野生下でのオランウータンの出産間隔は6~9年であり、陸上棲哺乳類では最長である。オランウータンは2種3亜種に分類されているが、種および亜種によって出産間隔が異なっている(スマトラ:9年、ボルネオ:6~7年)。スマトラ島は火山性で栄養豊富な土壌である為、非火山性土壌のボルネオ島よりも果実生産量が高く、オラウータンの栄養状態が良いと言われている。このことからオランウータンでは栄養状態が良い(死亡率が低い)環境であれば、出産間隔が長くなる、という仮説が提唱されている。本発表では、最も栄養状態が悪い(果実生産量の変動が激しく、果実生産量が少ない期間が長い)と言われている、ボルネオ島北部に生息する亜種Pongo pygmaeus morioの雌の繁殖(妊娠・出産・乳幼児の死亡数)を報告し、果実生産量が雌の繁殖に与える影響について考察する。ボルネオ島マレーシア領サバ州のダナムバレイ森林保護区内のダナム川の両岸2km2の一次林を調査地とし、2005年3月から2014年12月まで、毎月平均15日間、オランウータンを探索及び追跡した。また栄養状態を推定する為に、尿中のインスリン分泌能指標物質(C-Peptide)について、エンザイムイムノアッセイ法を用いて測定した。9年間で6頭の定住雌が8回の妊娠で7頭のアカンボウを出産した。うち1頭は出産直後に消失し、1頭が4歳で消失したが、他5頭は2015年12月末の時点で生存していた。また妊娠は2010年に集中(5/8)していた。測定の結果、発情している可能性が高い(非妊娠・非授乳中)雌でC-Peptideが最も高く、授乳中や妊娠中の雌では低い、という結果が得られた。C-Peptideは個体の栄養状態を反映し、栄養状態が良いと高値となる。従って(非妊娠・非授乳で)発情している可能性のある雌は、妊娠や授乳によって栄養的に負荷がかかっている雌よりも、栄養状態が良いことが確かめられた。発表では、月毎の果実生産量の変動の結果とあわせて、果実生産量が雌の繁殖に与える影響について考察する。