イノベーション・マネジメント
Online ISSN : 2433-6971
Print ISSN : 1349-2233
査読付き研究ノート
従業員エンゲージメント向上に関する一考察
―タイ日系製造業のホワイトカラーとブルーカラーを対象に―
桶川 理恵
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2025 年 22 巻 p. 349-367

詳細
要旨

海外展開する多くの日系企業が日本とは異なる文化や人事制度などに相対し、現地人材のマネジメントにおいて様々な課題に直面していると言われるが、従業員エンゲージメントに影響を及ぼす心理的要因は何であろうか。本論文ではタイ日系製造業のホワイトカラーとブルーカラーを対象にオンラインの質問紙調査を実施し、重回帰分析によって従業員エンゲージメントに影響を及ぼす心理的要因を比較した。結論として、ホワイトカラーとブルーカラーでは共通点が多い一方で、相違点もあることが示された。共通点としては、共に意思決定への関与と自己成長への取り組み、ワークライフバランスが従業員エンゲージメントに正に影響を与える。一方、相違点としては、ブルーカラーのみ組織への一体化が従業員エンゲージメントに正の影響を与える。また、その結果を基に、タイの社会や文化、日系企業の特性が、両グループの従業員エンゲージメント向上の要因に影響していることを明らかにした。

Abstract

Many Japanese companies expanding overseas face challenges in managing local staff due to differences in culture and human resource systems from those in Japan. To uncover the psychological factors that impact employee engagement, an online survey of white- and blue-collar workers of Japanese manufacturers in Thailand was conducted and multiple regression analysis was used to compare the psychological factors. In conclusion, the paper shows that while there are many similarities between the two groups, there are also differences. Participation in decision-making, personal growth initiatives and work-life balance positively influenced employee engagement in both groups. On the other hand, only blue-collar workers were positively affected by identification with the organization. It was also found that Thai society and culture, as well as the characteristics of Japanese-affiliated firms, could influence factors that increase employee engagement in both groups.

1.  はじめに

2010年代以降、チャイナ・プラスワンの戦略のもと、東南アジア諸国へ分散投資する日本企業の数は増加傾向にある。その中でもタイへ進出している日本企業の数は最も多い。海外進出企業総覧2022年版によると、他のASEANの国々と比較してタイは日系企業の進出の歴史が長く、2012年時点において既に1,998社、2022年時点で2,766社が事業を展開している。そして、進出企業の中で最も製造業が多く、2022年では1,326社と全体の約半数を占めている(東洋経済新報社, 2022)。そのような中、近年「タイ・プラスワン1」として、タイは日系企業の海外戦略にとってますます重要な位置を占めるようになってきた。

しかし、多くの日系企業が日本とは異なる文化や人事制度などに相対し、現地人材のマネジメントにおいて様々な課題に直面している。特に、日本本社からの海外赴任者が現地人材のマネジメントに大変苦労しているという声が情報誌や記事などで散見される。日本貿易振興機構(2021)が日系企業を対象に行った「2021年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」によると、タイの日系製造業の経営上の問題点(複数回答可)として、「従業員の質」が2020年度調査から続いて上位5項目に入っている。

現地人材のマネジメントは海外展開の成功の鍵として重要な課題の一つであり、優秀な人材の獲得と定着、企業の生産性向上につながるものである。その人材マネジメントに関し、昨今注目を浴びているのが従業員エンゲージメントであり、多くの先行研究でも論じられている。例えば、過去50年に渡る従業員調査を行ったGallup Inc.(2022)によると、産業や企業規模、国、経済状況に関係なく、エンゲージメントの高い従業員は、他の従業員よりもよりよいビジネス成果を生み出す。また、Dajani(2015)によると、従業員エンゲージメントと、生産性、利益率、従業員の定着、心理的安全、顧客満足との間にはポジティブな関係性がある。

このように、現地人材の従業員エンゲージメントは海外展開する日系企業にとっても経営上の重要な要素であると言える。では、それを向上させる要因は何だろうか。また、それは専門職や技術職・事務職などの従業員であるホワイトカラーと、工場などの生産現場の従業員であるブルーカラーではどのように異なるのだろうか。本論文では以上をリサーチ・クエスチョンとして論じる。

2.  先行研究レビュー

2.1  日本企業のタイ進出に関する研究

本節では、日本企業のタイ進出の概要と歴史についての先行研究をレビューし、日本企業にとって海外戦略上、いかにタイが重要であるかについて明らかにする。日本企業の海外進出の歴史を振り返ると、1970年代は韓国・台湾などのアジアNIEs、1990年代はタイ、マレーシア、インドネシアなどのASEAN諸国、その後中国へと移行してきた。しかし、中国で労働賃金が上昇し、社会・経済的不安が高まる中、多くの日本企業がリスク分散として工場を中国以外のASEAN諸国に一つ持つべきとする「チャイナ・プラスワン」の方針をとるようになった(那須野, 2018, pp.128–157)。そして、国民性が温和で政治的な情勢も安定していたタイが、この需要を取り込んだ。タイでは世界最大規模と言われる日系企業の集積が発展し、特に自動車産業は「アジアのデトロイト」と言われるほどまでに成長した。タイの自動車メーカーは、アジア通貨危機を契機に品質を向上させ、且つコストを低減させることで、生産高を急速に増大させた(那須野, 2018, pp.128–157)。

タイ日系企業の数は1980年代以降製造業を中心に拡大してきた。そして、「チャイナ・プラスワン」や「タイ・プラスワン」の動きにもみられるように、日本企業にとって海外戦略上、タイは重要な国の一つとなった。中川・髙久保(2017)は、タイについて1960年代以降の半世紀にわたり日系企業にとって最も魅力的な海外生産拠点であり、日本のモノづくりはタイに支えられてきたと言っても過言ではないと述べている。今やタイは、日系多国籍企業のグローバル・サプライチェーンの中枢を担っている。加えて、域内人口19億人を擁するASEAN自由貿易圏の中心国であり、中国ASEAN自由貿易協定(ASEAN China Free Trade Agreement: ACFTA)も発行されており、販売・輸出拠点としての重要度も増している(中川・髙久保, 2017, p.104)。

2.2  タイ日系企業の現地人材のマネジメントに関する研究

日系企業のタイにおける集積促進は、単に日系企業の数を拡大させただけでなく、タイ人の日系企業への就業機会も増大させてきた2。その結果、日系企業にとって、現地人材のマネジメントの重要性が高まった。本節では、まず多国籍企業の国際化プロセスと現地人材マネジメントとの関係性について整理し、次に国際人的資源管理の視点からタイ日系企業の現地人材マネジメントの現状と課題についての先行研究レビューを行う。

多国籍企業の国際化プロセスに関しては、Johanson and Vahlne(1977, 1990, 2009)が、スウェーデンの多国籍企業の研究を基にウプサラ・モデル(The Uppsala Internationalization Process Model)を提示し、多国籍企業の海外進出において学習が重要な役割を果たすと主張した。さらに、Dunning and Lundan(2008)は、多国籍企業は段階を追ってステージを上がり、漸近的に国際化のプロセスを踏むことを示した。第1段階では、本国の輸出業者を活用し間接輸出を行う。第2段階では、海外の代理店や流通業者を活用した直接輸出を行う。続く第3段階では、海外販売子会社を設立し自社の製品を輸入して販売を行う。そして第4段階では、海外に生産拠点を設立し海外生産を行い、最終の第5段階では、本国市場と海外市場間における研究開発成果の相互移転や製品の相互供給を通じてより付加価値の高い活動を実施する。

以上のプロセスを日系企業の現地人材マネジメントに当てはめると、第3段階である海外販売子会社の設立に達した時点で現地人のホワイトカラーを雇用する必要性が生じる。さらに、第4段階である海外生産拠点の設立に達した時点で、現地人のブルーカラーを雇用する必要性が生じる。このように、国際化のステージが段階を経ながら進展するに伴い、現地人従業員の雇用が必要となり、次第にその機能が日本人から現地人へと移行する。そして、それまで現地の日系企業に複数人赴任していたホワイトカラーの日本人従業員が日本本社に戻り、少数の日本人が現地のトップマネジメントのみを担うようになる。結果、日系企業の事業の大部分を現地人ホワイトカラーとブルーカラー従業員が担うことになり、それに伴い現地従業員に対するより複雑な人材マネジメントが必要になる。

以上のように多様な特徴を有するオペレーションを行う多国籍企業の人的資源管理のことを「国際人的資源管理」と呼ぶ(白木, 2006, pp.8–12)。これまで国際人的資源管理の領域では、「標準化」と「現地化」という2つの概念が議論の焦点となってきた。前者は多国籍企業が海外で行う人的資源管理を自国本社の方針に統一することであり、後者は現地の社会や文化的環境に根差した方針とすることである(上林・他, 2014, p.224)。多国籍企業は海外進出の際に、本国の人的資源管理システムを現地に移転しようとする傾向がある。しかし、同時に現地の実情に適応しなければならないというプレッシャーにもさらされ、標準化と現地化のジレンマの中で、国際人的資源管理のあり方を模索している(上林・他, 2014, pp.224–225)。この課題について、鈴木(2012)は人材マネジメントと文化的背景などの関連性を強調している。そして、アジア地域の日系企業では、自分のキャリアが見えないなどの理由で欧米系企業へ転職するといった現地人材の定着に関する問題点を指摘している(鈴木, 2012, p.13)。

タイ日系企業の現地人材のマネジメントについての先行研究でも、日本とタイの文化の違いについて論じられている。鈴木(2000)藤岡・チャイポン(2012)中川・髙久保(2017)らは、特にタイのホワイトカラーのキャリア志向や能力主義について指摘した。鈴木(2000)はタイ日系企業51社のホワイトカラーを対象に日本式経営の有効性と不受容性についての調査を実施し、タイ人のキャリア志向や能力主義が日本人よりも強いことを示唆した(pp.215–223)。また、中川・髙久保(2017)などの先行研究では、タイでは己と家族が最も大切であり仕事より優先される傾向にあることが示されている(pp.102–103)。

一方、木村(2004)はタイ日系企業のタイ人ホワイトカラーを対象に労働観についての調査を行い、彼らは収入に加えて自己成長や良好な人間関係を仕事に求めることを示した。また、Komai(1989)は、タイでは社会・経済的背景による格差の存在が見受けられ、それがホワイトカラーとブルーカラーの区別をより明確にし、それぞれの働き方に対する考え方の違いに影響を及ぼしている可能性を示唆した。さらに、藤岡・チャイポン(2012)は、異文化マネジメントの観点から、タイ日系企業の日本人海外赴任者と現地人従業員間のコミュニケーションの問題を指摘した(pp.133–165)。

他方、日系製造業については、日本の強みを活かすべく日本的生産システムの移転がこれまで積極的に行われ、それが日系企業の先行研究の焦点になってきた。それら研究が多く行われてきた背景は、円高や海外の安価な労働賃金が理由で日本企業が海外進出したためであり、日本からの輸出に代えて現地での生産に切り替える必要性が生じたからである(大木, 2014)。すなわち、日本企業の場合、国内工場に強みがあるとされていたため、そのような強みを海外工場でも発揮できるかという課題が注目されてきた。例えば、安保・他(1991)は、QCサークルなどの小集団活動や改善活動などに代表される日本的生産システムが、米国の工場にどの程度移転されているのかを明らかにした。古井(2007)は、タイ自動車産業を取り巻く環境変化と現地化要請の高まりを受けたトヨタのトヨタ生産システムやQCD(Quality, Cost, Delivery)能力の取り組みについて論じた。さらに、小林(2018)は、日系企業がアジアで生産拠点を設立する場合、生産現場の生産性向上のため、生産管理や品質管理の企業内教育が行われ、OJT(On-the-job training)が重視されていることを指摘した。日系企業では、大学などの座学で得た知識よりも仕事の現場に合わせた教育が重要であり、社内教育は人事労務の問題と深く結びつけられ、生産性や品質の向上の基礎となる勤務へのモチベーションや、会社への定着意識の醸成が重視されてきた(小林, 2018, p.45)。

2.3  エンゲージメントに関する研究

前節の先行研究レビューで明らかになったとおり、現地人材のマネジメントは海外展開の成功の鍵として重要な要素の一つである。その人材マネジメントを考える上で、昨今、欧米をはじめとする多くの国で、エンゲージメントに注目が集まっている。その重要性は日系企業にとっても同様であり、本論文ではタイ日系製造業の従業員エンゲージメントに焦点を当てる。よって、本節では、エンゲージメントに関する先行研究レビューを行う。

エンゲージメントの研究は、1990年に「パーソナル・エンゲージメント」の概念を初めて提唱したKahnによってもたらされた。Kahn(1990)は、パーソナル・エンゲージメントを「組織の人員をその仕事の役割に結びつけるもの」と定義し、「彼らは役割を果たす中で、自己を身体的、認知的、感情的に活用し表現する」と説明した(p.692)。その後、「ワーク・エンゲイジメント」という概念が登場し、Schaufeli and Bakker(2004)はこれを「活力、献身、没頭の3つを特徴とする積極的で充実感のある職務状態」と定義した(p.295)。

さらに、上記2つに近い概念として「従業員エンゲージメント」の概念が新たに生まれた。Harter et al.(2003)は、「個人の仕事に対する関与、満足、熱意」と定義し、Saks(2006)は、「認知的、感情的、行動的な要素から成る個人の役割遂行に関連する構成概念」と定義した(p.602)。さらに、Saks(2021)は、従業員エンゲージメントとは「個人の身体的、認知的、感情的なエネルギーが、積極的かつ完全な仕事のパフォーマンスに同時に投入されること」と表現した(p.1)。一方、Shuck and Wollard(2010)は、従業員エンゲージメントの定義の歴史をレビューした上で、「組織の理想とする結果に対する個々の従業員の認知、感情、行動の状態」と定義した(p.103)。日本においても欧米の後を追う形で近年様々な研究が行われている。岡田・吉田(2019)は、「従業員が、企業の目指す姿や方向性を理解・共感し、その達成に向けて自発的に貢献しようとする意識」と定義している(pp.76–90)。

本論文では、Saks(2006)岡田・吉田(2019)を参考に、従業員エンゲージメントを「従業員が、企業の目指す姿や方向性を理解し、それらに共感し、達成に向けて自発的に貢献しようとする個々の従業員の認知、感情、行動の状態」と定義する。理由は、まず、Saks(2006)の定義である「認知的、感情的、行動的な要素」という点が日系企業の現地人材マネジメントにとっても重要と考えられるためである。従業員が、認知と感情だけでなく実際に行動を伴い役割を遂行することによって、企業のよりよいビジネス成果に結びつくことが可能となる。また、岡田・吉田(2019)の定義である従業員が企業の目指す姿や方向性を理解し、それらに共感するという点も、日系企業にとって重要と考えられるためである。物理的に離れている本社と現地子会社の従業員が目線を合わせることによって、企業全体の目標に向かい従業員エンゲージメントを高め、一体となって協力することが可能になる。

なお、従業員エンゲージメント向上の要因についての研究も活発に行われている。Saks(2021)によると、人材マネジメントが従業員の行動と成績、組織の成績に実績を及ぼし、従業員を大切にする組織風土が従業員のエンゲージメント向上につながる。Bedarkar and Pandita(2014)は、企業は、活気ある環境づくり、ひいては従業員エンゲージメント向上のために、従業員に自由裁量を与えるべきであると述べている。また、リーダーシップ、コミュニケーション、ワークライフバランスの3つの要素を向上の要因として挙げ、従業員エンゲージメントが従業員ひいては組織のパフォーマンスに正の影響を与えると主張している(pp.106–113)。

他方、従業員エンゲージメント向上の要因についての定量研究も行われてきた。Srivastava and Singh(2020)は、自己成長への取り組みと組織への一体化と従業員エンゲージメントの関係性、および心理的エンパワーメントと忍耐力の媒介効果(mediating effects)を明らかにするために、インドのホテル10社の従業員382名を対象に定量調査を行った。結果、心理的エンパワーメントが自己成長への取り組み、組織への一体化、従業員エンゲージメントに部分的な影響を及ぼしていることを明らかにした。

また、藤居・林(2017)は、日本のコンサルタント企業の従業員164名を対象にアンケート調査を実施した。結果、職場における意思決定への関与、上司との適切なコミュニケーションが従業員エンゲージメントに及ぼす影響が正に有意となることを示した。一方、個人の成長機会の提供および従業員の健康への配慮については有意が認められなかった。他方、Srivastava and Singh(2020)は、自己成長への取り組みと組織への一体化が従業員エンゲージメントに正の影響を与えるとしている。Mas-Machuca et al.(2016)は、ワークライフバランスに対する上司のサポートが、組織に対する誇りや従業員の職務満足と正の関係性があると主張している。

3.  リサーチギャップと仮説の導出

以上の先行研究レビューより、リサーチギャップが2点示される。まず、これまで日本企業の海外進出に関する先行研究では、日本のマネジメント側からの視点によるものが主であった。例えば、安保・他(1991)古井(2007)小林(2018)などが示すように日本的生産システムをいかに海外の工場に移転するのか、生産現場で普及させるのかという点である。また、人材に関しても、鈴木(2000)木村(2004)らが示すように、日本のマネジメント側からの視点で、いかに優秀な人材を獲得・定着させるのかといった現地のホワイトカラーを対象とした研究が多かった。しかし、これら先行研究では現地従業員の心理的視点、特にブルーカラーに焦点を当てた研究は少なく、ホワイトカラーとの比較もなされていない。この点が1つ目のリサーチギャップである。これに対し、本論文では、タイ日系製造業のホワイトカラーとブルーカラーを対象に、現地従業員の心理的視点に焦点を当てて研究を行う。日本企業の海外進出を牽引している製造業において、ブルーカラーは現地従業員のうち大きな割合を占める。そのブルーカラーを研究の中心に置くことで、より多くの企業の現地人材マネジメントに示唆を与えることができる。

次に、従業員エンゲージメントに関しては、これまでにも定性・定量ともに多くの研究が行われてきた。例えば、Shuck and Wollard(2010)岡田・吉田(2019)のように従業員エンゲージメントの定義について議論したものである。加えて、藤居・林(2017)Srivastava and Singh(2020)のように定量調査により従業員エンゲージメントの要因を分析したものである。しかし、タイで事業を行う日系製造業の現地人ホワイトカラーとブルーカラーを比較した研究は見当たらない。この点が2つ目のリサーチギャップである。これに対し、本論文では、タイ日系製造業のホワイトカラーとブルーカラーの現地従業員を対象に定量的研究を行う。タイではホワイトカラーとブルーカラー間の流動性が低く、社会・経済的背景によりグループ間の境が明確である。これまで日本企業のマネジメントの視点からホワイトカラーの研究が多く行われてきたが、実際の従業員数はブルーカラーの方が多い。その意味で現地雇用の観点から、ブルーカラーを対象とした本研究の重要性は高い。

上記2点のリサーチギャップを埋めることで、ブルーカラーを雇用しているタイ日系製造業が念頭に置くべき現地従業員の心理的視点が明らかとなり、現地人材マネジメントに示唆を与えるという観点で本研究は有意義である。仮説をホワイトカラー、ブルーカラーで分ける根拠は、上述のとおり、タイではホワイトカラーとブルーカラーの区別が明確で流通性が低く、従業員のバックグラウンドにも特徴がある。よって、心理的視点すなわち従業員エンゲージメント向上の決定要因も異なると推測されるからである。

先行研究レビューを基に仮説を設定し、重回帰分析のための分析モデルを構築した。変数は、従業員エンゲージメントを従属変数として設定し、組織の一体化、意思決定への関与、自己成長への取り組み、上司との適切なコミュニケーション、ワークライフバランスの5項目を独立変数として設定した。仮説と分析モデルは図1のとおりである。

図1 仮説と分析モデル

(出所)先行研究を基に筆者作成。

仮説①では、意思決定への関与、自己成長への取り組み、上司との適切なコミュニケーションの3項目が、ホワイトカラーの従業員エンゲージメントに正の影響を与えると設定した。意思決定への関与については、特にホワイトカラーは、その業務の性質上、自分の判断で仕事を行う機会が多い。そのため、従業員自身が組織の意思決定に関与することでより組織に貢献していると感じる。自己成長への取り組みについては、特にホワイトカラーは、その業務の性質上、自分の成長意識を高く持ち能力を高めることによって、自身の価値の向上につながる。鈴木(2000)藤岡・チャイポン(2012)中川・髙久保(2017)などが示すとおり、タイの社会は能力主義であり、キャリア志向が高い。これらの傾向は特に専門的キャリア形成を望むホワイトカラー層にみられる。上司との適切なコミュニケーションについては、ホワイトカラーは、その業務の性質上、報連相をはじめとしてコミュニケーションを密に取る必要がある。特に、日系企業を統率する海外赴任者である日本人上司をはじめコミュニケーションの機会が多い。

仮説②では、組織への一体化とワークライフバランスの2項目が、ブルーカラーの従業員エンゲージメントに正の影響を与えると設定した。組織への一体化については、工場で働くブルーカラーは、組織を自分のことのように一体に考えることが醸成され、それが強ければより組織の一員として組織に貢献しようとする意欲が湧く。ワークライフバランスについては、業務時間が明確に定められたブルーカラーにとって仕事と私生活の両立は重要であるため、従業員エンゲージメントの向上に正の影響を与える。

4.  方法

上記仮説を検証するために、タイ日系製造業のホワイトカラーとブルーカラーを対象として、2022年5月から11月まで7ヵ月間にわたりオンラインの質問紙調査を実施した。Google Formを用いて質問紙を作成し、従業員本人が匿名で直接回答するよう、タイ日系製造業にメールまたはメールマガジンを通じて依頼した。

質問紙は、日本と英語の先行研究を基にタイ語に翻訳をして作成した。また、その過程において、タイ語から日本語と英語に再度翻訳し直し、言語間で意味に相違がないことを確認した。質問項目は、8問の属性に関する質問と39問の本質問で構成される。本質問の回答はリッカート尺度6段階の選択式である。39問の質問項目は分析モデルで設定した6つの大項目である独立変数と従属変数から成り立つ。質問項目はSrivastava and Singh(2020)Mael and Ashforth(1992)藤居・林(2017)Mas-Machuca et al.(2016)で使用されたものであり、変数のグループ分けも先行研究に沿って分類した。結果、タイ日系製造業に所属しているタイ人従業員のホワイトカラー169名、ブルーカラー472名の計641名から回答を得た。回答者の概要は表1および表2のとおりである。

表1 質問紙調査の回答者の概要

職種:ホワイトカラー169名、ブルーカラー472名
性別:男性201名、女性440名
年齢:10~19歳23名、20~29歳142名、30~39歳324名、40~49歳135名、50~59歳17名
家族構成:子供あり403名、子供なし238名
雇用形態:正社員619名、契約社員20名、臨時社員などその他2名
社歴:3年未満114名、3年以上~5年未満45名、5年以上~10年未満223名、10年以上~20年未満247名、20年以上~30年未満9名、30年以上3名

(出所)筆者作成。

表2 質問紙調査の回答者の人数内訳、依頼方法、実施時期(全体641名)

# 企業名 回答者数 (ホワイトカラー) (ブルーカラー) 依頼方法 実施時期
1 M社 20 16 4 個社 2022年5月~6月
2 T社 41 7 34 個社 2022年5月
3 F社 11 9 2 個社 2022年8月~9月
4 その他 569 137 432 メールマガジン 2022年9月~11月
合計 641 169 472

(出所)筆者作成。

5.  分析結果と解釈

5.1  分析結果の概要

質問紙調査の回答結果のデータはSPSSで定量分析を行った。表3には記述統計量を提示している。先述の独立変数5つと従属変数1つに加えて、属性に関する質問から得られた情報を基に6つのコントロール変数を生成した。29歳以下ダミー(29歳以下=1/29歳超=0)は、10代と20代の若年層の傾向を調べるために設定した。女性ダミー(女性=1/男性=0)は、女性は男性と比較してどのような特徴があるのかを調べるために設定した。子供ありダミー(子供あり=1/子供なし=0)は、子供がいる家庭での傾向をみるために設定した。ブルーカラーダミー(ブルーカラー=1/ホワイトカラー=0)は、ブルーカラーの傾向を調べるために設定した。勤続年数3年以上ダミー(3年以上=1/3年未満=0)は、3年以上の従業員がそれ未満の従業員と比較してどのような特徴があるのかを調べるために設定した。

表3 記述統計量(全体641名)

変数 度数 最小値 最大値 平均値 標準偏差 分散
年齢:29歳以下ダミー 641 0.00 1.00 0.26 0.44 0.19
性別:女性ダミー 641 0.00 1.00 0.69 0.46 0.22
家族構成:子供ありダミー 641 0.00 1.00 0.63 0.48 0.23
職種:ブルーカラーダミー 641 0.00 1.00 0.74 0.44 0.19
雇用形態:正社員ダミー 641 0.00 1.00 0.97 0.18 0.03
勤続年数:3年以上ダミー 641 0.00 1.00 0.82 0.38 0.15
組織への一体 641 1.17 6.00 4.85 0.86 0.73
意思決定への関与 641 1.00 6.00 4.98 0.90 0.81
自己成長への取り組み 641 1.00 6.00 4.70 0.91 0.83
上司との適切なコミュニケーション 641 1.00 6.00 4.58 1.24 1.55
ワークライフバランス 641 1.00 6.00 4.31 0.99 0.98
従業員エンゲージメント 641 1.00 6.00 4.83 0.91 0.82

(出所)SPSSの結果を基に筆者作成。

表4には相関係数を示した。ここでは、それぞれの変数が1%で有意な相関関係にあることが示されている。さらに、表5にはクロンバックのα、構成概念信頼性(Composite Reliability, CR)、平均分散抽出(Average Variance Extracted, AVE)を提示した。信頼性を判断するクロンバックのαについては.782から.955の範囲にあり、6つ全ての変数で.700以上であったため、問題ないと判断した。また、収束妥当性を判断するCRとAVEについては、CRは.837から.965の範囲にあり、6つ全ての変数において.700以上であった。AVEについては.467から.848の範囲にあり、概ね.500以上であった。組織への一体化については.467であったが、基準である.500に近いこと、他の独立変数との質問数のバランスを考え、質問数を削減しないこととした。

表4 相関係数(全体641名)

変数 組織への一体 意思決定への関与 自己成長への取り組み 上司との適切なコミュニケーション ワークライフバランス 従業員エンゲージメント 年齢:29歳以下ダミー 性別:女性ダミー 家族構成:子供ありダミー 職種:ブルーカラーダミー 雇用形態:正社員ダミー 勤続年数:3年以上ダミー
組織への一体 Pearsonの相関係数
有意確率(両側)
度数
意思決定への関与 Pearsonの相関係数 .648***
有意確率(両側) <0.001
度数 641
自己成長への取り組み Pearsonの相関係数 .561*** .720***
有意確率(両側) <0.001 <0.001
度数 641 641
上司との適切なコミュニケーション Pearsonの相関係数 .347*** .542*** .572***
有意確率(両側) <0.001 <0.001 <0.001
度数 641 641 641
ワークライフバランス Pearsonの相関係数 .517*** .553*** .642*** .579***
有意確率(両側) <0.001 <0.001 <0.001 <0.001
度数 641 641 641 641
従業員エンゲージメント Pearsonの相関係数 .572*** .705*** .801*** .538*** .640***
有意確率(両側) <0.001 <0.001 <0.001 <0.001 <0.001
度数 641 641 641 641 641
年齢:29歳以下ダミー Pearsonの相関係数 −0.036 0.022 −0.005 0.018 −0.033 0.011
有意確率(両側) 0.369 0.580 0.900 0.646 0.411 0.781
度数 641 641 641 641 641 641
性別:女性ダミー Pearsonの相関係数 .121*** 0.077 0.026 −0.069 0.036 −0.024 0.067
有意確率(両側) 0.002 0.051 0.513 0.082 0.363 0.539 0.089
度数 641 641 641 641 641 641 641
家族構成:子供ありダミー Pearsonの相関係数 0.072 0.058 0.065 −0.030 −0.043 .105*** −.153*** 0.010
有意確率(両側) 0.067 0.146 0.098 0.453 0.279 0.008 0.000 0.810
度数 641 641 641 641 641 641 641 641
職種:ブルーカラーダミー Pearsonの相関係数 0.009 0.066 0.060 −.081** −0.003 0.066 .142*** 0.000 .082**
有意確率(両側) 0.828 0.097 0.129 0.041 0.947 0.095 0.000 0.999 0.037
度数 641 641 641 641 641 641 641 641 641
雇用形態:正社員ダミー Pearsonの相関係数 −0.050 −.101** −0.053 −0.051 −0.008 −.083** −.163*** −.090** .086** −0.074
有意確率(両側) 0.209 0.011 0.180 0.197 0.832 0.036 0.000 0.022 0.030 0.061
度数 641 641 641 641 641 641 641 641 641 641
勤続年数:3年以上ダミー Pearsonの相関係数 −0.052 −.109*** −.091** −.152*** −.078** −.126*** −.445*** 0.011 .183*** −.093** .293***
有意確率(両側) 0.185 0.006 0.021 0.000 0.047 0.001 0.000 0.781 0.000 0.018 0.000
度数 641 641 641 641 641 641 641 641 641 641 641

相関係数が1%水準で有意(両側)の場合***、5%水準で有意(両側)の場合**、10%水準で有意(両側)の場合*と表記。

(出所)SPSSの結果を基に筆者作成。

表5 各変数の質問項目数とクロンバックのα、CR、AVE(全体641名)

変数 質問項目数 クロンバックのα CR AVE
組織への一体 6 .782 .837 .467
意思決定への関与 6 .911 .930 .691
自己成長への取り組み 6 .883 .920 .657
上司との適切なコミュニケーション 5 .955 .965 .848
ワークライフバランス 5 .782 .849 .540
従業員エンゲージメント 11 .948 .956 .666

(出所)SPSSの結果を基に筆者作成。

5.2  重回帰分析の結果

重回帰分析(多母集団分析)の結果は表6に示すとおりである。まず、全体641名では、組織への一体化、意思決定への関与、個人の成長への取り組み、ワークライフバランスの独立変数4項目が1%水準で正に有意となった。加えて、女性ダミーが1%水準で負に有意、子供ありダミーが1%水準で正に有意となった。

表6 従業員エンゲージメントを従属変数とした重回帰分析(多母集団分析)の結果

変数 全体 ホワイトカラー ブルーカラー
β 標準誤差 p β 標準誤差 p β 標準誤差 p
年齢:29歳以下ダミー 0.010 0.051 0.686 −0.029 0.114 0.517 0.019 0.058 0.515
性別:女性ダミー −0.070 0.043 0.002 *** −0.068 0.085 0.112 −0.071 0.051 0.007 ***
家族構成:子供ありダミー 0.075 0.042 <0.001 *** 0.038 0.083 0.393 0.085 0.050 0.001 ***
職種:ブルーカラーダミー 0.012 0.046 0.575
雇用形態:正社員ダミー −0.031 0.113 0.181 −0.005 0.361 0.897 −0.036 0.121 0.187
勤続年数:3年以上ダミー −0.038 0.060 0.130 −0.015 0.128 0.726 −0.046 0.069 0.138
組織への一体化 0.080 0.032 0.007 *** 0.085 0.056 0.127 0.084 0.039 0.023 **
意思決定への関与 0.186 0.036 <0.001 *** 0.225 0.073 0.002 *** 0.167 0.042 <0.001 ***
自己成長への取り組み 0.491 0.035 <0.001 *** 0.480 0.060 <0.001 *** 0.497 0.044 <0.001 ***
上司との適切なコミュニケーション 0.020 0.021 0.488 0.022 0.042 0.661 0.030 0.026 0.423
ワークライフバランス 0.171 0.028 <0.001 *** 0.199 0.046 <0.001 *** 0.151 0.037 <0.001 ***
調整済みR2乗 0.704 0.718 0.693
F値 139.248 *** 43.795 *** 107.173 ***
観測数 641 169 472
a.従属変数 従業員エンゲージメント

各回帰の係数(β)は、標準回帰係数である。

有意確率(p-値)がp=0.10(10%)より小さい場合*、有意水準p=0.05(5%)より小さい場合**、有意水準p=0.01(1%)より小さい場合***と表記。

(出所)SPSSの結果を基に筆者作成。

次に、ホワイトカラーとブルーカラーの多母集団分析を行った。結果、ホワイトカラー169名のみでは、意思決定の関与、自己成長への取り組み、ワークライフバランスの独立変数3項目が1%水準で正に有意となった。一方、ブルーカラーのみ472名では、意思決定への関与、自己成長への取り組み、ワークライフバランスの独立変数3項目が1%水準で正に有意となったのに加えて、組織の一体化が5%水準で正に有意となった。また、女性ダミーが1%水準で負に有意、子供ありダミーが1%水準で正に有意となった。

さらに、頑健性の確認のため、同モデルに「組織への一体化×ブルーカラー」「上司との適切なコミュニケーション×ブルーカラー」「ワークライフバランス×ブルーカラー」の交互作用項を用いて重回帰分析を行った。これら3つの交互作用項を用いた理由は、まず組織への一体化とワークライフバランスについては仮説②で設定した項目であり、多母集団分析にてブルーカラーでは正の有意差が認められたが、交互作用項を用いた分析においてもブルーカラー独自の有意差が認められるかを確認するためである。次に、上司との適切なコミュニケーションについては、多母集団分析にて有意差が認められなかったが、交互作用項を用いた分析によって、ブルーカラー独自の有意性が認められるかを確認するためである。

重回帰分析(交互作用項)の結果は表7のとおりである。「上司との適切なコミュニケーション×ブルーカラー」と「ワークライフバランス×ブルーカラー」は、10%水準で正に有意となった。一方、「組織への一体化×ブルーカラー」は有意差が認められなかった。

表7 従業員エンゲージメントを従属変数とした重回帰分析(交互作用項)の結果

変数 全体 全体 全体
β 標準誤差 p β 標準誤差 p β 標準誤差 p
年齢:29歳以下ダミー −0.013 0.060 0.639 −0.011 0.059 0.684 −0.013 0.059 0.630
性別:女性ダミー −0.056 0.047 0.025 ** −0.055 0.047 0.028 ** −0.056 0.047 0.026 **
家族構成:子供ありダミー 0.049 0.048 0.058 * 0.049 0.047 0.056 * 0.050 0.047 0.051 *
職種:ブルーカラーダミー 0.004 0.049 0.871 0.003 0.049 0.900 0.005 0.049 0.833
雇用形態:正社員ダミー 0.007 0.150 0.795 0.007 0.149 0.782 0.005 0.149 0.847
勤続年数:3年以上ダミー −0.036 0.067 0.204 −0.035 0.067 0.216 −0.035 0.067 0.210
組織への一体化 0.074 0.035 0.025 ** 0.074 0.035 0.023 ** 0.072 0.035 0.027 **
意思決定への関与 0.124 0.039 0.002 *** 0.114 0.040 0.005 *** 0.122 0.039 0.002 ***
自己成長への取り組み 0.548 0.039 <0.001 *** 0.555 0.039 <0.001 *** 0.548 0.039 <0.001 ***
上司との適切なコミュニケーション 0.097 0.024 0.003 *** 0.094 0.024 0.004 *** 0.099 0.024 0.003 ***
ワークライフバランス 0.135 0.031 <0.001 *** 0.136 0.031 <0.001 *** 0.134 0.031 <0.001 ***
組織への一体化×ブルーカラー 0.001 0.058 0.982
上司との適切なコミュニケーション×ブルーカラー 0.047 0.046 0.057 *
ワークライフバランス×ブルーカラー 0.042 0.050 0.083 *
調整済みR2乗 0.720 0.722 0.722
F値 102.016 *** 103.133 *** 102.936 ***
観測数 641 641 641
a.従属変数 従業員エンゲージメント

各回帰の係数(β)は、標準回帰係数である。

有意確率(p-値)がp=0.10(10%)より小さい場合*、有意水準p=0.05(5%)より小さい場合**、有意水準p=0.01(1%)より小さい場合***と表記。

(出所)SPSSの結果を基に筆者作成。

表6の重回帰分析(多母集団分析)の結果を基に、標準回帰係数ベータ(β)と有意確率(p)の数値を推計モデルで表すと図24のとおりとなる。ホワイトカラーとブルーカラーの両グループの共通点は、意思決定への関与、自己成長への取り組み、ワークライフバランスの3項目が正に有意になった点、および上司との適切なコミュニケーションが有意とならなかった点である。一方、相違点は、ブルーカラーのみ、組織への一体化と子供ありダミーが正に有意、女性ダミーが負に有意となった点である。

図2 重回帰分析の結果を反映した推計モデル(全体641名)

(出所)SPSSの結果を基に筆者作成。

図3 重回帰分析の結果を反映した推計モデル(ホワイトカラー169名)

(出所)SPSSの結果を基に筆者作成。

図4 重回帰分析の結果を反映した推計モデル(ブルーカラー472名)

(出所)SPSSの結果を基に筆者作成。

5.3  仮説の検証

表6の結果を基に仮説を検証すると、表8のようにまとめられる。仮説①では「意思決定への関与、自己成長への取り組み、上司との適切なコミュニケーションの3項目が、ホワイトカラーの従業員エンゲージメントに正の影響を与える」と設定していた。分析の結果、意思決定への関与と自己成長への取り組みの2項目については正に有意となったため、仮説は支持された。一方、上司との適切なコミュニケーションについては有意とならなかったため、仮説は支持されなかった。仮説②では「組織への一体化とワークライフバランスの2項目が、ブルーカラーの従業員エンゲージメントに正の影響を与える」と設定していた。分析の結果、両項目ともに正に有意となったため、仮説は支持された。

表8 仮説の検証 まとめ

仮説 母集団 独立変数 仮説 結果 検証
ホワイトカラー 意思決定への関与 + + 支持された
自己成長への取り組み + + 支持された
上司との適切なコミュニケーション + 支持されなかった
ブルーカラー 組織への一体化 + + 支持された
ワークライフバランス + + 支持された

(出所)SPSSの結果を基に筆者作成。

5.4  考察

表6の重回帰分析(多母集団分析)の結果より、ホワイトカラーとブルーカラーの従業員エンゲージメント向上に影響を及ぼす要因には共通点がある一方で、相違点もあるということが示された。共通点は、「意思決定への関与」と「自己成長への取り組み」「ワークライフバランス」がホワイトカラー、ブルーカラー共に正に有意となった点である。一方、相違点は、ブルーカラーのみ「組織への一体化」と子供ありダミーが正に有意になった点、および女性ダミーが負に有意になった点である。

上記の点を一つ一つ考察する。まず1つ目の共通点として「自己成長への取り組み」はホワイトカラー、ブルーカラー共に1%水準で正に有意となり、独立変数5項目の中で最も高い関連性が認められた。これは、先述のとおり、タイの能力主義とキャリア志向の強さが影響していると考えられる。鈴木(2012)が示すとおり、自分のキャリアが見えなければ転職という道を選ぶほど、自己成長への取り組みはタイの従業員特にホワイトカラーが重視しているということが改めて確認された。

2つ目の共通点として「意思決定への関与」が共に正に有意となった理由は、先述のとおり、タイの特徴である個人の重要性が影響していると考えられる。ホワイトカラーについては仮説通りであり、自分の判断で仕事を行う機会が多く、自身が組織の意思決定に関与することでより組織に貢献していると感じるため、従業員エンゲージメントの向上に正の影響を与えると考えられる。他方ブルーカラーについても、日系製造業のカイゼン活動などによりボトムアップの習慣が身に付いているという考え方ができる。一人ひとりの従業員が提案制度やQCサークルなどに参加することによって現場の改善に取り組むという、まさに意思決定への関与の意識が醸成されていることが影響している可能性がある。

さらに、3つ目の共通点として「ワークライフバランス」が共に有意となったのは、中川・髙久保(2017)などの先行研究で指摘されているとおり、タイの私生活や家族を優先する文化に依拠しているということが理由として考えられる。仕事が時間単位で割り当てられているブルーカラー、時間で割り切ることのできないホワイトカラー両方にとって重要ということが示され、改めてタイの人々にとって私生活重視の考えが示された結果となった。

一方、相違点のうち、ブルーカラーのみが正に有意となった「組織への一体化」については、ブルーカラーが集団で仕事をする上で、組織への一体感が醸成されているためと考えられる。つまり、古井(2007)などの先行研究でも述べられているとおり、日本企業が日本的生産システムをタイの工場に移転し、生産現場で日本の現場マネジメントを採用し、カイゼン活動などの集団で取り組む文化を根付かせてきた。これより、ブルーカラーの組織への一体化に対する意識が醸成されたということが考えられる。また、小林(2018)などの先行研究でも述べられているとおり、タイでは日本的生産現場で教育が行われてきた。多くの日本企業ではOJTが重視され、社員によるカイゼン提案を基に組織の改善活動にグループやチームで取り組んできた。よって、日本企業のブルーカラーへのこのような教育や働きかけが、組織内での一体化の重視という考え方を醸成してきたと考えられる。他方、この傾向はホワイトカラーには見られなかった。これは、鈴木(2000)など多くの先行研究でも述べられているとおり、集団よりも能力主義で個人の意識が強いキャリア志向の高い層で見られると考えられる。組織はあくまでも個人の力を活かす場であり、組織と個人を一体として考えない傾向はホワイトカラーの特徴とも言えよう。

なお、頑健性の確認のために行った重回帰分析(交互作用項)の結果において、「組織への一体化×ブルーカラー」を独立変数とした分析ではブルーカラー独自の有意差が認められなかった。しかし、「上司との適切なコミュニケーション×ブルーカラー」と「ワークライフバランス×ブルーカラー」をそれぞれ独立変数とした分析においては10%水準で正の有意差が示された。これによりホワイトカラーよりもブルーカラーの方が、上司との適切なコミュニケーションとワークライフバランスがそれぞれ従業員エンゲージメントに正の影響を及ぼすということが示された。

本研究の理論的貢献として明らかになった点は、先行研究で論じられているタイの能力主義や私生活重視の特性が従業員エンゲージメント向上の決定要因に反映されていることである。しかも、それはホワイトカラーのみならずブルーカラーも同様であることが明らかとなった。これは、先行研究ではホワイトカラーのみに着目され論じられてきたが、本研究によりブルーカラーを含む労働者全体に言えることが示された。ただし、ブルーカラーについては、能力主義のみならず、組織への一体化という集団を重視する心理的視点も従業員エンゲージメント向上の決定要因の一つであることも明らかとなった。

6.  おわりに

本論文では、海外展開する日系企業にとって現地人材の従業員エンゲージメントを向上させる要因は何だろうか。また、それはホワイトカラーとブルーカラーでどのように異なるのだろうか、という点をリサーチ・クエスチョンとして論じた。この問いに解答するために、タイ日系製造業のホワイトカラーとブルーカラーの現地従業員を対象に、従業員エンゲージメントに関するオンラインでの質問紙調査を実施した。その回答を基に重回帰分析を行い、従業員エンゲージメント向上の決定要因を比較し、両グループの共通点と相違点を見出した。先行研究レビューを通して、①日本企業の海外進出に関する研究では、日本のマネジメント側からの視点によるものが主であり、現地従業員の心理的視点、特にブルーカラーに焦点を当てた研究は少なく、ホワイトカラーとの比較もなされていない、②従業員エンゲージメントに関する研究では、タイで事業を行う日系製造業の現地人ホワイトカラーとブルーカラーを比較した研究は見当たらない、というリサーチギャップが見出された。よって、本論文は、これまでにない研究として独自性と学術的貢献を有し、考察を通じて現地人材のマネジメントに示唆を与えることができたと言える。

重回帰分析の結果として、両グループで多くの共通点があるものの、相違点もあることが示唆された。共通点としては、ホワイトカラーとブルーカラー共に従業員エンゲージメントに最も強く影響を与えるのは「自己成長への取り組み」ということが示された。続いて「意思決定への関与」と「ワークライフバランス」の有意差も示された。一方、相違点として、主に「組織への一体化」がブルーカラーには従業員エンゲージメントに影響を与え、ホワイトカラーには影響を与えないという点が示された。以上の結果の考察として、タイの文化と社会、日系企業のマネジメントなどが従業員エンゲージメントの要因に関連しているものと推測される。

以上より、理論上の貢献および実務上の示唆として以下3点を提示する。1点目は、タイ日系製造業の従業員エンゲージメントの向上を図るためには、ホワイトカラーブルーカラー共に、自己成長への取り組みに配慮した人材マネジメントが効果的であるということが示唆された点である。2点目は、同様にホワイトカラーとホワイトカラー共に、意思決定への関与とワークライフバランスを考慮したマネジメントも重要であることが示された点である。また、3点目は、ブルーカラーについては、組織への一体化が従業員エンゲージメントの観点から重要であるということが示された点である。

なお、本論文の限界と残された課題として以下3点を挙げる。1点目は、サンプルについてである。質問紙調査の回答件数がホワイトカラーは169件、ブルーカラーは472件と、グループ間でサンプルサイズに偏りがあった。また、個社依頼とメールマガジンによる依頼という2つの経路で質問票を回収したが、回収経路によりサンプルの性質が有意に異なっている可能性がある。

2点目は、分析についてである。本論文では勤続年数をコントロール変数の一つとしたが、勤続年数が従業員エンゲージメントの決定要因となる可能性もある。また、ホワイトカラーとブルーカラーの違いについては、Chow検定など本論文の分析方法以外の方法を用いて検証する余地もある。さらに、本論文ではインタビューなどの定性的調査を行っていないため、考察はあくまでも定量調査の結果を基にした筆者の推測が含まれる点である。

3点目は、「上司との適切なコミュニケーション」についてである。多母集団分析ではホワイトカラーとブルーカラー共に有意性が認められなかった。一方で、交互作用項を用いた重回帰分析では「ブルーカラー×上司との適切なコミュニケーション」の有意性が認められたことで、今後さらなる研究の必要性が示された。日系企業の日本人上司と現地従業員のコミュニケーションの課題については、藤岡・チャイポン(2012)などでも指摘されている。そもそも両者間のコミュニケーション自体が少ないという問題や、コミュニケーションの内容や方法に問題があるといった可能性も含め、今後さらなる研究の必要性がある。

1  「タイ・プラスワン」とは、タイでも起こり得るリスクに備えて、タイに集積した日系企業がタイでの拠点を維持しつつ、タイ以外の国に生産拠点を移転または分散しようとする動きである。

2  その理由の一つとして、日本企業がタイに法人を設立し日本からの海外赴任者を配属するためには、原則としてその海外赴任者がタイで就労する前に一定人数のタイ人を雇用しなければならないと、タイ雇用局により定められていたことも影響している(前田・他, 2020, p.89)。

参考文献
 
© 2025 法政大学イノベーション・マネジメント研究センター
feedback
Top