抄録
秋期のツキノワグマ(Ursus thibetanus japonicus:以下クマ)の行動圏利用には秋期の食物である堅果の結実程度が影響していることが報告されている(e.g. Kozakai et al. 2011)が,生息地の選択性,特に集中利用域の選択性に対する堅果の影響を調べた事例は少ない.そこで本研究では,調査地(栃木県・群馬県の足尾日光山地)で最も優占しているミズナラ(Quercus crispula)堅果の結実程度が異なる 2006年と 2007年の GPS首輪による行動データを使用して,クマの秋期の行動圏と集中利用域の選択性を解析した.調査地内における行動圏の選択性では,これまでに行動を追跡した全個体の行動範囲と 2006年と 2007年の秋期の月毎の行動圏における植生タイプを環境省(2002)による植生図を用いて比較した.集中利用域の選択性では,両年の月毎の集中利用域と集中利用域と同じ植生タイプかつ集中利用域として利用されなかった場所の植生を,現地における毎木調査で評価し比較した.
行動圏の選択性では,クマはどの植生タイプも選択的に利用いしていなかったのに対し,集中利用域の選択性では,両年とも堅果を生産するブナ科樹種が多い場所を選択的に利用していた.さらに,両年の集中利用域内におけるブナ科樹種の構成を比較してみると,ミズナラ堅果が並作の 2007年はミズナラのみで構成されていたのに対し,ミズナラ堅果が不作の 2006年は様々なブナ科樹種で構成されていた.クマは生息地で最も優占するブナ科樹種の結実程度に応じて,利用環境を変化させ,堅果の生産性が高い場所を集中的に利用していたと考えられる.