1982 年 21 巻 6 号 p. 446-449
昭和39年の新潟地震の際,昭和石油(株)新潟製油所では原油タンク群に第1火災,旧工場地区に第2 火災を生じた.これらの中より火災の輻射熱に関係する事例をとり上げて示した。 第1火災の初期にはスロッシングにょる溢油が3000klにも達したので,その防油堤の北半部は防油堤火災となった.この防油堤よりそれぞれ30mと60mの地点にあった木造家屋は火災後も引火を免れて 残っていた. 防油堤火災の災害想定に防油堤内に一つの大きな火炎を形成することを基本とすることに対し,タンクによって区画されたおのおのの空間に適合した火炎を設定することを基本とする方が実際的と思われ,その場合の輻射熱の試算結果もぼぽ妥当な値が得られた.