抄録
【目的】
近年,素早く体幹を左右に側屈運動させるArm Crossed Seated
Side Tapping(以下,AC-SST)は歩行速度の向上に貢献する.高
齢者は体幹の重量に課題があり,スリングを用いることで,上肢を
免荷した状態で運動の方向を規定できる.本研究の目的は,高齢
者におけるスリングを用いたAC-SSTがバランスと歩行能力へ与え
る即時効果を検証すること.
【方法】
対象は単一デイサービスの利用者のうち,杖歩行・独歩自立した
40名(平均年齢83.2歳,男性14名,女性26名)をブロックランダ
ム化法により,スリング群(n=20)とコントロール群(n=20)に分
けた.方法は端座位で腕組みをして,両上腕外側10cmの目標物
に対し2セット(10往復・1セット)を実施した.スリング群のみスリ
ングを装着した.介入前後で8m最大歩行速度(以下,8mMax),
Timed Up & Go Test( 以下,TUG), 開眼片脚立位( 以下,
OLS),Functional Reach(以下,FR),長座位前屈を測定した.
統計学的解析は,群内比較にウィルコクスンの符号付順位検定,
群間比較にマンホイットニーのU検定を用いた.統計解析ソフトは
EZRを用い,有意水準は5%とした.
【倫理的配慮,説明と同意】
日本理学療法学会連合倫理審査委員会(R05-001)にて承認を得
た.
【結果】
スリング群はAC-SST前後で8mMax,FR,長座位前屈が有意に
増加し,歩数が有意に減少した.コントロール群はAC-SST前後
で8mMax,FRが有意に増加し,TUGが有意に減少した.2群間
の比較において有意差は認められなかった.
【考察】
高齢者をスリング有無で2群に分け,AC-SSTを実施し,村上らの
先行研究と同様に両群とも歩行能力が即時的に向上した.両群で
8mMaxの変化量に有意差はなく,歩行能力に対する効果は同等
だった.スリング群でFR,長座位前屈にも効果があることが明ら
かになり,スリングの免荷作用によりグローバルマッスルの緊張を
抑制しながら,椎間関節運動が行われ,体幹の柔軟性が向上し,
リーチ距離が延長したと考える.またコントロール群でTUGに効
果があり,体幹免荷をしない条件がグローバルマッスルを賦活さ
せ,粗大動作が向上したと考える.研究の限界として筋活動まで
評価が行えていないため,今後は筋活動との関連を明らかにする
必要がある.