抄録
動物は捕食の回避や採食効率を上げるために群れを形成する。しかし、群れを構成する個体は、それぞれが生理的・社会的に異なる動機を持つため、1日の遊動の過程で、移動のタイミングや目的地に対する合意が形成されず、群れの個体が一時的に離散する場合がある。群れの構成員が離散する程度は、捕食圧が低い霊長類種の場合、食物の量や分布に応じて変化することから、群れることで生じる採食競合を減らすための社会システムであると考えられている。本研究の調査対象であるニホンザルにおいても群れ内の採食競合は存在すると考えられ、その結果、遊動における合意が形成されない、つまり群れ個体の空間的離散が生じる可能性が十分に考えられる。そこで本研究は、屋久島に生息する野生ニホンザルを対象として、1日の遊動過程における離散と集合の動態を明らかにし、食物環境や社会的要因が離散の程度に及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。調査は屋久島の西部低地域に行動圏をもつE群のオトナメス6個体を対象として、2008年4月~6月におこなった。2名の観察者がそれぞれの観察個体を同時に終日個体追跡することで個体の活動を記録した。また、観察者が携帯したGPS受信機で得られた位置データを用いて観察個体間の距離を算出した。さらに、E群の行動圏内に植生調査プロットを設定し主要食物種について毎木調査をおこない、潜在的食物密度を評価した。調査の結果、群れの個体の中には群れの多くの個体から離れて一時的に別行動をとる個体が存在し、個体間距離は最大で約630mに及ぶことがあり、1日に1度も群れのオトナメス全員が合流しないこともあった。また、個体間距離は、社会的要因(順位と血縁関係)、個体の活動、生態的要因(食物の密度、食物パッチの大きさ)のうち、主に個体の活動と社会的要因によって異なることが明らかになった。また、離散した状態から集合する場合、低順位個体が移動して高順位個体に合流する傾向があったことから、ニホンザルの群れの凝集性は主に低順位個体の働きによって維持されていることが示唆された。