, Shenwen Xu, Angela Brandao, Misato HAYASHI
    原稿種別: 口頭発表
    p. 41
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    野生のゴリラは、人間との近接相互作用から悪影響を受けています。様々な方法を駆使した厳格な分析を通じて、ゴリラが観光客の存在や接近に応じて行動を変えることが判明しました。特に、人間が近づくと、ストレスの指標、対処メカニズム、そして行動の多様性が増加し、人間との強い相互作用による興奮の高まりを示しています。動物園での研究は、人々が野生動物に近づこうとする動機を探る手掛かりを提供します。日本の動物園での研究から、お気に入りの動物への強い感情的なつながりが種の保護への意欲と相関していることが明らかになりました。しかし、動物園訪問の頻度や長さはつながりのレベルに大きな影響を与えないことも示されています。これらの知見は、動物福祉を守るための行動変更の必要性を強調し、観光客が動物の行動を正しく理解し、病気の伝播リスクを認識することの重要性を指摘しています。動物園は公衆教育における重要な役割を担う可能性があり、人々が動物にどれだけ感じ入っているか、そしてそのつながりが保全努力への関与意欲にどのように影響するかを理解することが、野生動物保護を促進するための教育プログラムの開発につながります。
  • Tojotanjona P. RAZANAPARANY, 半谷 吾郎, 佐藤 宏樹
    原稿種別: 口頭発表
    p. 42
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    周日行性のチャイロキツネザル属(Eulemur)は昼夜を通して採食活動をおこなう。その適応的意義として、高品質な食物が欠乏する時期に昼夜を通して低品質で繊維質な食物を食べ、必要な栄養摂取を満たすためだと説明されてきた(仮説1)。一方、乾燥林に生息する個体群においては、乾季は日中に多肉植物を採食して水分を摂取し、夜になると食物を果実に切り替えてエネルギーを補うという予備的な報告もある(仮説2)。本発表ではマダガスカル北西部の季節乾燥林に生息するチャイロキツネザル(Eulemur fulvus)を対象に、周日の採食戦略に関する2つの仮説を検証することを目的とする。乾季から雨季に変化する2015年7月からの9カ月間、終日観察46回と終夜観察33回を行い(合計948時間)、2群の採食行動を記録した。採食行動の速度と時間、処理する食物の大きさを測定し、各食物の採食量を推定した。各食物の栄養を分析し、終日、終夜のエネルギーおよび水分の摂取量を推定した。また、26種817個体の樹木の結実状況を2週間おきに目視し、果実資源量の季節変化を評価した。乾季の方が熟した果実の資源量が多かったが、チャイロキツネザルは乾季の日中に葉を食べる時間を、雨季の日中に果実を食べる時間を増やした。乾季の日中の葉食は多肉質の葉を採食し、水分を多く摂取したが、繊維の摂取量は増えなかった。日中のエネルギー摂取は雨季の方が多かった。夜間の採食時間は乾季の方が長く、果実を多く食べる傾向にあったが、摂取エネルギーに季節差はなかった。したがって、本研究では仮説1は否定され、仮説2が部分的に支持された。チャイロキツネザルの周日行性は、環境ストレスに対応しながら昼夜を通して必要なエネルギーや水分を摂取するための柔軟な採食戦略であると考えられる。
  • 井原 泰雄
    原稿種別: 口頭発表
    p. 43
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    目的:動物の連合形成とは、闘争的・競争的文脈において、二者以上が共同して第三者に対峙する行動を指す。霊長類および他の一部の哺乳類で報告があり、典型的には、二個体間の闘争に遭遇した第三の個体が、どちらか一方を援助する行動として観察される。霊長類の雄による連合形成を分析するため、これまでにいくつかの数理モデルが考案されており、モデルの予測を野外で検証する試みもなされている。一方、これらのモデルは、実際に観察される連合形成の多様性を十分に説明できない、個体による高度に合理的な意思決定を前提としている、モデルの仮定の僅かな違いが結果を大きく左右するなどの点で、改善の余地を残している。本発表では、新たに比較的単純な三者連合ゲームを導入し、これらの問題点の解消を目指すとともに、連合形成による社会淘汰の可能性を検討する。 方法:霊長類の雄の連合形成を、三者連合ゲームとしてモデル化する。数理的解析により、保守的連合(優位二個体による劣位個体に対する連合)、革命的連合(劣位二個体による優位個体に対する連合)、架橋的連合(優位個体と劣位個体による両者の中間に位置する個体に対する連合)の形成条件を導く。また連合形成により、闘争力の弱い個体を有利にする社会淘汰が起こるための条件を特定する。 結果・考察:新たに導入した三つのモデルのすべてにおいて、保守的連合または架橋的連合が予測されるパラメータ領域が存在することが示された。一方、革命的連合が予測されたのは一つのモデルにおいてのみであり、このことから、革命的連合が起こるための鍵となる要因が示唆された。また、革命的連合が予測される場合には、劣位個体の期待利得が優位個体を上回ることがあり、社会淘汰の可能性が示された。これらの結果に基づき、従来のモデルの問題点を考察するとともに、連合形成による社会淘汰の可能性、および人類進化への示唆について議論する。
  • 中川 尚史
    原稿種別: 口頭発表
    p. 44
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    コドモによる交尾妨害は、多くの霊長類で報告がなされているが、パタスモンキー(以下、パタス)ほど常習的な種はいない。飼育下パタスにおける先行研究によれば、コドモオスが交尾中のオスに向けて行うこと、28.6%では妨害の結果交尾が射精に至らないこと、しかし遊び顔で行うためハレムオスは極めて寛容であることが報告されている。そしてその機能として、コドモオスは、交尾妨害を通じてハレムオスの衰えを把握し群れの乗っ取りに繋げるという優位性テスト仮説が提唱されている。交尾季にあたる2023年8~9月に、ガーナ・モレ国立公園に生息するパタスMotel群を対象に交尾妨害のより妥当な機能仮説を探る目的で調査を行った。本群はオトナオス1頭、オトナメス4頭、コドモオス2頭、コドモメス4頭、アカンボウ雌雄各1頭からなる。本群の追跡34日349時間、うちアカンボウを除く全10頭の個体追跡は合計27日120時間であった。2歳半のオスDbは彼の個体追跡中2回の交尾妨害をしたが、その他のコドモ追跡中には、1度も妨害はなかった。アドリブも含め観察されたハレムオスの交尾13回中10回で妨害が起こり、妨害者はすべてDbであった。18回のマウンティング中10回で射精に至らず交尾不成功率は55.5%に達した。また、妨害を受けた10回の交尾のうち2回はその場で威嚇、5回は妨害者に向かって数歩走って前進する追い払いが生起したのだが、条件が良かった観察事例ではむしろ威嚇や追い払いをすることで、交尾が不成功になっており、遊び顔の信号がうまく機能していないためと考えられた。パタスは交尾期に群れ外オスが流入し、交尾妨害をしても劣位信号を発することでハレムオスから共存を許容されることが知られている。以上のことから、コドモオスによる交尾妨害は、将来オトナになった時に共存を許容される振る舞いを学習する機能があるという新たな仮説を提唱する。
  • 中村 美知夫, 仲澤 伸子, 保坂 和彦, 伊藤 詞子, 川添 達朗, 松本 卓也, 西江 仁徳, 清家 多慧, 島田 将喜, 座馬 耕一郎
    原稿種別: 口頭発表
    p. 45
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    捕食者の存在は、霊長類の社会や生態を考える上で無視できない。体が大きいヒト科霊長類も例外ではなく、ヒョウが生息している類人猿調査地では捕食事例も報告されている。一方、どの調査地にどの程度ヒョウが生息しているのかという情報は限られている。カメラトラップによる密度推定は有効だが、費用やメンテナンスの労力がかかることから、長期間のモニタリングは必ずしも容易ではない。 本研究の目的は、チンパンジーの長期観察が行われているタンザニア、マハレ山塊国立公園において、研究者(調査助手を含む)が実際にヒョウを目撃した記録を概観することである。目撃したことをただ記録しておくという低コストでローテクの手法で何をどこまで言えるのかを検討する。 2014年10月~2023年11月の間の55カ月分のヒョウの情報をまとめた。ヒョウの目撃があったのはそのうち20カ月(全体の36.3%)、30回であった(0.55回/月)。目撃回数には年や月による違いはあるが、概ね滞在している研究者の人数で説明できそうである。研究者がキャンプにいる際の目撃が最多(21/30=70.0%)で、霊長類調査中の目撃は、チンパンジー観察中が2回、アカオザル観察中が3回であった。時間帯の記録があるもので、昼9回、夜9回、薄明薄暮(6~8時、18~20時)9回であった。 ヒョウによる捕食圧が高いと言われるコートジボワールのタイ国立公園では、ヒョウの目撃は年に1~2回と書かれている。この数値を信頼するならば、マハレでの目撃頻度のほうがかなり高そうである。もちろん、今回の目撃頻度をヒョウの生息密度に読み換えることはできない。ヒョウの人馴れ、キャンプの位置、人間側の活動や注意力など、さまざまな要因が目撃に影響を与えうるからである。ただ、こうした稀な事例を蓄積することも、ある程度までは、霊長類捕食者の実態を理解する一助になるであろう。
  • 保坂 和彦, 島田 将喜, 中村 美知夫, 座馬 耕一郎
    原稿種別: 口頭発表
    p. 46
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    タンザニア、マハレのチンパンジー集団で、推定3歳の孤児オスNRを多数の非血縁個体が世話した事例を報告する。2023年7月20日、NRは孤児として群れに合流するのが初観察された。それから少なくとも半年以上の生存が確認されている。母親は2022年2月を最後に観察されていない老齢メスLDであると推定した。NRが孤児となった時期は不明であるが、病気の母親と2頭だけの生活を長く送り、他個体と没交渉だった可能性がある。先行研究によると、野生チンパンジーの孤児生存率(母親死後2か月以上)は、離乳年齢(約4歳)以上ならば9割を超えるが、1歳以上4歳未満は約4割まで落ち込む。マハレでは、3歳孤児(すべて♀)が3年以上生存した事例が3つ知られている。いずれも他個体のアロマザリングが観察され、最終的に特定の非血縁メス(養母)との間に母子に近い絆が生まれた。本研究は、4歳未満で母を失ったオスが半年以上生存したマハレで最初の報告となる。まず特筆すべきことは、NRを主に複数のオスが世話したという点である。たとえばNRを運搬したオスは5頭(オトナ2、ワカモノ3)であったが、メスはコドモ1頭だけであった。西アフリカのタイでは特定のオスが4歳未満孤児を養子にした事例が複数知られているが、マハレでは先例がない。ただし、NRの養父はいまだ不確定である。有力候補の壮年オスORは毛づくろいや近接維持に加え、食物分配・添い寝・慰めなど幅広く行うが、運搬はワカモノオスZAが最も積極的である。NRは栄養・採食的にはほぼ自立している反面、幅広い非血縁個体に対してフィンパーを発して追随するなど心理的依存を求める行動に多大な時間を投資している。一方、NRは3~6歳個体から遊びに誘われるたびに拒絶しており、同世代個体と関わろうとする動機づけが著しく低い。このことが彼の社会的成長にどのように影響するか注目して継続観察していきたい。
  • 勝野 吏子, 稲見 和雄, 山田 一憲
    原稿種別: 口頭発表
    p. 47
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    背景雑音が大きい環境では、動物は発声の大きさや発声長、発声の高さを変化させてコミュニケーションを行うことが知られている。本研究では、ニホンザルにおいて、背景雑音がクーコールの音響的特徴に影響を与えるのかを検討した。クーコールは近接個体数や行動といった行動文脈によっても音響的特徴が変化することが先行研究で明らかにされているため、これらの影響も同時に検討した。嵐山集団の成体メス11頭(18.1 ± 8.4歳齢)を対象とし、20分間の個体追跡を行った。対象個体のクーコールと発声時の行動、近接個体数、背景雑音の騒音レベルを記録した。総観察時間は46時間であった。128のクーコールを分析した結果、背景雑音が大きくなると、発声開始時および平均の基本周波数が高くなることが示された。また、近接個体数が少ない場合には、発声長が長く、基本周波数の変調が大きくなった。採食・移動場面では休息場面よりも発声終了時の基本周波数が高くなった。クーコールの中でも長さが短い(0.2秒以下)発声は、社会交渉に関連して生じるなど他のクーコールと機能が異なる可能性がある。そこで、発声長が短い32のクーコールを除き、事後的な分析を行った。その結果、背景雑音が大きい場合には開始時の基本周波数が高くなり、また平均基本周波数が高い傾向が見られた。結果を総合すると、背景雑音、近接個体数、および行動それぞれがクーコールの異なる音響的特徴に影響し、背景雑音の大きさは主に基本周波数の高さに影響していた。本研究では、音圧が大きい背景雑音の発生源は周波数帯が低い傾向があった。これらの環境下において、ニホンザルは大きく張り上げた発声する、あるいは背景雑音を避けるように発声することで、発声の伝達効率を高めている可能性が推測された。
  • 中道 正之, 大西 賢治, 山田 一憲
    原稿種別: 口頭発表
    p. 48
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    マカクやヒヒのメス間の毛づくろいは、血縁、年齢、順位が近い個体間で多いことがよく知られている。しかし、毛づくろい関係が誰とどれくらい長く続くのかなどの長期縦断的な視点からの分析はSilk et al. (2006)のサバンナヒヒのみであり、長期間に何頭ぐらいの個体と毛づくろい関係をもつかなどは全く情報がない。そこで、2003年から2015年までの13年間(4―10月)、勝山ニホンザル餌付け集団(岡山県真庭市)で記録したオトナ間の29,000バウト以上の毛づくろいを基に、観察期間中に10年以上在籍していた20頭のメスの毛づくろい関係を分析した。これらのメスは観察期間中に平均56頭のメスの毛づくろい相手を持ち、そのうち10年以上毛づくろいが継続した相手は3頭のみで、3年から9年継続したメスが15頭、残りの38頭が単年または2年連続、あるいは単年を複数年記録されたメスであった。これら20頭のメスが持った3年以上継続した毛づくろいペアでは、どちらか一方がオトナになった年に始まったのが約60%、残りの40%は双方がオトナになって1年以上経過して始まっていた。3年以上継続した毛づくろい関係の終了は、一方が集団から離脱した場合が約30%、両個体が集団に在籍しているのに毛づくろい関係が消失したのが約40%、残りが観察終了時も継続していた。母娘ペアの97%では集団に在籍する限り毛づくろいが続いた。他方、3年連続で毛づくろいがあった祖母・孫ペアの割合はあり得るペアの約70%、おば・姪ペアでは約50%、従妹ペアは約30%、非血縁メス間では約10%であったが、継続年数が長くなるほどこの値が低下した。3年以上継続したペアでの毛づくろいの平等性の度合いは、継続年数及びペアの年齢差に関係なくほぼ一定であったが、非血縁ペアよりも血縁ペアで、血縁ペアでは血縁度が高いほど毛づくろいの平等性の度合いが高かった。
  • 高畑 由起夫
    原稿種別: 口頭発表
    p. 49
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    自然選択を否定し、種を主体とする進化論を唱えた“今西進化論”の是非も手伝い、今西錦司の評価には毀誉褒貶がつきまといます。例えば、『科学』での特集「今西錦司」(2003)で伊藤嘉昭は、(1)戦前から国外の生態学理論への関心と批判的立場を保った、(2)若手に国外の理論を学ばせ、リーダーを育成、(3)霊長類の社会行動研究を主導した等を肯定的に評価する一方、(4)人類学的視点等に偏した指導は若手が世界の研究者との激しい討議に身を置く姿勢を失わせた、(5)種は変わるべくして変わるとして現代進化論から離脱したと批判します。一方、西田利貞は(1)今西進化論は日本の霊長類学の発展を10年から20年も遅らせたという批判があるらしいが、あまり根拠のない言説である、(2)少なくとも西田等は、今西進化論は進化の機構を説明していないから、哲学とはいえても進化論とはいえないと思っていた。いわんや第3世代は直接的なつきあいもなく、「今西進化論」はまったく浸透してない、とします。それでは、今西が与えた影響とはどのようなもので、いつまで続いたか? あくまでも試行ですが、“印象論”ではなく、文献の引用数等を分析することで、日本の霊長類学の歴史を振り返りたいと思います。ちなみに、今西の文献が引用された率は1955~64年には伊谷、川村に次いで高いものの、1970年代に減少、1980年代以降はほとんど途絶えるなど、上記の西田の指摘を裏付けます。
  • 山越 言
    原稿種別: 口頭発表
    p. 50
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    ギニア共和国ボッソウ村周辺に生息するチンパンジー群については、1976年以来、長期継続調査が行われており、人為的影響の大きい環境下でのチンパンジーの生態が明らかにされてきた。ボッソウの人々は、村近くの精霊の森に棲むチンパンジーを祖霊の顕現として崇め、独特のやり方で保全してきた。2022年9月、ボッソウの老齢メスチンパンジー1頭が死体で発見された。本発表は、人とチンパンジーが独特の関係を持つこの村で、死体発見の翌日に執り行われた老チンパンジーを弔う「葬儀」の様子を報告する。精霊の森バンの北麓にある儀礼の森で村の子どもたちの割礼儀礼が行われていた2022年9月19日、同地近くの林内でチンパンジーの死体を村人が見つけた。同地域は外部者立ち入り禁止であったため、調査協力者の村人が検屍を行い、腐敗の度合いから死後1-2週間と推定された。また、死体の形状や前後の観察情況から、死亡したのは推定年齢66歳の老齢メスFanaであると推定された。ボッソウ環境研究所所長の指示で、翌日、官公庁の代表者や近隣で活動する自然保護プロジェクト関係者、村の有力者、報道関係者らが招待され、Fanaの葬儀が執り行われた。死体は村に運ばれ、白衣に包まれ、研究所横に土葬された。葬儀の次第は人に対して行われる通常の葬儀をなぞったものであった。このようなボッソウ環境研究所主導の葬儀はこれで2度目であり、生誕時の「洗礼」儀礼も含めると三度目となる。「チンパンジーの葬儀」は比較的最近、外部者の政府系役人によって始められたもので、当地の生態系と地域の人々の文化を保全する研究所の役割を外部に示す機能持つと思われる。Fanaの葬儀は、招待された報道関係者により数日のうちに欧米やアフリカ各地にネットニュースで配信され、また参加者によりSNSを通じて拡散された。地域資源の現代的な活用事例として考えるべき興味深い事例であるといえる。
  • 松田 一希, Augustine TUUGA, Benny Obrain MANIN, 大谷 洋介, 八尋 隆明, Michael A. H ...
    原稿種別: 口頭発表
    p. 51
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    通常のマラリア感染はヒト−ヒト間に限定されるのに対し、サルマラリアは、ヒト−サル間で感染する。それゆえに、従来のマラリアに対する有効策(蚊帳と殺虫剤)が十分に機能しない。事実、サルマラリア原虫であるP. knowlesiは、近年になり東南アジアの複数の国々でヒトへの感染を引き起こしていることが報告されている。一方で、P. knowlesiを媒介する蚊の種類には空間的変異があるため、適切な防除戦略を導くためには、地域ごとの媒介種の生態を詳細に研究する必要がある。マレーシア・サバ州は、熱帯林を切り開きパーム油プランテーションへの大規模転換が急速に進んだ地域であり、サバ州全域で著しい生態系の変化が起きている。中でもキナバタンガン下流域は、8種類もの霊長類が同所的に生息している生物多様性ホットスポットである。しかし、多くの森林が伐採され、サルマラリアの宿主とされるマカク属のサルが近隣の村にまで生息域を拡大しており、ヒトーサル間でのマラリア感染が危惧される。本研究の目的は、潜在的な媒介生物種の種数や生息数、その季節変化に加え、蚊のP. knowlesiの保有率を把握することである。蚊の採取は、2016年11月〜2018年10月に実施した。川岸、そこから林内へ250m、500mという3地点の地上と樹上に誘引トラップを仕掛けて蚊を採取し、採取した蚊の同定、サルマラリア原虫の有無を分析した。蚊の大半はイエカ属であったが、ヤブカ属、ハマダラカ属等も同定された。また、サルマラリア原虫も数個体で保有を特定した。川沿いの樹上ほど、蚊の分布は少ない傾向にあったが、サルマラリア原虫が特定された蚊は、川岸の樹上で採取された。本地域の霊長類は、夕方になると川沿いの木々に集まりそこで泊まるという習性を持つ。その習性とサルマラリ感染の可能性、また霊長類の泊まり場選択における蚊の分布の影響について議論する。
  • 西村 剛, 宮地 重弘, 兼子 明久, 畑中 伸彦
    原稿種別: 口頭発表
    p. 52
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    ヒトは、喉頭の位置が低く、長い口腔咽頭をもつ。この形状は、音声言語には適応的であるが、嚥下物が誤って気管へと入り込む誤嚥のリスクをあげる。そのため、ヒトでは、喉頭(甲状軟骨)を舌骨に向けて挙上することで、喉頭蓋を後方へ折り曲げて喉頭口に蓋をして、呼吸を止めて嚥下することで、誤嚥を防ぐ特有の機構が進化したといわれている。一方、サル類では、嚥下物が喉頭蓋にあたり、喉頭口の両側の梨状窩を経て食道へと流れると考えられている。喉頭蓋は喉頭口を覆わず、呼吸を止めないとされる。本研究は、マカクを対象に、頭部固定下でカルピス等をふくませて、その嚥下中の喉頭及び喉頭蓋の運動を、経鼻ファイバースコープ・高速度カメラとX線テレビで観察した。X線テレビでは、舌骨が前方やや上方へ動くことで、舌背が咽頭側に膨らみ、続いて、喉頭が舌骨に向かって前方に動いてその膨らんだ舌根の下の潜り込む様子が確認された。ファイバースコープでは、液は梨状窩に貯められて、嚥下時に、喉頭が前方へと移動することで、液が食道へと押し出される様子が確認された。また、その際、声帯および前庭は完全に閉鎖し、喉頭蓋は、後方へと傾き、喉頭口を覆う様子が観察された。つまり、嚥下とともに呼吸は停止する。常時、食道へと流れることや、喉頭蓋が折れ曲がることは確認できなかった。これらの結果は、マカクの嚥下機構は、ヒトと共通することを示している。ただし、喉頭蓋は、折れ曲がらない。マカクでは、喉頭の位置が高く、舌背も低いので、喉頭が舌骨に対して挙上する運動がないためと考えられる。その違いは副次的で、誤嚥防止の機構や機能には相違がない。人類で、喉頭が低くなった。その言語進化の基盤となる形態進化は、嚥下機構の霊長類的基盤の上に現れたと考えられる。 本研究は、三菱財団自然科学研究助成(#202310032)および、科研費(#24H00576)の助成を受けた。
  • Kanthi Arum WIDAYATI, Xiaochan YAN, Nami SUZUKI-HASHIDO, Akihiro ITOIG ...
    p. 53-54
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    Bitter perception is mediated by G protein-coupled receptors TAS2Rs and plays an important role in avoiding toxins’ ingestion by inducing innate avoidance behavior in mammals. One of the best-studied TAS2Rs is TAS2R38, which mediates the perception of the bitterness of synthetic phenylthiocarbamide (PTC). In previous studies, we characterized the function of TAS2R38 in four allopatric species of Sulawesi macaques on Sulawesi Island from central to northern Sulawesi. We found variation in PTC taste perception both within and across species. In most cases, TAS2R38 was sensitive to PTC, with functional divergence among species. In the present study, we expand our samples to the south part of Sulawesi to determine whether this kind of divergence also exists in the South Sulawesi macaque species. We predict that some of the TAS2R38 in South Sulawesi macaques will have a different genetic background compared to the North Sulawesi macaques. We characterized the TAS2R38 of three Macaca species of Southern Sulawesi; M. maurus, M ochreata and M. brunnescens. We did experimental behavior on 12 individuals of M. maurus, 4 individuals of M. ochreata and 6 individuals of M. brunnescens, and found that 4 M. maura and 1 M. ochreata individuals cannot detect the bitterness of 2mM PTC, and thus called PTC-non-sensitive. Nucleotide sequence analysis revealed that the TAS2R38s are intact in all individuals of M.maurus and M. brunnescens. Three PTC non-sensitive individuals of M. maurus possessed TAS2R38 with intraspecific amino acid substitution at position 123 (R123C), while another individual possessed TAS2R38 with amino acid substitutions at positions 117, 130, and 134, which also exist in some individuals of M. tonkeana from central Sulawesi. We confirmed the PTC-non-sensitive of the TAS2R38 by functional assay. PTC non-sensitive individuals of M. ochreata lost two nucleotides at positions 505 and 506, resulting in a truncated protein. These results imply that there are also functional divergences of TAS2R38 in the southern species of Sulawesi macaques. Functional diversity of TAS2R38 might act as an adaptation to the local environment.
  • 橘 裕司, 高瀬 彰紀, 田中 政之
    原稿種別: 口頭発表
    p. 55
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    演者らは,サル類における腸管寄生アメーバの感染状況について調査を行ってきた。Entamoeba nuttalliはマカク属のサルを自然宿主とし,ヒトを宿主とする赤痢アメーバに最も近縁なアメーバ種である。これまでにアジア各地において,マカク由来のE. nuttalliについて,セリンリッチタンパク質遺伝子などの多型について解析を行い,マカクの種や地理的分布の違いを反映する多型を確認している。また,最初にネパールのアカゲザルから分離した株については全ゲノム解読を行い,赤痢アメーバなどの近縁種との比較解析を行ってきた。現在,ニホンザル由来株を中心にアジア各地の分離株について全ゲノム解読を進めており,これまでに得られた結果について報告する。ネパール株のゲノム配列と比較して変異解析を行った結果,アカゲザル由来株ではミャンマー株はネパール株よりも中国株に近く,また,タイのカニクイザル,アッサムモンキー,ブタオザル由来株などにも近縁であった。すなわち,腸管寄生アメーバのゲノムの類似性は宿主のマカク種よりも地理的な距離に強い相関が認められた。一方,ニホンザル由来株では,岡山県,兵庫県,石川県の分離株は大陸株に近いのに対し,東日本の分離株は独自のグループを形成した。2座標分析の結果から,ニホンザル由来株に見られる比較的大きなゲノム多様性はニホンザルの寒冷への適応の過程で生じた可能性が考えられる。
  • 早川 卓志, 岸田 拓士, 郷 康広, 松尾 ほだか, 井上 英治, 川口 恵里, 会津 智幸, 石崎 比奈子, 豊田 敦, 藤山 秋佐夫, ...
    原稿種別: 口頭発表
    p. 56
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    絶滅の危機に瀕した生物を対象とした集団遺伝学研究は重要である。類人猿のような大型の動物においては、フィールドにおいて簡便で、運搬が容易な手法が必要とされる。本研究では、アフリカ6地域(ボッソウ、ロアンゴ、キバレ、カリンズ、ゴンべ、マハレ)のチンパンジーにおいて、糞便などの非侵襲サンプルから決定されたエクソーム(ゲノム中のタンパク質をコードする全遺伝子の塩基配列)を比較し、集団の識別や、地域特異に適応した遺伝子の検出をおこなった。糞便から抽出したDNAには、チンパンジー自身のホストDNAだけでなく、腸内共生微生物や食べ物由来のDNAが含まれている。キャプチャーシークエンシング法を用いて、チンパンジーのエクソーム領域のみを濃縮し、塩基配列を決定した。最終的に42個体のチンパンジーのエクソームの比較に成功した。ボッソウは西亜種、ロアンゴは中央亜種、その他の4地域のチンパンジーは東亜種に属する。限られたミトコンドリアゲノムの塩基配列では、亜種差を系統的に区別することが難しい。一方、エクソーム解析では、亜種差に加え、東亜種の4地域を識別することもできた。自然選択に関しては、エクソーム全体での非同義-同義置換比は西亜種で大きく、東亜種で小さくなり、エクソーム全体のヘテロ接合度と負の相関を示した。これは有効集団サイズが小さいほど、弱有害な非同義置換が集団から浄化選択によって取り除かれにくいことを反映している。機能的な遺伝子に注目すると、嗅覚受容体のOR7D4や、苦味受容体のTAS2R42において、亜種を超えて共有される分離した偽遺伝子が存在し、平衡選択が起きていることが示唆された。このように野生チンパンジーに適用できるエクソーム解析は、チンパンジーの新しい生態理解や保全につながる。
  • 辰本 将司, 野口 京子, 臼井 千夏, 石川 裕恵, 郷 康広
    原稿種別: 口頭発表
    p. 57
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    日本固有種であるニホンザルはヒトのモデルとして生物医学研究や進化生物学・生態学・形態学的にも重要な霊長類である。しかし、同じマカク属のアカゲザル(Macaca mulatta)やカニクイザル(M. fascicularis)では、高精度の全ゲノム配列があるのに対して、ニホンザルにおいては、発表者らが2018年に解読した精度の低いドラフトゲノム配列しかデータベースには登録がない状況にある。同じマカク属でもマラリア耐性やウイルス感染能の種差・系統差などが報告されており、研究の目的により最適なモデルが異なる可能性も示唆されている。そこで、本研究では、ニホンザルの研究利用促進を目指して、高精度な全ゲノム配列の決定を行った。ロングリード型シーケンサ由来のHiFiリードとNanoporeリード、DNA領域の空間的・物理的な相互作用を調べることのできるHi-C(Omni-C)リードを用いて、シーケンシングとアセンブルを行った。その結果、性染色体をそれぞれ含む2つのハプロタイプを同定し、ゲノムの精度を表すコンティグN50長はそれぞれ90.7 Mbp(X染色体を含むハプロタイプ)、74.7 Mbps(Y染色体を含むハプロタイプ)であった。また、従来のシーケンス・アセンブル手法では解読が難しいとされていたセントロメアやテロメア領域においてもほぼ完全な配列解読が可能となった。併せて、嗅覚・味覚受容体遺伝子解析やアカゲザル・カニクイザルとの比較解析結果に関して報告予定である。
ポスター発表
  • リー ワンイ, ヘー テンメン, 栗原 洋介, 白石 泉, 牛田 一成, 土田 さやか, 半谷 吾郎
    p. 58
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    Gut microbiome plays important role in animal nutrition by extracting energy and nutrients from other indigestible food. Previous studies have revealed diet as one of the key factors shaping gut microbiome composition and function. However, in contrast to the numerous lab-based studies on diet-gut microbiome dynamics, few studies investigate the causes and consequences of microbiota variation in wild. In wild, animals consume distinct diet throughout the year in response seasonal fluctuation in food distribution and abundance, hence gut microbiome composition and function may change accordingly. This study aims to investigate the seasonal variation in gut microbiome of wild Japanese macaques inhabiting Yakushima lowland. We directly examined the fermentative ability of gut microbiome by conducting in vitro digestibility monthly. Here we report the preliminary result regarding the seasonal variation in fermentative ability of macaques’ gut microbiome and discuss the relationship of gut microbiome function with seasonal dietary change.
  • 王 雪瑩, 北山 遼, 橋戸 南美, 土橋 彩加, 本田 剛章, 竹中 將起, 長原 衣麻, 半谷 吾郎, 郷 康広, 辰本 将司, 松本 ...
    原稿種別: ポスター発表
    p. 59
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    ニホンザルは雑食性動物で、主に果実や木の実、花、昆虫などを採食し、季節によって多様な食物を利用する。しかしながら、日本のいくつかの地域では、ニホンザルの笹への高い依存性が確認されている。例えば、屋久島山頂部のニホンザルは4月から10月までヤクシマヤダケ(Pseudosasa Owatarii)を利用する。同様に、長野県上高地のニホンザルは、冬に雪の上のクマイザサ(Sasa senanensis)を利用する。竹や笹は高繊維、低栄養の食物であり、多くの種類の竹には、植物の二次防御化学物質であるシアン化合物が含まれている。シアン化合物はミトコンドリア内のチトクロム酸化酵素に結合し、酸素の利用を阻害する。シアン化合物は多くの哺乳類にとっては致死性の毒であり、低濃度であっても長期的な接触によって甲状腺機能の障害などが引き起こされる可能性が示唆されている。したがって笹食をするニホンザルでは、二次代謝物質への防御に関連する遺伝子の適応進化が起きている可能性がある。本研究では、笹を食べるニホンザル集団を研究対象とする。2022年夏に屋久島において、山頂の笹原の個体群から3個体、山中部から1個体、低地林から3個体の糞サンプルを集めた。2023年冬には、上高地の笹食をする個体群から3個体の糞サンプルを集めた。長野県の比較対象として、地獄谷野猿公園で餌付けされた3個体の糞を集めた。糞表面のスワブからサルのDNAを抽出・濃縮し、キャプチャーシークエンジング法によってサルのエクソーム(全タンパクコード領域)配列を決定した。二次代謝物防御に関連する苦味受容体や解毒代謝酵素の遺伝子の塩基配列を決定して、笹食に強く依存する地域とそうでない地域の比較(適応進化の検出)や、ともに笹食をする屋久島山頂部と上高地の間での比較(平行・収斂進化の検出)を報告する。
  • 江村 健児, 櫻屋 透真, 平崎 鋭矢, 薗村 貴弘, 荒川 高光
    原稿種別: ポスター発表
    p. 60
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    霊長類の浅指屈筋の筋束構成には種間差があり、特に第2指、第5指への筋腹の起始に種間差が大きい(Emura et al. 2020, 2023)。しかし大型類人猿の筋束構成については未だ不明な点が多く、ヒト科の系統発生における浅指屈筋の形態変化が十分に考察できていない。そこで本研究では、オランウータン浅指屈筋の筋束構成と神経支配を形態学的に詳細に調査することで、ヒト科における浅指屈筋の形態変化を再検討することを試みた。ボルネオオランウータン(Pongo pygmaeus)成体メス1体とスマトラオランウータン(Pongo abelii)成体メス1体それぞれの右浅指屈筋を用い、浅指屈筋の起始、停止、筋束構成、支配神経を肉眼解剖学的に精査した。標本は、大型類人猿情報ネットワークを通じ京都大学ヒト行動進化研究センターから貸与を受けた。浅指屈筋は主に内側上顆から起始し、第2指から第5指に停止腱を送った。第2指への筋腹は中間腱を持ち二腹筋の形態を呈し、他の指への筋腹よりも背側に位置した。第5指への筋腹は内側上顆に加え、尺側手根屈筋の筋膜からも一部起始した。これらの筋束構成はこれまでに報告したゴリラやチンパンジーの浅指屈筋に類似していた。第2指への近位筋腹を支配する神経枝は正中神経から分かれ、長掌筋支配枝と共同幹を作った。第2指への遠位筋腹を含め浅指屈筋の他の部分は、正中神経の比較的遠位から分かれる枝に主に支配された。神経支配から、第2指への近位筋腹は長掌筋と近縁であり、他の部分とは由来が異なる可能性が示唆された。オランウータンの第5指への筋腹の起始はゴリラやチンパンジーと同様であったが、ヒトでは第2指と第5指への筋腹が中間腱から起始する(Ohtani 1979; 山田1986)。ヒト科の系統発生の中で、第5指筋腹の起始はヒトとチンパンジーが分かれた後に変化した可能性が考えられた。
  • 南川 未来, Pierre Philippe MBEHANG NGUEMA, 土田 さやか, 牛田 一成, 半谷 吾郎
    原稿種別: ポスター発表
    p. 61
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    野生霊長類は季節によって食物の利用可能性が大きく変動する生息環境において、効率よく栄養を摂取できるように適応している。霊長類の多くは植物食を主とするにも関わらず、宿主自身は食物繊維を消化する酵素を持っていない。代わりに食物繊維を分解し、宿主が栄養として吸収できる短鎖脂肪酸を産生する働きを担うのが宿主の持つ消化管内細菌である。本研究の対象である中央アフリカに同所的に生息する大型類人猿のゴリラ・チンパンジーは、異なる食性を示すことが知られており、ともに果実・葉を主食とし昆虫も食べるが、ゴリラは年間を通して葉食傾向であるのに対し、チンパンジーは果実利用可能性が低い時期でも果実への依存を続ける。本研究ではこの食性の差が現れる要因の一つとして宿主の持つ腸内細菌に着目した。両種の食性の違いをふまえ、「大型類人猿は食物条件に応じた消化能力を持っている」という仮説のもと、ガボン共和国のムカラバ-ドゥドゥ国立公園に生息するゴリラ・チンパンジーを対象に果実2種・葉2種・髄1種・固形飼料を基質とした試験管内発酵実験を行った。試験管内発酵実験は糞便の懸濁液に葉、果実などの食物資源を基質とし、腸内細菌の発酵により産生されたガスの量と短鎖脂肪酸の量を発酵能力の目安として測定するものである。その結果、ガスの産生量は用意した基質のうち4種類でチンパンジーで有意に高かった。一方で、短鎖脂肪酸の産生量の目安として測定した実験前後のpHの変化量は、すべての基質でゴリラの方がチンパンジーよりも高い傾向があり、特にゴリラの採食を直接観察した葉を基質とした場合に有意に高かった。発酵能力の目安として測定した2項目で結果に食い違いが生じたことから、ゴリラとチンパンジーで発酵様式に差がある可能性がある。本発表では、基質ごとに結果をまとめそれぞれに対する宿主ごとの腸内細菌の発酵能力について考察する。
  • 高野 智, 新宅 勇太, 綿貫 宏史朗, 赤見 理恵
    原稿種別: ポスター発表
    p. 62
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    近年,霊長類の種数は増加の一途をたどっている。種数の増加傾向は霊長類に限らない。種数が増えるおもな原因は,新種の発見・記載ではなく,分類の見直しによって細分化が進んでいることによる。種数の増加に対し,和名をつける努力が重ねられてきた。長年にわたり哺乳類の和名のリファレンスとなってきた『世界哺乳類和名辞典』(今泉,1988)に掲載された霊長類は181種。『サルの百科』(杉山編,1996)には241種,『新しい霊長類学』(京都大学霊長類研究所編著,2009)には伊藤と西村による353種の和名リストがつけられている。その後も種数の増加傾向が続いていたことを受け,日本モンキーセンターではワーキンググループを編成して新たな和名リストの編纂に取り組み,2018年3月に447種からなる「日本モンキーセンター 霊長類和名リスト」を公開した。これについては2018年の第34回日本霊長類学会大会で報告した。この和名リストは『霊長類図鑑 サルを知ることはヒトを知ること』(日本モンキーセンター編,2018)に掲載されたほか,『霊長類学の百科事典』(日本霊長類学会編, 2023)においても、種名を記載する際は当リストの和名が採用された。それから5年が経過し,種の細分化はとどまることなく続いていること,また『霊長類図鑑』増補改訂版の制作が決定したことにともない,このたび和名リストの改訂に取り組んだ。新しい和名リストは前回同様IUCN Red Listを底本とした。2018年のリストに掲載した和名は原則として変更せず,新規に追加された種に和名をつけることとし,最終的に524種のリストとなった。多数の種を追加した一方で,2018年のリストから9種が種の統合によって脱落した。また,属以上の高次分類群にもかなりの異動がある。本発表では,この新しい霊長類和名リストについて報告する。
  • 長原 衣麻, 竹中 將起, 吉田 匠, 土橋 彩加, 林 浩介, 東城 幸治, 松本 卓也
    原稿種別: ポスター発表
    p. 63
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    厳冬期の最低気温が-25℃にも達する上高地に生息するニホンザルは、非ヒト霊長類で世界最寒地に生息する集団の一つと言える。本集団では厳冬期に水生昆虫の採食が観察されており、越冬戦略としての昆虫食の重要性が議論されている。しかし、採食する昆虫種の同定は行動観察のみでは困難である。また、先行研究で行われたmtDNA COI領域に基づく糞分析による昆虫種同定では、非検出種が多く存在するなど課題があった。そこで本研究では、ニホンザルの採食行動を高解像度のビデオカメラで撮影し、採食する昆虫種の同定を行った。さらに、mtDNA 16S rRNA領域を対象とし、昆虫類に汎用かつ種識別能力が高いマーカーとして開発されたMtInsects-16Sプライマーを用い、糞中DNAのメタバーコーディングを実施した。2023・2024年の冬期2シーズンに上高地で採取したニホンザルの糞サンプルからDNAを抽出し、上高地で採取した水生昆虫のDNA解析および上高地の河川水サンプルについての環境DNA解析で得られた配列を含む独自のデータベースを用いて照合した。これらの結果、先行研究で採食が確認されていた種を含む約20種の昆虫の採食が確認された。ニホンザルが採食する昆虫相のうち、水生昆虫では緩流に生息する種(例:ヒメフタオカゲロウ)が多かったが、比較的流れの速い水域に生息する種(例:オオマダラカゲロウ)も含まれており、上高地のニホンザルが河川の多様な環境で採食することが示唆された。また、カスミカメムシ科など樹皮下で越冬する陸生昆虫種もDNA解析によって検出された。検出された陸生昆虫は4種と比較的多く、また越冬時に1cm以上の大きさの種も含まれるため、本研究結果はニホンザルが昆虫食を目的として樹皮剥ぎ(あるいは樹皮食)を行う可能性を示唆する。以上のデータから、上高地のニホンザルにおける昆虫食の意義について考察する。
  • 関澤 麻伊沙, 沓掛 展之
    原稿種別: ポスター発表
    p. 64
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    群れで生活する霊長類では、他個体との社会関係の質が、社会交渉における個体の意思決定に影響を及ぼす。社会関係の質は価値(value)、安全性(security)、一致性(compatibility)の3つに大別されるが、このような社会関係の質を評価する方法の一つが、個体のストレスレベルを測定することである。先行研究では、他個体がそばにいないときや、安全性の低い個体が近接しているときなどにストレスレベルが上昇することが報告されている。しかし、これらの研究では、対象個体がどのような活動をしていたのかを考慮してこなかった。本研究では、個体の休息中および採食中において、個体の周囲1m以内に近接する他個体の存在が個体のストレスレベルに与える影響を、金華山に生息する野生ニホンザルのオトナメス11個体を対象として調査した。ストレスレベルは、ストレスの行動学的指標であるセルフスクラッチを用いて測定した。休息中、セルフスクラッチの頻度は近接個体がいるときよりもいないときの方が有意に高かったが、採食中には近接個体の有無の影響はみられなかった。また、近接個体がオトナメス1個体のみであった場合、セルフスクラッチの頻度は、採食中に近接個体が非血縁個体のときよりも血縁個体のときのほうが高くなった。個体間順位やassociation levelはセルフスクラッチの頻度に有意な影響はなかった。休息中、近接個体の属性はセルフスクラッチの頻度に有意な影響はなかった。これらの結果は、個体のストレスレベルに影響を及ぼす要因は個体の活動によって異なること、社会関係の価値が高い個体との採食競合や、他個体からの分離が個体のストレスレベルを上昇させることを示唆している。
  • 山口 飛翔
    原稿種別: ポスター発表
    p. 65
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    宮城県金華山島のニホンザルB1群では、2019年以降第一位オスのTYが群れと共に行動したり、群れから離れて行動したりを頻繁に繰り返すという特異な行動が観察されている。これまでの観察から、こうした彼の行動は繰り返し群れの離合集散を引き起こすなど、B1群の動向に大きく影響していることが分かっている。本発表では、2022年に新たに観察された、TYに起因すると思われるB1群の行動圏を越えた隣接2群への長時間追随事例を報告する。2022年9─11月にB1を14日間追跡し、10月3─5日の間にD群に、11月20日にB2群に追随し続ける様子をそれぞれ23時間26分と8時間29分観察した。この間、B1群はほとんどの時間を自群の行動圏外で過ごした。隣接群への追随中、TYが自群のメスと社会交渉を行ったり、彼女たちが自身に追随しているかを確認したりすることはほとんどなかった。一方で、隣接群のメスに対しては接近やリップスマッキングを頻繁に行った。また、隣接群への追随中は、それ以外の時間よりもTYの木揺すり行動が顕著に増加した(0.72回/時間 vs 0.02回/時間)。以上の結果は、TYが交尾機会を求めて隣接群に追随したことを示唆する。TY以外のB1群個体は、基本的に隣接群に追随するTYに追随し続けた。しかし、B2群追随時は観察終了まで全個体がTYとともに観察された一方で、D群追随時は次第に彼とともに観察できる個体数が減少し、最終的に約半数になった。このときTYに追随し続ける割合が高かったのは、TYとの複合社会性指標(CSI)が高く、彼と親密な関係を持つ2頭のメスの家系の個体だった。こうした個体は、TYとともに行動することで交尾期に頻発するオスからの攻撃を減少させていたと考えられる。一方で、行動圏を越えるというリスクを冒してまで彼に追随した理由を明らかにするためには、さらなる調査が必要である。
  • 吉川 翠, 小川 秀司, Shailendra Sharma, Pavan Kumar Paudel, Laxman Khanal
    原稿種別: ポスター発表
    p. 66
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    嗅覚は様々な動物で探索や社会交渉などに重要な役割を果たしている。他の霊長類に比べ曲鼻猿類では嗅覚の役割について様々な研究がされてきたが、マカク属や類人猿では研究事例はあるものの報告は限られている。そこでマカク属のアカゲザル(Macaca mulatta)を対象にして、匂い嗅ぎ行動について研究した。調査はネパールのカトマンズ市内にあるスワヤンブナート寺院を行動圏にしている野生アカゲザルを対象にした。このエリアには少なくとも4群のサルが生息している。サルは訪問者から与えられた食物や寺院の森に生育する植物を採食している。2024年3月に14日間、フォーカルサンプリング法にて、オトナオス4頭を合計21時間、オトナメス12頭を合計23.4時間観察した。性別ごとの匂い嗅ぎ行動の回数や対象物などについて分析した。その結果、1時間辺りの匂い嗅ぎ行動の平均回数はオトナメスは3.7回、オトナオスは2.4回で、メスではオスに比べて頻度が高かった。これは他の霊長類と類似した傾向だった。匂い嗅ぎの対象物は80%以上が食物であった。食物を嗅いだ後に食べずに捨てる行動はメスではオスに比べて頻度が高かった。食物では拾ったものを複数回嗅ぐ行動も観察された。食べるか否かの選択に嗅覚が利用されていると考えられた。メスで匂い嗅ぎ平均回数や嗅いだ後に捨てる頻度が高いことは、腐敗等による細菌への警戒と関係しているかもしれない。また、他個体の匂いを嗅ぐといった社会行動は主にオスからメスに対しておこなわれていたが、その頻度は1時間辺り0.1回と低かった。これは調査時期がサルの繁殖期の終盤に差し掛かっていたことが影響している可能性がある。今後、対象個体や各個体の追跡時間を増やして、季節や性別、年齢による違いを更に調べていく予定である。
  • 白澤 子銘, 竹元 博幸, 橋本 千絵, 徳山 奈帆子
    原稿種別: ポスター発表
    p. 67
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    これまで、チンパンジーの狩猟や食生は長年研究が行われてきた。チンパンジーは様々な脊椎動物を捕食することが知られているが、肉食の頻度や獲物の種類は個体群やグループによって異なる。今回我々は、ウガンダのカリンズ森林保護区において、チンパンジーがウロコオリス(英名:Lord Derby's scaly-tailed squirrel)を捕食した初の事例を報告する。ウロコオリスはチンパンジーの様々なフィールドと分布域が重なっているにもかかわらず、チンパンジーがウロコオリスを捕食したという報告は稀で、過去にはシエラレオネのOutamba-Kilimi国立公園で1例が報告されているのみである。今回のケースでは、主に3頭のオスが肉を摂食しており、この時の摂食パターンは通常の獲物を捕食する時のパターンに酷似している。このような稀な事例をより多く観察することで、チンパンジーの狩猟・肉食の文化をより包括的に理解することができるだろう。
  • 吉田 信明, 田中 正之
    原稿種別: ポスター発表
    p. 68
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    近年の深層学習技術の発展・普及により、膨大な映像から、その内容に関する詳細かつ網羅的なデータが抽出可能となった。動物の行動研究においても、目視での観察では困難な、連続的で詳細な行動データが得られると期待される。しかし、学習に用いるデータの量・質などに起因するデータの精度など、実用上の課題も多い。動物園は同一個体の長期的な撮影が可能な一方で、解析に適した映像の撮影は困難であることも多く、このような技術を活用するための方法論が期待される。 発表者らは、京都市動物園で飼育しているニシゴリラ4頭を対象として、深層学習技術により得られるデータの行動研究における利用可能性の評価を試みている。まず、京都市動物園のゴリラ舎の観覧者通路からグラウンド方向に監視カメラ(Axis社 M1065-L)を設置し、日中継続的に映像を記録した。フレームレートは30fpsとした。次に、映像の各フレームを入力とし、各個体の頭、首、両手足等、骨格を構成する身体上の18点の画面上の座標データを出力とする機械学習モデルを作成した。作成には、DeepLabCut 2.3.5を使用した。そして、このモデルを記録された映像に適用し、各フレームに写っている個体ごとに、18点の座標の時系列データを抽出した。入力映像は、2022年3~4月の11日分の映像から動きのある箇所を抽出して使用した。 このデータに基づき、各個体の姿勢を表現する17ベクトルからなるスケルトンデータを算出した。このデータを対象としてk-means法によるクラスター分析を行ったところ、梁上での移動シーンを含む映像のデータが同じクラスターに分類されるなど、記録された行動が抽出したデータに一定程度反映されていることが示唆された。一方、個体の識別間違いや検出漏れに加え、背景からの誤検出など動物園環境の課題も見られた。
  • Jaock KIM
    p. 69-70
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    Grooming in primates is influenced by many variables, such as kinship, gender, age, dominance rank, level of affiliation, or reproductive status. One study suggests that higher-ranking males and females groom the opposite gender less frequently and shorter than lower-ranking males and females in Barbary macaques (M. sylvanus). In Japanese macaques (M. fuscata), however, higher-ranking males groomed estrous females longer than lower-ranking males, and male dominance rank showed no correlation with the duration of grooming they received from estrous females. The grooming between females and males cannot be explained by a single variable such as dominance rank or estrus. Subsequent studies have suggested that complex mechanisms may influence grooming patterns between females and males. I conducted an investigation of the effects of multiple variables which can affect mating partner choice on female and male grooming duration in Japanese macaques. I selected eight females of different (estimated) ages and dominance rank as focal animals from a single group (Miffy) of Japanese macaques living in western Yakushima. I followed the focal animals every other day from October 16 to December 28, 2024, and recorded copulation and grooming with males over the age of eight using continuous sampling method and focal sampling (Total focal sampling time: about 279 hours). Copulation occurrence, estrous status of females, dominance rank of females, age of females, dominance rank of males, age of males, affiliation of male (troop males vs non-troop males), and operational sex ratio (OSR, the number of estrous females per male) were analyzed as a variable that can influence preference of mating partner's choices. Copulation occurrence, estrus of females, age of females, affiliation of male, and OSR showed significant differences, but dominance rank of females, age of males, and dominance rank of males did not show significant differences in grooming duration between the opposite sexes grooming. Estrous females received longer grooming than non-estrous females, and non-troop males received longer grooming than troop males from females had copulated within 10 minutes. Among females had copulated within 10 minutes, older females received longer grooming than younger females from males. As OSR increased, estrous females had not copulated shorter and received less grooming from males. Some of the variables in this research showed an increasing grooming duration in accordance with variables preferred as mating partners in primates. I would like to suggest from this study that grooming between the opposite sexes may indicate preference as mating partners.
  • 山海 直, 小原 実穂, サビツカ エディタ
    原稿種別: ポスター発表
    p. 71
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    【はじめに】室内飼育下カニクイザルの初産の約半数に子育て放棄が認められ、産歴を重ねるにつれて改善されることがわかっている。子育て放棄された子ザルを救うために人工ほ育を試みているが、その中に指しゃぶり行動を示す個体がいることを確認している。ヒトでは指しゃぶりを愛情不足、ストレス、不安といったマイナスの行動として解釈されることもあるが、感情を立て直すための行為、自立のための行為といったプラスの意味に考えられることもある。サルにおける指しゃぶり行動をどのようにとらえれば良いかを考えるために、指しゃぶり行動の発現頻度について調査した。 【方法】医薬基盤・健康・栄養研究所で生まれたカニクイザルを対象に、母親にほ育されている個体100例と人工ほ育中の個体87例で指しゃぶり行動の出現について調査した。観察は1回10分の目視とし各個体2回実施した。観察中に一度でも指しゃぶり行動を認めた個体を「指しゃぶり行動あり」とした。なお、人工ほ育は保温装置を備えた箱の中での2頭飼育としている。 【結果および考察】母親ほ育の子ザルでは100頭中1頭のみ(1.0 %)に指しゃぶり行動の発現を認めた。この個体は139日齢の個体であり母親から離れて行動する時間も多く母親から離れたときに認められた。また、人工ほ育の子ザルでは87頭中74頭(85.1 %)と高頻度に指しゃぶり行動が発現していたが、人工ほ育ザルのすべてに認められるものではなかった。サルの指しゃぶり行動の意味を考えるためには、心理行動学を含む多分野からの解析が必要と考えている。子育てを放棄された子ザルにとって、母親に放棄されたという行為が心理的ストレスとなっているのか否か、感情の立て直しや自立に関連したプラスに解釈できる行動なのかなど、検討すべき課題は多い。
  • 吉田 彩乃, 審 凌佑, 南山 以央理, 井上 英治
    原稿種別: ポスター発表
    p. 72
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    ニホンザルのイモ洗い行動は、霊長類の文化的行動研究の先駆けとなった行動である。飼育下霊長類においても水場と汚れた餌がある環境で食物を洗う行動は観察されているが、千葉市動物公園では餌が汚れていないにも関わらず、ニホンザルによる食物洗い行動が見られる。そこで、本研究では、千葉市動物公園のニホンザルを対象に、いつどのような個体が洗うのか観察し、食物洗い行動の至近要因について検討した。 2021年から2023年の各年の6月から12月に、千葉市動物公園のニホンザル30頭を対象に、給餌時を中心とした観察を計163日間行った。全生起サンプリングを用いて食物洗い行動を観察し、行動を行った個体や餌を記録した。また、2021年に低順位個体で多く観察されたため、オトナ個体を対象に各30分の個体追跡サンプリングを行い、ストレスの指標としてセルフスクラッチの回数を記録した。 計631回の食物洗い行動を観察し、老齢個体1頭と0歳のアカンボウ3頭を除く26頭で食物洗いを行うことを確認した。野菜や果実、固形飼料など様々な餌を洗う行動が観察され、とくにキャベツは219回と洗われる回数が多かった。一年あたりの個体ごとの回数は2021年と2022年、2022年と2023年、2021年と2023年でそれぞれ相関していた。行動頻度が高い個体は3年とも高い傾向にあり、各年において、低順位個体ほど食物洗い行動の回数が多かった。またオトナメスでは、セルフスクラッチの回数が多い個体ほど食物洗い行動の回数が多いことが示され、その傾向は順位が低いほど強かった。さらに、2023年の分析により、攻撃交渉が増加する交尾期の食物洗い行動の頻度が高いことが示された。以上のことから、千葉市動物公園では、ストレスを受けやすい個体が緊張状態の高まる状況において、食物洗い行動を行っていると考えられる。
  • 谷口 晴香
    原稿種別: ポスター発表
    p. 73
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    さるだんごとは、複数の個体が互いに体を接触し休息することで形成されるサルのかたまりのことである。さるだんごは互いの身体を温めあう機能があり、気温の低い日は日中においてもニホンザルはさるだんごを形成する。ニホンザルのアカンボウは冬には母乳に頼りつつも自力で採食する必要が生じ、ときには母親から離れ採食をする。特に、母親不在時に、脆弱なアカンボウが母親以外の他個体とさるだんごを形成することが可能であるかは、彼らの冬季の生存を考える上で重要な視点である。本研究では、冬季のニホンザルのアカンボウのさるだんご相手を調べ、また、生息環境のちがいが、そのさるだんごの構成に影響を与えるかを、落葉樹林帯に属し積雪がある青森県下北半島(以降、下北)と照葉樹林帯に属す鹿児島県屋久島(以降、屋久島)の個体群の地域間比較を行うことにより検討した。2008年度・2022-23年度冬季に下北、2010年度・2020-2021年度冬季に屋久島において、アカンボウを追跡し、さるだんご形成時にはその性年齢構成を記録した。6分以上継続したさるだんごの事例を分析対象とした。両地域ともにさるだんごに母親が含まれる割合は、全体の約8-9割と高かった。母親不在時のさるだんごの構成に地域間で差がみられ、下北と比較し、屋久島はオトナ個体や他のアカンボウとよりさるだんごを形成していた。下北では、アカンボウがオトナ個体やコドモと接触を試みた際に、アカンボウに対し彼らが威嚇したり嚙みついたりするなどの行動がみられた。さるだんごの形成しやすさには、環境要因(積雪や気温)だけでなく、社会的な要因も関連していることが示唆された。近年、屋久島を含むいくつかの地域において、寛容な方向への社会的変異をもつニホンザル集団が存在することが報告されており、その寛容さは母親不在時のアカンボウの暖のとりやすさにも関連している可能性が示唆された。
  • 土橋 彩加, 竹中 將起, 田島 知之, 林 浩介, 池上 知之進, 松本 卓也
    原稿種別: ポスター発表
    p. 74
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    野外環境におけるニホンザルと他種との遭遇事例では、小型哺乳類(例えばムササビ)に対するニホンザルの威嚇・攻撃行動や、捕食者と考えられる他種(例えばイヌやクマタカ)に対するニホンザルの警戒音や逃避行動が報告されている。また、ニホンザルと食物資源競合の関係にある種(例えばニホンジカやイノシシ)に対しては、ニホンザルが攻撃的な反応をほとんど示さないことや、外来種(たとえばヌートリア)に対して複数個体が様子をうかがうことが報告されている。本観察事例のホンドギツネは、ニホンザルの被食事例の報告はないものの、ネズミ・ウサギ類等の小型哺乳類の肉食を中心とした雑食性である。本研究は、ニホンザルとホンドギツネが接近した際の両者の行動を詳細に分析し、両種の種間関係について考察することを目的とする。観察した4事例すべてにおいて、複数頭のニホンザルが警戒音を発しており、警戒音の直後に未成熟個体が地上から樹上へと移動したことが確認された。この反応は、ニホンザルの被食が確認されているイヌ、クマタカ、イヌワシに対するニホンザルの反応の事例に類似している。また、βオスが樹上で警戒音を発するなかで、αオスが警戒音を発さず地上で採食を続ける場面も観察・記録された。一方、観察事例のうち少なくとも3事例では、写真と動画の分析からホンドギツネが同一の個体であると認められた。そのうち1事例では、ホンドギツネがニホンザルの群れの近くを離れる際、地上のニホンザルの糞をくわえて持ち去る行動が観察された。このホンドキツネの行動は、屋久島で報告されたヤクシカのニホンザルの糞食行動に類似している。これらの結果より、ニホンザルの未成熟個体にとってホンドギツネが脅威となる可能性や、食物が少なくなる冬期にホンドギツネがニホンザルの群れに追従している可能性を議論する。会場ではニホンザルと他種との遭遇事例について情報交換を行いたい。
  • 貝ヶ石 優
    原稿種別: ポスター発表
    p. 75
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    多くの霊長類では、毛づくろいを通じて高順位個体と親和的関係を築き、攻撃交渉時の支援や採食場面での寛容性などの利益を得ることが出来る。また社会ネットワーク上で中心的な位置を占めることは、個体に様々な利益をもたらす。そのため霊長類の社会では、毛づくろいパートナーを巡る競合が存在する。本研究ではニホンザルの成体メスを対象に、毛づくろいに3頭目が介入する場面に着目し、介入個体が毛づくろいに新たに加わるか、どちらかの毛づくろいパートナーを乗っ取るかに関わる要因を分析した。また3頭毛づくろいが成立した場合、毛づくろいの持続時間に関わる要因についても分析を行った。淡路島に生息する餌付け集団 (以下淡路島集団) において、2021年7月から2024年3月にかけて468回の介入場面を記録した。介入個体が毛づくろいに参加したのが365回、毛づくろいパートナーの乗っ取りが起きたのが103回であった。説明変数として個体間の順位関係および親密さ、社会ネットワーク上の中心性を考慮して一般化線形モデルによる分析を行った。2017年から2024年にかけての毛づくろいデータを分析したところ、淡路島集団における毛づくろいの方向性には、優劣関係による偏りは見られなかった。すなわち、本集団では高順位個体を巡る競合は弱いと考えられた。毛づくろいパートナーの乗っ取りは、介入個体の順位が毛づくろい中の2個体よりも高い時に起こりやすく、また介入個体は2個体のうち中心性のより高い個体と毛づくろいを行いやすかった。3頭毛づくろいの生起しやすさおよび持続時間には個体間の親密さが関わっており、特に2頭が1頭に対して毛づくろいを行う形では、2頭のgroomer同士の関係性が影響していた。本研究は、毛づくろいパートナーの競合には社会的中心性が関わっていること、および3頭毛づくろいに個体間の親密さが関わっていることを示唆している。
  • 大谷 洋介, Henry Bernard, Anna Wong, Joseph Tangah, Augustine Tuuga, 半谷 吾郎 ...
    原稿種別: ポスター発表
    p. 76
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/08/01
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    捕食圧にさらされる野生霊長類にとって集団サイズは対捕食者戦略上の重要な変数である。一方、集団サイズの増大は集団内競合の激化や遊動距離の増加を招くため、それらのコストと対捕食者戦略上のメリットのバランスが集団サイズの決定要因のひとつとなっている。また、複数の霊長類種で混群の形成が報告されているが、これには一部の集団内競合の増大を抑制しつつ対捕食者戦略上の集団サイズを増加させられるメリットがあるとされている。本研究ではマレーシア・サバ州のキナバタンガン川支流に生息するミナミブタオザル( Macaca nemestrina)、カニクイザル(Macaca fascicularis)を対象に, 河岸出没場所の共起性を検証した。両種は人為的な給餌が存在する場所では混群の形成と交雑の発生が観察されているものの、野生下での混群形成の報告は稀である。2012年6月から2014年7月の434日間, ボートセンサスを実施し対象種の出現場所および行動を記録した。先行研究(Otani et al., 2020)により両種の出現場所に関連があることが示されたが、今回の分析により強い共起性があることが示された。また両種の遭遇時は他の霊長類種との遭遇時に比べて攻撃的交渉の発生頻度が低いことが示された。加えて、少数の例ではあるが両種の個体間でのグルーミングが観察された。両種は河岸での睡眠により対捕食者戦略を軽減していることが指摘されているが、同所的に出現することでその効果を増大させている可能性が示唆された。
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