企業経営に持続可能性が求められる昨今、企業のあり方の拠り所である経営理念の重要性が高まっている。近年では、持続可能性に関連する新しい概念、例えば持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)やステークホルダー資本主義、企業の存在意義としてのパーパスなどが導入され、それらの文脈において三方よしという言葉を目にする機会が増えている。一般的に近江商人の経営理念として見聞きすることが多い「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方よしは、現在では「近江商人の到達した普遍的な経営理念をごく簡略に示すためのシンボル的標語」と位置付けられている(末永, 2004)。一方で、「自分よし、相手よし、第三者よし」の三方よしはモラロジー(道徳科学)を由来とするものとして知られ、日本で最初の三方よしの表現者は廣池千九郎であり、1930年代には企業で使用されていた可能性が高いとされている(大野, 2011, 2012;末永, 2014, 2023)。三方よしという同じ言葉で表現される経営理念をもつ企業は数々存在する中、その言葉の由来による経営理念の特徴については着目されてこなかった。本論文では、三方よし理念を持つ企業の中から近江商人を由来とする企業とモラロジーを由来とする企業を対象として探索的研究を行い、新たな仮説を導出した。
With sustainability now essential to business administration, the importance of the corporate philosophy to guide leadership is growing. In recent years, new concepts related to sustainability have been adopted, such as the Sustainable Development Goals (SDGs), stakeholder capitalism, and corporate purpose.
In this context, the phrase sanpo-yoshi, meaning “good for the seller, good for the buyer, good for society,” is gaining currency. Today, sanpo-yoshi is a symbolic slogan that sums up the universal philosophy of Omi merchants (Suenaga, 2004). On the other hand, “good for oneself, good for others, good for the third party,” also called sanpo-yoshi, is known to originate from moralogy. Chikuro Hiroike is recognized as the first proponent of this concept in Japan and it was likely applied by companies in the 1930s (Ono, 2011, 2012; Suenaga, 2014, 2023). While many companies share the sanpo-yoshi philosophy, little attention has been paid to the characteristics of the philosophy based on its origins. This paper conducts an exploratory study of companies with a sanpo-yoshi philosophy deriving from Omi merchants and those with a sanpo-yoshi philosophy derived from moralogy, and sets out new hypotheses.
企業経営に持続可能性が求められる昨今、企業のあり方の拠り所である経営理念の重要性が高まっている。企業の社会的責任(CSR: Corporate Social Responsibility)をはじめ、近年では持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)、ステークホルダー資本主義や企業の存在意義としてのパーパスなどの概念が導入され、それらの文脈において三方よしという言葉を目にする機会も増えた。「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方よしは一般的に近江商人の経営理念として見聞きすることが多いが、現在では「近江商人の到達した普遍的な経営理念をごく簡略に示すためのシンボル的標語」と位置付けられている(末永, 2004)。また、「自分よし、相手よし、第三者よし」の三方よしはモラロジー(道徳科学)を由来とするものとして知られ、その提唱者である廣池千九郎が日本で最初の三方よしの表現者であるとされている(大野, 2011, 2012;末永, 2014, 2023)。
三方よしという同じ言葉で表現される経営理念をもつ企業は数々存在する中、その言葉の由来による経営理念の特徴については着目されてこなかった。複数企業で同じ経営理念を持つことは珍しいことから、同じ文言の経営理念を持つ企業における特徴について探索することには意義があると考える。本論文では、経営理念の多様性への関心から、企業の由来に着目し、経営理念に三方よしという同一文言を使用している企業において、近江商人とモラロジーを由来とする三方よしの理念を持つ企業があるか否かを確認し、その理念の由来によって特徴が見られるかどうか計量テキスト分析を用いて探索的研究を行うことで、新たな仮説を導出することを目的とする。
経営理念に関する文献の中で、三方よしは、近江商人の経営理念として「売り手よし、買い手よし、世間よし」の表現と共に用いられて目にすることが多い。しかし「売り手よし,買い手よし,世間よし」で表現される「三方よし」は、後世になってからの近江商人研究家の小倉榮一郎による造語であり1、江戸時代に当時の近江商人が使用した言葉ではないことが明らかになっている(末永, 2004, 2014, 2023)。三方よしは、末永(1998)によって近江商人の理念のわかりやすい標語化と説明されて以来、近江商人の普遍的な理念をごく簡略に示すシンボル的標語(末永, 2004)であり、近江商人の理念を代表するキャッチフレーズ(末永, 2014, 2023)として広く親しまれるようになっている。
一方、三方よしの言葉の由来について述べたのは大野(2011, 2012)である。また、三方よしが史実の検証がなされないまま近江商人の経営理念であるという見解がなされている現状に危惧を訴え、小倉榮一郎による三方よしに関する論説が変容してきた様を検討したのは宇佐美(2015)である。その中で、小倉の造語である「売り手よし、買い手よし、世間よし」の表現は、初代伊藤忠兵衛の座右の銘である「商売は菩薩の業、商売道の尊さは、売り買い何れをも益し、世の不足をうずめ、御仏の心にかなうもの」からヒントを得たのではないかと論じられた。さらに、小倉の三方よしの記述変容については、末永(2023)でも精緻に検証された。
三方よしの最初の表現者は道徳科学(モラロジー)の創設者である廣池千九郎であり、1935年以前にはすでに使用されていたことは大野(2011, 2012)や末永(2014, 2023)によって確認されている。モラロジー(道徳科学)とは、道徳の科学的研究のための学問であり、質の高い道徳を最高道徳として、それを実行することが個人の幸福と社会の平和や繁栄に必要であり、経済と道徳は一体のものでなければならないという考えに立つものである(大野, 2011)。このモラロジーによる道徳的な経営指導において、「自分よし、相手よし、第三者よし」という「三方よし」が戦前から広まっており、その指導を受けた人々と小倉が接点を持ったことにより三方よしと近江商人がつながったのではないかと大野(2011)は述べている。末永(2014)は、三方よしを経営理念に明確に関連づけたのは、京都の老舗の研究家で家訓を分析した足立政男であり、それを小倉が近江商人の家訓と結びつけたと説明する。
足立(1974, 1979)には「売って喜び、買って喜び、第三者も喜ぶ」「三方よしの商法」2や「売り手の仕合わせ、買い手の仕合わせ、第三者の仕合わせ」「三方よしの経営」3という表現がある。足立(1978)では、老舗の経営法と共にモラロジーの経営法を論じ、「老舗の家訓でも、『三方よし』の規定は多くみられる」4と述べられている。
しかしながら、宇佐美(2015)は、これまで三方よしは近江商人の理念を語る用語として評価されるばかりで、廣池千九郎が発してきたモラロジーの三方よしが取り上げられてこなかったことを指摘する。
小倉(1988)の「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方よしはどのように日本で広く知られるようになったのか。三方よしの流布に関する研究は村山(2009)がある。滋賀県の呼びかけによって、近江商人顕彰を発端とする「国際AKINDOフォーラム」が1991年に開催され、近江商人の経営哲学は現代に通じる教訓があること、さらには、近江商人の教訓に満ちた経営哲学は「滋賀県の無形文化財であるとまで断言された」5と村山は述べている。2001年には「国際 AKINDO 会議 2001」が開催され、三方よしの精神を賞賛する有名人のコメントが新聞記事に掲載され、三方よしは近江商人の理念として全国へ知られることとなった。滋賀県による「三方よし推進事業」はAKINDO委員会が発展的に解消された後、現在はNPO法人三方よし研究所として引き継がれ、滋賀県内だけにとどまらず、広く全国に世界に、近江商人の精神を普及する活動を進めている。
三方よしは、「売り手よし、買い手よし、世間よし」や「自分よし、相手よし、第三者よし」などで表現されることは前述した。三方よしを言葉という観点で捉え、日本でどのように使用されているのかに着目し、類型化したのは三木田(2019)である。三木田は三方よしは6つの類型で使用されていることを明らかにした。それらは、「売り手よし、買い手よし、世間よし」で表される近江商人型、「自分よし、相手よし、第三者よし」など「第三者」が特徴とされるモラロジー型、世間という表現を使いながらも社会や地域などを意味し社会的責任になぞらえて説明されるCSR型、ビジネスのしくみを説明したり、当事者の数によって四方や五方、六方と表現が変化したりするビジネスモデル型、「みばえ、香り、感触の三方よし」のように、良いことが三拍子揃っていることを示す語呂合わせ型、三方よしを滋賀県の誇るべきもの、ブランドとして使用されているブランド型の計6種類である。このように三方よしは近江商人の経営理念としてだけではなく、多様に解釈され使用され続けている。
2.2 先行研究の限界「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方よしについて、近江商人研究において精緻な検証が行われた結果、史実とは異なった内容で広まっていることへの危惧がありながらも、近江商人の商いの精神をシンボル化したものが三方よしであり、いわば近江商人が実践してきた精神のキャッチフレーズであることが、先行研究レビューの結果明確になった。また、三方よしを日本で経営と関連付けて表現したのはモラロジー提唱者である廣池千九郎であることも明らかになった。しかしながら、宇佐美(2015)が指摘する通り、史実の裏付けを確認しないまま様々に使用される実態は変わっておらず、三木田(2019)による類型化によって言葉の使用実態からの整理は行われたものの、実際の企業における経営理念としての三方よしのあり様や、その三方よしの経営理念に基づいた企業活動など、実践における三方よしの活用実態などといった検証は行われていない。特に、宇佐美(2015)が示す通り、史実に基づいた説明が行われないまま使用されている現状とモラロジーの三方よしが取り上げられてこなかったことを鑑み、史実すなわち由来が明確にされている企業を取り上げ検証することは重要である。6類型の中で、経営理念に関連するものはモラロジー型、近江商人型、CSR型であると考えられるが、三木田(2019)では、CSR型は「世間」にあたる部分が社会や地域、環境を示すと説明されていることから、その前提には近江商人の三方よしがあると考えられる。従って、6類型の中で史実に照らして検討が必要なのは、モラロジー型と近江商人型の2類型と捉えてよいであろう。以上から、三方よしという文言を経営理念に用いている企業のうち、モラロジーの考え方を由来とする三方よしを経営理念にもつ企業(以下、モラロジー系企業)と近江商人の精神を由来とする三方よしを経営理念にもつ企業(以下、近江商人系企業)について検討することには大きな意義があると考える。しかし、これらに対する先行研究は見当たらないことから、まず、探索的研究を行うことが不可欠である。そこで本論文では、次のように命題を設定して探索的研究を行い、三方よしの経営理念を実践する企業の実態を探る今後の研究の足掛かりとする。
命題1:経営理念として三方よしの文言を掲げる企業のうち、モラロジーや近江商人を由来とする企業は存在するか。あるならば具体的にどのような企業か。
命題2:モラロジーの考え方を由来とする三方よしと近江商人の商いの精神を由来とする三方よしを経営理念に持つ企業があるならば、それらに何か特徴が見られるだろうか。あるならばどのような特徴か。
経営理念として三方よしを掲げている日本企業の中からモラロジー系企業と近江商人系企業を選出し、2者の特徴を探ることを目的として、KH Coderを用いた計量テキスト分析を行う。コンピューターを用いて行われる計量テキスト分析は、研究者が持つ理論や問題意識から影響を受けず出現頻度の高い語や、語と語の関係を明らかにすることが可能である(有馬, 2021)。対象企業はGoogle検索を使用し、検索条件「三方よし AND(会社情報 OR 会社概要)AND(経営理念 OR 企業理念)」に該当する企業を抽出し、その中から選出する。
検索結果から企業ホームページの経営理念、経営方針、行動指針、クレド、経営者挨拶などのページに「三方よし」を掲載していた企業は合計で151社であった。そのうち、「第三者」の文言を含んでいた企業は5社、「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方よしを掲げ、自社の祖が近江商人であることを示していた企業は5社であった。そこから、モラロジーと関連があると確認できた企業4社のうち3社をモラロジー系企業として選出し、近江商人を祖に持つ5社のうち、三方よし理念に関する文量が多い3社を近江商人系企業として選出6した。選出された各企業の公式ホームページから三方よし理念に関する記述を筆者が抜粋し、分析で使用するデータとする。
選出された企業は、モラロジー系はイシダ、十川ゴム、長谷虎紡績、近江商人系は伊藤忠商事、小泉産業、ツカキグループである(表1)。
| 会社名(五十音順) | 本社所在地 | 創業年 | 経営理念 | |
|---|---|---|---|---|
| モラロジー系 | 株式会社イシダ | 京都市左京区 | 1893年 | 三方良し「自分良し、相手良し、第三者良し」 |
| 株式会社十川ゴム | 大阪市西区 | 1925年 | 三方よし「自己を活かし、相手を良くし、多くの第三者に益をもたらす」 | |
| 長谷虎紡績株式会社 | 岐阜県羽島市 | 1887年 | 三方よし「自分によし、相手にもよし、第三者たる国家にもよい」 | |
| 近江商人系 | 伊藤忠商事株式会社 | 東京都港区 | 1858年 | 三方よし「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」 |
| 小泉産業株式会社 | 大阪市中央区 | 1716年 | すべての発想の基本「三方よし」 | |
| ツカキグループ | 京都市下京区 | 1867年 | 近江商人の三方よし「売り手よし、買い手よし、世間よし」 |
(出所)各企業のホームページをもとに筆者作成。
「モラロジー系企業」として選出されたイシダは、1893年創業の京都に本社を置くハカリメーカーである。企業理念として「自分良し、相手良し、第三者良しの三方良し」を揚げている7。この理念は、4代目社長である石田隆一が、モラロジーに傾倒していた先代の石田重成から哲学を引継ぎ、1968年に「“三方よし”の精神」を経営理念として策定した(石田衡器製作所, 1983)。十川ゴムは、1925年の創業以来、モラロジーの三方よし「自己を活かし、相手を良くし、多くの第三者に益をもたらす」を掲げるゴム関連製品製造企業で、2025年に100周年を迎える8。長谷虎紡績は、「自分によし、相手にもよし、第三者たる国家にもよい」の三方よしを経営理念に持つ、紡績事業とインテリア事業を軸とする企業である9。1887年に初代の長谷虎吉が岐阜県羽島市江吉良町に長谷製糸工場を創業して以来、130年以上の老舗である。大野(2012)によれば、長谷虎紡績は、廣池千九郎の教えに従って、終戦直後に戦災者や引揚者の収入源となるような事業を行った。
分析のための選出から除外した企業は次の2社である。山口保安工業は、2003年山口県防府市に創立したJR西日本の列車見張員専門の会社である。ホームページには「品性資本」「道徳経済一体」などのモラロジーに関連している文言が見られたものの、経営理念に関連する活動などの記載が少ないことから除外した10。岩田コーポレーションは1949年熊本市で駄菓子製造店として創業した菓子製造・販売を手掛ける企業である。ホームページには社是として三方よしと「第三者」の文言が見られるものの、モラロジーに関連する記載は見られなかった11。
「近江商人系企業」として選出された伊藤忠商事(以下、伊藤忠)がグループ企業理念を「三方よし」と改訂したのは、2020年のことである。それまでコーポレート・メッセージであった「ひとりの商人、無数の使命」はグループ企業行動指針に制定された。1858年、初代伊藤忠兵衛が持ち下り商い12を行ったのが創業とされている。「商売は菩薩の業、商売道の尊さは、売り買い何れをも益し、世の不足をうずめ、御仏の心にかなうもの」という言葉は、初代伊藤忠兵衛の座右の銘で、「売り手よし、買い手よし、世間よし」の表現の源となったと言われている13。
小泉産業は、「すべての発想の基本 三方よし」としてコイズミスピリッツの冒頭に据えている。1716年に初代小泉太兵衛が麻布の持ち下り商いをしたのが始まりで、以来300年超の歴史がある。小泉太兵衛が遺した家訓は「お得意様、お客様の信用・信頼を得ることを何事にも優先する」「投機的な仕事、濡れ手に粟の商法は厳しく戒める」などで、商売に対するさまざまな信条であった。小泉産業は、照明、家具、物流などの会社を括っている14。「三方よし」の文言をいつ「すべての発想の基本」として制定したのかは不明である。
ツカキグループ(以下、ツカキ)は、1867年3代目塚本喜左衛門が呉服問屋、塚本喜左衛門商店を創業して以来、約160年の歴史を持つ。経営理念を「近江商人の三方よし」と定め、きもの、宝飾、不動産など5つの事業会社をまとめている。社長の6代目塚本喜左衛門は、NPO法人三方よし研究所の理事長でもあり、近江商人の三方よしの語り部として世界へ発信することを信条としている。ツカキのホームページには喜左衛門ブログという社長のブログが掲載されており、そこで「我が家の二つの家訓」として、「積善の家に必ず余慶あり」を「世間よしを永く続けると商売は必ず繫栄するから社会貢献に励め」と言い換えていること、「長者三代の鑑」(かがみ)という塚本喜左衛門家に伝わる掛け軸を「絵の家訓」として紹介している15。しかし、いつ「近江商人の三方よし」をグループの経営理念に定めたのかは不明である。
選出された6社は、創業100年を超える企業が多く、一番若い企業でも2025年に創業100周年を迎える長寿企業ばかりであった。
分析のための選出から除外した近江商人系企業の候補企業は釜屋とメルクロスの2社である。釜屋は、1721年初代山本喜六郎が創業した、300年に亘る歴史がある三重県四日市市の鉄鋼商社である。ホームページには、釜屋グループは近江商人をルーツに持つとの記載がある。経営理念に関する活動などの記載が少ないことから今回の分析対象からは除外した16。メルクロスは、1585年に現在の滋賀県近江八幡市にて創業した安土桃山時代初代西川勘衛門数吉の創業がルーツであり、以来400年に亘って続く歴史があることをホームページに示している。「三方よし」と「先義後利」の哲学の記載があるものの、経営理念に関連する説明や活動の記載が少ないことから除外した17。
3.2 分析方法とデータこれらの企業の公式ホームページから、三方よしの経営理念に関する記述を筆者が抜粋し、計量テキスト分析データとした。使用するのはホームページ上に掲載されている内容とし18、「三方良し」「三方善し」などは表記ゆれとして「三方よし」に統一した。
データは「モラロジー系企業」と「近江商人系企業」でまとめ、それぞれをKH Coder(Ver3.Beta.05b)に読み込ませた。データベースの総抽出語数と使用された語数および集計単位とする文の数は、モラロジー系企業の総抽出語は2,245語、使用された語数は899語、文の数は81で、近江商人系企業では18,164語が抽出され、使用されたのは7,820語、文の数は846であった。内蔵辞書の茶筌を利用し、複合語を確認後、分析に使用する語の取捨選択を行なった。各企業名や「三方よし」「第三者」「経営理念」「企業理念」「社会貢献」「三方よし研究所」「近江商人」「ひとりの商人、無数の使命」などは強制抽出に、「株式会社」、「月」などの語は使用しない語として設定した。表2はデータ抽出語の出現回数を示したリストである。「三方よし」の語が、モラロジー系企業では22回、近江商人系企業では106回出現している。
| モラロジー系企業 | 近江商人系企業 | ||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 抽出語 | 出現回数 | 抽出語 | 出現回数 | 抽出語 | 出現回数 | 抽出語 | 出現回数 | 抽出語 | 出現回数 | 抽出語 | 出現回数 |
| 三方よし | 22 | 当社 | 8 | 考える | 4 | 三方よし | 106 | 伊藤忠商事 | 27 | 企業理念 | 20 |
| 社会 | 16 | 企業理念 | 7 | 製品 | 4 | 近江商人 | 68 | 先生 | 27 | 実現 | 20 |
| 経営理念 | 14 | 自分 | 7 | 追求 | 4 | 理事 | 59 | 環境 | 26 | 商人 | 19 |
| 創業 | 11 | 精神 | 7 | 展開 | 4 | 社会 | 53 | 買い手 | 26 | 商売 | 19 |
| 事業 | 10 | 変わる | 7 | 文化 | 4 | 経営 | 51 | 売り手 | 26 | 人 | 19 |
| 人 | 10 | 良い | 7 | 変化 | 4 | 貢献 | 42 | 滋賀 | 25 | 話 | 19 |
| 年 | 10 | 100 | 6 | 豊か | 4 | 企業 | 39 | 中国 | 25 | SDGs | 18 |
| お客様 | 9 | 提供 | 6 | 目指す | 4 | 創業 | 36 | NPO | 24 | ビジネス | 18 |
| イシダ | 9 | 歴史 | 6 | グループ | 3 | 世間 | 35 | 中江藤樹 | 24 | 行動 | 18 |
| 企業 | 9 | 躍進 | 5 | 安心 | 3 | 年 | 35 | 思う | 22 | 心 | 18 |
| 貢献 | 8 | 課題 | 4 | 安全 | 3 | 事業 | 34 | 商 | 22 | 成長 | 18 |
| 思う | 8 | 会社 | 4 | 価値 | 3 | 精神 | 34 | 商い | 22 | 挨拶 | 17 |
| 社員 | 8 | 活動 | 4 | 過去 | 3 | ツカ | 29 | 伊藤忠 | 21 | 価値 | 17 |
| 相手 | 8 | 経営 | 4 | 喜ぶ | 3 | 社員 | 29 | 会社 | 21 | 実践 | 17 |
| 第三者 | 8 | 工場 | 4 | 技術 | 3 | 社長 | 29 | 三方よし研究所 | 21 | 小泉 | 17 |
(出所)分析結果をもとに筆者作成。
まず、対応分析を行い、特徴的な語と満遍なく使用されている語の探索を試みる。対応分析では、データを外部変数で分けることにより、それらの特徴を探ることが可能である。2軸が中心で交わった箇所が原点となり、変数の特徴によって異なる方向へ布置される。その時、同じ方向に布置される語同士は特徴が似ていることを示す。また、原点から離れた場所に布置された語ほど特徴的で、原点に近いものは満遍なく使用された語、つまり全体で共通して使用された語ということができる。本論文では、企業6社を変数として、作成されたのが図119である。

(出所)筆者作成。
変数とした6社の位置は、近江商人系企業である伊藤忠、小泉産業、ツカキの3つを頂点に取るような散らばり方となり、伊藤忠と小泉産業の中間には、モラロジー系企業の3社が集まって布置された。ツカキは原点を挟みモラロジー系企業と対称方向に出現し、伊藤忠とも小泉産業とも異なる方向にある。一方、原点近くには「相手」「三方よし」「取り組む」「商」「事業」が布置され、これらが6社の中で共通して使用された語であることがわかる。他方、原点から離れている語は「伊藤忠」「ステークホルダー」「ひとりの商人、無数の使命」が伊藤忠の方向に、「物流」「小泉」「太」「兵衛」が小泉産業の方向に、ツカキの方向には「ツカ」「キ」「三方よし研究所」「中江藤樹」20などが布置され、特徴のある語として示された。「近江商人」の語はツカキの方向に現れた。モラロジー系企業が集まる方向には、「解決」「課題」「未来」「自分」などが原点から遠く離れて出現している。これらの語は同時に伊藤忠と小泉産業の中間にあるとも見て取れる。「社会」「経営理念」「商売」「発展」「実現」「精神」などもこのあたりに集まっていることを見るとツカキを除く5社では平均的な語であるのかも知れない。
続いて、共起ネットワーク分析を行った21。図2はモラロジー系企業をサブグラフ検出(modularity)したもので、80の共起関係と59個の語が現れた。一つひとつの円の大きさは、出現頻度の高さを表す。サブグラフ検出では、互いが比較的強い結びつきを持つ語を自動的に検出して色分けがなされてグループ(サブグラフ)が表れる。モラロジー系企業では9つのサブグラフが出現した。破線で囲んだ部分は01と03のサブグラフで、「三方よし」の語が繋がっている部分である。01のサブグラフは「企業理念」「イシダ」「発展」「目指す」などが「経営理念」と繋がっている。企業理念を通じて企業が何を目指し、実現させようとするのかを説明している部分と考えられる。03は全体の中で出現頻度が一番高い「三方よし」の語が「相手」「第三者」「自分」「躍進」「国家」「良い」「自己」と共起しており、三方よしの理念の文言に関わる部分と考えられる。

(出所)筆者作成。
二重破線で囲んだ02と08からなるグループは、社会貢献について語られた部分と考えることができる。モラロジー系企業が三方よしの企業理念に沿って「社会」に「貢献」することや、「安心」「安全」で人が「喜ぶ」ことや「豊か」であることについて表現した部分と考えられる。例えば、「私たちには、世の敵社・敵者、三方よしという企業理念があります。世の中が安全・安心で、豊かな社会になるように、様々な課題に向き合い新しい製品や技術を生み出し、事業を展開してきました」というイシダの言葉や、十川ゴムの「社会に貢献できる立派な人間をつくる会社にならないといけない」との使用例がある。モラロジー系企業の共起ネットワーク図では、三方よしのグループと社会貢献のグループはそれぞれ独立しており、線で繋がっている部分はなかった。
同じ図で、共起ネットワークの中心性(媒介)を見たところ、一番色濃く示されたのは「企業理念」であった。
図3は、近江商人系企業の共起ネットワーク図である。81の共起関係と53個の語が現れた。破線で囲んだ01から04および08のサブグラフが「三方よし」の語と繋がりを持つグループである。01は伊藤忠商事の創業の精神を表す部分で「精神」の語から08の「受け継ぐ」に繋がっている。02は「ひとりの商人、無数の使命」「企業」「行動」「指針」が集まっており、伊藤忠グループの行動指針を示していると考えられる。03は01と「環境」の語を介して繋がっている。「社会」「貢献」の語が「持続可能」や「SDGs」「地域」「活動」「経済」「成長」などの語と結ばれており、社会貢献を示すサブグラフと考えることができる。具体的な使用例は、「サステナビリティ(持続可能社会)と三方よしについて議論しました」「オールコイズミで三方よしを実現し、社会に貢献する」「三方よしの企業理念のもと積極的にSDGsを事業機会と捉えているところに特徴があります」などがある。04のサブグラフは「三方よし」が含まれ、「近江商人」「売り手」「買い手」「世間」「商い」が出現している。これらの語が社会貢献のサブグラフまで大きなネットワークになって繋がっている。

(出所)筆者作成。
近江商人系企業の共起ネットワーク図の中心性(媒介)を見たところ、一番色濃く示されたのはモラロジー系企業と同じ「企業理念」であった。
4.2 対応分析および共起ネットワーク分析の考察対応分析では、近江商人系企業は互いに異なる方角に原点から遠い位置に布置されたことから、6社全体の中でも近江商人系企業は3社それぞれが特徴語を持っていることがわかる。それらは創業者や企業の名前であったり、「ひとりの商人、無数の使命」をはじめ、物流版三方よしの「物流」など、経営理念と関連した言葉であったりした。
小泉産業では「物流」や創業者の名前が特徴語として原点から遠く離れて出現したが、特徴語の数は限定的であった。小泉産業では、三方よし理念を物流以外で言語化されているものが多くない、または発信がホームページではあまり行われていないことが推察される。
ツカキでは、社長が三方よし研究所の理事長を務めており、そこでの勉強会や講話の報告、中国の人々への研修活動などが多くの特徴語の出現として示されたことは、社長の信条が「三方よしの語り部」であるとする発信と一致していると言えるであろう。ツカキがモラロジー系企業とは対称的に布置されたことを見ても、近江商人としての自負が特徴として強く出ているのではないかと推察される。
伊藤忠では、他の近江商人系企業同様、創業者名が際立つが、コーポレート・メッセージである「ひとりの商人、無数の使命」の語も原点からかなり離れて出現し、特徴の強さを示している。上場企業であることから、価値創造やSDGs、持続可能性に関わる取り組みへの発信が多く、三方よしの経営理念のもと、経営理念に関連づけた活動が多く行われ発信も多くなされている様子が見て取れる。
一方、モラロジー系企業は原点から同じ方向に3社が集まるように布置されていたことから、6社全体の中で比較すると3社は似ている傾向にあることがわかる。モラロジー系企業のデータ量は近江商人系企業よりもはるかに少ないことや、モラロジー系企業が集まっている方向には、「社会」「経営理念」「商売」などのありふれた語が出現していることを鑑みると、モラロジー系企業3社では、ホームページを利用した経営理念に関する発信量が少ないだけでなく、理念の説明だけ、あるいは各社の理念に基づいた企業行動などに関してはありふれた発信に留まっているとも考えられる。
共起ネットワーク分析では、どちらも「企業理念」の語の中心性が高かった。つまり、モラロジー系企業も近江商人系企業も、どちらのデータも企業理念について語られていることが確認できた。
注目するのは、それぞれのネットワーク図における社会貢献を示すグループの出現の仕方である。三方よしの理念の特色である「第三者」や「世間」に関する企業の活動は社会貢献に関連して活動されるものが多いと考えられるからである。具体的には、グループに含まれる語のほかに、「三方よし」の語が出現しているグループと「社会」「貢献」などの語が出現しているグループとが、繋がっているか独立しているかという点に注目する。モラロジー系企業の共起ネットワーク図では2つのグループは繋がっておらず、それぞれは独立していた。一方、近江商人系企業の図では社会貢献を表すサブグラフを含めた5つの異なるサブグラフは互いに繋がり、大きなネットワークとして出現した。
モラロジー系企業も近江商人系企業も、公式ホームページにおいて社会に貢献する姿勢は明文化されているにも関わらず現れたこの差異については、次のように考える。末永(2004, 2014)は、「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方よしは近江商人に共通する商いの精神のシンボルでありキャッチフレーズであると説明している。つまり、選出された近江商人系企業がそれぞれ大切にしてきた近江商人の精神、すなわち家訓などとして継承してきたものと、キャッチフレーズである三方よしが現在の経営理念として置き換えられたものは、ほぼ一体化し同じものと考えることができよう(三方よし≒近江商人の精神)。
一方、大野(2012)が指摘するのは、モラロジー(道徳科学)の三方よしが経営と関連して文献に登場するようになるのは1955年から1964年(昭和30年代)以降でありながら、1935年(昭和10年)以前には、長谷虎紡績は「自分も善し、相手方も善し、国家社会も善し」という廣池の三方よしの教えに従って事業を実施していたことである。このように、廣池の教えは、経営領域に限られるものではなく、人間の道徳実行そのものに関するものであり、様々な関係者の調和を広く意識して、全体を偏りなく配慮することを大切にすることであると大野は強調する。
これらを踏まえて考えられることは、モラロジー系企業における三方よしの経営理念には、三方よしを包み込むような概念としてモラロジー(道徳科学)の考え方があると捉えられるのではないかということである。モラロジー系企業にとって三方よしの経営理念は、道徳科学の教えと一体化しているというよりは、廣池の道徳の考え方を理解し説明する上での一つの表現であり、各社が引き継いできたモラロジーの哲学に含まれて存在しているのではないかと考察できる(三方よし⊆道徳科学)。
本論文では、三方よし理念を持つ企業のうち、その理念の由来によって特徴が見られるかどうか計量テキスト分析を用いて探索し、さらに新たな仮説を導出することを目的として、インターネットを通じて企業情報を抽出し、そのデータから得た分析結果から考察を行った。ここでは前述した2つの命題に対し、次の通り回答する。
命題1:経営理念として三方よしの文言を掲げる企業のうち、モラロジーや近江商人を由来とする企業は存在するか。あるならば具体的にどのような企業か。
三方よしを経営理念としている企業を抽出するために、インターネットで三方よしの文言と経営理念や企業理念および会社概要や会社情報が掲載されているページを検索した。その中から三方よしが経営理念や経営方針、行動指針、社長メッセージ等に掲載されている151企業を筆者が取り出した。さらにその中のモラロジーに関連していることが確認された企業4社、近江商人を祖に持つと明言している企業5社が確認された。具体的には、モラロジー系企業はイシダ、長谷虎紡績、山口保安工業、十川ゴム、近江商人系企業は、伊藤忠商事、ツカキグループ、小泉産業、釜屋、メルクロスであった。
命題2:モラロジーの考え方を由来とする三方よしと近江商人の商いの精神を由来とする三方よしを経営理念にもつ企業があるならば、それらに何か特徴が見られるだろうか。あるならばどのような特徴か。
KH Coderを用いて計量テキスト分析を行ったところ、使用されたデータ量が近江商人系企業の方が圧倒的に多かったことから、ホームページを通じた三方よし理念に関連する情報発信量は近江商人系企業が多いことが明らかになった。経営理念に基づいた企業活動の発信が行われていた近江商人系企業に比べ、モラロジー系企業は発信量が少ないだけでなく、経営理念に関する発信がありふれた説明のみになっている傾向にあり、経営理念に関連する企業活動などに関しては発信が少ないのではないかと考えられた。
共起ネットワーク分析では、三方よしの語が出現したグループと社会貢献を表すグループとの関係に着目した。モラロジー系企業のネットワーク図では、2つのグループは独立しており、近江商人系企業の図では繋がりが見られ、大きな1つのネットワークとして出現した。このことから、近江商人系企業における三方よしの経営理念は、近江商人である各企業が継承した商いの精神とほぼ一体化して置き換えられていると考えられる(三方よし≒近江商人の精神)。一方、モラロジー系企業における三方よしの経営理念は、モラロジーを説明するための表現のひとつのようなものであり、教えと一体化しているというよりは道徳科学の考え方に包含されている(三方よし⊆道徳科学)のではないかという仮説を導出した。
今回の分析ではモラロジー系企業と近江商人系企業とのデータ量に大きな差があることから、分析結果を一概に一般化することはできず、あくまでも推論に過ぎない。特に、サンプル数が少なかったことは、KH Coderの分析効果を限定的にしたと考えられる。しかしながら、これまで着目されてこなかった三方よしの由来別にモラロジー系企業4社、近江商人系企業5社の存在を明らかにしたこと、三方よしの経営理念の由来からの差異について探索的研究を行い、仮説導出に至ったことは三方よしの文言を経営理念に持つ企業の実態を探る今後の研究の足掛かりとして一歩前進させたと考える。今回分析対象に選ばれた6社は、一番若い企業でも2025年には創業100周年を迎えるという長寿企業ばかりであることを鑑みると、三方よしを文言に持つ経営理念を真に実践しているのではないかとも推測できるが、三方よしの由来による検討を行うためには、今回の探索結果を一つのヒントとして、別のデータや方法を用いて、それぞれの企業を対象としたさらなる調査が必要であろう。例えばインタビューなどを通じた質的調査によって深く研究される必要があることは言うまでも無い。これらを今後の課題として、さらに研究を進めたい。