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論文
中小企業の事業承継に伴う相続税と贈与税の租税優遇措置
菊谷 正人
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2020 年 17 巻 p. 1-19

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要旨

平成21年に中小企業者の事業承継税制が租税特別措置法によって導入され、事業承継時に相続税または贈与税に対して租税優遇措置(事業用資産の相続または贈与に対する課税の繰延および課税価格の減額)が施されていた。制度創設以来、適用要件に関する規定が平成25年、平成27年、平成29年に部分的に修正されたが、10年間の利用件数は3,000件に満たない状況であり、十分に活用されていなかった。本制度の利用を促進するために、平成30年に租税特別措置法の規定が抜本的に改訂され、平成30年1月1日から令和9年12月31日までの10年間の「特例措置」として、企業の自社株式に係る課税繰延措置に関する要件等が緩和されている。この改訂によって、事業承継税制の利用が増えるものと期待されている。本論稿では、平成29年まで利用されてきた「一般措置」と比較しながら、事業承継税制における主要な適用要件の展開が概観され、事業承継税制における課題が厳しく指摘される。

Abstract

In 2009, the tax system for the business succession of small-and medium-sized busibesses was introduced under the Special Taxation Measures Law, putting in place the preferential tax treatments (deferment of taxation and reduction of taxable amount for inheritance or gift of business assets). Although the provisions on conditions for accessing the system were partially amended in 2013, 2015 and 2017, the system was used in less than 3,000 cases in the 10 years since its establishment. In order to promote uptake of the system, the provisions of the Special Taxation Measures Law were drastically revised in 2018. As “special measures” for 10 years from 1 January 2018 to 31 December 2027, the conditions related to tax-deferred treatment of a company’s own shares were eased. This revision is expected to increase uptake of the preferential tax treatment. In this article, the implementation of these key uptake conditions of the tax system for business succession will be viewed alongside the “general measures” implemented before 2018. The challenges of the business succession tax system are rigorously highlighted.

1.  開題

わが国では、少子高齢化、平均寿命の伸長等が進んだために、中小企業者(small-and medium-sized businesses)の経営者も高齢化し、事業承継(business succession)が困難であることを理由にして廃業が増えていた。国内企業の99%以上、従業員数の7割弱を占める中小企業者における後継者の事業承継問題が深刻化したために、中小企業者の「事業承継1」を支援するために、国は平成20年5月9日に「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」(平成20年法律第33号)(以下、「円滑化法」と略す)を可決・成立させ、①相続税法(昭和25年法律第73号)における納税猶予等(事業承継税制)、②民法(明治29年法律第89号)における遺留分特例(遺産分割における株式分散対策)、③金融支援(資金需要対策)によって中小企業者が抱える深刻な事業承継問題に対応した2

上記➀「事業承継税制」(tax system for business succession)とは、中小企業者に該当する法人のオーナー経営者または個人事業者からその後継者に事業が承継される場合、主に当該法人の自社株式(own share, treasury stock)または個人事業者の事業用資産(business assets)が相続または贈与され、多額の相続税(inheritance tax)または贈与税(gift tax)が課されるが、その相続時・贈与時に後継者が相続税・贈与税によって事業承継に支障がないように課税を軽減する制度である。

民法第882条によれば、「相続」は人が死亡した時に開始するが、相続とは、人の死亡に伴い、その死亡した者(「被相続人」という)が生前に保有していたすべての財産(「相続財産」という)を受け継ぐことである。相続財産を受け継ぐ配偶者・子供など、一定の関係のある者は「法定相続人3」と呼ばれる。その相続時には、相続財産を受け継いだ相続人に対して超過累進税率(excess progressive tax rate)で「相続税」が課される。一方、贈与者(たとえば、被相続人)が生前に保有財産を贈与した場合、当該財産を取得した受贈者(たとえば、法定相続人)に対しては贈与時に超過累進税率により「贈与税」が課される。

ところが、「事業承継税制」では、「租税特別措置法」(昭和32年法律第26号)の時限的例外規定によって、相続税・贈与税には本来の原則的課税を行わず、事業承継財産に対して租税優遇措置(preferential tax treatment)が講じられている。この優遇措置は、次のような2つの方法に分類される。

(a)納税猶予:当該財産に係る課税価格に対応する納税を猶予する方法(課税繰延措置)

(b)課税価格の特例:課税価格の計算上、当該財産の評価額に一定の割合を乗じた金額を減額する方法(財産評価額圧縮措置)

中小企業者に該当する法人の経営者からその後継者に事業が承継される場合には、当該法人の自社株式が後継者に承継されるが、自社株式には上記(a)納税猶予措置(課税繰延措置)が施されている。

個人事業者からその後継者に事業承継される場合、個人事業者の事業承継財産は主に自社株式、事業用宅地等、山林、農地等、事業用建物・工場・倉庫、事業用一般動産(機械装置・器具備品・車両運搬具)等であるが、「事業承継税制」の適用を受ける事業承継財産の租税優遇措置としては、自社株式・山林・農地等には(a)納税猶予措置(課税繰延措置)、事業用宅地等・山林等に対しては、相続財産の評価額に一定の割合を乗じた金額を減額できる(b)「課税価格の特例」(財産評価額圧縮措置)が講じられている4

このような事業承継税制は、平成21年度の税制改正に創設され、平成25年度、平成27年度、平成29年度と数回にわたって若干の修正(amendment)が行われたが、10年間の累計利用件数が3,000件に満たない状況であり、十分に活用されていなかった。しかも、中小企業者の経営者の高齢化がさらに進み、経済産業省の公表データによれば、2025年までに平均引退年齢である70歳以上の中小企業者の経営者は245万人となる一方で、そのうち半分の経営者の後継者が未定であった。黒字経営であっても、後継者不在のために廃業に追いこまれる中小企業も少なくない。このような状況を放置すれば、中小企業が持つ付加価値の高い技術力・人材は失われてしまう。マクロ経済的な試算では、650万人の雇用と約20兆円のGDPが喪失する可能性があり、経済的なインパクトは甚大である5

中小企業者の事業承継問題が緊急の課題でありながら、制度の活用状況が不十分であったという現状を踏まえ、平成30年度の税制改正において抜本的な改訂(revision)が行われた。平成30年度の税制改正により平成30年1月1日から令和9年12月31日までの10年間の時限措置(以下、「特例措置」という)として、中小企業(small-and medium-sized enterprises)の自社株式に係る「法人向け事業承継」に関する「入口要件」(事業承継税制の適用を受けるための要件:事業承継に係る対象株式数の上限の撤廃と猶予割合の引上げ、事業承継税制の対象者の拡充等)および「出口要件」(事業承継税制の適用を受けた後の要件:適用後5年間の雇用平均8割維持の撤廃、適用後6年以降の株価の再計算)等の適用要件緩和が講じられた。

時限的な「特例措置」(special treatment)では、従来の事業承継税制における「一般措置」(general treatment)に比べて、適用実施要件と適用内容が大幅に改善されたので、「特例措置」を採択する中小企業経営者は増加するものと期待されている。報道によれば、要件緩和後の1年間に、届出件数が2,900件に上っている(日本経済新聞、令和元年5月19日)。

本稿では、中小企業者が直面している事業承継に対する「事業承継税制」における課題について、紙幅の都合上、中小企業(法人)における自社株式の承継に係る「特例措置」を中心にして検討を加えることとする。

2.  「一般措置」における事業承継税制

2.1  中小企業における事業承継の要件

(1)  納税猶予の認定承継会社の要件

相続人・受贈者である後継者(以下、「経営承継相続人等」という)が、「円滑化法」の認定を受けた会社(以下、「認定承継会社」という)の代表権を持つ一定の個人(以下、「被相続人」という)から当該認定承継会社の非上場株式等(unlisted share)を相続または遺贈(遺言による贈与)により取得した場合、その非上場株式等の総数または総額の一定に達するまでの部分(以下、「特例非上場株式等」という)(平成21年創設当時には3分の2であった)のうち、納税猶予割合(平成21年創設当時には相続税に80%、贈与税に100%であった)の相続税額に相当する相続税は、納税猶予分(tax deferral)の相続税に相当する「担保6」を提供することによって、「経営承継相続人等」の死亡日まで猶予される(措法70の7の2➀、措令40の8の2⑤・⑥)。

ここに「円滑化法の認定」とは、相続税の申告期限(相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内の日)までに「円滑化法」第12条第1項により経済産業大臣の認定を受けることである。事業承継税制の適用を受けるための「認定申請書」、適用要件の充足を示す「年次報告書」の提出先は経済産業局であったが、平成29年4月1日から認定は都道府県知事が行っている(措法70の7の2②四)。

「認定承継会社」とは、「円滑化法」第2条に規定する中小企業者のうち、経済産業大臣(または都道府県知事)の認定を受けた会社であり、相続開始時または贈与時に次のような要件を満たすものをいう(措法70の7の2②一)。

(a)非上場会社であること

(b)常時従業員数が一人以上であること

(c)資産保有型会社または資産運用型会社に該当しないこと

(d)風俗営業会社でないこと

(e)相続開始日に属する事業年度直前の事業年度の総収入金額が零でないこと

(f)その他 一定の要件(たとえば、贈与時には贈与日前3年に一定の者から受けた現物出資等資産の割合が総資産の70%未満であること(措法70の7㉙))

「円滑化法」第1条および「円滑化法規則」第1条第1項で認定を受けた「中小企業者」とは、表1で示す「資本金規準」と「従業員数規準」のいずれかに該当する企業者をいう。

表1 事業承継税制の対象となる中小企業者の範囲
業種 従業員数 資本金
下記以外の製造業・建設業・運輸業等 300人以下 3憶円以下
製造業のうちゴム製品製造業(自動車・航空機用タイヤ、チューブ製造業・工業用ベルト製造業を除く) 900人以下
卸売業 100人以下 1憶円以下
小売業 50人以下 5,000万円
下記以外のサービス業 100人以下
サービス業のうち旅館業 200人以下
サービス業のうちソフトウェア業・情報処理サービス業 300人以下 3憶円以下

(出所)国税庁ホームページ一部修正。

「円滑化法」が認める中小企業者(会社または個人)の範囲は、「中小企業基本法」(昭和38年法律第154号)に基づいて業種別に「資本金規準」と「従業員数規準」によって決められている。法人税法(昭和40年法律第34号)は、資本金1憶円以下の法人を前提にして「中小法人」の判定を行うので、事業承継税制における「中小企業者」の範囲とは若干異なる。事業承継税制では、資本金が1憶円を超えても3憶円以下であれば、「従業員数規準」の要件を満たせば「中小企業者」の範囲に含まれる場合もあり得る7

なお、事業承継税制の適用対象から除外される(c)「資産保有型会社」とは、資産の簿価総額に占める特定資産(現預金、有価証券、不動産)の割合が70%以上である会社(措法70の7②八)、「資産運用型会社」とは、総収入に占める特定資産の運用収入の割合が75%以上である会社(措法70の7②九)である。「資産保有型会社」や「資産運用型会社」は主に金融資産・不動産の保有・管理を業務内容とし、製造業・建設業・運輸業、卸売業・小売業あるいはサービス業のような事業実態がないので、事業承継税制の適用対象から除外されている。

平成29年改正時には、非上場株式等の贈与者が贈与税の申告期限の翌日から5年を経過した日の翌日以後に死亡した場合、相続税の納税猶予における「認定承継会社」の要件から、➀中小企業者であること、②当該会社の株式等が非上場会社であることが撤廃されている(措法70の7の4②一)。

(2)  先代経営者(被相続人)の議決権保有要件と役員退任要件

事業承継税制の適用を受けるための先代経営者の要件としては、相続開始前に「認定承継会社」の代表権を有していた個人であり、下記の議決権株を保有していた被相続人である(措法70の7の2①、措令40の8の2)。

(1)先代経営者(被相続人)と先代経営者の同族関係者が、当該認定承継会社の非上場株式等の発行済議決権株式数の過半数を保有している。

(2)先代経営者が有する当該認定承継会社の非上場株式等の議決権株式数が、先代経営者の同族関係者(ただし、「経営承継相続人等」を除く)のうちいずれの者が有する議決権株式数を下回らない。

たとえば、認定承継会社の発行済議決権株式数が1,000株であり、経営承継相続人である長男の議決権株式数が550株、先代経営者の議決権株式数が350株、次男が100株を保有していた場合、先代経営者の議決権は第2位であっても、第1位の長男は経営承継相続人であるので、先代経営者はグループ内の筆頭株主となり、議決権保有要件を満たしている。

先代経営者の議決権保有要件は、法人である中小企業の経営資源としての議決権株式の分散を防止し、安定的な経営の継続に資するとともに、円滑な事業承継を図るために必要である。中小企業者の円滑な事業承継によって安定的な経営を継続されるならば、地域経済の活力維持と雇用の確保も図られる8

なお、贈与税の納税猶予措置を適用する場合には、先代経営者(贈与者)は贈与時に役員(代表者を含む)を退任しなければならないし、退任後に再就任する際には無給による代表者以外の役員であることが要件となっていた(旧措法70の7④十七、旧措令40の8㉕五)。この役員退任要件は、先代経営者が役員として在任すれば、後継者への事業承継の妨げの原因となるのを避ける趣旨で設けられている。

ただし、贈与後に経営悪化に陥った場合等には、先代経営者が経営の立直しに再任され、雇用確保を図る必要に迫られることも考えられる。このような場合を想定して、平成25年改正時に、先代経営者は非上場株式等の贈与後にも役員に留任・再任できることになった。その場合、代表権を持つことはできないが、給与の支給を受けることはできる(措法70の7③十七、措令40の8➀一ハ、措令40の8㉕四)。

(3)  経営承継相続人(後継者)の要件

事業承継税制の適用を受けるための経営承継相続人(後継者)とは、先代経営者(被相続人)から相続または遺贈(遺言による贈与)により「認定承継会社」の特例非上場株式等を取得した個人であり、下記要件のすべてを満たす者である(措法70の7の2②三、措令40の8の2⑩)。

(1)相続開始日の翌日から5か月を経過する日に代表権を持つ。

(2)相続開始時に当該認定承継会社の発行済議決権株式数の過半数を保有している。

(3)相続開始時に「経営承継相続人等」が有する認定承継会社の特例非上場株式等の議決権株式数が、先代経営者の同族関係者等のうちいずれの者が有する議決権株式数を下回らない。

(4)相続税の申告期限までには特例非上場株式等のすべてを保有する。

(5)相続開始の直前に当該会社の役員であったことが必要である。ただし、先代経営者(被相続人)が60歳未満で亡くなった場合は、この限りではない。

事業承継税制の適用を受けるためには、相続税の申告書を申告期限内に提出するとともに、その申告書に「一般措置」を受ける旨を記載し、特例非上場株式等の明細および納税猶予分の相続税額計算に関する明細等を記載した書類を添付する必要がある(措法70の7の2①・⑨)。

事業承継税制の創設当時には、後継者は非上場会社を経営していた被相続人(先代経営者)の親族に限定されていた(旧措法70の7②三ィ)。認定承継会社の非上場株式等に対する相続税と贈与税の納税猶予には、「親族間承継要件」が要求されている。親族外の者に対する事業承継は有償で行われるとともに、事業承継税制の適用を受けることはなかった。

平成21年度の制度創設以来、適用件数が500件程度であり、その利用が低迷している状況を鑑み、「一般措置」の利用促進のために平成25年度税制改正により当該適用要件が大幅に緩和された。そのうち、中小企業の後継者不足が問題視され、有用な人材を活用して中小企業の円滑な事業承継を促進するために、「親族間承継要件」の見直しが行われた。平成25年度税制改正により、平成27年1月1日以降、事業承継税制の適用を受けることができる後継者は非上場会社を経営していた被相続人の親族に限定する「親族間承継要件」が廃止された(旧措法70の7②三ィ、旧措法70の7の2②三ィ、旧措法70の7の4②三ィ)。

事業承継できる後継者は、先代経営者の親族に限定されなくなり、広範な人材に拡大されている。たとえば、先代経営者に直系血族がなく、廃業を予定していたが、従業員の中で有能な人材が事業承継すれば、中小企業が持つ技術力・ノウハウ等を受け継ぐことができ、日本経済にとって有益である。

(4)  事業承継株式等の数の要件

前述したように、平成21年の制度創設時には、相続開始時において認定承継会社の非上場株式等を相続または遺贈により取得した場合、その非上場株式等の総数または総額の3分の2に達するまでの部分が、事業承継税制の適用対象となる「特例非上場株式等」の数である。ただし、相続に係る経営承継相続人等が当該認定承継会社の非上場株式等を相続開始の直前に保有していた場合には、「特例非上場株式等」として適用される株式数は、非上場株式等の総数の3分の2から経営承継相続人等が有していた当該認定承継会社の非上場株式等の数を差し引いた残数に達するまでの部分である(措法70の7の2①、措令40の8の2④)。すなわち、具体的には、下記(1)と(2)に区分して、「特例非上場株式等」の数は計算される。

(1)「相続開始時の発行済株式等の総数」(以下、(A)という)の3分の2が「経営承継相続人等が相続等により取得した非上場株式等の数」(以下、(B)という)と「経営承継相続人等が相続開始前から保有する非上場株式等の数」(以下、(C)という)の合計より多い場合、特例非上場株式等の数はBである。

(2)(A)の3分の2が(B)と(C)の合計以下である場合、特例非上場株式等の数は下記のように計算される。

(A)×2/3−(C)

(5)  常時使用従業員数の要件

事業承継税制の目的の一つである雇用確保という政策目的および中小企業の経済活動の活性化という要請の観点から、経済産業大臣(平成29年4月1日からは都道府県知事)が認定する経営承継期間(相続税の申告期限から5年以内をいう)に維持しなければならない常時使用従業員数の雇用割合は、相続開始時または贈与時における従業員数の8割以上でなければならなかった。もし従業員数の雇用割合が8割を維持できなかった場合には、その時点で猶予された税額は納付する必要がある。

たとえば、相続開始時に常時使用従業員数として10名が在籍していたが、経営承継期間の1年目に8名、2年目に7名となった場合には、その2年目に猶予税額を納付しなければならない。そのため、「5年間雇用8割維持要件」は事業承継税制適用に消極的になる最大の要件でもあった。

事業承継税制の利用が少ないことを鑑み、平成25年度税制改正では、「5年間雇用8割維持要件」が修正された。経済産業大臣が認定する経営承継期間である有効期間(第1種基準日:5年間)における常時使用従業員数は、その期間の平均従業員数が相続開始時または贈与時における従業員数の8割以上でよいことになった(措法70の7③二、措法70の7の2③二、措法70の7の4③、措令40の8㉓、措令40の8の2㉘、措令40の8の4⑰)。

「雇用確保要件」は、「5年間雇用8割維持要件」から「5年間雇用平均8割維持要件」に変更され、平成27年1月1日以後の相続または贈与に適用されている。5年間の経営承継期間に一時的に雇用割合8割を下回っていても、5年間の平均が8割を維持していれば、納税猶予は継続される。

たとえば、相続時に従業員数が10名いたが、経営承継期間の1年目に8名、2年目に7名、3年目に8名、4年目に9名、5年目に10名の常時使用従業員数であれば、5年間で平均8.2名となるので、常時使用従業員数に関する「5年間雇用平均8割維持要件」は満たされている。したがって、この経営承継期間には猶予税額を納付する必要はない。

2.2  納税猶予分の相続税額および贈与税額

(1)  納税猶予分の相続税額の税務処理

納税猶予分の相続税額は、「経営承継相続人等が特例非上場株式等のみを相続した場合の相続税額」から「経営承継相続人等が特例非上場株式等の20%のみを相続した場合の相続税額」を控除して計算される。

「経営承継相続人等が特例非上場株式等のみを相続した場合の相続税額」とは、具体的には、特例非上場株式等の価額を経営承継相続人等による相続税の課税価格とみなして、当該課税価格から「遺産にかかる基礎控除」や相続開始前3年以内に贈与があった場合の「贈与税額控除」等を差し引いて計算した経営承継相続人等による相続税の額をいう。「経営承継相続人等が特例非上場株式等の20%のみを相続した場合の相続税額」は、特例非上場株式等の価額に20%を乗じた金額を経営承継相続人等による相続税の課税価格とみなして、当該課税価格から「遺産に係る基礎控除」や相続開始前3年以内の「贈与税額控除」等を差し引いて計算した経営承継相続人等による相続税の額である(措法70の7②九)。

つまり、非上場株式等に係る「相続税」の納税猶予分と免除分としては、後継者が相続等で取得した非上場株式等の課税価格の80%相当額について納税が猶予され、当該後継者が死亡した場合等に免除される(措法70の7の2)。

ちなみに、相続税の課税価格とは、相続または遺贈によって取得した相続財産の価格から、「非課税財産9」の価格、債務および「葬式費用10」の金額を控除して計算され、相続開始前3年以内に故人(被相続人)から財産を贈与された場合には、その贈与財産の価格は「相続税の課税価格」に加算することになっている(相法11の2)。相続税の総額は、同一の故人(被相続人)から相続または遺贈によって取得した相続財産を取得したすべての者に係る「相続財産の課税価格」から、「遺産に係る基礎控除額」を控除した課税遺産額について、その被相続人の「法定相続人の数」に応じた相続人が、法定相続分に応じて取得したものとした場合におけるその各取得金額につき、それぞれの金額にそれぞれの税率を乗じて計算した金額である。相続税の課税価格から控除される「遺産に係る基礎控除額11」は、次のように計算される(相法15)。

基礎控除額=3,000万円+600万円×法定相続人の数

相続財産を取得した者が、被相続人から相続開始前3年以内に贈与により財産を取得した場合、その贈与財産の価格を相続税の課税価格に加算した価格が相続税の課税価格とみなされていたので、課税価格に加算した贈与財産に係る贈与税相当額は「贈与税額控除」として控除される(相法19➀)。

なお、相続税の課税価格から控除できる被相続人の債務・葬式費用の金額がある場合には、納税猶予の対象となる非上場株式等から先に控除して相続税の納税猶予税額は計算されるために、控除額に対応している部分につき相続税の納税猶予税額が少なく計算されていた(旧措令40の8の2⑭・⑮)。平成25年度の改正により、被相続人に債務・葬式費用があっても、相続税の納税猶予税額が多くなるように、債務・葬式費用は特例非上場株式等以外の価額から控除することになった(措法70の7の2②五、措法70の7の4②四、措令40の8の2⑬・⑭、措令40の8の4⑧)。

(2)  納税猶予分の贈与税額の税務処理

他方、非上場株式等に係る「贈与税」の納税猶予分と免除分としては、先代経営者から後継者に贈与された非上場株式等の課税価格の全額について納税が猶予され、当該先代経営者の死亡により免除される(措法70の7)。非上場株式等に係る贈与税の納税猶予制度は、贈与者(先代経営者)の死亡時に相続税で調整することを前提にして、贈与に係る非上場株式等に対する贈与税には実質的な課税を行わないものである12

そのために、贈与者(先代経営者)が死亡した場合には、納税猶予された贈与税が免除されるとともに、後継者が贈与によって取得した非上場株式等は、贈与時の価額で相続によって取得されたものとみなされる(措法70の7の3)。したがって、後継者では非上場株式等に係る課税価格の80%相当額全額の相続税の納税が猶予され、当該後継者の死亡等により免除されることになる(措法70の7の4)。

ただし、猶予期間が長期にわたり、猶予が取り消された場合、「利子税」が重く伸し掛かってくる。納税猶予税額を基礎にして、相続税の申告期限の翌日から納税猶予の期間に応じ、年3.6%の利子率を乗じた金額に相当する利子税の納税が要求されている(措法70の7の2㉘)。

この点も、事業承継税制の適用が敬遠される原因となっていた。平成25年度税制改正によって、経営承継期間(5年間)経過後に納税猶予期限が確定し、猶予の取消しがあった場合に、納税猶予分の相続税額の全部または一部を納付するときは、経営承継期間中の利子税は免除されることになった(措法70の7㉗、措法70の7の2㉘、措法70の7の4⑮)。この改正により、相続税または贈与税の納税猶予を受けた後、たとえば10年後に納税猶予額を納付する場合、経営承継期間の5年間には利子税は免除され、経営承継期間経過後の5年間のみに利子税が課される13

平成27年改正では、経営贈与承継期間(5年)内に経営承継受贈者が贈与承継会社の代表権を有しないこととなった場合、その有しないこととなった日以後(5年経過後)に当該経営承継受贈者が受贈非上場株式等の贈与を行い、その贈与を受けた者が贈与税の納税猶予措置を受けるときは、経営承継受贈者の納税猶予贈与税額のうち、その贈与を受けた者が受ける受贈非上場株式等に対する贈与税額が免除されることになった(措法70の7⑮三)。

平成27年改正前には、経営承継受贈者が死亡する前に次の後継者に受贈非上場株式等を贈与した場合、納税猶予されていた贈与税額を納付しなければならなかったので、早期の事業承継の障害になっていた。そこで、贈与・相続を通じて何代にもわたる早期事業承継を支援するために、経営承継受贈者が後継者に受贈非上場株式等を贈与した場合には、納税猶予額を免除する措置が講じられている14

3.  「特例措置」における事業承継税制

3.1  事業承継税制の適用を受けるための「入口要件」の緩和

(1)  事業承継に係る対象株式数の上限の撤廃と納税猶予割合の引上げ

従来の「一般措置」では、事業承継税制における納税猶予対象となる株式は、相続・贈与により取得した株式のうち、発行済議決権株式総数の3分の2に限定されていた。つまり、残り3の1の株式に対しては、相続・贈与を受けたとしても納税猶予の対象とはならず、相続税・贈与税を支払わなければならなかった。

さらに、納税猶予割合としても、相続税の場合には猶予割合は80%であり、20%相当部分は納税する必要があった。したがって、実際に猶予される額は全体の約53%(=2/3×80%)であり、全体の約半分程度であった。

平成30年度改正後の「特例措置」では、平成30年1月1日以降、対象株式数の上限は撤廃され、3分の2から100%までに引き上げられるとともに、納税猶予割合も100%に拡大されている(措法70の7の2②三、措令40の8の2⑩)。したがって、事業承継に係る対象株式数の上限の撤廃と納税猶予割合の引上げによって、当該会社の全株式に係る相続税・贈与税が100%猶予の対象になるために、事業承継を行うに際して納税用金銭負担は実質的になくなっている15

(2)  事業承継税制の対象者の拡充

従来、事業承継税制の対象者は、一人の先代経営者から一人の後継者に限定されていた。したがって、先代経営者の配偶者からの贈与・相続は事業承継税制の対象とはならないし、兄弟で事業承継を希望していたとしても、片方にしか納税猶予は受けられないことになっていた。そのことが、かえって相続を巡る紛争・揉め事(「争族」と通称されている)の原因となる状況にもなっていた16。経営者・後継者個人的には、幸いにして子供(法定相続人)が後継者として事業を承継した場合にも、後継者である法定相続人と後継者でない法定相続人との間の相続争いや高額な贈与税・相続税の支払義務の問題に対処しなければならないことになる。

「特例措置」では、贈与・相続の日以降の一定の特例承継期間(5年)内であれば、株式等を移転する者、つまり株式等を贈与する対象者に親族外の第三者が含められ、受け取る対象者(特例経営承継相続人等)も最大で3人まで可能となった(措法70の7の5②七、措令40の8の5➀)。

さらに、その者の議決権保有要件としては、特例経営承継相続人が一人である場合には、その者の同族関係者のうちいずれの者が有する議決権を下回らないことである。特例経営承継相続人が二人または三人である場合には、➀総議決権株式の10分に1以上であること、および②これらの者の同族関係者のうちいずれの者が有する議決権を下回らないことである(措法70の7の5②六二)。すなわち、この3人は、それぞれ代表権を有している者に限定されている。

(3)  相続時精算課税制度の適用範囲の拡大

現行の相続時精算課税方式では、60歳以上の父母または祖父母から20歳以上の推定相続人(子)または孫(直系血族)に対する贈与のみが対象になっている。そのため、第三者からの承継などについては、「相続時精算課税方式」を適用することができず、「暦年課税方式」で計算した贈与税が猶予の対象となっていた。

ちなみに「相続時精算課税方式」とは、贈与時には「暦年課税方式」と同様に1年ごとに贈与税を納税するが、相続時には、相続財産と当該贈与財産を合計した上で相続税を計算し、その相続税から既に納付した贈与税の累計額を差し引き、相続税と贈与税を精算する課税方式である。贈与税額は、贈与財産の合計額から特別控除額2,500万円(複数年での累計限度額)を差し引いた「課税価格」に一律20%の税率を乗じて計算される。「相続時精算課税方式」は贈与者ごとに選択できるが、一度選択した贈与者に対しては、その後、継続適用が要求されている。一方、「暦年課税方式」とは、1年間の贈与財産の価格から110万円の基礎控除額を差し引いた「課税価格」に超過累進税率を乗じて贈与税を算出する課税方式である。「暦年課税方式」では、贈与者・受遺者には制限はないが、前述したように、「相続時精算課税方式」では、その贈与を実施した年に属する1月1日現在で、贈与者は60歳以上の父母または祖父母、受贈者は20歳以上の法定相続人または孫に限定される17

もし「相続時精算課税方式」の適用取消事由に該当した場合には、「暦年課税方式」で計算した贈与税を支払うことになるので、税額が大きくなる場合もある。平成29年税制改正時には、そのような事態を避けるために、非上場株式等について「一般措置」の適用を受ける場合であっても、「相続時精算課税制度」の適用を受けることができるようになった(旧措法70の7③)。

平成30年税制改正後の「特例措置」では、事業承継税制の特例を利用する場合に限り、「相続時精算課税方式」の適用範囲を拡大し、推定相続人(直系血族)以外の者にも適用可能である(措法70の7③)。現行制度に加えて、事業承継税制の適用を受ける場合には、60歳以上の贈与者から20歳以上の後継者への贈与を「相続時精算課税制度」の対象にできる。つまり、贈与者の子や孫(直系血族)への贈与でない場合であっても適用可能となった。

ただし、「相続時精算課税方式」により一括で贈与する場合には、特別控除額2,500万円を超えた課税価格に一律20%の低い税率で課税されるが、株価が高くなれば、後継者の贈与税負担も多くなることが予想されるので、「暦年課税方式」により後継者に現金を数年前から贈与していくとか、給与を増額しておく等の納税資金対策も検討する必要があるかもしれない18

3.2  事業承継税制の適用を受けた後の「出口要件」の緩和

(1)  適用後5年間の雇用平均8割維持の実質的撤廃

事業承継税制の適用を受けた後の5年間は、都道府県庁に報告しなければならない。従来の「一般措置」では、この5年間には事業継承時(つまり相続時または贈与時)の従業員数の8割を維持しなければならなかった。もし8割維持ができなかった場合には、その時点で猶予された税額を納付する必要がある。

しかし、近年の人手不足により後継者にとって大きな負担となる「5年間雇用平均8割維持要件」は、事業承継税制適用の最大の阻害要因でもあった。平成30年度税制改正によって、「5年間平均8割雇用要件」が抜本的に見直され、この要件を満たしてしいない場合には、その理由を報告すればよいことになった。その理由が「経営上問題ないもの」であれば、そのまま納税猶予を継続することができる。たとえば、従業員の退職に伴い、新機械を購入して生産性を上げたために従来同様の営業活動を行うことができると判断し、従業員を採用しなかったことによって雇用8割を維持できなかった場合などが「経営上問題ないもの」に該当する。このケースは、経営判断上何の問題もないので、猶予税額の取消しとはならない19

ただし、経営悪化等により「5年間平均8割雇用要件」を充足できない場合には、その理由を報告し、「認定支援機関20」によって事業継続のための経営助言・指導を受ける必要がある。経営指導を受ければ、引き続き納税猶予を継続することができるが、経営指導を受けない場合には、その時点で納税しなければならない。したがって、認定支援機関に経営助言・指導を受けさえすれば納税猶予は可能であり、「5年間平均8割雇用要件」は実質的に撤廃されたのも同然である。

(2)  適用後6年目以降に取消事由に該当した場合における株価の再計算

従来の「一般措置」では、取消理由に該当した場合には、事業継承時の株価に基づいて算定した相続税または贈与税を納付しなければならない。しかし、将来における経営悪化による株価下落等を懸念し、納税が厳しいような状況を想定する経営者が事業承継税制の利用を躊躇する阻害要因になっていた。後継者が自主廃業や臨時的売却等によって自社株式を譲渡処分せざるを得ない状況に陥った場合、当該株価が下落した際には、事業承継時における株価(高い株価)に基づいて計算された相続税・贈与税が課税されるために、租税負担が過重となる。

「特例措置」においては、事業承継後の6年目以降に株価が経営環境等の変化・業績不振等により下落した場合等には、当該株式等の売却時あるいは会社解散時の株価に基づいて相続税または贈与税の金額を計算し、その再計算した金額を納税すればよいことになった(措法70の7の6)。

したがって、事業承継時の猶予税額と再計算税額の差額は免除されることになる。反対に、株価が上がった場合には、経営努力の成果であるので、猶予税額は増加することはない。この措置により売却時・廃棄時の株価に基づいて納税額を再計算できるので、株価下落を懸念する経営者にとっては、納税猶予税額と再計算税額の差額が減免可能となり、将来の不安が軽減されている。

(3)  「特例措置」の適用要件としての「特例承継計画」の作成・提出

平成30年度税制改正によって導入された「特例措置」では、従来の「一般措置」に比べて、事業承継税制の適用を受けるための「入口要件」および事業承継税制の適用を受けた後の「出口要件」が大幅に緩和・変更されている。

表2では、従来の「一般措置」と平成30年度改正時に導入された「特例措置」との主な相違点が比較されている。

表2 「一般措置」と「特例措置」の相違点比較
事項 一般措置 特例措置
適用期限 なし 平成30年1月1日~令和9年12月31日
適用対象者の人数 一人の先代経営者から一人の後継者 複数の株主(先代経営者を含む)から最大3人の後継者
対象株式数の制限 発行済議決権株式総数の3分の2 発行済議決権株式総数の100%
納税猶予割合 相続税:80%
贈与税:100%
相続税:100%
贈与税:100%
相続時精算課税制度の適用範囲 60歳以上の者から20歳以上の子供または孫への贈与 60歳以上の者から20歳以上の者への贈与
雇用確保要件 5年間平均8割の従業員数の維持 5年間平均8割の従業員数維持の実質的撤廃(ただし、一定の書面提出必要)
取消事由に該当した場合における株価の計算 事業承継時の株価のままで納税猶予額を計算し、株価下落の場合でも、当該納税猶予額を納付する。 株価下落の場合、売却時等の株価で再計算し、納税猶予額と再計算額との差額は免除される。

(出所)筆者作成。

ただし、適用要件を緩和しただけでは事業承継は促進されないと考えられるので、事業承継の意思がある者を対象にして、事業承継に向けた計画である「特例承認計画」(円滑化法施行規則第17条第2項の規定による確認申請書)を作成し、都道府県知事に提出することを条件としている21

都道府県知事に認定を受けた後には、「特例措置」を採択するために税務署への申告の手続きが必要である。すなわち、この特例承継計画書は平成30年4月1日から令和4年3月31日までの5年以内に都道府県知事に提出し、10年以内(平成30年1月1日から令和9年12月31日)に事業承継を実行しなければならない(措法70の7の5、70の7の8、円滑化法規則6➀十二、7⑦十)。

認定支援機関の指導・助言を受けて作成された「特例承認計画」は、中小企業者であり、先代経営者が代表権を有している(または過去に有していた)場合に、提出することができる。ただし、資産保有型会社、資産運用型会社は事業承継税制の適用を受けることはできない。

「特例承認計画」の作成時にこれらの要件は満たしていなくても提出することが可能であるが、実際に株式の贈与・相続時までに要件を満たしていない場合には、事業承継税制の適用を受けることはできない。また、提出後に計画を変更したいケース(たとえば、後継者を長男として提出していたが、次男の方がよかった、あるいは次男も加えたいといったケース)も考えられるので、計画の変更は何度でもでき、その都度、計画の変更手続きを行えばよいことになっている。あるいは、「特例承認計画」を作成したが、実際には株式の贈与・相続はなかったとしても、特段の罰則はない22

なお、「特例承認計画」の内容・事項としては、①会社の基本情報(事業の種類、資本金額、従業員数、先代経営者・後継者の名前など)、②先代経営者が後継者に事業承継するまでに行う経営の計画(経営上の課題、当該課題への対応など)、③後継者が事業承継した後の5年間の経営計画(実施時期、具体的な実施内容)が記載されることになっている23

4.  事業承継税制における課題―むすびに代えて―

事業承継税制の適用を受ける租税優遇措置は、中小企業者による円滑な事業承継を促進するために導入されたのであるが、既存の中小企業者の保護に終始する余りに、新規参入者を排除するという批判がある。あるいは、租税優遇措置自体が「課税の公平性24」(Gleichmäßigkeit der Besteuerung)を破壊しているという指摘もある。

一般的にいえば、大企業に比べて中小企業者は低い生産性(lower productivity)、低賃金(lower wages)、不安定な雇用(less secure employment)、最終的には低い利益(low profits)を強いられる可能性が高い25。このような経済的弱者であり、結果的に担税力(ability of tax bearing)が脆弱であると考えられる中小企業者に対して、課税の「垂直的公平」(vertical equity)の確保あるいは中小企業者の育成・保護等のために、減税措置(租税優遇措置)が施されている。

事業承継税制は、個人事業者または中小企業の存続を前提にして、その存続に社会的存在意義・公益性(地域経済の雇用確保、特殊技術の維持・伝承、国民経済的生産機構等)を認識・評価し、特別に創設された租税制度である。中小企業者の事業承継の問題は、単に中小企業者の後継者問題解消だけに止まらず、日本社会・経済全体に係わる問題として捉える必要がある。日本において中小企業者が占める割合を斟酌するならば、社会的存在意義が高いが、担税力の弱い中小企業者に対する事業承継税制は必要不可欠な恒久的制度として残すべきであろう。

平成30年度税制改正によって、平成30年1月1日から令和9年12月31日までの10年間の時限措置として、中小企業(法人)の自社株式に対する「特例措置」が創設され、当該事業承継の適用実施要件・適用内容が抜本的に改善・修正された。「特例措置」により中小企業の事業承継に係る贈与税・相続税の納税猶予の要件が緩和されたために、事業承継税制の活用が増えている。

しかしながら、「円滑化法」により認定を受け、「一般措置」や「特例措置」で用いられる「中小企業者」の範囲には非常に問題がある。表1で示されているように、業種別に資本金の金額または従業員数のどちらかに該当する事業者が「中小企業者」として定義されている。この場合、「従業員数規準」は企業規模の判定に経済的合理性を有するが、「資本金規準」は「中小企業者」の範囲決定規準としては経済的実態を反映していない。平成17年に創設された会社法において、「株主資本間の計数の変動」(資本金から資本準備金・その他資本剰余金への振替、またはその反対の振替)が可能となったために、「資本金」の金額は企業規模の判定には適切ではなくなった26

たとえば、資本金7憶円・従業員数600人の大企業に該当する製造会社が、従業員数は維持しながらも、資本金を資本準備金へ振り替えて資本金を3憶円に切り下げれば、事業承継税制の租税優遇措置の適用を受けることができる。あるいは、資本金も従業員数も半分ずつに分社化し、資本金を3憶円にすれば、分社化後の2社ともに「中小企業者」と判定される。経済的実態・企業規模は大企業者であるが、企業規模の判定規準に法的・形式的「資本金規準」が採択されているために、経済的・実質的企業規模に合理性のない中小企業者の設置が乱用可能となっている。

英国の租税制度では、「1985年会社法」(Companies Act 1985)第247条により規定されている小会社(small company)と中規模会社(medium-sized company)に基づいて、小会社、中規模会社および大規模会社に三区分され、その範囲決定規準には「売上高規準」、「資産額規準」および「従業員数規準」が採用されている。現行の総括法(great consodidation Act)である「2006年会社法」の規定によれば、「中規模会社」(または「小会社」)とは、当該事業年度と前事業年度において下記3要件のうち2要件を満たす会社である27

(1)売上高:560万ポンド以下の金額(小会社の場合、650万ポンド以下の金額)

(2)総資産額:1,290万ポンド以下の金額(小会社の場合、326万ポンド以下の金額)

(3)従業員数:250人以下の人数(小会社の場合、50人以下の人数)

また、中小会社(法人)と中小事業者(個人)を合わせて「中小事業者」(small or medium-sized businesses)と総称される場合もある。したがって、英国の租税制度では、中小事業者も含めて4区分され、中小事業者および小規模事業者に対して租税優遇措置がそれぞれに施されている。なお、「売上高規準」と「資産額規準」における金額は、毎年、経済状況・物価変動等の理由によって変動・増額されている28

「中小企業者」の範囲を決める判定規準には、法的・形式的な「資本金規準」ではなく、英国のように、経済的・実質的な「売上高規準」や「資産額規準」が導入されるべきである。とりわけ、売上高は、毎年、消費税を申告する際に把握できるので、経済的・実質的な指標である「売上高規準」の採用は実践可能である。「資本金規準」をどうしても残したいのであれば、会社法の平成17年創設時に応じて新規に概念規定された「資本金等の額」(株主等から出資を受けた拠出額である資本金と資本準備金・その他資本剰余金の合計額)に変更すればよいであろう。すなわち、「売上高規準」、「資産額規準」、「従業員数規準」および「資本金等の額規準」の4要件のうち3要件を満たす場合に、「中小事業者」であると判定すべきである29

平成30年に導入された「特例措置」は、10年間の時限措置である。「特例措置」の事業承継税制の適用を受けるためには、「特例承継計画」を平成30年4月1日から令和5年3月31日までの5年内に作成・提出しなければならない。後継者が経営者として育っていく期間としは、5年間は短か過ぎる。適用期限を20年程度まで延長し、中小企業の事業承継を税制面で充実させていく必要がある。あるいは、「特例措置」を恒久化し、日本経済を支える中小企業の保護を長期的に図るべきであろう。

1  事業承継には、「経営そのものの継承」(経営ノウハウ・経営理念等の承継)と「自社株式・事業用資産の承継」が挙げられる(田中(2010)86頁)。本稿の対象は、事業承継税制の対象となる「自社株式・事業用資産の承継」に限定されている。

2  金子(2010)529~532頁。

「円滑化法」は、平成20年5月9日に可決・成立し、5月16日に公布されている。この法律では、中小企業者の範囲が業種ごとに定められている。

3  「相続」は、原則として、遺言によって行われるが、遺言が残されていない場合には、「法定相続人」に相続されることになる。これを「法定相続」という。民法で定める「法定相続人」の範囲は、被相続人(故人)と配偶関係にある「配偶者」と血族関係にある「血族相続人」に限定されている。血族相続人は、直系尊属(父母)、直系卑属(子供)および傍系血族(兄弟姉妹)に分けられる(民法第886条~第887条、第889条~第890条)。「配偶者」は常に相続人となるが、「血族相続人」の相続順序は次のように決められている。

第一順位:配偶者および被相続人の直系卑属

第二順位:配偶者および被相続人の直系尊属

第三順位:配偶者および被相続人の傍系血族

複数の法定相続人がいるときには、次のような「法定割合」に応じて相続することになる(民法第900条)。

(A)配偶者と直系卑属:配偶者に2分の1、直系卑属(子供)に2分の1

(B)配偶者と直系尊属:配偶者に3分の2、直系尊属(父母、祖父母)に3分の1

(C)配偶者と傍系血族:配偶者に4分の3、傍系血族(兄弟姉妹)に4分の1

4  平成31年度税制改正によって、「個人事業承継計画」の作成・提出によって、個人事業者の土地、建物、機械装置・器具備品等の承継に係る贈与税・相続税の100%納税猶予制度が創設された(小池(2019)84~96頁参照)。なお、個人事業者において「事業承継税制」の適用を受ける財産の租税優遇措置としては、「納税猶予措置」(課税繰延措置)のほかに、相続財産の評価額に一定の割合を乗じた金額を減額できる「課税価格の特例措置」(財産評価額圧縮措置)も講じられている。たとえば、被相続人から相続した事業用宅地のうち、必要最小限規模の宅地等は、相続人の生活基盤維持のため欠くことのできないものであり、通常、その処分には相当の制約を受けるために、課税価格の計算上、「通常の取引価格」に基づく評価額をそのまま適用するのではなく、課税価格計算の特例として、相続税評価額は減額されている。「特定事業用等宅地等」の特例では、相続開始直前に被相続人の事業の用に供されていた宅地等であり、400平方メートルの「限度面積要件」を満たす「小規模宅地等」に限り、相続税の課税価格に算入すべき価額は、当該小規模宅地等の価額に80%の「減額割合」を乗じて計算した金額とされる。事業用等宅地の評価額が8割減額できるので、納税負担を大きく減らすことができ、事業を継続していく上でかなり有利となる。

6  事業承継税制の適用を受けるための「担保」として、経営承継相続人等が納税猶予分の相続税額につき特例非上場株式等のすべてを提供した場合には、特例非上場株式等の価額が納税猶予分の相続税額に満たない場合であっても、納税猶予分の相続税額に相当する担保が提供されたものとみなされる(措法70の7の2①)。この処置を「みなし充足」という。

7  中島(2019)55~56頁。

昭和40年に政府税制調査会で「中小法人」の範囲が検討され、資本金1憶円以下の法人を「中小法人」と呼ぶことになった。条文上の定義は規定されていなかったが、平成23年税制改正時に「租税特別措置法」第57条の9に明記され、「中小法人」とは、資本金1憶円以下の普通法人のうち、資本金5憶円以上との間に完全支配関係のある法人以外の法人である。なお、(1)従業員が1,000人以下の個人事業者を含めて、(2)資本金1憶円以下の法人(資本金1憶円を超える法人、資本を有しない法人のうち従業員が1,000人を超える「大規模法人」に発行済株式の総数または出資の総額の2分の1以上を所有されている法人、複数の「大規模法人」に発行済株式の総数または出資の総額の3分の2以上を所有されている法人を除く)、(3)資本を有しない法人のうち従業員が1,000人以下の法人は「中小企業者」と総称されている(菊谷(2018)117~118頁)。

8  金子(2010)532頁。

9  財産の種類や性格、国民感情や社会政策を考慮した場合に課税することが好ましくないと考えられる財産は、「非課税財産」として相続税の課税価格に算入されない。「非課税財産」として、次のような財産が認められている(相法12①、措法70)。

① 皇室経済法第7条の規定により皇位とともに皇嗣が受けた物

② 墓所、霊廟と祭具およびこれらに準ずるもの

③ 宗教、慈善、学術その他公益を目的とする事業を行う者で、一定の要件に該当する者が相続または遺贈により取得した財産であり、公益を目的とする事業の用に供することが確実なもの

④ 心身障害者共済制度に基づいて支給される給付金を受ける権利

⑤ 相続人が取得した生命保険金等のうち、一定の金額(100万円×法定相続人数)

⑥ 相続人が取得した退職手当金等のうち、一定の金額(100万円×法定相続人数)

⑦ 国・地方公共団体または特定の公益法人等に相続財産を贈与した場合、その贈与した財産

10  相続税法の規定に従えば、葬式費用は葬式の前後にかかった費用であり、相続財産から控除できる「葬式費用」には、たとえば次のような費用が挙げられている(相基通13-4)。

(イ)死体の運搬(および捜索)にかかった費用

(ロ)葬式に係る費用(たとえば、喪服の賃借料、タクシー代、葬儀場・告別式場代、お浄めセット代、通夜等の飲食代など)

(ハ)火葬代、埋葬・納骨に係る費用

(ニ)お布施・戒名料・読経料などで、相当と認められる費用

11  「遺産に係る基礎控除額」を超える「相続財産の課税価格」の部分に相続税が課されるので、「遺産に係る基礎控除額」の範囲内であれば、相続税は課税されない。平成27年1月1日前には、「遺産に係る基礎控除額」は次のように計算されていた(旧相法15)。

基礎控除額=5,000万円+1,000万円×法定相続人の数

「遺産に係る基礎控除額」の減額は自動的に課税標準を増額させるので、それまで相続税の対象でなかった者も相続税を納税・申告しなければならない場合も出てきた。とりわけ、地価の高い首都圏・大都市圏に住む人には、相続税の税率も引き上げられたために、増税となった。相続税法の平成27年改正により、相続税は重課されている(菊谷(2019)79頁)。

12  平川(2018)4頁。

13  平成25年度税制改正前の利子税は年2.1%であったが、改正後では、経営承継期間(5年間)には0%、それ以降には年0.9%の利子税を納付する必要がある(平川(2018)90頁)。

14  平川(2018)103頁。

15  北澤(2018)33頁。

16  平成30年7月6日に「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」(平成30年法律第72号)が公布され、この法律の成立によって民法が40年ぶりに改正された。第5編「相続」に関する規定が修正され、新規に「配偶者の居住の権利」、「特別の寄与」が設けられるとともに、従来の遺産分割制度・遺言制度・遺留分制度も抜本的に改正されている(堂薗・野口(2019)はしがき)。主として、配偶者の死亡により残された高齢の他方配偶者(主に夫に先立たれた高齢の妻が想定されている)の余生の経済的・精神的安定を保証・確保するために、民法改正が行われたのである。さらに、高齢化に対応し、親族間における相続を巡る紛争・揉め事(争族)を防止する観点から、法務局において自筆証書遺言に係る遺言書を保管する制度の創設のために、「法務局における遺言書の保管等に関する法律」(平成30年法律第73号)が同日に成立した。争族化の回避のために遺言書の利用を促進する必要性が高まり、この法律の新設が余儀なくされたのである(菊谷(2019)79~80頁)。

17  菊谷・肥沼(2012)201~203頁。

18  橋本(2019)41頁。

19  北澤(2018)35頁。

20  認定支援機関(認定経営革新等支援機関)とは、「中小企業等経営強化法」(平成11年法律第18号)の規定によって認定された税務・金融・企業財務に関する専門的知識や支援に係る実務経験が一定以上である個人・法人・中小企業支援機関等(たとえば、商工会議所・商工会・税理士・公認会計士・金融機関等)であり、中小企業に対して専門性の高い支援事業を行うものをいう(平川(2018)128頁)。

21  北澤(2018)29頁。

22  北澤(2018)32頁。

23  北澤(2018)32頁。

24  「課税の公平性」を実現するためには、同等の租税給付能力(steuerliche Leistungsfähigkeit)に対しては同等の租税負担を均等に配分すべきであるとする「水平的公平」(horizontale Gerechtigkeit)とともに、異なる租税給付能力に対しては異なる租税負担を配分すべきである「垂直的公平」(vertikale Gerechtigkeit)も確保されなければならない(Schneider, D. (1978), SS.13~14, Tiley, J. and Loutzenhiser, G. (2012) p.12)。

26  菊谷(2013)19頁。

27  Ervine, O. (2006), pp.396 and 431.

英国では、「1856年会社法」が最初の近代的な会社法として公布されたが、規定の改正が必要となった場合、旧法はそのままにして新法を制定し、法律の数が多くなると、それらを総合して総括法が制定され、従来の法律は廃止される。第一次総括法として「1862年会社法」が公布され、1908年、1929年、1948年、1985年に基本法(principal Act)として総括法が制定されていた(菊谷(1994)30頁および196~197頁)。

28  Chidell, R. (2006), pp.54 and 57.

29  菊谷(2018)125頁。

【略語一覧】
円滑化法

中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律

相法

相続税法

相基通

相続税法基本通達

措法

租税特別措置法

措令

租税特別措置法施行令

参考文献
  • 金子弘(2010)『租税法〔第15版〕』弘文堂。
  • 菊谷正人(1994)『国際会計の研究』創成社。
  • 菊谷正人(2013)「英国における中小法人課税の特徴―中小法人課税の日英比較―」『租税実務研究』第1号。
  • 菊谷正人(2018)『税制革命〔改訂版〕』税務経理協会。
  • 菊谷正人(2019)「相続法の改正と遺言書の変化」『経営志林』第56巻第3号。
  • 菊谷宗貴・肥沼晃(2012)『ナゾかけ問答でわかる 遺言書と相続』税務経理協会。
  • 北澤淳(2018)「事業承継税制(特例措置)のポイント(中小企業庁インタビュー)」『税経通信』第73巻第11号。
  • 小池正明(2019)「個人版事業承継税制創設の背景と概要」『税経通信』第74巻第4号。
  • 田中治(2010)「事業承継税制のあり方」『租税法研究』第38号。
  • 堂薗幹一郎・野口宣大編著(2019)『一問一答 新しい相続法―平成30年度民法等(相続法)改正、遺言書保管法の解説』商事法務。
  • 中島孝一(2019)「【自社株承継の手法③】事業承継税制(特例承継)」『税経通信』第74巻第10号。
  • 野中孝男(2019)「自社株承継の基本的手法を俯瞰する」『税経通信』第74巻第10号。
  • 橋本達弘(2019)「【自社株承継の手法➀】贈与・相続」『税経通信』第74巻第10号。
  • 平川忠雄編著(2018)『事業承継税制ナビ』税務経理協会。
  • 松井拓郎(2018)「事業承継の全体像(中小企業庁インタビュー)」『税経通信』第73巻第11号。
  • Chidell, R. (2006) Capital Allowance 2006/2007, Wolters Kluwert (UK) Limited.
  • Ervine, O. (2006) Core Statutes on Company Law, Palgrave Macmillan.
  • Schneider, D. (1978) Steuerbilanzen Rechnungslegung als Messung steuerlicher Leistungsfähigkeit. Betriebswirtschaftlicher Verlag Dr. Th. Gabler.
  • Tiley, J. & Loutzenhiser, G. (2012) Revenue Law Introduction to UK Tax Law; Income Tax; Capital Tax; Inheritance Tax, Hart Publishing Ltd.
  • Tiley, J. & Loutzenhiser, G. (2013) Advanced Topics in Revenue Law Corporation Tax; International and European Tax; Savings; Charities, Hart Publishing Ltd.
 
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