霊長類研究 Supplement
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第41回日本霊長類学会大会公開シンポジウム
  • 原稿種別: 第41回日本霊長類学会大会公開シンポジウム
    p. 18-19
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    令和7年度科学研究費補助金(研究成果公開発表(B))(課題番号25HP0014)
    第41回日本霊長類学会大会公開シンポジウム

    霊長類学が照らす高校教育における生物学の未来

    日時:2025年7月13日(日) 13:30〜16:30
    場所:大隈記念講堂 大講堂

    近年、高校教育において、学習指導要領の改訂に伴い、「総合的な探究の時間」の導入や教科書の内容の見直しが進められた。新たに導入された「探究」の進め方だけでなく、「生物の進化」の単元が「生物」の教科書の冒頭に配置変更されたことに対して、高校の現場からは、戸惑いの声が上がっているのが現状である。
    霊長類は人類の属する「目(もく)」であり、霊長類学は、生態、心理、ゲノム、保全・福祉など、様々な切り口で霊長類を研究する文理横断型の総合学として発展してきた。これにより、非ヒト霊長類に関する知見にとどまらず、人類の進化についても多くの理解が深まっている。
    本シンポジウムでは、高校教員や高校生をはじめとする生物学に関心を持つ方々に向けて、ヒトに近い霊長類の研究やその手法を紹介し、生物学の面白さや学び方について伝えることを目的とし、生物学をつなぐ重要なテーマである進化や、ヒトの教育、さらには探究への活用に関する講演を行う。
    企画: 井上 英治 (東邦大学・理学部)、河村 正二 (東京大学・大学院新領域創成科学研究科)
    共催: 早稲田大学政治経済学術院

    プログラム
    司会 岡本 暁子 (早稲田大学政治経済学術院)
    13:30〜13:35 趣旨説明
    ● 河村 正二 (東京大学大学院新領域創成科学研究科)
    13:35〜14:00 「高校の生物をおもしろくするために」
    ● 長谷川 眞理子 (総合研究大学院大学名誉教授)
    14:00〜14:25 「霊長類の味覚進化研究の最前線:進化研究はこんなに面白い!」
    ● 糸井川 壮大 (大阪大学蛋白質研究所)
    14:25〜14:50 「ヒト特有の教育を支える脳内基盤」
    ● 明和 政子 (京都大学大学院教育学研究科)
    14:50〜15:00 休憩
    15:00〜15:25 「高校教育での動物園の今日的な活かし方」
    ● 赤見 理恵 (日本モンキーセンター)
    15:25〜15:50 「動物行動の観察法と記録法:高校「探究」へのヒント」
    ● 井上 英治 (東邦大学理学部)
    15:50〜16:00 休憩
    16:00〜16:30 パネルディスカッション
自由集会
  • 原稿種別: 自由集会
    p. 21-22
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    日時
    7/11 13:15 -15:15

    会場
    国際会議場第一会議室

    企画者
    大谷洋介(大阪大学COデザインセンター)、徳山奈帆子(中央大学)、貝ヶ石優(京都大学高等研究院)、高畑由起夫

    概要
    本自由集会では、霊長類研究を出発点に、博士・修士課程修了者が歩む多様なキャリアパスの可能性を共有し、若手研究者を中心とした参加者のキャリアに対する視野を広げることを目的にセミナーを実施します。近年、博士人材を取り巻く環境は大きく変化しており、専門性に加え、研究活動を通じて培われた論理的思考力、課題設定力、対話力といったトランスファラブルスキル(汎用的能力)を活かし、多様な分野で博士/修士人材が活躍する場面が増えています。こうした背景のもと、内閣府や文部科学省は「総合知」や「博士人材活躍プラン」等の方針を打ち出すことで博士人材の多様な活躍を推進しており、研究者側もこうした状況に対応したキャリア意識を醸成する必要性が高まっています。
    本企画では、霊長類学の経験を基盤に社会の場で活躍する方をロールモデルとしてお招きし、それぞれの現職の内容やキャリア形成過程、研究経験の活かし方を具体的にご紹介いただきます。研究者という進路に加えて、学術的素養を社会のさまざまな場で活かす可能性を伝えることで、参加者が自身の将来像を柔軟に構想する一助となることを目指します。

    予定
    1. 主旨説明・情報提供(15分)
    ○ 博士人材のキャリアパスの現状、統計、国の施策等の紹介
    ○ 発表者:大谷洋介(大阪大学)
    2. ロールモデル講演1(15分+質疑5分)
    ○ 民間企業におけるキャリア(出版)
    ○ 講演者:早川祥子氏(Springer Nature Japan)
    3. ロールモデル講演2(15分+質疑5分)
    ○ 民間企業におけるキャリア(保全)
    ○ 講演者:本田剛章氏(株式会社野生動物保護管理事務所)
    4. キャリア支援企業による情報提供(15分+質疑5分)
    ○ 社会で求められる博士人材像、企業からの視点、提供サービスの紹介
    ○ 講演者:森山純氏(株式会社アカリク)
    5. ワークシートの解説(10分)
    ○ 事前配布資料をもとに、個人の振り返りと目標設定のための使用方法を紹介
    6. コメント(10分)
    ○ コメンテータ:高畑由紀夫氏
    7. 総合討論(25分)
  • 原稿種別: 自由集会
    p. 23-24
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    日時
    7/11 13:15 -15:15

    会場
    国際会議場第三会議室

    企画者
    豊田有(京都大学野生動物研究センター)

    概要
    本集会では、ヒト言語に内在する“多義性”や“曖昧さ”がどのようにして芽生えたのかについて、霊長類におけるコミュニケーションの多様性と社会構造の関係から考察する。「霊長類のコミュニケーションと”脳”:社会性を形作る大脳辺縁系回路」では、霊長類における社会性とコミュニケーションの神経基盤について概説し、コミュニケーションの多様さを支える大脳辺縁系ネットワークの役割について議論する。「霊長類の遊びにおけるメタコミュニケーション再考」では、攻撃的な動作を伴う社会的な遊びにおいて、相手へ友好的な意図を伝達するため動物が行なっているとされてきた「メタコミュニケーション」の概念を再検討し、非ヒト霊長類とヒトとの間に見られるコミュニケーション行動の連続性・非連続性を議論する。「ヒト言語の原理と特性」では、ヒト言語に内在する規則とそれに伴って生じる多義性・曖昧性について論じ、非ヒト霊長類との相違・類似を議論する。「ヒト間での言語コミュニケーション方略の違い」では、社会的コミュニケーションに困難を持つ自閉スペクトラム症者の言語運用の特徴に着目し、言語表現による情動伝達の文脈依存性とそのヒト間の異種性について議論する。最後に総合討論を通じて、コミュニケーションにおける『曖昧性』と社会の関係をサル・ヒトそれぞれの事例で比較し、我々の“ことば”の意味の多義性の獲得過程を考察する。霊長類学・神経科学・言語学・精神医学の若手研究者が領域横断的に連携し、既存の枠組みに新たな視点を投じることで、これまでの学術分野に変革をもたらすような新しい研究領域の萌芽を見出す会としたい。

    予定(90分)
    1. はじめに:豊田有(座長)(京都大学 野生動物研究センター 助教)
    2. 「霊長類のコミュニケーションと”脳”:社会性を形作る大脳辺縁系回路」:木村 慧(東北大学 生命科学研究科 助教)
    3. 「霊長類の遊びにおけるメタコミュニケーション再考」:壹岐朔巳(京都大学 白眉センター / ヒト行動進化研究センター 特定助教)
    4. 「ヒト言語の原理と特性」:杉本侑嗣(大阪大学 人文学研究科 講師)
    5. 「ヒト間での言語コミュニケーション方略の違い」:直江 大河(昭和医科大学 発達障害医療研究所 助教)
    6. 総合討論
  • 原稿種別: 自由集会
    p. 25-26
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    日時
    7/11 15:30 -17:30

    会場
    国際会議場第一会議室

    企画者
    辻大和(石巻専修大・理工)・徳山奈帆子(中央大・理工)・竹ノ下祐二(岡山理科大・理)

    概要
    日本の霊長類学は、長らく京都大学などいわゆる研究大学の研究者の主導で進められてきた。一方、近年基礎分野の研究者を取り巻く環境は厳しさを増しており、霊長類学も例外ではない。常勤の研究ポストは削減され、ポストをめぐる競争は激しくなっている。若手が将来に希望を見いだせず、霊長類研究の継続を諦める状況も生じている。日本の霊長類学の研究レベルや国際的なプレセンスを維持するために、若手学会員が安心して研究を続けられるポストの確保は急務である。学会として政府への働きかけを継続することはもちろん大切だが、同時に常勤職についている会員が若手会員にキャリア形成に有益な情報を提供し、彼らの就職をサポートすることも必要だろう。
    本自由集会は「霊長類学を展開する場」としての私立・地方大学を若手会員に認識してもらうことを目的に開催する。私立・地方大は「研究設備/研究資金」「大学院生数」「学務の負担」などの面で、研究大学に比べ研究環境として不利だと見なされがちである。そのような一面は否定できないが、私大・地方大で教鞭をとる教員は、それぞれの職場で霊長類学に関する研究・教育を活発に行っており、さまざまな工夫をして自らの研究環境を整えている。海外調査を継続し、業績をコンスタントに出している教員もいる。大学と周辺自治体との関係が深いことから、農作物被害など地元の問題に特化した研究を展開できる可能性もある。また、研究者を目指さない学生への研究指導・教育は、霊長類学のすそ野を広げることにつながり、そこに教育者としての意義を見出すこともできる。
    本集会では私大・地方大で教鞭をとる会員が、それぞれの環境における教育・研究の現状について説明したのち、集会参加者から異なる視点のコメントをお願いする。本自由集会が、キャリアパスのひとつとして私立大・地方大に興味をもつ機会になることを望む。

    予定(90分)
    1. 竹ノ下祐二 「学部教育における霊長類学」
    2. 菊池 泰弘 「地方大医学部での霊長類学のすすめかた」
    3. 辻 大和  「地方私大における霊長類研究」 
    4. 総合討論
    *コメンテーター数名を予定
  • p. 27-28
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    日時
    7/11 15:30 -17:30

    会場
    国際会議場第三会議室

    企画者
    松本卓也(信州大・理)、清家多慧(椙山女大・人間学・ジェンダー研究センター/学振PD)

    概要
    タンザニアのマハレは、1965年に当時大学院生であった西田利貞がチンパンジーの餌付けを目的に調査を開始してから今年で60年を迎える。60年と言えば、人間では還暦である。この間、ベテラン研究者の死去や引退による代替わり、タンザニアの国内事情の変化、日本の国力の相対的低下(円安)、学生などの若手研究者の減少、そしてまだ記憶に新しいコロナ禍など、マハレでの調査はさまざまな困難に面してきた。そうした中で、細々とながらも、これだけの長きにわたってフィールド研究が継続できている例は、世界的に見ても稀有である。
    周知のとおり、マハレの初期の研究では、チンパンジーの社会構造の解明が中心的な課題であった。その後も長い間、研究対象はほぼチンパンジーのみであった。一方、この10年ほどは同所的に生息するヒョウやアカオザルを対象とした研究が精力的に展開されているし、チンパンジーやその他の動物の研究にも新たな手法の導入が試みられている。本自由集会では、そうした比較的最近のマハレでのフィールド研究の動向を紹介するとともに、今後の展望について議論する。
    長期調査地だからこそできることは何か、そして長期調査地を維持するためにやってきたこと・目指すことは何かといった点について、他の調査地の研究者などとも意見交換できればありがたい。

    予定
    1. 中村美知夫(京都大・理学研究科)「マハレ調査60年史略―黎明期を中心に」
    2. 松本卓也(信州大・理学部)「チンパンジーの行動観察へ還る―「私に回ったアフリカの毒」のその後」
    3. 仲澤伸子(専修大・経営学部)「痕跡と写真からスタートした13年―とらえたヒョウの影」
    4. 清家多慧(椙山女学園大・人間学・ジェンダー研究センター)「アカオザルにとっての“他種”とは―混群・捕食・人付け」
    5. 川添達朗(里地里山問題研究所/東京外語大・AA研)「霊長類を中心とした動物相の多様性と相互作用―マハレにおける調査エリア拡張の意義」
  • 原稿種別: 自由集会
    p. 29
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    日時
    7/11 17:45 -19:15

    会場
    国際会議場第一会議室

    企画者
    半谷吾郎(京都大学生態学研究センター)

    概要
    日本霊長類学会では、2024年1月に野外調査安全管理タスクフォースを発足させ、野外調査中の安全管理についての検討を開始した。これまで、以下の活動を行ってきた。(1)2024年の第40回大会で自由集会「霊長類の野外調査時の安全管理」を開催するとともに、その記録を「霊長類研究」にまとめ、霊長類の野外調査の安全管理を、各研究機関や調査地がどのように行っているかを紹介し、情報交換をおこなった。(2)霊長類の野外調査中の事故事例・ヒヤリハット事例を収集し、会員ページで公開した。(3) 2024年の第40回大会で「霊長類の野外調査中の安全に関する特別集会」を開催し、霊長類の野外調査中に事故に遭われた方のご家族のお話をお聞きした。(4)会員に対するアンケートを実施し、霊長類の野外調査の安全管理についての実態把握を行った。本集会では、これらのタスクフォースの活動について紹介するとともに、「フィールド調査のための安全管理マニュアル」を出版するなど、安全管理の取り組みを長年続けている日本生態学会安全管理専門委員会の委員の方に、日本生態学会の活動を紹介していただく。最後に、日本霊長類学会として、安全な野外調査の実現のためにどのような取り組みができるか、会員の皆さまと議論を行い、タスクフォースの提言としてまとめたい。

    登壇予定
    勝野吏子(大阪大学人間科学部)、北村俊平(石川県立大学生物資源環境学部/日本生態学会安全管理専門委員会)、半谷吾郎(京都大学生態学研究センター)
  • 原稿種別: 自由集会
    p. 30-31
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    ● 共催:早稲田大学政治経済学術院
    ● 令和7年度科学研究費補助金(研究成果公開発表(B))(課題番号25HP0014)

    日時
    7/11 17:45 -19:45

    会場
    国際会議場第三会議室

    企画者
    井上英治(東邦大学理学部)、岡本暁子(早稲田大学政治経済学術院)

    概要
    高校教育において、「総合的な探究の時間」が導入され、多様な探究活動が実施されている。探究学習は、予測困難な時代の課題に対応するために、自分で考えて自分なりの答えを見出す人を育成するために取り入れられ、科学的に重要な発見のある研究とは異なり、その過程が重視されている。一方で、探究学習の一部は、国内学会での発表にも発展しており、そこでは過程よりも研究としての質が重視され、優秀賞などの審査が行われることが多い。日本霊長類学会においても、長年、中高生ポスター発表を実施しており、ポスター発表に研究者が積極的にコメントをするなど、中等教育に関わってきた。
     本自由集会では、高校教員が探究をどのように指導しているか、何に困っているかについて、話題提供を行うとともに、学会として、研究者として、高校の探究に何が貢献できるかについて考える機会を与える場を設けることを目的とする。

    予定
    1. 趣旨説明
    井上英治(東邦大学)
    話題提供
    2. 高校における実践例
    前川幸代(南山高等学校・中学校女子部)市石博(東京都立国分寺高等学校)
    3. 大学における課題解決型学習の実践と課題
    大谷洋介(大阪大学)
    4. 大会における中高生発表の現場から
    下岡ゆき子(帝京科学大学)
    5. コメント
    園池公毅(早稲田大学)
口頭発表
  • 清家 多慧
    原稿種別: 口頭発表
    p. 50-51
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    一般に,集団の結束力を高めることは捕食者から身を守る有効な方法であるとされている。しかし,対捕食戦略としての群れの凝集性の変化をしらべた研究において「誰がその凝集の中心的存在になっているか」という点に関してはこれまであまり注目されてこなかった。多くの霊長類では一般的にオスが捕食者防衛において重要な役割を果たすと考えられている。そのため,捕食リスクのある状況では成体オスが防衛の中心的存在となり,メスや未成熟個体にとってはオスとの接近が重要視されることが予測できる。そこで本研究では,マハレ山塊国立公園に生息するアカオザル(Cercopithecus ascanius)を対象に捕食者の接近が群れ個体間の近接に与える影響についての調査を行った。アカオザルは単雄複雌群を形成する樹上性オナガザルの一種である。本調査地にはアカオザルの捕食者としてチンパンジー,ヒョウ,タカの3種が生息している。まず,3種の捕食者それぞれに対してアカオザルが群れの凝集性を高めるか否かを個体間の近接時間に基づいて分析した。その結果,3種の捕食者のうち,タカの接近があった場合にのみ,群れはその後しばらくの間,群れの凝集性を高めることが分かった。さらに,その際の近接関係から,群れはオトナオスを中心に凝集性を高めているということが明らかとなった。タカに捕食される危険が高まった際,メスはオトナオスの近くにいることで、捕食される危険を減らしていると考えられる。これらの結果は,アカオザルにおいて捕食者,特に猛禽類からの防衛が,オトナオスを中心とした群れの結束に重要な役割を果たしていることを示唆している。これまでの研究で,マハレのアカオザルの群れはオスを中心としたゆるやかな集まりであることが示されている。本研究の結果は,マハレのアカオザルの空間的にオス中心の社会関係が,特に猛禽からの捕食リスクへの反応によって構築されている可能性を示唆している。
  • 姉帯 沙織, 時田 幸之輔, 姉帯 飛高, 小島 龍平, 鳥海 拓, 平崎 鋭矢, 遠藤 秀紀
    原稿種別: 口頭発表
    p. 52
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    霊長類の多様な運動様式においては前肢への体重負荷が変化する。前肢の体重支持を担う筋群は, 種ごとの運動の特徴を反映する可能性がある。そこで, 肩甲骨と体軸骨格をつなぐ筋群である前鋸筋(SA), 肩甲挙筋(LS), 菱形筋(Rh)より構成される背側肩帯筋(DSG)に注目した。本研究では, DSGの形態学的特徴を比較し, その形態形成と形態決定要因を明らかにすることを目的とした。狭鼻猿4種16側(ヒト, チンパンジー, カニクイザル, フランソワルトン), 広鼻猿4種10側(クモザル, リスザル, アカテタマリン, フサオマキザル), 曲鼻猿3種6側(エリマキキツネザル, ワオキツネザル, ポト)のDSGの形態と支配神経を調査した。DSGは, LSの起始範囲に基づき3型に分類された:LSが第1–7頸椎横突起から起始し, 第1肋骨から起始するSAと連続する連続型;LSが第1–4頸椎横突起から起始し, LSとSAが分離する分離型;連続型と分離型の中間型。分離型にはヒトとチンパンジー, 中間型にはリスザルとアカテタマリンが含まれ, それ以外は連続型に分類された。DSGの支配神経はC4–7の分枝であり, C5の支配領域に分類間の違いがみられた。C5由来の神経は, 連続型と中間型ではLS下部に, 分離型ではLS下部とSA上部に分布していた。連続型の種が最も多いことから, 霊長類DSGの祖先形は連続型と推測される。支配神経の分布様式から, 連続型においてC5支配領域であったLS下部がSA上部に移行することで分離型DSGが成立したと考えられる。分離型は類人猿のみであることから, 類人猿におけるSA上部の機能的重要性が示唆される。類人猿の前肢形態に影響する運動にブラキエーションが挙げられるが, 類似した運動や骨格形態を持つクモザルは連続型であった。よって, DSGの形態決定には系統による制約が示唆される。本研究は, EHUB共同利用研究にて実施された。
  • 金原 蓮太朗, 角田 史也, 香田 啓貴, 松田 一希, 半谷 吾郎
    原稿種別: 口頭発表
    p. 53
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    音声は森林など視覚的に乏しい環境で有効なコミュニケーション方法であり、群れの凝集性の維持に寄与すると考えられている。ニホンザルで最も発されるクーコールは、コンタクトコールの1種であり、2個体で鳴き交わされることが特徴的である。クーコールの発声頻度については多数の研究が行われており、その個体の活動・周囲の個体数・視覚的条件など様々な要因が影響を与えることが指摘されている。一方でクーコールの鳴き交わしがどのような要因・ペアで生じやすくなるか検討した研究は少ない。個体間距離が影響を及ぼすことが指摘されてはいるが、ペア数の少なさから普遍的な傾向であるのか不明である。また、家系内や家系の最高齢の個体間で鳴き交わされやすいことを指摘する研究もあるが、録音した音声から発声個体を推定するという手法で行われたため、音声から同定しにくい個体が過小評価されている可能性がある。このように、クーコールの鳴き交わしがどのような状況で成立しやすいのか、またどのようなペアで成立しやすいのかは不明な点が多い。そこで、本研究では2024年5月から7月にかけ、2名の観察者がそれぞれの個体を同時に1時間追跡し、記録したクーコールの発声時刻をもとに、発声の同期が生じやすくなる状況、ペアについて検討した。追跡対象としたのは、屋久島の西部低地域に行動圏を持つ1群のオトナメス13個体であり、観察者が携帯したGPSによって位置情報を記録した。対象群はオトナメス8個体と5個体の安定したサブグループ傾向が強く見られ、サブグループ間での同時追跡は行わなかった。分析の結果、個体間距離が鳴き交わしの頻度に影響を及ぼすことが明らかになった。鳴き交わしが生じやすいペアは発声の同期が起きやすい状況とペアの傾向から、鳴き交わしの役割について考察する。
  • 伊藤 滉真, 田中 正之, 吉田 信明, 荻原 直道
    原稿種別: 口頭発表
    p. 54
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    アフリカの大型類人猿であるゴリラとチンパンジーは,ともに前肢の背側を接地する特異な移動様式であるナックルウォーキング(knuckle-walking, KW)を採用している。このKWが,両種の共通祖先に由来する相同形質であるのか,それとも独立に進化した類似形質(収斂進化)であるのかについては,現在も議論が続いている。本研究では,ゴリラのKWにおいて身体に作用する床反力を計測し,先行研究により報告されているチンパンジーのKW床反力データと比較することで,両者のKWが力学的に共通するものか否かを検討した。具体的には,京都市動物園のゴリラ飼育舎内の運動場において,幅15 cmの水平な梁の途中に,6軸ロードセルを用いた床反力計(15 cm × 20 cm)を直列に2台設置し,その上を自然な生活の中で自発的にKWする成体ゴリラ3個体の前肢・後肢に作用する床反力を計測した。3個体合わせて計90試行の定常KW動作の床反力波形を比較・分析した結果,チンパンジーでは後肢鉛直床反力の最大ピークが前肢の約1.5倍程度大きく,後肢による体重支持の割合が高いのに対して,ゴリラでは後肢の床反力ピークはやや大きいものの前肢とほぼ同等であり,両種の間に明確な違いが見られた。また床反力データからKW時の身体重心の位置エネルギーと運動エネルギーの時間変化を導出したところ,2個体で両者はきれいな逆相を示し,倒立振子メカニズムに基づくエネルギー回収率が相対的に高い,つまり相対的に効率の良いKWをゴリラは実現できていることが示唆された。体サイズで正規化した速度指標であるフルード数がゴリラのKWのほうがかなり小さいため,チンパンジーとの直接的な比較は困難な側面もあるが,本研究で得られた特徴的な床反力パターンと高いエネルギー効率は,ゴリラのKWがチンパンジーのそれとは生体力学的に異なる可能性を示しており,KWが両種において独立に進化した,すなわち収斂進化である可能性を示唆すると考えられる。
  • 片山 洸彰, 山田 一憲, 勝 野吏子
    原稿種別: 口頭発表
    p. 55
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    ニホンザルの順位関係は,マカクの中でも厳格であることが知られている。しかし,集団内には優位個体の接近を気にしない緩やかな関係もあれば,優位個体を見るとすぐに逃走する緊張感の高い関係もある。こうした集団内の多様な関係に影響する要因として,個体の個性に着目した研究はほとんどない。本研究では,ニホンザルが互いの個性に応じて社会関係を調整しているのかを明らかにすることを目的とした。具体的に,優位個体の攻撃性の高さに応じて,劣位個体が逃避を開始する距離を調節しているのかを検討した。嵐山集団において非血縁個体間のサプラント場面をアドリブ法により動画で収集し,優位個体と劣位個体のダイアドごとの逃避開始距離が2m以上か未満かを記録した。さらに,優位個体の普段の攻撃行動の頻度を評価するために,オス6頭,メス32頭の計38頭(18.8 ± 10.4歳齢)を対象として日常場面の20分間の個体追跡を行い,威嚇または攻撃(追いかける・噛みつく)を記録した。総観察時間は337時間(8.9 ± 2.1時間/頭)であった。逃避開始距離を記録したダイアドのうち,この38頭が優位個体となったダイアドを解析に使用した。サプラントに加えて,威嚇または攻撃といった敵対的交渉をアドリブ法により記録して順位を決定し,ダイアドの順位差を算出した。攻撃行動の頻度について,個性の有無の指標となる反復率を計算したところ,順位や性別の影響を統制しても攻撃行動には時間的に安定した個性があることがわかった。逃避開始距離に関して,優位個体の普段の攻撃行動の頻度が高いと,ダイアド間の逃避開始距離が2m以上になりやすかった。順位差は逃避開始距離に影響していなかった。また,分析したダイアドのほとんどは個体追跡中に毛づくろい交渉がなかったダイアドであった。これらの結果は,ニホンザルは順位差よりも,優位個体の攻撃性を評価して個体間距離を調整していることを示唆している。
  • Min Hou, Ziqiao Lin, Shu Sun, Muhammad Shoaib Akhtar, Takashi Hayakawa ...
    p. 56
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    Gibbons, lesser apes, are characterized by their evolutionary plasticity of the chromosomal organization (karyotype). It is not well understood if and how this instability affects evolution of multigene families such as bitter taste receptor genes (TAS2Rs). TAS2Rs are spread into multiple chromosomes and are clustered in these chromosomes. The aim of this study is to elucidate the composition of TAS2R gene family across different gibbon species and compare them with other hominoid species to shed light on the influence of chromosomal instability to the gene composition. We examined fourteen individuals from nine gibbon species representing all four genera: Hylobates, Hoolock, Nomascus and Symphalangus. High-throughput targeted capture technology was employed to selectively enrich TAS2Rs, followed by short-read high-depth massive parallel sequencing. We showed that gibbons have 19 to 21 intact TAS2Rs, considerably fewer than 32 intact TAS2Rs estimated to have existed in the common ancestor of hominoids. Expectedly from the chromosomal instability, a gene cluster spanning approximately 125 kb-170kb including five TAS2Rs found in other hominoid species was lost in all gibbon species. This suggests that the region was lost at the common ancestor of all gibbon genera. Gibbons’ unique ecological niche as a swift brachiator may provide gibbons with an ecological superiority even with the reduction of large number of TAS2Rs which are usually required to select non-toxic foods in competition with other animals.
  • 田辺 雄亮
    原稿種別: 口頭発表
    p. 57
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    毛づくろいはニホンザル(Macaca fuscata)の社会において最も頻繁に行われる社会交渉のひとつである。毛づくろいには,体毛についたシラミ卵を除去する衛生的機能と,個体間の親和関係を形成・維持する社会的機能があることが知られている。これらの機能の存在を考えると,正しく毛づくろいができる能力の獲得はニホンザル社会において重要な意味をもつ。毛づくろいにおいて微小な卵を的確に除去するには指先の精密な動きが求められるが,こうした技術は生得的に備わっているものではなく,個体の成長に伴って発達すると予測される。そこで本研究は,毛づくろい技術の発達過程を明らかにするために、ニホンザル嵐山群において1~5歳の全26個体およびその母親の一部8個体を対象に,毛づくろいの様子をビデオカメラで詳細に記録した。毛づくろい技術を評価する指標として,シラミ卵の除去に成功する「除去成功率」と,シラミ卵の除去を途中で諦める「除去中止率」を設定し,年齢間で比較した。また,嵐山群ではシラミ卵の除去時に口を用いる個体が多く観察されたため,毛づくろい技術の指標として「口の使い方」を追加で設定した。調査の結果,指を用いた場合の除去成功率は2歳でオトナと同等になることが分かった。一方,口を用いた場合の成功率は1歳の段階でオトナと同程度となった。また、除去中止率は1歳で高かったが,2歳以上ではオトナとの差はなかった。これらの結果から、指先の微細な操作を必要とする毛づくろい技術は、1歳から2歳にかけて獲得されると考えられる。また,口の使い方はコドモ期の途中に変化しており,永久歯の萌出時期と関連している可能性がある。ニホンザルにおいて複雑な操作が必要な他の行動と比較すると,毛づくろい技術は比較的早期に発達していた。この結果は,日常的によく行われ、複合的な機能をもつという、ニホンザル社会における毛づくろいの重要性を反映していると考えられる。
  • -タイワンザルとニホンザルの比較研究-
    南川 未来, リー ワンイ, 半谷 吾郎
    原稿種別: 口頭発表
    p. 58
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    腸内細菌叢は,遺伝的な宿主要因や食性などの環境要因により影響を受け,柔軟に変動することが知られているが,宿主の種と環境要因のどちらが強く影響するかはまだ定かでない。そこで,本研究では,タイワンザルの野生群・餌付け群・飼育群のそれぞれで糞便サンプルを採集し,既に報告されているニホンザルの野生群・餌付け群・農作物利用群・飼育群で腸内細菌叢の組成が有意に異なることを明らかにした研究(Lee at al. 2019)と比較することで,近縁種間で宿主の種と環境要因のどちらが腸内細菌叢の組成に強く影響するかを調べた。野生のニホンザルの研究はこれまで数多くなされてきた一方で,野生のタイワンザルの研究はまだ少なく,特に腸内細菌についてはまだ研究がない。多くの霊長類が熱帯地域に生息するなか,温帯地域に適応しているニホンザルは例外的であるが,タイワンザルは,温帯と熱帯の中間に分布する点で興味深い。そのため,タイワンザルの野生群を含め比較検討することで,腸内細菌を介した環境への適応についての理解を深めることができる。16S rRNA遺伝子 V3-4シーケンス解析により,両種について腸内細菌叢の比較を行ったところ,野生・餌付け・飼育の環境要因は,宿主の種よりも強く影響し,両種の腸内細菌叢は環境要因によってよりまとまってクラスター分けできることが明らかになった。特に野生群同士の類似度が高く,飼育群同士での類似度は比較的低かったため,食性の差が強く影響していると考えられる。このことから,ニホンザルの近縁種であるタイワンザルでは,ニホンザル同様に環境によって腸内細菌叢が変動し,多様な環境に適応していることが示唆された。本研究は,同属の近縁種が同様の環境に置かれたときに,類似した腸内細菌叢を形成することを示す一例を提示する。
  • 井副 和貴
    原稿種別: 口頭発表
    p. 59
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    長野県山ノ内町の地獄谷野猿公苑周辺に生息している地獄谷群のニホンザルは,公苑内にある温泉に入浴することが知られている。この行動は1962年に初めて記録されて以来,現在まで同群で継続してみられ,ニホンザルの文化的行動の一つであるとされる。しかし入浴行動に関する研究は少なく,行動の創出から63年が経った現在でも,気温と入浴行動の関連といった基礎的なデータすら十分とは言えない。また,温泉資源をめぐる競争が示唆されているものの,順位と入浴との関係についても明確にはなっていない。そこで本研究では,どのような個体がいつ温泉を利用し,温泉内で何をしているか明らかにする。調査は2024年7月から11月にかけて行った。地獄谷群の全200頭ほどのうち59頭を識別し,識別個体の入浴回数・入浴時間・入浴開始直後の行動を,定点ビデオカメラで記録した。全入浴行動のうち,84.3%は40頭の識別個体によるものであった。入浴個体のほとんどは上位3家系に属していたが,同時に低順位個体が入浴する様子も観察された。入浴個体数は冬季に多く,先行研究の結果に一致した。さらに,夏にも冬にも入浴した個体では冬季の入浴回数が多く,入浴時間も長かった。また,冬季の10分ごとの温泉入浴個体数と気温には負の相関があった。つまり,地獄谷のニホンザルが気温の低下に応じて入浴行動を増加させている可能性が示唆された。また,夏季の入浴では入浴開始直後に採食をすることがほとんどであった一方で,冬季は採食の他,休息・毛づくろい・自己毛づくろいをする割合が大きかった。入浴中の毛づくろいや自己毛づくろいの増加は,冬季に温泉内の個体密度が高まることに伴う緊張を緩和することと関係しているのかもしれない。
  • 横山 拓真, Jaock Kim, 高岡 智子, 北山 遼, 早川 卓志
    原稿種別: 口頭発表
    p. 60
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    性器擦り行動(genito-genital rubbing:以下、GG rubbing)は、ボノボ(Pan paniscus)において頻繁に観察される社会的・性的交渉である一方、チンパンジー(Pan troglodytes)における報告例は極めて少ない。二種は進化的に近縁であるにもかかわらず、チンパンジーにおいてGG rubbingがほとんど見られない理由は、未だ明らかになっていない。本研究では、札幌市円山動物園において、GG rubbingを習慣的に行うオトナメスのチンパンジーを対象に、行動観察およびビデオ撮影を実施し、ボノボのGG rubbingと比較した。チンパンジーのGG rubbingに関するビデオ記録は、本研究が初めての事例と考えられる。分析の結果、チンパンジーにおけるGG rubbingは、明確な勧誘行動を伴わずに開始されることが多く、抱擁などの相互的な身体接触は確認されなかった。また、行動中に相手個体が身体的反応を示さないことが多かった。GG rubbingはいくつかの社会的文脈で観察されたが、とくに採食時に多く確認された。今後、本個体群においてGG rubbingが習慣的に行われる要因を明らかにするためには、長期的な行動観察が求められる。Pan属二種におけるGG rubbingを種間および種内で比較することは、社会的・性的交渉の生物学的基盤に関する理解を深めるうえで、重要な知見を提供すると考えられる。
  • 島田 将喜
    原稿種別: 口頭発表
    p. 61
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    霊長類において社会的遊びは、毛づくろいと並ぶ親和的な社会行動の一つである。多くの種では未成熟期に高頻度で見られるが、成熟期以降にはその頻度が大きく減少する傾向がある。一方、チンパンジーでは、生涯を通じて社会的遊びが見られることが知られているが、とくに成熟期以降、なかでも老齢期における遊びの特徴やその機能については、未だ十分に解明されていない。本発表では、老齢期(40歳以上)を含む野生チンパンジーの社会的遊びの特徴を報告する。2001年から2018年までマハレ山塊国立公園に生息するM集団を対象として実施された6回の現地調査で得られた行動観察データを分析に用いた。各性年齢カテゴリーの個体について、1分間隔の瞬間サンプリング法によりアクティビティを記録した(総追跡時間: 802.3時間)。社会的遊びが観察された場合には、遊び相手、非接触遊び(追いかけっこやサークル)を含むか否かを記録した。行動割合や非接触遊びの変化、遊び相手の属性に対して、階層ベイズモデルを用いた回帰分析を行った。その結果、オス・メスともにオトナ期から老齢期にかけても社会的遊びが消失せず、平均して観察時間の約1.4%(95%CrI: 0.69~2.13%)が社会的遊びに費やされていた。加齢に伴い、社会的遊びの割合は減少する一方、毛づくろいの割合は増加した。また非接触遊びを含む割合も加齢とともに減少した。さらに老齢オスは、他の性・年齢カテゴリーと比較して、アカンボウやコドモを相手とした遊びの比率が高かった。またオトナメスは、オトナや老齢個体を遊び相手にする傾向が他のカテゴリーに比べて低かった。これらの結果は、加齢に伴う社会的関係の変化を示した先行研究(Rosati et al., 2020)を支持しており、老齢個体が高頻度の毛づくろいだけでなく、若い世代とは遊びを通じて親和的関係性を維持することで、間接的に集団の安定に寄与する「社会的接着剤(social glue)」としての機能を果たしている可能性が示唆される。
  • 中道 正之, 山田 一憲
    p. 62
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    母ザルが死亡した子ザルを持ち運ぶことは多くの霊長類種で報告されているが、成体の死体に対する集団メンバーの反応を記録した研究はわずか45論文に限られている(Minami & Ishikawa, 2023)。私たちは勝山餌付けニホンザル集団(岡山県)で死亡直前または死亡した成体の合計4頭(事例①及び②28歳の第1位オス、③28歳の高位メス、④12歳の第4位オス)に対する集団メンバーの行動を観察することができた。生存中の4頭のそれぞれの毛づくろい及び近接関係を定量的に把握していたので、死亡直前または死亡直後の各個体への集団メンバーの反応が親和関係によって影響を受けたのかどうか、さらに、4頭の身体状況(ウジの有無など)が集団メンバーの行動に影響したのかどうかを検討した。事例①、②、③の3個体は28歳の高齢のために痩せる、不安定な歩行などの老化の兆候がすでに顕著であった。どの個体も咬まれ傷などにウジが発生し、それと同時に、それまで親和関係のあった個体も含めて、これらの3頭と関わらなくなった。但し、事例①のウジの発生した第1位オスに対して、最頻毛づくろい相手であった第1位メスだけが毛づくろいし、ウジも手でつまみ、食べていた。事例②のオスの死体のそばに留まっていた3頭のオトナメスと1頭の2歳メスは、死体への接触はなかったが、このオスと毛づくろい関係のある個体であった。事例④のオスの死体(外傷、ウジなし)が発見されたとき(12月初旬)、周囲5m以内には成体メス7頭、成体オス3頭、未成体3頭が休息しており、どの個体も死体を避けるような行動を示さなかった。このオスの最頻毛づくろい相手であったオトナメスの娘(2歳)が死体に毛づくろいすることもあった。以上から、ニホンザルはウジがわいた死亡直前または死亡した個体を避けるが、親しかった個体の中には、死体の近くに留まる場合もあるといえる。
  • 田中 理暉, 高野 智, 平崎 鋭矢, 荻原 直道
    原稿種別: 口頭発表
    p. 63-64
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    ヒトの最も特徴的な行動の一つに,道具の製作と使用がある,この能力は初期人類の段階から見られ,彼らの行動や生存に大きな影響を与えるとともに,手の形態・構造の進化過程にも影響を及ぼした。しかし,道具を使用するのはヒトに限らず,他の霊長類においても道具使用が確認されている。特にチンパンジーにおいては文化的多様性が存在し,多くの個体が枝を用いてアリやハチミツを採取するなどの行動を示す。その中でも,ニシチンパンジーは唯一,石を道具として用い,木の殻を割って中の実を食べる行動が観察されている。本研究では,このようなチンパンジー間に見られる道具使用文化の違いによって異なる選択圧が生じ,手の形態,特に物体把握に重要である末節骨に影響を与えているかどうかを検証することを目的とした。具体的には,遺伝的・地理的に隔たるニシチンパンジーとヒガシチンパンジーの手指末節骨形態を,7項目の直線計測に基づく主成分分析を通じて比較した。その結果、石を道具として使用するニシチンパンジーは、石を用いないヒガシチンパンジーに比べて,母指および示指の末節骨粗面の幅が相対的に有意に広いことが示された。末節骨粗面が広いことは物体把握の際に指と物体との接触面積が増し,より安定した把持が可能になる。このため木の実を主なエネルギー源とする必要のある環境下で,ニシチンパンジーにおいて石を安定して保持・操作しやすい形態が選択された結果と考えられる。母指および示指の末節骨粗面が広いことは,従来,精密把持と関連づけられて議論されてきたが,本研究の結果は、強い力を要する握力把持機能とも強く関係することを示唆している。道具使用文化が形態進化に与える影響を明らかにした本研究は,ヒトの手の進化的起源を理解するうえでも重要な知見を提供すると考えられる。
  • 櫻木 正太, 大秦 正揚
    p. 65
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    天敵捕食者のような脅威や危険を及ぼす対象に対して,警戒し適切に反応できる個体は生存上有利である。ヒトを含む霊長類は,ヘビ類を瞬時に見分けられる能力やヘビ類に対して強い嫌悪感・恐怖を抱くといった特性を持っている。このことから,ヒトを含む霊長類の共通祖先の主たる天敵捕食者はヘビ類であったことが示唆され,霊長類はヘビを検出するために脳(とくに視覚システム)を大きくしたという「ヘビ検出理論」が提唱されている。これまで,ヘビに対する忌避に関する研究は多くの霊長類を対象に行われてきた。これらの研究から,ヘビの認識と忌避には霊長類個体の経験と年齢が影響していることがわかってきている。そのため,ヘビ認識についての理解を深めるには,ヘビに遭遇する機会が少ない飼育下や行動範囲が小さい餌付け集団の個体に加え,ヘビに遭遇する機会の多い野生下の個体がヘビに対してどのような反応を示すのかを知ることは重要であるだろう。そこで今回我々は,ニホンザルの野生集団の個体を対象にヘビの模型に対する忌避反応の調査を行った。事前調査で判明した調査地内のニホンザルの移動ルート上にヘビの模型を設置した。その後,調査地に群れが移動してきた際にルート上のヘビ模型に対する反応をセンサーカメラで記録し,詳細に分析した。調査期間の中に,ルート上にヘビ模型が存在する期間とヘビ模型が存在しない期間を二回繰り返して,ニホンザル個体のルート選択の変化を記録した。また,ニホンザル個体がヘビの模型に目を向け立ち止まった後,その個体がヘビの模型に対してどのような反応を示すのかを観察し,雌雄およびコドモ間で行動を比較した。その結果,ヘビの模型設置直後はヘビが存在するルートを避けるが時間とともにその行動傾向が変化すること,雌雄で忌避行動に違いがあること,コドモの忌避反応が親世代に比べて弱いことが明らかとなった。これら結果について,考察を行う。
  • 櫻屋 透真, 江村 健児, 荒川 高光, 平崎 鋭矢, 薗村 貴弘
    p. 66
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    霊長類の足趾の屈曲は,各種のロコモーションに適応し,異なる動作に機能する。足趾を屈曲する短趾屈筋はヒト科内において,起始する部位や停止する足趾に種間差が報告されており,足趾機能の種間差との関連が示唆される。しかし,ヒト科における短趾屈筋の系統発生を検討するために必要な,詳細な形態学的情報が未解明である。そこで本研究では,ヒト8側,チンパンジー2側,オランウータン2側を対象に,詳細に短趾屈筋の形態を比較した。ヒト4/8側で短趾屈筋は第5趾への停止腱が欠如し,うち3側で長趾屈筋腱から起始する筋腹がみられた。7/8側は内側足底神経支配で,残り1側は内側足底神経に加えて外側足底神経が第4趾への筋腹に進入する二重支配であった。チンパンジーでは,全例で踵骨隆起と足底腱膜から起始する筋腹が第2,3趾に停止した。また脛側趾屈筋(長趾屈筋)腱から起始する筋腹が第4,5趾に停止し,他種と比較して発達していた。チンパンジーでの短趾屈筋相当の筋腹は全て内側足底神経支配であった。オランウータン1/2側では,踵骨隆起から2つの筋腹が起始し,それぞれ第2趾と第3趾に停止した。第2趾停止筋腹は内側足底神経支配であり,第3趾停止筋腹は内側・外側足底神経の二重支配であった。残り1側では,踵骨から起始し第2趾から第4趾に停止する筋腹と,脛側趾屈筋腱から起始し第5趾に停止する筋腹がみられた。前者は内側足底神経,後者は外側足底神経に支配された。本研究により,ヒト・チンパンジー・オランウータンの短趾屈筋は,第4趾と第5趾へ停止する筋腹の起始と,外側足底神経に支配される筋腹部分の有無に個体差・種間差があることが明らかになった。ヒトの短趾屈筋が他種よりも内側優位な構造となったことは,ヒト足部の運動軸が他種より内側の第2趾へ移行していることに関連している可能性が示唆された。
  • 根地嶋 勇人, 勝 野吏子, 山田 一憲
    原稿種別: 口頭発表
    p. 67
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    ニホンザルの子は授乳を試みる際に鳴くことがあり,これは授乳要求のシグナルであると考えられている。授乳を試みた際に子は母親に拒否されることがある。子の鳴き声が授乳要求のシグナルとして機能しているのであれば,授乳の試み時に子が鳴けば母親は授乳を許しやすくなると考えられる。正直な信号仮説では,鳴き声などのシグナルにコストが伴うことで正直さが担保され,受信者はそのシグナルに反応すると考える。子の鳴き声にコストが伴うのであれば,授乳成立割合を高める効果があるとしても,既に十分授乳の成立が期待できる場面では子は鳴かないと考えられる。そこで本研究ではニホンザルにおいて,授乳の試み時に子が鳴くと母親が授乳を許しやすくなるか,そして授乳の成立割合が高い場面では低い場面に比べ子が鳴き声を発する割合が低いのかを検証した。勝山集団と地獄谷集団のニホンザルにおいて,1歳の子とその母親23組を対象に,1組あたり10時間の観察を行った。子が乳首に口を近づけて授乳を試みた際の鳴き声の有無,母親が行っていた行動,授乳が成立したかを記録した。子が鳴きながら授乳を試みた際には授乳の成立割合が増加した。この結果は鳴き声が授乳拒否を抑制する,授乳要求のシグナルとして機能していることを示唆している。母親が,他個体を毛づくろいしている際や,自己毛づくろいしている際に子が授乳を試みると,子は拒否を受けやすかった。子は母親が他個体を毛づくろいしている時に鳴き声を発する割合が高かった。子が拒否され,授乳の試みを繰り返すごとに授乳の成立度は減少していった。子は授乳の試みを繰り返すごとに,鳴く割合が高まった。授乳の成立割合が高い場面では低い場面に比べ子が鳴き声を発する割合が低いということが示された。コストがなければ,常に鳴く戦略が子にとって有利になると考えられるため,この結果は子の鳴き声にコストがあることを間接的に示唆している。
  • Xiaochan YAN, Yohey TERAI, Kanthi Arum WIDAYATI, Akihiro ITOIGAWA, Bam ...
    p. 68
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    Hair color variation in primates, including humans, has evolved through complex genetic mechanisms influenced by thermoregulation, immune function, and social communication. Melanism, characterized by increased dark pigmentation, has independently arisen multiple times across primate lineages. However, the genetic underpinnings of melanism remain incompletely understood. In this study, we investigated the molecular basis of melanism by analyzing hair root transcriptomes from Macaca nigra, which exhibits uniform dark pigmentation, and Macaca ochreata, which displays a dark-light hair pattern. Principal Component Analysis of RNA-seq sequence revealed a strong correlation between PC1 and hair lightness (L), suggesting that genes contributing to PC1 were associated with darker pigmentation. Differential gene expression analysis identified key regulators of melanin synthesis and intracellular transport, including TYRP1, RAB27B, and DYNLT3. DYNLT3, a dynein-associated motor protein facilitating melanosome maturation and transfer to keratinocytes, was significantly upregulated in dark hairs of M. nigra. Additionally, RAB27B, a GTPase involved in endosomal trafficking, exhibited high expression, suggesting a potential role in intracellular vesicle transport contributing to pigmentation regulation in primates.These findings highlight the critical role of intracellular transport in primate melanism and provide a transcriptomic framework for understanding the genetic basis of pigmentation.
  • 山碕 翼
    原稿種別: 口頭発表
    p. 69
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    ニホンザルのコドモは取っ組み合い遊び(以下,遊び)を行うが,行動パターンが喧嘩と類似しているため,特に体格差のある異年齢間では成立が困難であり遊びの発生と維持には様々な工夫が存在すると考えられる。その内の一つが遊びの誘い掛け行動である。そこで,ニホンザルのコドモオス間の遊びの合間に発生する寝転がり行動に着目し,年齢による寝転がり方とその効果の違いについて調査を行った。2024年10月から12月の計110時間,京都府嵐山モンキーパークの1歳から5歳のコドモオス計28個体を対象とし,当該個体間で遊びが発生し次第ビデオ撮影をした。分析に際しては,開始前の寝転がり行動の有無,寝転がり方(その場で,離れながら,接近しながら),どちらの個体が仕掛けたか(一方的,双方的),悲鳴の有無(遊び破綻,成立)の4点とその年齢による違いに着目した。相手に対する自分の関係(年下,同年,年上)分類において,遊び開始時に自ら仕掛ける割合は年下>同年>年上の順となった。また,一方が寝転がった後はもう一方が仕掛けて遊びが始まることが多かった。また,年長個体ほど,一方的仕掛に比べ寝転がりの頻度が高かった。年少個体ほど離れながら寝転がりが多く,年長個体ほどその場寝転がりが多かった。年長個体の寝転がりほど,相手からの仕掛けを誘発しやすかった。これらのことから,寝転がり行動は遊び開始時において相手からの仕掛けを引き出すうえで重要な役割を持っており,更に寝転がりの頻度と寝転がり方,およびその効果には年齢による差が存在し,年長個体は寝転がりを年少個体との遊びにおける誘いかけ行動として有効に用いている可能性が示唆された。
  • Qinyuan JI, Min HOU, Muhammad Shoaib AKHTAR, Takashi HAYAKAWA, Yasuka ...
    p. 70
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    Recent research has revealed considerable evolutionary diversity in umami-taste (amino acids and nucleotides) and sweet-taste receptor TAS1R genes across vertebrate species. To contribute to a growing understand of how diet shapes taste evolution, we studied TAS1R genes in non-anthropoid primates with highly diverse diets, including members of the Strepsirrhini, comprised of Lorisiformes (lorises) and Lemuriformes (lemurs and aye-aye), as well as members of the Tarsiiformes (tarsiers). We employed a targeted capture (TC) approach specifically probing all the three mammalian TAS1R genes, i.e., TAS1R1 (for sensing umami), TAS1R2 (sweet) and TAS1R3 (required for forming a heterodimer), followed by short-read massive-parallel sequencing for three lorisiform, four lemuriform, and one tarsiiform species. Analyzing together with publicly available whole-genome assemblies (WGAs) of non-anthropoids, we found that TAS1R1 and TAS1R2 of some lorisiform species were disrupted. The relative evolutionary rates in introns and synonymous sites of all the three TAS1R genes, as well as non-genic genome regions, of lorisiforms were higher than those of lemuriforms, a finding consistent with the higher genome-wide mutation rate of the lorisiforms. We found the same pattern in the amino acid sequences and nonsynonymous sites of the sweet receptor TAS1R2 in lorisiforms. Evolutionary rates of amino acid sequences and nonsynonymous sites in TAS1R1 and TAS1R3 of lorisiforms were as slow as those of lemuriforms. This suggests that functional constraint on sweet sensing has been relaxed in lorisiform primates since their common ancestor. These results shed a new light on understanding evolutionary diversification of umami and sweet sensing in a diverse group of mammals.
  • 長原 衣麻, 竹中 將起, 林 浩介, 松本 卓也
    原稿種別: 口頭発表
    p. 71
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    「取り出し採食(Extractive foraging)」は霊長類にとって多様な食物の獲得手段として重要な一方,複雑な操作を要するため発達段階によって生起頻度や操作方法が異なる。そのため,取り出し採食の詳細を明らかにすることは,その種の発達段階に応じた採食戦略の解明につながる。本研究は,取り出し採食の1つとして近年報告された上高地のニホンザル集団における水生昆虫食を対象とする。植物性資源が非常に少ない厳冬期における水生昆虫食行動の詳細と発達変化の解明および,操作の発達が水生昆虫食の効率に与える影響の評価が目的である。2022・2023年1~3月に撮影した高解像度の映像を解析し,ニホンザル個体の採食間隔(昆虫を口に入れた時間間隔)・昆虫を口に入れる際に用いる方法(「指でつまむ」「手ですくう」「直接口で食べる」「吸い出す」に分類)・採食中の石めくり(石をひっくり返す行動)の達成可否・採食中の後脚の浸水の有無について分析した。その結果,アカンボウの水生昆虫食の特徴として,①採食間隔が有意に長いこと,②昆虫を口に入れる方法は「手ですくう」が少ない一方,「直接口で食べる」が多いこと,③同じ石への試行を繰り返す傾向が強く,石めくりの成功率が低いこと,④採食中の後脚の浸水が少ないことが明らかになった。また,全年齢クラスで「手ですくう」の対象は石から滑り落ちたカワゲラ目・カゲロウ目が,「直接口で食べる」の対象は石表面で営巣するトビケラ目が多い傾向がみられた。以上の結果から,アカンボウは他の年齢クラスより体サイズが小さいため,浸水を避けて体温低下を防ぎつつ,試行錯誤して自身の能力に応じた石の操作を学習して水生昆虫食を行う可能性が示唆された。昆虫種の違いが単位時間当たりの採食回数に影響する可能性が示唆されたため,今後の展望としてはエネルギー摂取量の議論を可能にする各昆虫の栄養分析が挙げられる。
  • 北山 遼, 橋本 千絵, 早川 卓志
    原稿種別: 口頭発表
    p. 72
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
  • 吹野 恵子, 平崎 鋭矢, 岩永 譲, 秋田 恵一
    原稿種別: 口頭発表
    p. 73
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    ヒトはカニクイザルと比較し、下方かつ広い喉頭を有することが知られている。私たちはこれまでヒトの軟口蓋および咽頭の筋に関する解剖学的解析を通じて、嚥下や発音における機能の考察を行ってきた。本研究では、ヒトとカニクイザルにおける軟口蓋および咽頭の筋の形態を比較することで喉頭の下降に伴う筋形態の変化を解析し、それに起因する機能的特性、特にヒト特有の発音との関連を考察することを目的とした。京都大学ヒト行動進化研究センターより提供されたカニクイザル5体と、東京科学大学の解剖実習体の頭部5体(平均年齢75.4歳)を用いた。軟口蓋および咽頭の筋(上咽頭収縮筋、口蓋咽頭筋、口蓋舌筋)の起始・走行・停止を、肉眼解剖および組織学的手法により解析し、比較を行った。カニクイザルでは、上咽頭収縮筋は咽頭縫線から起こり、硬口蓋に付着していた。口蓋咽頭筋は軟口蓋の上面のみから起始し、咽頭上部の内面に分布していた。口蓋舌筋は軟口蓋下面から起こり、舌の側方部に停止していた。一方、ヒトでは、上咽頭収縮筋は咽頭縫線から起こり、最上部が軟口蓋の最外側に入る他、主な筋束は頬筋と連続していた。口蓋咽頭筋は軟口蓋の上下面から起始し、咽頭内面全体にわたって放射状に広がっていた。口蓋舌筋については、カニクイザルと同様に軟口蓋下面から起こり、舌側方部に入っていた。ヒトとカニクイザルで特に大きく異なっていたのは、上咽頭収縮筋と口蓋咽頭筋の形態であった。特に口蓋咽頭筋は、カニクイザルにおいては比較的単純に軟口蓋から咽頭上部内面を直線的に走行する筋であるのに対し、ヒトでは咽頭内面全体に放射状に広がっていた。このような形態的特徴は、喉頭の下降と関連して、ヒトが他の霊長類よりも複雑な筋構造を有することは、咽頭腔の精細な調整や発話機能の多様性に寄与している可能性がある。
  • 西村 剛, 吉谷 友紀, 宮崎 琳太郎, 清野 悟, 枝村 一弥, 村田 浩一, 松田 一希, 徳田 功
    原稿種別: 口頭発表
    p. 74
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    テングザル(Nasalis larvatus)は、東南アジアの熱帯雨林に生息するコロブス亜科で、成熟オスの大きく発達した外鼻で知られる。本種は、単雄複雌ユニットを基本単位とし、複数のユニットが集まってバンドを構成する重層社会を形成する。メスは出自ユニットから広範に分散する一方、オスは短距離分散にとどまるため、バンド内でのオス間の遺伝的近縁性が高い父系的社会が示唆されている。外鼻サイズは、体サイズや性的成熟度、優位性を示す視覚的シグナルとして機能し、メスによる配偶者選択に寄与するとされる。さらに、成熟オスは、口を閉じて外鼻孔からロングコールを発することから、その大きな外鼻は、その内腔の共鳴により、鳴き声の低周波数成分を強調して、体サイズを誇張する音響シグナルを形成している可能性がある。本研究では、本種の若年と成体のオス、各1個体の冷凍標本をCT撮像して、鼻腔から外鼻内腔の三次元モデルを作成し、数値シミュレーションにより、外鼻の発達による音響効果を示した。若年から成体にかけての外鼻のサイズ成長により、低周波数成分が強調された。しかし、成体間の外鼻サイズの変異は、第三フォルマントの変化として表れ、低周波の強調効果は限定的であった。これは、成体オスの大きな外鼻が、若年に対する身体的・性的優位を示す音響シグナルを強調するという従来の見解を支持する。一方で、成体オス個体間の外鼻サイズの変異は、体サイズの優劣ではなく、むしろ個体識別のためのシグナルを生成している可能性を示した。父系的基盤を有する重層的社会構造のもとでは、個体識別能力が単雄複雌ユニットを超えた集団認知において重要な役割を担っていると考えられる。すなわち、テングザルの大きく発達した外鼻は、体サイズという中立的なシグナルに加え、個体識別のシグナルを強調する進化の結果であった可能性がある。
  • 高井 正成, 平田 和葉, タウン・タイ , ジン・マウン・マウン・テイン
    原稿種別: 口頭発表
    p. 75
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    現在の東南アジア大陸部には,小型ホミノイドであるテナガザルとオナガザル科のサルしか生息していないが,化石記録からは複数の中期中新世から更新世前半にインド北西部から中国南部に渡る広範囲にオランウータン亜科の大型ホミノイドが生息したことがわかっている。本研究では,後期中新世から鮮新世にかけてミャンマー中部において生じた霊長類相の変化の原因を,歯のエナメル質の安定同位体比分析による植生復元から検討した。ミャンマー中部のイラワジ川流域に分布するイラワジ層は,中期中新世末から前期更新世の陸棲動物化石を大量に産出することで知られている。旧霊長類研究所の調査隊は,イラワジ層の4つの異なる層準を対象に古生物的調査を行い,霊長類を含む陸棲動物化石を収集してきた。特に約850万年前のテビンガン地域では,複数種の大型ホミノイド化石を発見し,現在記載作業を進めている。しかし,約600万年前のチャインザウック地域と約260万年前のグウェビン地域ではコロブス類しか見つからないことから,この地域では700万年前頃にホミノイドは絶滅したと考えられる。後期中新世の中頃に大型ホミノイド類は絶滅してしまったと考えられる。この絶滅原因を考えるために,イラワジ層から見つかる様々な動物の歯化石のエナメル質から炭素(13C)と酸素(18O)の安定同位体を採取し,各動物群が湿潤・森林性のC3植物と乾燥・草原性のC4植物のどちらを主に摂取していたのかを推定した。その結果,テビンガン相とチャインザウック相の年代間に,森林性の環境から森林と草原が混在する環境に急速に変化した可能性が強いことがわかった。モンスーン気候が強化による乾燥化が進み草原が拡大したことにより,森林性の大型ホミノイドの生息環境が縮小して絶滅に至ったのだと考えられる。
  • 大谷 洋介, 土橋 彩加, 福井 弘道, 杉田 暁, 松本 卓也
    原稿種別: 口頭発表
    p. 76-77
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    自然公園においては野生動物保全と観光産業の双方を持続させることが求められるが、このためには単なる衝突回避に留まらず社会–生態システム(Social–Ecological Systems)の枠組みで共存関係を構築する必要がある。上高地は年間150万人以上が訪れる中部山岳国立公園の中核的観光地であると同時に、ニホンザル(Macaca fuscata)が頻繁に出没することが知られている。2022年施行の自然公園法では国立公園等における野生動物への餌付け等が禁止されたものの、依然として多くの自然公園で餌付けや過度な近接が問題となっている。上高地においても同様の行為が見られ、相互に被害をもたらすリスクが顕在化している。広大な管理区域を巡視し、追い払い・注意喚起を行う作業は公園管理者にとって多大な労力負担であり、より精緻なリスク評価による対策手法の効率化が求められている。本研究は上高地における公園利用者とニホンザルの遭遇リスクを可視化し、重点対策区域を定量的に抽出することを目的とした。携帯電話利用状況データ(2023, 2024年4-11月)から推定した広域人流データを、トレイルカメラによる通行量カウント(2024年10月: 遊歩道沿い10箇所に設置)で補正し、公園利用者の空間分布を示した。また、ニホンザル3集団の直接追跡データ(2023–2024年: 延べ50日・88時間)から遊歩道近傍での出現分布をKernel密度推定により示した。公園利用者およびニホンザルの空間分布を重ねることで両者の遭遇リスクを定量化した結果、ゾーニング区域のうち散策エリアでの遭遇リスクが最も高いという結果を得た。このエリアはホテル等の施設が集中し平坦かつ整備された遊歩道が続く区間に相当する。本研究で作成した遭遇リスクマップは、管理資源を重点配分することでコンフリクト低減施策の費用対効果を向上させうるものである。
  • 森光 由樹, 中川 尚史, 山田 一憲, 山端 直人, 鈴木 克哉, 清野 未恵子, 藤田 志歩, 清野 紘典, 川添 達朗, 葦田 恵美子 ...
    原稿種別: 口頭発表
    p. 78-79
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    環境省が示す令和6年度「特定鳥獣保護・管理計画作成のためのガイドライン」(ニホンザル編)改定版によると,九州地方に生息するニホンザルの分布は17の地域に整理され,そのうち絶滅が危惧されている要配慮地域(地域個体群)は15地域で示されている。しかし ,一部の地域を除き情報が古く不明な点が多い。特に九州北部および中部地方の分布は,現在も情報収集されていない地域があるため,保全・管理すべき地域を整理することができていない。日本霊長類学会2019年大会の自由集会報告では,九州北部地方の情報不足は保全管理上,問題であることが指摘されている。報告者らは,2024年4月から5月に,九州北部および中部地方の行政機関(6県61市町村)および動物園,博物館にアンケート調査と電話による聞き取りを実施し,群れの生息情報を収集した。その後,データの精度をより正確なものにするため2024年6月および10月にそれぞれ1週間,現地調査を行った。現地調査では,合計61の市町村で132のルートを踏査し,サルの生息情報(群れの目視,痕跡の確認等)を収集するとともに,地域住民に聞き取りを実施した。その結果, ガイドラインで示された17の生息地域のうち5地域で分布拡大が認められた。一方で,群れの生息が消滅した地域が確認された。消滅した地域の一部では,元々群れの生息が無いものも含まれていた。これは過去のアンケート調査で,市町村が群れの生息について誤って報告した情報であることが確認された。環境省ガイドラインの9つの要配慮地域について情報修正が必要であることが示された。分布拡大による被害の増加拡大も心配されている。一方で要配慮地域に指定されていない地域において分布の縮小が認められた。今後,無計画な捕獲が進むと地域絶滅が起こる可能性がある。分布情報の修正と要配慮地域の見直しは急務である。
  • 橋本 千絵, 古市 剛史, 竹元 博幸
    原稿種別: 口頭発表
    p. 80
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    ウガンダ・カリンズ森林保護区において,1992年以来チンパンジーをはじめとする野生霊長類の研究を行ってきたが,並行してウガンダ森林局(NFA)にエコツーリズム計画の推進に協力してきた。2019年にNFAは,USAIDの支援をうけてツーリズム事業を拡充する計画を始めた。そこで私たちは,霊長類の行動に大きな影響を与えず,かつ高い確率でツーリストが観察できる場所を策定するため,カリンズ森林全域の霊長類の分布の調査を行った。村の若者にチンパンジーの観察用に作られた12本計約50キロのトランゼクトを週に2回ずつ歩いてもらい,出会ったチンパンジーやサル類,森林内で活動する人の数や行動を記録する調査を3年にわたって継続した。その結果,サル類は人の影響を受けず逆に人がよく利用する二次植生の多いところでよく観察されること,チンパンジーは人との遭遇が多いところは避ける傾向があることがわかり,これにもとづいてNFAに提言を行った。モニタリングと並行して,ツーリズムのための新しいチンパンジー集団の人づけを始めた。カリンズ森林には,1992年以来調査を続けているM集団の他,北東のS集団,西方のWestern集団がいる。S集団はエコツーリズムでの活用のために人付けしたが,近年は観光客数も大きく増加してNFAに大きな収益をもたらしている。しかし,観光客の増加にともなって,チンパンジー観察に関する人数制限の遵守が困難になり,適切なエコツーリズムを運営することが難しくなった。そこでNFAの要請により,M集団の南方に遊動域をもつチンパンジー集団を人づけすることになり,村人2名が週5回チンパンジーを追跡している。現在2年を経過したところだが,1回の遭遇で観察できる個体が3頭前後から6頭前後へと増え,順調な経過を見せている。
  • 山越 言
    原稿種別: 口頭発表
    p. 81
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
  • 田村 大也, エチエンヌ・フランソワ・アコモ-オコエ
    原稿種別: 口頭発表
    p. 82
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
  • 辻 大和, アクバル ムハマド アズハリ, ペルウィタサリ-ファラジャラ ダヤ, リザルディ , ウィダヤティ カンティ アルム, スリウォ ...
    原稿種別: 口頭発表
    p. 83
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    「エネルギー最大化」「時間最小化」といった動物の採食戦略は,彼らの活動時間配分に反映される。従来,葉食性の霊長類は時間最小化戦略を採ると考えられてきたが,最近ではむしろエネルギー最大化を支持する結果も得られており,彼らの採食戦略についての理解は不十分である。我々は,インドネシアに生息するコロブス亜科のサル2種(ジャワルトンTrachypithecus auratusとシルバールトンTrachypithecus cristatus)を対象に活動時間配分を通年調査し,食物環境との関連性を調べた。ジャワルトンが二次林に高密度(300-345頭/km2)で生息するのに対して,シルバールトンは海岸林に低密度(101頭/km2)で生息するという違いがある。この違いに着目し,森林環境や個体群密度など生態学的要因が採食戦略に及ぼす影響を評価しようと考えた。2種のルトンはいずれも休息割合が高かった(ジャワルトン:34%,シルバールトン:46%)。いっぽう,採食割合(43% vs 7%)と移動割合(18% vs 40%)は,種間で大きく異なっていた。ジャワルトンは若葉や花の利用可能性が低い季節に休息割合を増やし移動の割合を減らした(時間最小化戦略)。これに対して,シルバールトンは果実の利用可能性が低い季節に採食割合を増やした(エネルギー最大化戦略)。食物不足に対する反応の種差は,食物資源をめぐるグループ内/グループ間競争の程度の違いに起因する考えられた。本研究は,コロブス類の採食戦略は固定されたものではなく,生息環境に特異的に決まることを示した。
  • 半谷 吾郎, 揚妻 直樹, 揚妻-柳原 芳美, 大井 徹, 近藤 崇, 田伏 良幸, 鈴村 崇文, Tianmeng HE, 本田 剛章, ...
    原稿種別: 口頭発表
    p. 84
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    陸上植物食動物にとって、主食である植物には十分な量のナトリウムが含まれていないため、その獲得は重要である。陸上植物食動物でのナトリウム欠乏に対する生理的反応を明らかにするために、様々なナトリウムの利用可能条件下で生活するニホンザルとニホンジカの糞中アルドステロン濃度を調べた。アルドステロンはミネラルコルチコイドホルモンの一種で、腎臓でのナトリウムの再吸収を促進する。ニホンザルの糞中アルドステロン濃度は、飼育下および海水を習慣的に摂取する幸島の野生個体群では低かった。飼育下のニホンザルの餌はもっぱら必要栄養成分があらかじめ含まれる固形飼料であり、ナトリウムは十分に確保されていた。他の野生個体群(屋久島低地、屋久島高地、白山)では、たとえ海岸近くに住んでいる個体群であっても、糞便中のアルドステロン濃度が高かったことから、彼らはナトリウム獲得戦略として腎臓でのナトリウム再吸収に依存しているようである。ニホンジカでは、糞中アルドステロン濃度は野生個体よりも飼育個体の方が低かった。飼育個体に給与されるシカ用固形飼料はナトリウムを豊富に含むが、野生のシカにはそのような餌はない。本研究は、ナトリウムの摂取が容易に起こりうる稀な状況を除き、アルドステロン濃度が高いことを示した。このことは、腎臓におけるナトリウムの再吸収が陸生植物食動物の間で一般的な戦略であることを示唆している。
  • 松田 一希, Muhammad Nur FITRI-SUHAIMI, Liesbeth FRIAS, Primus LAMBUT, Jose ...
    原稿種別: 口頭発表
    p. 85
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    群れを形成して生活する霊長類においては、社会性が寄生虫の伝播に与える影響が広く認識されている。しかし、群れのタイプや大きさ、さらには生息地の人為的攪乱が寄生虫感染にどのように影響するかについては、依然として十分に解明されていない種も多い。 本研究では、マレーシア・サバ州キナバタンガン川下流域に生息するテングザル(Nasalis larvatus)を対象に、腸内寄生虫への感染率と、群れの大きさおよび生息地の人為的攪乱の度合いとの関係を明らかにすることを目的とした。2015年6月から2016年4月にかけて、複数の群れから160個体分の糞サンプルを収集し、糞中に含まれる寄生虫卵数を分析した。その結果、Trichuris sp.Strongyloides fuelleborni、およびOesophagostomum aculeatumの少なくとも3種の寄生虫が確認され、全体の感染率は80.62%であった。 群れのタイプ(単雄複雌群または全雄群)は感染量に有意な影響を及ぼさなかったが、群れの大きさはTrichuris sp.の感染量と正の相関を、S. fuelleborniおよびO. aculeatumの感染量とは負の相関を示した。また、人為的攪乱の影響が大きい下流域ではTrichuris sp.の感染傾向が高く、逆に攪乱の影響が少ない上流域ではO. aculeatumの感染率が高い傾向が見られた。 これらの結果は、霊長類における寄生虫感染が、群れの規模や生息環境における人為的撹乱の程度と密接に関連している可能性を示唆するものである。
  • 中川 尚史, 半沢 真帆
    原稿種別: 口頭発表
    p. 86
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    一般に動物の出自分散は,コドモによる出生地から最初の繁殖地,あるいは潜在的な繁殖地への恒久的な移動を指す。しかし霊長類においては,こうした地理的分散とは別に血縁者や親しい個体から離れる社会的分散が注目されてきた。その理由のひとつに,社会的分散が起こっても地理的分散が起こらない,つまりコドモの社会的分散が慣れ親しんだ地域内で起こり,繁殖地への移動も繁殖群への移入も起こらない場合があることが挙げられる。また,霊長類では社会的分散が,親からは離れるが血縁者や親しい個体同士で,あるいは血縁者や親しい個体のいる群れへ分散する平行分散が注目を浴びている。本報告では,オス分散性のパタスモンキーにおいて観察された出自群の遊動域内でのオスグループへの平行分散について報告する。調査は2023年8~9月と2024年6~10月にガーナ・モレ国立公園南東端に生息する単雄複雌集団Motel群とオスグループ1群を対象に実施した。2023年は,前年に移出して出自不明の3.5歳1頭と一緒に2頭のオスグループを形成していたMotel群出自の同齢個体のもとに,Motel群出自の3.5歳オス2頭が移入しコドモオス4頭からなる安定したオスグループを形成した。2024年は,Motel群出自1頭がそのオスグループから移出したものの,1歳年下のMotel群出自の3.5歳オス1頭がオスグループに加入し,依然安定した4頭のオスグループを維持した。この間Motel群の遊動域の一部を利用していた。オスグループは出自群の遊動域内に留まっているため,採食場所の知識の喪失や捕食者からの捕食が増える地理的分散コストは払っていない。また,出自群が同じで,父系兄弟である可能性がある個体で,平行分散を繰り返すことで,社会的分散のコストであるStrangerからの攻撃や血縁者や親しい個体との同盟の喪失を最小限にしていると考えられた。
  • 古市 剛史
    原稿種別: 口頭発表
    p. 87
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    ボノボの種分化については、一時的な乾燥期にコンゴ川の上流を左岸に渡ったPan属の共通祖先の小さな個体群が、その後また隔離されることによって起こったという竹元らによる仮説が広く受け入れられている。しかしチンパンジーと大きく異なるボノボの諸特徴の進化については、いまだ定説を得ていない。HareとWranghamは、オスの攻撃性やメスに対する優位性の低下、犬歯サイズと犬歯の性差の縮小、食物分配に対する高い許容性などといったボノボの特徴が家畜化された動物の多くに見られる特徴と似通っているとして、ボノボの諸特徴がSelf-domestication syndromeとして理解されること示した。しかしながらこの説は、そういった特徴のセットがなぜ進化したのかを説明するものではない。Wranghamは、ボノボの祖先が侵入したコンゴ川左岸にはゴリラがおらず、地上性草本の競合相手がいないためメスたちが集まりやすくなり、メスに対するオスの攻撃製が抑制されたとするNo gorilla hypothesisを提唱している。しかしながらこの説には、ゴリラのいない地域に生息するチンパンジーでもメスが強い分散傾向を示すことや、食物競合の低下はボノボ自身の数の増加と飽和により短期間でその効果を失うという問題がある。一方私たちは、ボノボの進化の初期に小さな個体群で進化したメスの性的受容期間の延長が、実効性比の低下によってオス間の競合を緩和するとともにメスの社会的地位を向上させたとするProlonged sexual receptivity hypothesisを提唱している。これについては、ボノボでも優位なオスが排卵日近くに優先的に交尾して高い繁殖成功をあげていることから、繁殖につながらない性的受容期の延長の効果を疑問視する主張もある。しかし戸田や柴田による近年の研究では、ボノボでは全てのオスがほぼ毎日交尾をしていて交尾頻度と順位に相関がないことや、ボノボのオスもチンパンジーと同様の頻度で攻撃的行動を見せるがメスとの性交渉を巡る攻撃頻度が極めて低いことなど、この説を支持する観察結果も得られている。
  • 田中 洋之, 川本 芳, 宮本 俊彦, 杉山 茂, 星野 智紀, 赤見 理恵
    p. 88-89
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    山地帯である新潟県妙高市笹ヶ峰地域では、1980年ごろまではニホンザルの観察例はなかった。その後、無雪期の観察例が報告されるようになり、2019年3月初めて積雪期にニホンザルの群れが観察されるようになった。2020年積雪期のドローン調査等により、笹ヶ峰地域のサルは、妙高個体群とは別の20〜30頭の個体で構成されるいくつかの群れであることが明らかになった。本発表では、笹ヶ峰と妙高個体群との関係及び、それらと近隣地域集団の系統関係を明らかにするため、ミトコンドリアDNAのDループ領域を分析したので報告する。笹ヶ峰(試料数:30)、妙高(26)、糸魚川(2)、小谷(13)、鬼無里(5)、戸隠(5)の各地でDNA試料を採集し、Dループ領域を含む約1200塩基の配列を解読した。また、アメロジェニン遺伝子を分析し、試料の性判別を試みた。6地域集団から5種類の塩基配列が検出された。タイプ1,3,4及び5は互いに近縁だったが、タイプ2はそれらと大きな違いがあった。中部地方各地のリファレンスデータとともに系統分析を行った結果、前者は中部山岳系統Bに、後者は中部山岳系統Aに含まれた。笹ヶ峰、妙高、戸隠ではタイプ1が頻繁に観察された。タイプ2と3は妙高で、タイプ4と5は笹ヶ峰でそれぞれオス1頭のみで観察された。一方、糸魚川と小谷ではタイプ2が頻繁に観察された。小谷の1個体がタイプ3であった。また、鬼無里ではタイプ2と3が見つかった。以上の結果から、笹ヶ峰、妙高及び戸隠の個体群は共通祖先をもち、この地の人間活動による植生変化などの影響をうけた結果、現在の生息状況になったと考えられた。また、タイプ2は、北陸日本海側から姫川流域に広域分布するタイプと思われ、糸魚川及び小谷個体群の来歴は、妙高周辺の個体群とは違うと思われた。妙高と小谷は、それぞれ鬼無里とオスを介した遺伝子流動があるかもしれない。
  • Zhixin WU, Min HOU, Muhammad Shoaib AKHTAR, Masahiro HAYASHI, Amanda D ...
    p. 90
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    Sensing taste helps animals make decisions about ingesting beneficial foods. The umami and sweet tastes are sensed by TAS1R1-TAS1R3 and TAS1R2- TAS1R3 heterodimers, respectively. Recent researches have revealed evolutionary diversity of genes encoding these receptors, TAS1R1, TAS1R2 and TAS1R3. However, much information has largely relied on whole-genome assembly data which are often incomplete. Platyrrhine primates are suitable for understanding the evolutionary diversity of umami-sweet taste receptor gene family because of their remarkable diversity in diets as well as in color vision which has often been discussed in relation to ecological diversification. In this study, we applied targeted capture followed by short-read high-depth massive parallel sequencing for the three genes from 18 species of platyrrhines from all three platyrrhine Families. While the three genes were overall conservative, we noted that TAS1R1 was disrupted in three genera of Subfamily Callitrichinae, tamarins (Saguinus), Saddle-back tamarins (Leontocebus) and lion tamarins (Leontopithecus), implying three independent disruption events in the three genera or at least two independent disruptions in Leontopithecus and the common ancestor of Saguinus and Leontocebus. This implies less importance of sensing umami in these genera. Their variation pattern of color vision and dietary dependence on tree-sap are also observed in other callitrichine species of which TAS1R1 was intact. Thus, it is currently not certain why TAS1R1 was disrupted in the three tamarin genera. Further studies on other taste and chemical sensor genes should complement this study and facilitate our understanding on the sensory diversity of platyrrhines and primates in general.
  • Dongyue Wang, Min Hou, Muhammad Shoaib Akhtar, Yoshihito Niimura, Hiro ...
    p. 91
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    The olfactory receptor (OR) gene family is the largest multigene family in vertebrate genome of which the composition would reflect taxon/species-specific sensory evolution. Chimpanzee (Pan troglodytes) is the closest relative to humans. Study of their OR gene family composition would reveal not only chimpanzee-specific but also human-specific olfactory differentiation. However, the public whole-genome assembly (WGA) of non-human primates would not be as reliable as the human reference WGA. Thus, we applied the targeted capture (TC) for OR genes from a chimpanzee genomic DNA sample to achieve high-depth massive-parallel sequencing using probes designed from the previously deduced set of intact OR genes in the common ancestor of catarrhines. Our TC-based approach successfully retrieved nearly 50 more intact OR genes than the latest chimpanzee WGA databases in which we detected 383 intact OR genes using a published pipeline. We also detected OR segregating disrupted genes with intact and disrupted alleles, which are not informed in the public WGA. These large differences from WGA are likely due to methodological improvements by TC although some differences could be due to intraspecific variation. The results updated identification of duplication and disruption/loss (“birth” and “death”, respectively) events of OR genes during chimpanzee evolution. We also search for OR genes in WGAs of other great apes and human using BLAST. These results revealed species-specific birth and death events during hominid evolution, leading to our better understanding of interrelationship between OR gene family evolution and dietary adaptations in chimpanzees and other hominids.
  • 郷 康広, 野口 京子, 臼井 千夏, 辰本 将司
    原稿種別: 口頭発表
    p. 92
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    「ヒトとは何か」という問いに答えるためには,ヒトだけを研究対象とするのではなく,ヒト以外の生物(アウトグループ)から見た視点も必要不可欠である。そこで,本研究では,ヒトをヒトたらしめている最も大きな特徴である脳の進化を「ヒトとは何か」という問いに迫る切り口とする。ヒトとヒトに最も近縁なチンパンジーを含めた類人猿を対象とし,ゲノムという設計図がそれぞれの脳という場においてどのように時空間的に制御され,種の固有性・特殊性となって現れるのか,それを1細胞が持つ分子情報を可能な限り網羅し比較解析することで,「ヒトとは何か」という問いを明らかにすることを目的とした。研究対象として,ヒト(4検体)と類人猿(チンパンジー6個体,ゴリラ2個体,オランウータン1個体,シロテテナガザル2個体)の死後脳・前頭前野を用いた。同一細胞核から短鎖型シーケンサーによる定量的発現解析,長鎖型シーケンサーによる完全長アイソフォーム解析に加え,クロマチン動態解析を行った。その結果,ヒト特異的な細胞集団を見出しつつある。本発表では,3つの異なるデータセットの統合解析の結果見えてくる種特異的な細胞集団の特性を明らかにしつつ,1細胞統合解析から見えてくる「ヒトらしさ」の脳神経基盤に関して考察を行う。
  • 毛利 恵子, 橋本 千絵, 宮部 貴子
    原稿種別: 口頭発表
    p. 93
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    霊長類のオキシトシン(OT)はLeu8型(ニホンザルなど)とPro8型(マーモセットなど)があるが、酵素免疫測定法(ELISA)を用いたOT測定キットはLeu8型OTを抗原として製造されたものでPro8型の交差反応性は明らかになっていない。また,OTのELISAはサンプル処理方法によって測定値が大きく違い,得られた測定結果の妥当性に評価が分かれる。そこで本研究では飼育下のニホンザルの尿とマーモセットの唾液と尿を使い,サンプル処理方法を変えてOTのELISAによる測定法の評価を行った。具体的には,ニホンザルは尿を使い,サンプル採取後の処理方法(TFAによる酸性化処理の有無)や,逆相カラム抽出の有無など処理や抽出方法を変えて測定したところ,TFA処理のOT絶対値はカラム抽出の12倍,無処理尿は16倍になったものの,カラム抽出を行った結果と正の相関関係(R2:0.9-1)があった。また,抗Leu8型OT IgGを使ったELISAキット (Enzo life science社)でのPro8型OTの交差反応を調べたところ,9-10%の交差性があった。今後、Pro8型OTを標準物質に使い、Leu8型OT conjugateとの競合反応によるPro8型OTのELISA系を確立し、マーモセットの唾液や尿中のOTの測定系の有効性を評価する。さらに,生理状態(排卵周期・妊娠・育児)によるOTの変動を調べる。非侵襲的に採取したサンプル(尿・唾液)中のOTの基礎値の検討は,社会行動と抹消OT濃度との関係を研究する上での指標となる。
  • 橘 裕司, 垣野 あずみ, 柳 哲雄, プタポーンティップ チャタロン, ジョンウーティウェス ソムチャイ
    原稿種別: 口頭発表
    p. 94
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    病原性腸管寄生アメーバである赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica)は、従来、霊長類に広く感染すると考えられてきたが、演者らはマカク属のサル類から検出されるのは赤痢アメーバとは別種のE. nuttalliであることを報告している。しかし、赤痢アメーバやE. nuttalliがヒトとマカクの両方を自然宿主とし、ヒトとマカク間で相互に伝播するのかについては明らかになっていない。また、Entamoeba属には赤痢アメーバと形態的に鑑別困難なE. disparE. moshkovskiiも存在し、さらに、マカクには高頻度にE. chattoniや大腸アメーバ(E. coli)の感染がみられる。本研究では、ヒトとマカクが密接して生活している地域に着目し、Entamoeba属虫体のヒトとマカク間における伝播の可能性について検討した。タイ最南端のナラティワート州において、住民と飼育下のミナミブタオザル (Mn) およびカニクイザル (Mf) の糞便検体を採取した。PCR法によって、Entamoeba属各種の感染状況を明らかにすると共に、赤痢アメーバやE. nuttalliについて、tRNA関連反復配列 (locus D-A) の多型解析を行った。2011年の調査では、住民93、Mn 122、Mf 20個体において、赤痢アメーバ陽性数は住民で2 (2%)、Mnで7 (6%)、E. nuttalli陽性はMnで8 (7%)であった。赤痢アメーバのlocus D-AはMnで5タイプみられたが、住民由来のタイプとは異なっていた。2020年の調査では、住民72、 Mn 81、Mf 25個体において、赤痢アメーバ陽性数は住民で3 (4%)、Mnで2 (3%)、Mfで1 (4%)、E. nuttalliは検出されなかった。赤痢アメーバのlocus D-Aは住民で2タイプみられ、そのうちの1タイプはMn由来と同一であったことから、マカクからヒトへの伝播が示唆された。E. disparについても、ヒトとマカクから共通の遺伝子型が検出された。一方で、E. nuttalliのヒト感染は確認されなかった。Entamoeba種により異種霊長類間での伝播のしやすさに違いがあると考えられる。
  • 小山 奈穂, 大島 来菜, 古和田 彩水, 谷仲 由妃, 神長 正, 加瀬 ちひろ
    原稿種別: 口頭発表
    p. 95
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    国内の動物園ではマカクやヒヒ等の群を岩山で見せる展示が一般的だが,その展示空間をデザインするうえで必要な福祉的配慮に関する知見はほとんどない。東武動物公園では,アカゲザルの安全性確保と福祉向上を目指して2024年3月に展示場がリニューアルされ,岩山形状の複雑化,滝やプール,トンネルの拡張,芝生や樹木など植物の新規導入が行われた。そこで本研究では,リニューアルによるサルの福祉的影響について評価することを目的とし,リニューアル前後のアカゲザルの利用場所の選択および行動について調査した。供試個体は,社会的順位の上位および下位に属する雌雄各2頭の計8頭とした。リニューアル前は2022年6月から2023年10月までの計16日間,リニューアル後は2024年5月から同年10月の計28日間,日中の肉眼観察により各個体の利用場所と行動を記録した。結果,リニューアル前はどの個体もモートと岩山を多く利用したが,リニューアル後はモートと岩山の他,芝生帯や山間,トンネルの利用が見られた。特に上位個体はトンネルの利用,下位個体は岩山とトンネルの利用が有意に増加した。また気温が高くなると,上位個体はトンネルや滝裏を優先的に利用し,下位個体はモートや岩山の日陰を利用していた。行動変化については,リニューアル後に上位オス・メスと下位オスで移動が有意に増加し,敵対行動は性別や社会的順位に関係なく有意に減少した。以上のことから,リニューアルにより環境内の要素が多様化したことで上位個体に限らず下位個体も利用場所の選択肢が増えたといえる。また,夏場の利用が増えたトンネルや滝裏は気温の上昇の影響が最も少ない場所であったことから,避暑地として常時日陰になる場所の十分な面積の確保が必須であると考えられる。さらに,他個体の視界に入りにくい場所や複数の逃走経路が確保された岩山形状は,敵対行動の抑制につながることが示唆された。
  • 山梨 裕美, 工藤 宏美, 赤見 理恵, 中山 侑, 伴 和幸, 徳山 奈帆子, 戸澤 あきつ
    原稿種別: 口頭発表
    p. 97
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    動物園などで動物を観察することは,動物の保全意識を高める可能性がある一方で,ペットとして飼いたいという意向を高める可能性も指摘されている。本研究では,ショウガラゴとヘルマンリクガメの写真を用いて,動物の印象およびペット飼育意向・保全への寄付意向が,写真の背景によってどう変化するかを調査した。2,520人(18歳以上)を対象にオンラインアンケートを実施した。6種類の背景【白い背景・人工的な状況(ケージや水槽)・自然な状況(樹上や草むら)・教育場面(子どもの前で人が持っている)・手のひらの上・商店街(商店街で人が持っている)】のいずれかに動物が写った写真(1条件210人)を提示した。回答者は,それぞれの写真に対して「かわいい」「かっこいい」「なつきそう」などの印象評価,およびペットにしたい意向や保全への寄付意向について回答した。印象の違いについては一般化線形モデル(GLM)を用いて,条件間の回答の違いを分析した。また,共分散構造分析(SEM)によって,印象の違いが行動意向(ペット飼育,寄付)に与える影響を検討した。結果,両種ともに写真の背景によってペット飼育意向や保全への寄付意向は変化しなかった。ショウガラゴについては,「教育場面」や「手のひらの上」など人が近くに写っている写真で,「なつきそう」「かわいい」といった肯定的な印象が増え,「気持ち悪い」といった否定的な印象が減少することが明らかとなった。ヘルマンリクガメでも,写真によって印象が変化する傾向は見られたものの,その方向性はショウガラゴと一貫していなかった。さらにSEMの結果から,ペット飼育意向と保全のための寄付意向には,それぞれ異なる印象が影響していることが示された。以上より,動物の印象は背景によって変化し,それがその後の行動意向に影響を与える可能性があること,そして影響は動物種によって異なることが示唆された。
ポスター発表
  • 石村 有沙, 岩槻 健, 今井 啓雄
    原稿種別: ポスター発表
    p. 98
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/10/18
    会議録・要旨集 オープンアクセス
    霊長類では昆虫食、葉食、樹液食、果実食など実に多様な食性が揃っており、食性に合わせた形質の進化を調べる上で魅力的な研究対象である。多様な食物は多様な消化・吸収機構を要求し,霊長類を含む動物は腸の形態や腸内細菌組成を食性に合わせて多様化させていることが知られている。食物が消化されて生じた糖やアミノ酸、短鎖脂肪酸などの栄養素は,腸管内腔を覆う腸管上皮に含まれる吸収上皮細胞に発現する輸送体によって吸収される。食性によって各栄養素への依存度が異なるため、吸収上皮細胞による栄養吸収機能にも種差があることが考えられる。しかし、種々の霊長類から機能解析が可能な新鮮な腸管組織をサンプリングすることが難しいため、この機能が霊長類の中でどのような多様性を示すのかは未解明である。本研究は、様々な霊長類に対して適用可能な、in vitro培養系を用いた栄養素吸収効率の評価系を構築し、霊長類の栄養吸収機構が食性に合わせてどのように多様化しているかを解明することを目的とする。腸管オルガノイド培養系は腸管組織に由来する腸管上皮幹細胞を生体外培養する技術で、生体内に近い状態の吸収上皮細胞を供給できるため、本研究に用いる培養系として最適である。発表者らは難消化性食物繊維である樹液を主食とするコモンマーモセットと、それに近縁で果実食性のワタボウシタマリンの腸管をサンプリングする機会に恵まれ、それぞれから腸管オルガノイドを樹立した(1,2)。現在、樹立したオルガノイドのうち、難消化性食物繊維が腸内細菌に分解されて発生する短鎖脂肪酸の吸収が主に起きる盲腸と、果実に含まれる糖の吸収が主に起きる十二指腸のオルガノイドを用い、それぞれの栄養素の輸送効率評価に利用可能な腸管上皮細胞シートの作成に取り組んでいる。本発表では、系構築の進展状況を報告する。
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