2021 年 82 巻 2 号 p. 79-100
流路が短く,河川勾配が急な日本の河川では,流下藻類,特に真の河川棲浮遊藻類は,陸水学者にはほとんど注目されてこなかった。しかし,堰やダムの建設により,緩流域や止水域が人為的に作られている現状では,浮遊藻類生産の知識抜きでは,河川環境を理解することが難しくなりつつある。日本での河川流下藻類の研究史を概観し,流下藻類研究が関わった社会的課題として,阿賀野川水銀中毒事件(新潟水俣病事件)と長良川河口堰問題を事例として紹介する。前者は,水銀を取り込んだ付着藻類の流下と下流での堆積が,後者は緩流化した河川での河川棲浮遊藻類の発生が法廷での争点となった。河川浮遊藻類についての既存の知識の少なさと,陸水学研究者だけではなく河川事業者や行政,法律家にも共有されていた誤った先入観により議論は深まらず,判決は下りたものの,科学的な真相解明は不十分なままである。