ヒトを含む霊長類の認知発達をはかる比較尺度として,物の操作を用いることができる。物の操作には,把握などの単純な操作から,道具使用などの複雑な操作まで,様々なレベルがある。道具使用の前提となる定位操作は,物と物とを関係づける操作パターンだ。定位操作は,ヒトで生後10カ月頃に出現する。飼育下の大型類人猿4種を対象として,定位操作の発達過程を調べ,野生で見られる道具使用の多寡やレパートリーとあわせて考察を試みた。対照群としたヒト乳幼児では1歳前から,積木をつむ,入れ子状にカップをかさねる,箱の穴に棒を入れる,という3種類の定位操作がほぼ同時期に出現した。チンパンジーでは,箱の穴に棒を入れるという定位操作は,ヒトと同様に1歳前からおこなった。一方,入れ子状にカップをかさねるという定位操作は1歳半頃,積木をつむ操作は2歳半すぎと,ヒトに比べて出現が遅れていた。ボノボでは,入れ子状にカップをかさねる操作が3歳8カ月,積木をつむ操作は4歳9カ月の個体で初めて観察された。ゴリラでは,積木をつむ操作が2歳6カ月,入れ子状にカップをかさねる操作が3歳7カ月の個体で初めて観察された。オランウータンでは,積木をつむ操作と入れ子状にカップをかさねる操作の両方が,2歳9カ月の1個体で観察された。飼育下の大型類人猿4種すべてで定位操作が見られたものの,その発達の時期や順序は種によって異なった。ヒトとチンパンジーでは,同様な手法で縦断的データを収集したが,とくに積木をつむという定位操作の出現時期がチンパンジーで大きく遅れていた。ただし,他の大型類人猿の発達時期を考慮すると,チンパンジーでは箱の穴に棒を入れるという定位操作が特異的に,ヒトと同様の早い時期に出現すると捉えることもできる。野生ではチンパンジーがもっとも多様な道具使用をおこない,中でも棒を穴に入れる操作パターンが多く見られることが,飼育下での認知発達過程にも反映されていたと言える。