霊長類研究 Supplement
第76回日本人類学会大会・第38回日本霊長類学会大会連合大会
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ポスター発表
括り猿模様:江戸時代に使用されていたニホンザルの非写実的な描写
小川 春子小川 秀司
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p. 78-

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抄録

ニホンザルの姿が人々にどう認識されてきたかを探るため、絵画や服飾に描かれた霊長類について調査した。ニホンザルやテナガザルが写実的に描かれた作品が桃山時代や江戸時代には存在した一方で、江戸時代の刀の鍔や浮世絵に描かれた人物が着ている衣服などには、ニホンザルを極めて単純な図で表した意匠が存在し、それは「括り猿模様(文様)」などと呼ばれている。括り猿模様は、座った姿勢のサルを横から眺めた状態を表現しており、頭部は半円、頭部から下は三日月型で、三日月の両端が前肢と後肢を示している。

括り猿模様は家紋にも用いられており、サルを題材とした家紋は括り猿模様を円で囲った「細輪に括り猿」や括り猿模様を3つ組み合わせた「三つ括り猿」などに限られる。「括り猿」という名称は布小物に由来する。例えば京都の八坂庚申堂には欲に走ろうとする心を戒めるためにサルの四肢に見立てた布の四隅が括られて吊り下げられている。この布小物の名称は様々で、奈良では「身代わり申」「庚申さん」とも呼ばれている。江戸時代にはこうした布小物は縁起物や玩具としても親しまれていたことが当時の浮世絵や文献から伺える。この布小物をさらに単純化した意匠が括り猿模様であろう。現代の着物や手ぬぐいにも「三つ猿紋ちらし」と呼ばれる「三つ括り猿」と類似した柄が存在するが、それを見ただけではサルだとは伝わりにくい。しかし江戸時代の人々にとっては、括り猿模様という意匠や布小物の括り猿こそがニホンザルをわかりやすく表したものだったようである。

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