近代化された水田は,湿地生物の多様性損失をもたらす駆動因と認識され,生物多様性に配慮した保全型水田が普及しつつある。しかし,その生物多様性保全の効果は,十分に検証されていない。本研究では,谷津田の伝統農法である冬季湛水や水田内水路(ひよせ),および,ため池灌漑による生息地のつながりが水田に生息する湿地動物群集の多様性に及ぼす効果を評価するために慣行水田と冬季湛水田の底生動物群集に関する比較調査を実施した。冬季湛水は,在来の表在性水生動物の多様性に正の効果を及ぼす反面,表在性半水生動物(基質表面に生息し,幼生期を水中,成体期を陸上で過ごす動物)や内在性動物(基質内部に生息する動物)の多様性に顕著な効果を示さなかった。他方,外来種のアメリカザリガニは,ため池灌漑水田に多く出現し,水田内水路で増加した。中干前になると,その個体群密度は慣行水田で減少したが,冬季湛水田で安定的に維持された。水草を切除し,水底を物理的に撹拌するアメリカザリガニの個体群密度は,水草を利用する半水生動物や泥中の内在性動物の多様性に強い負の影響を及ぼした。谷津田の伝統的水田は,湿地動物の多様性を保全する効果がある反面,アメリカザリガニの温床となることによって,湿地動物の多様性に間接的な負の影響を及ぼす可能性が示唆された。
御嶽山南麓の火山性無機酸性河川である濁沢河道内の,pH 2.9~3.6の湧水で繁茂する糸状緑藻Klebsormidium属の形態,および生息環境を調べた。このKlebsormidium属は1000細胞以上が連結する分岐しない長い糸状の群体を形成し,容易に断片化しなかった。栄養細胞は,幅が5.8~8.2 μm,長さが10.7~14.4 μm,長さと幅の比率が1.4~2.3であった。細胞の連結部にH型断片は確認できなかった。遊走子が抜け出し空になった細胞は,開口部が不明瞭であった。これらの形態からタイプ種であるK. flaccidumと同定した。K. flaccidumが繁茂する湧水は光合成の材料となる溶存無機態炭素を4.1~9.6 mgC L-1含んでおり,近隣のpH 3~5の酸性河川における0.2~0.7 mgC L-1に比べ顕著に高い濃度を示した。K. flaccidumが繁茂する湧水は,堰堤の設置によって形成された濁沢の伏流水であり,K. flaccidumは,火山活動,呼吸や地質から供給される溶存無機態炭素を用いて,活発な光合成を行い増殖していたと考えられた。
酸化的な湖沼・河川などの地表水,および還元的な湖沼深部・地下水を対象に,ウラン(U)の化学状態や動態に関する知見を整理した。炭酸イオンやカルシウムイオンとの錯体形成,固相表面への吸脱着反応,酸化還元反応にともなう価数変化などが,Uの挙動や移動性に大きく影響する。特に,炭酸化学種濃度が高く還元的な環境では,U(VI)-炭酸錯体の形成やU(IV) への還元反応の抑制により,Uの溶解度や移動性の低下が生じにくくなる可能性がある。また,Uをはじめとする酸化還元に鋭敏な元素の化学状態や移動性を支配する要因の一つとして地下水の酸化還元状態に着目し,その測定・評価手法や,地下深部における坑道掘削にともなう擾乱の影響について,筆者らの研究成果を交えて概説した。
ケミゾユスリカ属Stempellinella Brundin, 1947は世界では24種,国内からは3種がこれまでに報告されており,その幼虫は湧水,河川や湖沼に生息することが知られている。本研究では,北海道足寄町下足寄湖で採集されたミツオケミゾユスリカ(新称)S. bazovae Orel, 2023 の国内初記録について報告する。本種の日本産雄成虫の形態を記載し,東アジアおよびロシアで記録されている種を含めた検索表を作成した。また,本種のミトコンドリアDNAのCOI領域の塩基配列を決定し,データベース上の既知の配列と比較した結果,本種は本属既知種とは区別可能であった。また,データベース上のカナダ産未同定種との間には塩基配列において高い相同性がみられたことから,本個体はS. bazovaeであると考えられた。今回得られた形態的および遺伝的な情報は,今後の本属を対象とした分類学的および生態学的研究に有用であると考えられる。
日本陸水学会は,2018年の第84回大会から「小中高生ポスター発表」を継続して実施している。これは,学校の部活動等による研究成果の公表と,専門家との交流を促進するもので,他の学術団体でも同様の取り組みが増加している。本稿では,このセッションの設立経緯と実績を整理した。これまでの参加校は開催都道府県以外からが多く,その多くはスーパーサイエンスハイスクール(SSH)指定校であった。この要因としてSSH校は旅費や研究費がJSTより支給されている影響があると思われる。一方で開催目的等が明確に定義されていないことが課題として浮かび上がった。今後の学会活動の方向性として,募集業務の負担軽減を目的としたマニュアル化と,名称を「高校生ポスター」に戻した上で小中学生参加者には独立した表彰制度を設けることを提言する。専門家集団の大会での発表経験は,生徒の発信力向上や,研究の方向性を深める上で高い意義があり,本学会が陸水学的素養を備えた次世代の養成を通じた地域社会への貢献と研究者の育成を果たす上で,本企画の継続は重要である。
日本陸水学会第89回札幌大会は,2025年9月25日(木)から28日(日)に北海道大学クラーク会館で17年ぶりに開催された。実行委員会は約2年半準備を行い,最終的な参加者は198名であった。大会では口頭発表・ポスター発表・小中高生ポスターを実施し,研究分野は生物分野が半数前後を占めた。また,公開シンポジウムも実施され,参加者は約150名であった。会場の動線や設備面には課題があったが,受付やプログラム運営は概ね円滑に進行した。