2025 Volume 52 Issue 1 Pages 1-12
【目的】福山型先天性筋ジストロフィー(Fukuyama congenital muscular dystrophy:以下,FCMD)の粗大運動獲得とその時期について,遺伝子型による差異と各粗大運動間の関連を明らかにすることを目的とした。【方法】FCMD児60名を対象として,遺伝子型別に各粗大運動獲得の有無と時期を調査し,最高到達運動機能のレベル(以下,最高到達レベル)の分布,各粗大運動獲得月齢,遺伝子間の関連について統計学的に分析した。【結果】最高到達レベルの分布は,ホモ接合型ではシャフリングが,複合ヘテロ接合型では座位が最も多かった。複合ヘテロ接合型と比べてホモ接合型のほうが頚定と座位の獲得月齢が低く,最高到達レベルが高いほど下位粗大運動獲得月齢が低かった。各粗大運動獲得時期間にも有意な相関が認められ,ロジスティック回帰分析により頚定月齢と座位月齢を説明変数とする移動獲得確率の予測式が得られた。【結論】FCMDにおける粗大運動発達の遺伝子型別特徴が明らかとなり,頚定や座位の獲得月齢が移動獲得の予測因子として重要であることが示唆された。
Objective: This study aimed to clarify differences in the acquisition and timing of gross motor functions among Fukuyama congenital muscular dystrophy (FCMD) genotypes. The relationships between genotypes and each of the gross motor functions were also examined.
Method: The presence and timing of acquisition of each gross motor function by genotype were investigated retrospectively in 60 FCMD children, and the highest attained level, the age in months at which each gross motor function was acquired, and the associations with genotypes were statistically analyzed.
Results: The highest attained level was most often shuffling for homozygous types and sitting for compound heterozygous types. Compared to compound heterozygotes, homozygotes were younger (age in months) at the times of head control and sitting acquisition, with higher maximum attainment levels being associated with earlier acquisition of lower gross motor function levels. Significant correlations were also demonstrated between the time of acquisition of each gross motor function, and logistic regression analysis yielded prediction equations for the probability of acquiring mobility with the age of head control acquisition and age of sitting acquisition as explanatory variables.
Conclusions: Several characteristics of gross motor development for each genotype in FCMD were recognized and the age of head control or sitting acquisition was suggested to be important for predicting mobility acquisition.
福山型先天性筋ジストロフィー(Fukuyama congenital muscular dystrophy:以下,FCMD)は,福山ら1)が1960年に世界で初めて報告し,戸田らが1998年に原因遺伝子fukutin(以下,FKTN)を同定した2)3)遺伝性の疾患である。10万人に2.9名の頻度で発生する4)希少疾患である。日本国内のFCMD患者数は約1000~2000人と推定されている5)。日本人に最も頻度が高く,国内の小児期発症の筋ジストロフィーではDuchenne型に次いで多い。遺伝形式は常染色体性劣性で,遺伝子型は対立遺伝子(アレル)の両側に3kb挿入変異を有するホモ接合型と,片側に3kb挿入変異,対側に点変異などの他の変異を有する複合ヘテロ接合型がある。87%がホモ接合型として認められている3)。
FCMDは,筋の壊死と再生,間質の線維化に加え大脳・小脳の多小脳回を主とした脳奇形を有する6)。筋緊張低下・筋力低下,関節の拘縮が生じ,多くが知的障害を伴い運動発達は遅滞する。小児理学療法が必須の疾患である。FCMD患者が獲得する最高到達運動機能は,座位レベルの運動に留まることが多いが,未頚定に留まる症例から歩行・階段昇降まで可能になる症例があり,更に走行やジャンプができる極軽症例も稀にみられる。
FCMDの運動機能の評価には,上田ら7)が発案し,大川ら8)によって改変された「福山型先天性筋ジストロフィー症における運動機能レベル」がある。運動機能を未頚定(レベル0),頚定(レベル1),自力座位保持(レベル2),座位でのその場回り(レベル3),いざり這い(シャフリング)移動(レベル4),つかまり立ちまたは四つ這い移動(レベル5),つかまり歩行または手引き歩行(レベル6),平地での手放し歩行(レベル7),階段昇降(レベル8)の9つの段階で評定する。この中で,座位でのその場回りや,かつて,いざり移動と言われたシャフリング(座った状態のまま移動する)はFCMDに特徴的な運動である。一方,臨床的重症度は,最高到達運動機能のレベル(以下,最高到達レベル)によって座位保持を基準に重症例,典型例,軽症例の3群に分類される。最高到達レベルが座位保持不可能は重症例(上田・大川分類のレベル0~1),座位保持可能は典型例(レベル2~4),起立,歩行可能であれば軽症例(レベル5~8)となる9)。
FCMD患者の臨床的重症度からみた分布は,典型例が約75%,軽症例は約15%,重症例は約10%といわれている10)11)。典型例の中には,座位までで留まる症例と座位で移動(シャフリング)が可能な症例が含まれるが,その割合(分布)の詳細は不明である。
筆者12)らは,先行研究において,FCMDの運動能力を粗大運動能力尺度(Gross motor function measure:以下,GMFM)で評価し,経時的変化と遺伝子型による運動能力の違いを検討した。その結果,運動能力の経時的変化では比較的急な上昇相と比較的緩やかな下降相がみられた。そのグラフ上のピーク年齢は,臨床的重症度別では,重症例は20ヵ月,典型例は48ヵ月,軽症例では68ヵ月であり,遺伝子型別では典型例のホモ接合型は48ヵ月,典型例の複合ヘテロ接合型では50ヵ月であった。運動能力のピーク年齢には多少の個人差がみられるため,臨床的経験を踏まえてピーク年齢の範囲を示すと,概ね重症例は1~3歳,典型例は3~5歳,軽症例では5~7歳になることを示唆した。また,遺伝子型別では,典型例において,複合ヘテロ接合型の方がホモ接合型よりピーク時の運動能力が低かった。
FCMDの粗大運動獲得時期については,遺伝子診断以前(臨床的診断時)の先行研究では,典型例のFCMDの頚定は大部分の症例に遅れがあって4ヵ月末~12ヵ月の間に,座位保持はほぼ全例に遅れがあって8ヵ月~3歳の間に,シャフリングは1歳半~7歳頃までに可能,非典型例とされていた歩行可能例(軽症例)では,2歳までに四つ這いが可能,もしくは3歳までに伝い歩きが可能となっていたと報告11)13)14)されている。また,典型例の座位,シャフリングの獲得時期は,3~4歳ともいわれている10)15)。しかし,遺伝子型別に上田・大川らの運動機能レベルを用いて最高到達レベルを分類し,各レベル別の粗大運動獲得時期について調査した報告は見当たらない。遺伝子型で粗大運動獲得時期に違いがあるのか,また,典型例の中でも,座位までに留まる症例とシャフリングを獲得できる症例とでは,頚定や座位の獲得時期に違いがあるのかは不明である。
運動能力においては,シャフリングを含む移動獲得の有無は,認知を含むその後の精神運動発達や日常生活動作(Activities of daily living:以下,ADL)に大きな影響を与えると考えられる。健常児では低レベルと高レベルの運動機能獲得月齢間に比較的高い相関があることが知られている16)。一方でFCMDでは,移動が可能な症例は,不可能な症例に比べて各粗大運動の獲得が早く高いレベルの運動の獲得が予測されるものの,その具体的な報告は見当たらない。また,頚定と座位がFCMDの中では比較的早く獲得された症例でも,その後に,より高い機能である移動が獲得されなかった症例も臨床上経験することがあり,低レベル運動と高レベル運動の獲得の関連は明らかではない。
FCMDは乳児期からの理学療法が必須であり,各レベルの粗大運動獲得時期と経過・特徴を把握して運動機能の予測に用いることは,理学療法における目標設定やプログラム立案に重要である。本研究は,FCMDが獲得する最高到達レベルの分布,各粗大運動を獲得する時期,および,それらと遺伝子型との関係を明らかにすることを目的とした。更に移動の可否に焦点を当て,FCMDが獲得しやすい頚定獲得月齢(以下,頚定月齢)と座位獲得月齢(以下,座位月齢)との関連性,および,予後予測についても検討する。
遺伝子学検査にて確定診断されたFCMD患者のうち,2013年1月から2019年3月までに東京女子医科大学病院で入院または外来にて理学療法を受けた72名中,遺伝子型が判明しており,運動能力の低下または運動機能の退行が認められ,且つ最高到達レベルが判明している60名を対象とした。運動能力の低下とは,GMFMがピーク(最高値)から2年以上低下が認められているもの,運動機能の退行とは,獲得された粗大運動の喪失が認められたものとした。除外された12名は,遺伝子型不明3名,運動発達の途中が7名,脳性麻痺の合併が2名であった。脳性麻痺の合併はFCMD以外の影響が考えられるため除外した。
2. データ収集診療記録を用いてデータ収集を後方視的に行い,対象の遺伝子型,各粗大運動の獲得の有無とその時期,および,最高到達レベルを確認した。粗大運動の種目と最高到達レベルに関しては「福山型先天性筋ジストロフィー症における運動機能レベル(レベル0~8)」にあてはめた。
3. 解析方法得られたデータについて以下の6項目を検討した。
1)遺伝子型と最高到達レベルの分布
全症例を遺伝子型で分類し,各遺伝子型での最高到達レベルの人数を調べた。また,遺伝子型と最高到達レベルの関連性については,χ2検定とFisherの正確確率検定で分析した。
2)各遺伝子型における最高到達レベルと各粗大運動獲得時期
遺伝子型別に最高到達レベルで分類し,それぞれのグループの各粗大運動獲得平均月齢,散布度(標準偏差,および,月齢幅(最短~最長月齢))を調べた。
3)最高到達レベルと下位粗大運動獲得時期との関係
最高到達レベルと下位粗大運動獲得月齢の関係をSpearmanの相関係数を用いて分析した。更に移動を獲得した群(レベル4~8)と移動ができない群(レベル0~3)について,頚定と座位の獲得時期を比較した。母集団分布の正規性が疑わしい場合の検定にはノンパラメトリック検定を用いることとし,ここではmedian検定を用いた。
4)各粗大運動獲得月齢の遺伝子間差異
差の検定が可能なサンプルサイズは頚定と座位だけであったので,頚定月齢と座位月齢の中央値と散布度について,遺伝子型間の差異をそれぞれmedian検定とMood検定(Mood test for scale)17)で分析した。
最高到達レベルが同じ場合の運動獲得月齢の遺伝子間差異についてはWilcoxonの順位和検定で検討した。
5)頚定月齢と座位月齢,および,シャフリング獲得月齢(以下,シャフリング月齢)間の関係
頚定月齢と座位月齢の関係,および,頚定月齢とシャフリング月齢の関係,座位月齢とシャフリング月齢の関係をPearsonの相関係数(r)とSpearmanの順位相関係数(rs)で分析した。
6)移動獲得の予測
移動獲得にかかわる因子の候補として,移動(0:未獲得,1:獲得)と有意な関係のある変数を説明変数として抽出し,移動(0, 1)を目的変数として多重ロジスティック回帰分析を行った。有意な説明変数を基に最終的なモデル式を作成した。同様に独歩についても予測式を検討した。
統計ソフトはJMP Pro17とEZR ver.1.54を用い,統計学的有意水準を5%とした。
4. 倫理的配慮この研究は,東京女子医科大学倫理委員会の承認(承認番号2022-0144)を得て行った。また,本学ホームページにより研究内容を公開してオプトアウトを行い,診療記録の利用について同意が得られない場合には申し出を依頼した。
対象となった60名(男性28名,女性32名)の調査時年齢は6歳以上であった。遺伝子型は,ホモ接合型43名(男性20名,女性23名)で71.7%,複合ヘテロ接合型は17名(男性8名,女性9名)で28.3%であった。
1. 遺伝子型と最高到達レベルの分布遺伝子型別の最高到達レベルの内訳を図1と表1(上段)に示す。ホモ接合型の最高到達レベルの分布は,レベル4(シャフリング)が55.8%と半数以上を占め,次いでレベル2(座位)が18.6%と多かった。重症例であるレベル0(未頚定)とレベル1(頚定)は0%であった。独歩を獲得した4名中3名は階段昇降が可能なレベル8であった。複合ヘテロ接合型では,レベル2(座位)が35.3%と約三分の一を占めており,次いでレベル1(頚定)が23.5%と多く,ホモ接合型で最も多かったレベル4(シャフリング)は17.6%であった。レベル5(つかまり立ちまたは四つ這い),レベル6(つかまり歩き)は0%であった。また,独歩を獲得した2例はいずれも階段昇降が可能なレベル8であった。各遺伝子型で最も多くを示したレベルは,ホモ接合型はレベル4,複合ヘテロ接合型はレベル2であり,どちらも臨床型では典型例の中に含まれるが,ホモ接合型の方が高いレベルであった。
各遺伝子型を100%として示す. ( )内の数値はn数.
最高到達レベル | レベル0 | レベル1 | レベル2 | レベル3 | レベル4 | レベル5 | レベル6 | レベル7 | レベル8 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
ホモ接合型(n=43) | n=0 | n=0 | n=8 | n=4 | n=24 | n=2 | n=1 | n=1 | n=3 |
複合ヘテロ接合型(n=17) | n=1 | n=4 | n=6 | n=1 | n=3 | n=0 | n=0 | n=0 | n=2 |
粗大運動獲得時期 | |||||||||
頚定平均月齢(最短~最長) | |||||||||
ホモ接合型 | 10.8±3.6 (5~15) | 9.0±2.6 (6~12) | 6.8±2.5 (3~12) | 6.0±0 (6) | 9 | 4 | 3.7±1.2 (3~5) | ||
複合ヘテロ接合型 | 33.0±3.8 (28~36) | 14.2±3.1 (11~18) | 16 | 13.5±9.2 (7~20) n=2 | 6.5±0.7 (6~7) | ||||
座位平均月齢(最短~最長) | |||||||||
ホモ接合型 | 27.3±16.1 (10~59) | 20.8±5.9 (14~27) | 13.8±5.1 (6~25) | 8.0±1.4 (7~9) | 12 | 7 | 7.7±1.5 (6~9) | ||
複合ヘテロ接合型 | 39.7±16.5 (24~66) | 22 | 23.0±12.8 (12~37) | 11.0±4.2 (8~14) | |||||
座位その場回り平均月齢(最短~最長) | |||||||||
ホモ接合型 | 62.0±4.9 (56~66) | 30.8±12.1 (14~60) n=15 | 12.0±0 (12) n=1 | ||||||
複合ヘテロ接合型 | 36 | 30 n=1 | |||||||
シャフリング平均月齢(最短~最長) | |||||||||
ホモ接合型 | 38.4±12.2 (20~60) | 25.0±7.1 (20~30) | |||||||
複合ヘテロ接合型 | 51.7±18.0 (38~72) | ||||||||
四つ這い移動平均月齢(最短~最長) | |||||||||
ホモ接合型 | 38.5±3.5 (36~41) | 26 | 25 | 17.3±5.0 (12~22) | |||||
複合ヘテロ接合型 | 18 n=1 | ||||||||
つかまり歩き平均月齢(最短~最長) | |||||||||
ホモ接合型 | 69 | 41 | 21.3±3.1 (18~24) | ||||||
複合ヘテロ接合型 | 21.0±4.2 (18~24) | ||||||||
独歩平均月齢(最短~最長) | |||||||||
ホモ接合型 | 57 | 30.7±2.1 (29~33) | |||||||
複合ヘテロ接合型 | 24.0±2.8 (22~26) |
レベル4と5の症例の中に頚定と座位その場周りの獲得月齢が記載されていない場合があったため,その個所は記載されていた児のデータで平均を求め,その時のn数を示している.
移動不獲得群(レベル0~3)と移動獲得群(レベル4~8)に分類して最高到達レベルと遺伝子型との関係を示したものが表2である。独立性のχ2検定を行った結果,ホモ接合型のほうが,複合ヘテロ接合型に比し移動を獲得する割合が大きかった(χ(1)2=9.248, p=0.004)。しかし,複合ヘテロ接合型には,高機能(レベル8)が2名含まれている。
移動 | ||
---|---|---|
獲得(レベル4~8) | 不獲得(レベル0~3) | |
ホモ接合型(n=43) | 31 | 12 |
複合ヘテロ接合型(n=17) | 5 | 12 |
p=0.004.
次に典型例(レベル2, 3, 4)を取り出して2×3分割表検定を正確確率検定で行った結果では,遺伝子型と最高到達レベルの間に有意な関係は示されなかった(p=0.058)。
2. 各遺伝子型における最高到達レベルと各粗大運動の獲得時期各遺伝子型での最高到達レベル別の各粗大運動獲得平均月齢と標準偏差,および,月齢幅(最短~最長月齢)を表1(下段)と図2に示す。最高到達レベルが5以下の症例は,そのレベルよりも下位の粗大運動をレベル順にすべて獲得していた。また,表1は遺伝子型に関わらず,最高到達レベル7, 8(独歩を獲得)の全児が,シャフリング(レベル4)を経験せず(日常で経験されなかった)に四つ這いを獲得していたことを示している。階段昇降が可能となった症例の階段昇降獲得時期は全症例について不明であった。具体的な獲得月齢として,最高到達レベル4におけるシャフリング獲得月齢は,ホモ接合型で38.4±12.2(20~60)ヵ月,複合ヘテロ接合型では51.7±18.0(38~72)ヵ月であった。独歩の獲得月齢は,ホモ接合型では最高到達レベル7で57ヵ月,最高到達レベル8で30.7±2.1(29~33)ヵ月,複合ヘテロ接合型では最高到達レベル8で24.0±2.8(22~26)ヵ月であった。
( )内の数値はn数. 最高到達レベル1はホモ接合型には存在しなかった. 最高到達レベル5, 6,7は複合ヘテロ接合型には存在しなかった.
図2に示されるように,いずれの遺伝子型においても最高到達レベルが高いグループほど,早い月齢で下位粗大運動が獲得される傾向があった。
最高到達レベルと下位粗大運動獲得月齢との関係について,頚定の例を図3に散布図で示すと,最高到達レベルが高い程,頚定月齢が小さい傾向を示している。最高到達レベルと下位粗大運動獲得月齢の間の関連をSpearmanの相関係数を用いて検討した結果,頚定(rs=−0.695, p<0.001, n=58),座位(rs=−0.701, p<0.001, n=55),その場回り(rs=−0.696, p<0.001, n=22),四つ這い(rs=−0.938, p<0.001, n=8),および,つかまり歩き(rs=−0.816, p=0.025, n=7)には比較的高い負の相関が認められた。負の相関は最高到達レベルが高い程,各運動の獲得が早いことを示している。シャフリングを獲得した症例で歩行以上を獲得した児は存在しなかったため相関を求めることができなかった。また,独歩についてはサンプルサイズが小さいため求めなかった。
最高到達レベルと各粗大運動獲得月齢の関係の1例として,頚定の結果を示す.
図4に頚定と座位の獲得月齢について,移動獲得群と不獲得群を対比して示す。頚定獲得時期については,頚定が獲得されなかったレベル0(1名)は除外したため,移動獲得群36名,移動不獲得群23名となった。頚定月齢は移動獲得群では中央値6(四分位偏差2),移動不獲得群では中央値12(四分位偏差4)であり,median検定で有意差が認められ(χ(1)2=19.80, p<0.001),移動獲得群が不獲得群よりも早期に頚定を獲得することが示された。座位獲得時期については,頚定と座位が獲得されなかったレベル0(1名)とレベル1(4名)を除外したため,移動獲得群36名,移動不獲得19名となった。座位月齢は移動獲得群では中央値12(四分位偏差4.8),移動不獲得群では中央値24(四分位偏差9)であり,median検定の結果,有意差が認められ(χ(1)2=16.30, p<0.001),移動獲得群が不獲得群よりも早期に座位を獲得することが示された。
各遺伝子型の頚定月齢と座位月齢の差異を図5に示す。頚定ではホモ接合型の中央値7(四分位偏差2.5),複合ヘテロ接合型の中央値16(四分位偏差8.5)であった。median検定の結果,二つの遺伝子型の中央値に有意差が認められ(χ(1)2=7.50, p=0.006),ホモ接合型の獲得時期の方が早かった。座位では,ホモ接合型の中央値12(四分位偏差5.5),複合ヘテロ接合型の中央値24(四分位偏差10.6)であり,median検定の結果,有意差が認められ(χ(1)2=4.25, p=0.039),ホモ接合型の獲得時期の方が早かった。
散布度の差に関するMood検定では,頚定獲得時期と座位獲得時期に共に有意差が認められた(頚定でZ=4.16, p<0.001,座位でZ=4.89, p<0.001)。頚定と座位獲得時期に関して,複合ヘテロ接合型の方が散布度は大きい結果となった。
最高到達レベルが同じ場合の遺伝子間差異については,対象者の数が比較的多かった最高到達レベル2についてのみ分析した。レベル2(座位:ホモ接合型8名,複合ヘテロ接合型6名)をWilcoxonの順位和検定で検討した結果,頚定月齢(p=0.186),座位月齢(p=0.174)で,いずれにおいても遺伝型による有意差は認められなかった。
5. 頚定月齢と座位月齢,および,シャフリング月齢間の関係各遺伝子型における座位以上を獲得した最高到達レベル2~8の頚定月齢と座位月齢の散布図を図6に示す。頚定が早いほど座位獲得が早い傾向があり,両遺伝子型を込みにしたとき,有意な正の相関がみられた(r=0.665, p<0.001);rs=0.810, p<0.001)。遺伝子型別に見ると,ホモ接合型(43名)では,r=0.662(p<0.001);rs=0.764(p<0.001)の有意な相関が認められた。複合ヘテロ接合型11名(12名中1名頚定時期不明)では,ホモ接合型と類似の傾向を示したが,相関係数はr=0.467(p=0.147);rs=0.506(p=0.113)であり有意ではなかった。
最高到達レベル2~8(ホモ接合型n=43名 複合ヘテロ接合型n=11名).
シャフリング以上を獲得した最高到達レベル4~8のシャフリング月齢と頚定月齢の散布図を図7Aに,シャフリング月齢と座位月齢の散布図を図7Bに示す。複合ヘテロ接合型のサンプルサイズが小さいため,両遺伝子型を込みにして相関を求めたところ,頚定月齢とシャフリング月齢間には有意な正の相関(r=0.378, p=0.047;rs=0.500, p=0.007)が認められた。同様にシャフリング月齢と座位月齢間の相関を求めたところ有意な正の相関(r=0.615, p<0.001;rs=0.501, p=0.002)が認められた。複合ヘテロ接合型のサンプルサイズが小さいため,遺伝子型別での分析は行わなかった。
結果1と3において,移動獲得と関連がある変数として遺伝子型(0:ホモ接合型,1:複合ヘテロ接合型),頚定月齢,座位月齢が認められたため,これらの変数を説明変数とし,移動(0:未獲得,1:獲得)を目的変数として多重ロジスティック回帰分析を行った。また,独歩獲得者が少なかったため,独歩(0:未獲得,1:獲得)を目的変数とし,頚定月齢,座位月齢を説明変数としてロジスティック回帰分析(単回帰)を行った。
1)頚定獲得時点での予測
移動(0, 1)を目的変数,遺伝子型(0:ホモ接合型,1:複合ヘテロ接合型)と頚定月齢を説明変数として多重ロジスティック回帰分析を行った結果を表3の上段に示す。有意な変数として頚定月齢だけが採択されたため,最終的に頚定月齢だけを説明変数としてロジスティック回帰分析を行った。その結果,頚定月齢の回帰係数が−0.378,定数が4.004,標準誤差が0.108, χ2=12.26,オッズ比が0.685(95%CI:0.538~0.825),p値が0.0005であり,移動獲得確率Pの予測式は次のようになった。
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予測時期 | 因子 | 回帰係数 | 標準誤差 | χ2 | オッズ比(95%信頼区間) | p値 |
---|---|---|---|---|---|---|
頚定獲得 | 遺伝 | −0.053 | 0.468 | 0.01 | 1.111(0.161~6.830) | 0.910 |
頚定月齢 | −0.374 | 0.114 | 10.70 | 0.688(0.535~0.841) | 0.001 | |
定数 | 3.933 | 1.217 | 10.44 | 0.001 | ||
座位獲得 | 遺伝 | 0.062 | 0.618 | 0.01 | 0.884(0.007~9.078) | 0.920 |
頚定月齢 | −0.096 | 0.139 | 0.47 | 0.909(0.681~1.192) | 0.491 | |
座位月齢 | −0.211 | 0.081 | 6.76 | 0.810(0.674~0.929) | 0.009 | |
定数 | 5.377 | 1.642 | 10.72 | 0.001 |
ROC曲線における曲線下面積(AUC)は0.877(95%CI:0.780~0.974)であった。図8Aに移動の実測値,および,頚定月齢に対する移動獲得確率の推定値を示す。
独歩(0, 1)を目的変数,頚定月齢を説明変数とするロジスティック回帰分析の結果,頚定月齢が有意な変数であることが確認されたため,次のように独歩獲得確率の推定式を作成した。
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頚定月齢の回帰係数は−0.640,標準誤差は0.297, χ2値は4.63(p=0.031),定数は1.856,オッズ比は0.527(95%CI:0.295~0.944),AUCは0.857(95%CI:0.727~0.988)であった。図8Bに独歩(0, 1)の実測値,および,頚定月齢に対する独歩獲得確率の推定値を示す。
2)座位獲得時点での予測
移動(0, 1)を目的変数,遺伝,頚定月齢,および座位月齢の3変数を説明変数として多重ロジスティック回帰分析を行った結果を表3の下段に示す。有意な説明変数として座位月齢だけが採択されたため,最終的に座位だけを説明変数としてロジスティック回帰分析を行った。その結果,座位月齢の回帰係数が−0.179,定数が4.002,標準誤差が0.053, χ2=11.53,オッズ比が0.836(95%信頼区間:0.742~0.914),p値が0.0007であり,移動獲得確率Pの予測式は次のようになった。
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ROC曲線における曲線下面積(AUC)は0.879(95%CI:0.784~0.974)であった。図8Cに移動の実測値,および,頚定月齢に対する移動獲得確率の推定値を示す。
独歩(0, 1)を目的変数,座位月齢を説明変数とするロジスティック回帰分析の結果,座位月齢が有意な変数であることが確認されたため,次のように独歩獲得確率の推定式を作成した。
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座位月齢の回帰係数は−0.401,標準誤差は0.150, χ2値は4.66(p=0.031),定数は2.519,オッズ比は0.718(95%CI:0.535~0.964),AUCは0.851(95%CI:0.725~0.978)であった。図8Dに独歩(0, 1)の実測値,および,頚定月齢に対する歩行獲得確率の推定値を示す。
FCMDの臨床的分類では,典型例(レベル2, 3, 4)が約75%を占める10)11)といわれている。本研究の結果では,対象者全体における典型例の割合は表1より計算すると76.7%であり,先行研究とほぼ等しいものであった。本研究では8段階のレベル別および遺伝子型別に分類,集計した結果,ホモ接合型では典型例は83.7%で,その中でもレベル4(シャフリング)の割合が最も多いが,複合ヘテロ接合型では典型例が58.8%でレベル2(座位)が最も多く,遺伝子型によって分布が異なることが明らかとなった。この結果は,筆者らが先行研究12)で報告した典型例における遺伝子型別運動能力の検討で,典型例においては,複合ヘテロ接合型の方がホモ接合型よりピーク時の運動能力が低い傾向であったという結果と一致している。また,今回の症例では,ホモ接合型の重症例は0%であり典型例と軽症例にのみ分布しているが,複合ヘテロ接合型では典型例が最も多くを占めているものの重症例も軽症例も認められた。さらに遺伝子型と最高到達レベルの関係として,移動に焦点を当てて検討した結果,ホモ接合型の方が移動を獲得する割合が大きかった。これらの結果は,「ホモ接合型では典型例と軽症例の比較的均一な臨床像を呈するが,創始者変異と他変異の複合ヘテロ接合型では,いずれの臨床像も生じえ,重症例が多い傾向がある」とする報告15)と一致している。複合ヘテロ接合型は点変異の違いによって運動機能も異なることが推測されるが,近年のFKTN遺伝子の片側アレルの点変異解析により,点変異として最も頻度が高いのはDeep-intron変異であることが判明し,この変異は未頚定や支えがなければ座れないなど,ホモ接合型と比較して臨床的に重篤な表現型を示すことが報告された18)。今回の複合ヘテロ接合型の症例の点変異については不明であるが,日本人にはDeep-intron変異の頻度が高い18)ために今回のような分布や結果になったと推測される。しかし,複合ヘテロ接合型の中に高機能の症例が少数ではあるが存在することに注意する必要がある。
2. 最高到達レベルと各粗大運動の獲得,および,獲得時期との関係遺伝子型別に9つの最高到達レベル別に分析して得られた本研究の獲得月齢(表1)は,先行研究11)13–15)で示されている臨床的分類での結果よりも詳細な情報を含んでいる。
最高到達レベルと下位粗大運動獲得月齢との関係については,最高到達レベルが高いグループほど,早い月齢で下位粗大運動が獲得される傾向がみられた。この関係は移動獲得群の方が移動不獲得群より早期に頚定と座位を獲得することや,頚定,座位,その場回り,四つ這い,つかまり歩きの獲得月齢は,最高到達レベルと有意な負の相関が認められたことから明らかとなった。この結果は,早期に粗大運動を獲得することがより高い運動機能の到達に寄与していることを示唆しており,下位運動獲得時期による上位運動獲得時期の予測だけでなく,最高到達レベル予測の可能性を支持するものである。しかし,この結果は早期介入が重要であることを直ちに示すものとは言えず,更に詳細な検討が必要である。
FCMDの運動の特徴であり運動獲得目標となり得るシャフリングの獲得月齢はほぼ先行研究11)13–15)で報告されている月齢であった。また,独歩を獲得した症例(レベル7, 8)は,頚定と座位に大幅な遅れは見られなかったが,四つ這い移動以降で遅れが大きくなっていた。
健常児では約82%が四つ這い獲得後に歩行を獲得し,約9%がシャフリングを経験した後に歩行を獲得する16)。筋緊張と筋力の低下がみられるダウン症児では,早期から療育を開始した児で歩行の前に11.6%がシャフリングを経験したとの報告がある19)。本研究の対象者におけるシャフリング獲得者の割合は表1より60名中29名(48.3%:95%CIは0.352~0.616)であり,健常児の9%16)より明らかに大きく,また,Down症児より多い。更にFCMDではシャフリング獲得者の中に歩行に至った症例が存在しなかった。このことは,FCMD児の運動発達の特徴を示している。また,本研究で独歩を獲得した6名のFCMD全例が,シャフリングを経験せずに四つ這い移動を獲得し,その後に独歩を獲得していた。このことは,独歩獲得までの特異的な発達とは言えないが,FCMDにおいて四つ這い移動の獲得の有無が独歩獲得の予測因子の一つになり得ると考えられる。四つ這いや歩行の獲得には,四肢体幹の筋力と支持能力,認知能力,理学療法などの運動を促す周囲の環境など多方面から影響を受ける。FCMDのこれらの特徴の背後にある要因を明らかにするためには,運動学的,神経学的,心理学的な詳細な検討が必要と思われる。
3. 遺伝子型と各粗大運動獲得月齢ホモ接合型は複合ヘテロ接合型に比べて移動を獲得する割合が高く,また,頚定と座位の獲得が早いことが示されたが,最高到達レベルが同じ場合(レベル2:座位)には,頚定と座位の獲得月齢にそのような関係は示されなかった。その原因としてはサンプルサイズが小さいこと以外に,複合ヘテロ接合型の点変異の違いによって生じる運動機能の多様性が考えられる。
頚定月齢と座位月齢間,頚定月齢とシャフリング月齢間,座位月齢とシャフリング月齢間のいずれにおいても,中等度の正の相関が認められた。このような関係は,健常児や脳性麻痺児にも認められる16)ものであり,FCMDにおいても下位運動の獲得時期による上位運動獲得の予測の可能性を支持している。頚定月齢と座位月齢間には,ホモ接合型では有意な相関があったが,複合ヘテロ接合型では有意ではなかった。相関が認められなかった原因としてサンプルサイズの小ささがあるため再検討が必要である。
上述の二つの問題は遺伝子解析の進展により詳細が明らかになることが期待される。
4. 移動獲得の予後に関連する要因の抽出と予後予測移動の獲得はFCMDの理学療法の重要な目標の一つである。自力での移動が可能になることにより,筋力,遊び,興味,ADLが拡大し,より一層,運動・認知の発達が期待される。今回の検討で,頚定も座位も移動獲得群が不獲得群よりも有意に早く獲得していたことが示された。しかし,頚定,もしくは,座位がどれくらいで獲得されると移動が獲得できるのか,現在トレーニングしている症例は移動を獲得できるのかなど,FCMDの正確な予後予測は困難である。精度の高い予後予測が可能になれば,早期により的確な運動指導や環境の設定・準備を行うこともできる。そこで移動獲得の予後予測因子を抽出し移動獲得の確率を算出できる予測式を検討した。
移動獲得を目的変数とするロジスティック回帰分析の結果,関連する変数として,頚定達成時点では頚定月齢だけが,座位達成時点では座位月齢が採択された。「遺伝」が説明変数として採択されなかった理由として,複合ヘテロ接合型には低機能と高機能が混在していることが考えられる。また,座位獲得の時点での予測で,頚定月齢が説明変数として採択されなかった理由として,頚定月齢と座位月齢の相関が高いことが考えられる。図8Aを用いて頚定月齢,3ヵ月,10ヵ月,15ヵ月の場合の移動獲得確率を求めると,それぞれ,95%,56%,16%となり,客観的な予測が可能となる。座位月齢による移動獲得確率は図8Cに示されており,頚定とほぼ同程度の適合度での予測が可能である。
独歩の予後予測に関しては,サンプルサイズが小さいため単回帰のロジスティック回帰分析を行い,頚定月齢と座位月齢が予測因子として採択された。図8Bを用いて頚定月齢3ヵ月,6ヵ月,9ヵ月の場合の独歩獲得確率を求めると,それぞれ48%,12%,2%となる。頚定が遅れていない場合でも確率が低いのは,頚定の遅れがない症例で独歩を獲得していない症例が同程度に存在しているためと解釈できる。また,頚定の遅れが明確な場合には独歩獲得の可能性がほとんどないことを示している。
このようにして移動と独歩の獲得可能性を客観的に示すことが可能であるが,予測の適合性が十分高いとは言えないため,頚定月齢や座位月齢以外の新たな説明変数を探索していく必要がある。ここで提示した回帰式は十分な大きさのサンプルサイズで求められたものではないため,他のサンプルを用いて確認的研究を行うことにより,より一般性の高い予測式を求める必要がある。
本研究の限界として,医療記録からの情報のため粗大運動獲得時期の評価のタイミングが一定でないこと,獲得時期の評価には医療者による評価だけでなく,家族からの聴取も含まれていることがあげられる。また,複合ヘテロ接合型の片側アレルの解析は十分進んでいないことも研究の限界としてあげられ,今後は症例集積と点変異による臨床経過の違いの検討が必要である。
本研究は,FCMDの運動発達として,獲得する粗大運動とその時期,および,最高到達レベルを調査し,遺伝子型による差異と頚定,座位,移動間の関係,移動獲得の予測の可能性について検討した。最高到達レベルの分布は遺伝子型によって異なり,複合ヘテロ接合型と比べてホモ接合型のほうが移動を獲得する割合が高く,頚定と座位の獲得月齢が低いことが示された。また,最高到達レベルが高いほど下位粗大運動獲得が早いことが明らかとなった。頚定月齢と座位月齢から移動獲得確率の予測式が得られ,客観的な予後を用いた目標設定とプログラム立案の可能性が示唆された。
本研究に関連した開示すべき利益相反はない。