抄録
「ロカルノの女乞食」(初出1810)はハインリヒ・フォン・クライストによる短編小説であるが、グリム兄弟(ヤーコプ・グリムとヴィルヘルム・グリム)の『子どもと家庭のメルヒェン集』(1812-57)に収録された類話「乞食ばあさん」(KHM150)への神話学的解釈を援用して伝承文学の系譜に基づいた読解がなされてきた。作家による作品と民間伝承との境界の不確かさは現在もなお議論を要する問題である。本稿ではヤーコプとヴィルヘルムの弟フェルディナント・グリムが『ドイツ及び諸外国の民間伝説とメルヒェン』(1820)に「ロカルノの女乞食」を民間伝承として収録したことについてその背景を含めて述べ、『子どもと家庭のメルヒェン集』における「乞食ばあさん」との違いについて論じる。フェルディナントの伝承集においてはグリム兄弟による神話学・伝承文学研究の知見を踏まえつつも、グリム兄弟とは異なる「伝説」としての価値が見出されていることを明らかにする。