化学災害時に一般住民の避難を促進する要因を特定する研究は限られている.本研究の目的は,災害緊急時避難支援の担当になりうる自治体職員・製造業作業者との比較を通して,危険性・有害性を持つ化学物質による災害時において一般住民が避難行動をとる意思に対し,どのような要因が影響しているかを明らかにすることである.Web質問紙調査とし,目標人数は,一般住民として北九州市民150人,主に福岡県在住の自治体の職員150人,製造業の従業員200人とした.目的変数を「化学災害時に避難行動をとる意思」,説明変数を「化学災害の経験」,「災害発生時に悪天候でも避難」,「消防署の対応の知識」,「化学物質の有害性の知識」,および「避難が必要との認識」,などとした.ロジスティック回帰分析およびフィッシャーの正確確率検定の結果から,一般住民では,「年齢」が高いこと,「化学物質の有害性の知識」が少ないことが避難意思を高めていた.一方,自治体職員では「化学災害の経験」があることが,製造業従業員は「消防署の対応の知識」があることが,避難意思を低くしていた.一般住民においては,「化学物質の有害性の知識」があることが避難行動を抑制する結果となったが,有害性の化学物質の曝露を低くするためには,有害性物質の濃度等に依存した避難をすべき条件の明確化が今後の研究に求められることが示唆された.
This study aimed to clarify how several factors influence the willingness of the general population to evacuate during chemical disasters. We compared local government officials and manufacturing industry workers, who may be responsible for or assist with evacuation efforts. The main variable of interest was the “willingness to evacuate during a chemical disaster”. Among the general population, higher age and less knowledge of the hazardous properties increased the intention to evacuate during a chemical disaster. Experience with a chemical disaster among local government employees, and knowledge of fire department actions among manufacturing industry workers, decreased the willingness to evacuate. This may result from the prioritization of disaster measures and evacuation support for the general population over individual evacuation. In the general population, “knowledge of the hazardous properties of chemical substances” resulted in an inhibition of evacuation behavior, suggesting that future research is required to clarify the conditions under which people should evacuate, depending on the concentration of hazardous chemicals, in order to lower exposure to hazardous chemicals.
多くの化学物質は,爆発・火災などを引き起こす危険性およびヒトや生態系に対する有害性を示す.そのため,化学物質による重大災害が繰り返し発生している[1–6].日本では,1970年代頃に石油コンビナート等の製油所や工業用薬品・プラスチック原料などを製造する化学工場での災害が多発した.多発した災害への対処のため,法令等による化学物質の規制強化が実施されてきた.1976年には「石油コンビナート等事故防止法」や「化学プラントにかかるセーフティ・アセスメントの指針」が制定された[4, 6].化学プラント等を持つ製造業の従業員は,化学プラント等のプロセス安全性評価と安全対策の確認とともに,緊急時の措置について訓練を受ける必要がある.また,災害対策基本法に基づき[7],様々な行政レベルで,災害緊急事態に対する対処基本方針・防災基本計画等の制定が義務付けられている.たとえば東京都では,東京都防災会議が「東京都地域防災計画 大規模事故編(令和3年修正)」をまとめ,行政がなすべきことを網羅的にまとめている[8].地方自治体の職員は,防災担当部署以外の所属であっても災害緊急時支援要請に応えることも多い[7, 9].しかし,その後も化学物質を起因とする災害は継続し[10, 11],近年の日本で起こり住民避難等に及んだ代表的な化学災害もいくつかあげられる[12–15].たとえば,2020年の宮崎県・半導体部品工場火災事故では,部品を製造する機械の接触不良により発火し,鎮火に3日半かかった火災が発生し,火災と同時に,塩化水素による異臭も発生し,周辺住民が頭痛などの症状を訴えている.世界的にも,1970年代から1980年代に重大事故が多発した[16, 17].たとえば,1976年のイタリア・セベソでのダイオキシン汚染,1984年のメキシコでのLiquefied petroleum Gas(LPG)爆発事故,1984年のインド・ボパールでのメチルイソシアネートの漏出事故などが発生している.その結果も踏まえ,1993年には,International Labour Organization(ILO)により大規模産業災害防止条約(第174号)が発効されている[18, 19].
以上のような様々な取り組みとは別に,化学災害等が起きた緊急時において,付近一般住民によるリスク回避行動に関連していくつか研究がなされている[20–23].そもそもリスクの認識については,一般人は未知なることと発生した時の影響が甚大な場合にリスクを高く評価する傾向があるとされている[20].災害時とは異なるが,多くの先行研究を受けて人が行動を決定する際には,知識(knowledge),認識(perception),態度(attitude),行動(behavior)とつながり,結果(consequences)に至るとするモデルを使う研究も見られる[21, 22].学生実験の安全性向上の教育介入研究を行ったところ,行動(behavior)および結果(consequences)は変えることができず,安全性を強調した技術を使い,学生の安全を確保すべきであると報告されている[21].また,災害時における住民避難についての先行研究を踏まえ,化学プラント有毒ガス漏洩事故を想定した住民質問紙調査では,避難意思に影響する因子として,悪天候,深夜での発生,遠方での発生あるいは近所の人が避難しないなどの「環境状況」,他者に対する規範からなる「主観的規範」,および「有毒ガス恐怖感」の主要3因子と,行政の避難判断への信頼度や子供・年齢・要介護者などの避難に対する面倒さがあることが報告されている[23].
このように,化学災害時に行政や製造業が実施すべき計画の検討がなされるとともに,工場等の周辺一般住民の意識調査がなされているが,一般住民の認識と行政や製造業で働く者の認識や意思等との違いを踏まえ,化学災害時に一般住民の避難を促進する要因を特定する研究は限られている.そのため,普段から化学物質を日常的に取り扱っており,災害発生時などの緊急時には必然的に対応を求められる製造業従業員,あるいは,防災の担当者や支援者になりえる可能性がある自治体職員と対比し,一般住民の避難行動に影響する要因を検討することが重要である.本研究の目的は,災害緊急時避難支援の担当になりうる自治体職員・製造業作業者との比較を通して,危険性・有害性を持つ化学物質による災害時において一般住民が避難行動をとる意思に対し,化学物質の有害性の知識,化学災害の認識,化学災害の経験の要因などがどのように影響しているかを明らかにすることである.
対象者
対象者は,ネット調査会社の株式会社インテージ(東京)に登録している20歳以上とした.インターネット上で提示された研究についての説明文書に同意した者のみ質問に回答した.一般住民は,北九州市民とした.自治体職員で化学物質に関連する部署に所属する者は数が限られると推定し,北九州市の自治体の職員,福岡県の自治体の職員および九州地区の自治体の職員かつ化学物質取り扱い者とした.製造業の従業員は,北九州市の製造業の従業員かつ衛生管理者か安全管理者または化学物質取扱者,福岡県の製造業の従業員かつ衛生管理者か安全管理者または化学物質取扱者とした.目標人数は,ロジスティック回帰分析で13要因を変数として用いることから,変数の数の10倍以上の人数とした[24].一般住民として北九州市住民約150人,自治体の化学物質関連職員および消防局職員約50人,自治体の事務職員約100人,製造業の衛生管理者および安全管理者約50人,一般職員約150人とした.調査は2023年2月16日から開始し,各条件で人数を超えた段階の1週間後で終了とした.なお,本研究は産業医科大学の倫理委員会の承認を得て実施した(第R4-075号).
質問紙調査
Table 1に質問紙調査項目を示す.「性(Q1)」,「年齢(Q2)」,「化学工場近くに住む(500 mを基準)(Q3)」,「化学災害の経験(Q4)」,「化学災害時に避難行動をとる意思(Q8)」,「災害発生時に悪天候でも避難(Q10)」,「災害への準備(Q17)」,「消防署の対応の知識(Q19)」,「化学物質の有害性の知識(Q20)」,「災害時の対応の教育(Q21)」,「避難が必要との認識(Q22)」,「化学工場への不安感(Q23)」,「職場(自治体,製造業,一般住民)(Q25)」,「化学物質取り扱い(Q28)」,などとした.さらにより詳細に,自治体の事務職員,化学物質関連職員,消防局職員,製造業の事務職員,製造・研究部門の職員,衛生管理者・安全管理者,福岡県北九州市在住の一般住民の別(Q26,Q27,Q29)について質問した.回答データは,匿名化されたMicrosoft Excelのファイルとして受け取った.
領域変数 | 質問番号 | 質問内容 |
---|---|---|
特性 | Q1 | あなたの性別をお答えください. |
Q2 | あなたの年齢をお答えください.(20代,30代,40代,50代,60代以上) | |
Q3 | あなたは,化学工場の近く(500m以内)に住んでいますか. | |
経験 | Q4 | 化学災害の経験はありますか. |
Q5 | 化学災害の経験がある方にお伺いします.どのような災害を経験されましたか. | |
Q6 | 化学災害の経験がある方にお伺いします.健康を損ねる災害経験でしたか. | |
Q7 | 健康を損ねる災害経験がある方にお伺いします.どのような健康影響を経験されましたか. | |
回避行動の意思 | Q8 | 化学災害が起きた時,あなたは避難すると思いますか. |
Q9 | 前問で避難しないとお答えの方にお伺いします.あなたが避難しないと思う理由を教えてください. | |
環境状況 | Q10 | 化学災害発生時,あなたは激しい雨や風など悪天候の時でも避難をしますか. |
Q11 | 化学災害によって避難しなければいけない状況になったとき,どのような手段を使用して避難をしますか.最もあてはまるものをお答えください.(車,電車,徒歩・自転車,バス,その他) | |
Q12 | 化学災害発生時,自力で避難が困難な場合(怪我をしている,介護が必要であるなど),どのような行動をとりますか.最もあてはまるものをお答えください.(近隣の人に協力を仰ぐ,家族や知人に協力を仰ぐ,警察や消防の手を借りる,避難は難しいと判断しその場にとどまる,その他) | |
準備状況 | Q13 | 化学災害によって避難しなければいけない状況になったとき,避難を始めるまでどのくらい時間がかかると思いますか.(5分未満,5~10分未満,10~20分未満,20~30分未満,30分~ 1時間未満,1時間以上) |
Q14 | 化学災害が発生しても,あなたは自宅や会社などの屋内にいた方が避難するよりも安全であると思いますか. | |
Q15 | 化学災害時にはどんな対応を考えていますか.(市に相談する,警察に相談する,消防署に相談する,その他) | |
Q16 | あなたは,化学災害時に使用する防災グッズを備えていますか. | |
Q17 | あなたは,災害時に避難する場所を決めていますか. | |
情報 | Q18 | 化学災害発生時にあなたはどこから情報を得ますか.(テレビ,ラジオ,インターネット,消防・警察からの呼びかけ,近所の人からの呼びかけ,その他) |
Q19 | あなたは化学災害時に消防署などがおこなう対処方法についてどの程度知っていますか. | |
知識 | Q20 | あなたは有害な化学物質をどの程度知っていますか.(よく知っている[15種類程度],どちらかといえば知っている[10種類程度],どちらかといえば知らない[1~9種類程度],全く知らない) |
Q21 | あなたは,災害時の対応(避難計画・防災グッズなど)について,教育を受けたことがありますか. ※小・中・高での教育を含みます. | |
認識 | Q22 | あなたはそもそも化学災害で避難が必要だと思いますか. |
Q23 | あなたは化学工場に対して,化学災害への心配や不安はありますか. | |
Q24 | 化学災害が発生した場合,あなたは化学災害が発生した現場からどの程度離れていれば安全だと思いますか.(500 m未満,500 m以上1 km未満,1 km以上5 km未満,5 km以上10 km未満,10 km以上20 km未満,20 km以上) | |
特性 | Q25 | あなたの職業を教えてください.(自治体で働いている,製造業で働いている,あてはまるものはない) |
Q26 | 自治体で働いている方にお尋ねします.あなたの職種を教えてください.(事務職員,消防局職員,その他) | |
Q27 | 製造業で働いている方にお尋ねします.あなたの職種を教えてください.(一般事務職員,製造・研究部門の職員,衛生管理者・安全管理者,その他) | |
Q28 | あなたは化学物質に関連する仕事に従事していますか. | |
Q29 | あなたが住んでいる地域を教えてください.(北九州市小倉北区,北九州市小倉南区,北九州市戸畑区,北九州市門司区,北九州市若松区,北九州市八幡東区,北九州市八幡西区,上記以外の福岡県,九州,あてはまるものはない) |
統計解析方法
記述統計解析およびフィッシャーの正確確率検定(イェーツ補正)にはMicrosoft・Excel,ロジスティック回帰分析にはIBM・SPSS(ver. 25)を用いた.
回答者の基本特性
Table 2に研究対象の回答者の基本特性を示す.回答者は全体で542人であった.男性が67.5%,年齢構成では40代および50代で64.2%であった.職業別では,「あてはまるものはない」と回答した者を一般住民とみなし全員が北九州市民で29.9%,自治体職員が28.8%,製造業従業員が41.3%であった.職種別では,自治体においては事務職員が59.0%,消防局職員が5.1%,製造業においては一般事務職員が20.5%,製造・研究部門の職員が57.1%,衛生管理者・安全管理者が6.7%であった.自治体職員および製造業職員の内で23.2%が化学物質に関連する仕事に関わっていたが,一般住民には化学物質の取り扱いに該当者はいなかった.研究対象者の95.1%が福岡県在住であった.
n | % | ||
---|---|---|---|
Q1 性別 (n=542) |
男性 | 366 | 67.5 |
女性 | 176 | 32.5 | |
Q2 年齢(歳) (n=542) |
20代 | 21 | 3.9 |
30代 | 77 | 14.2 | |
40代 | 171 | 31.5 | |
50代 | 177 | 32.7 | |
60代 | 96 | 17.7 | |
Q25 あなたの職業を教えてください.(n=542) | 自治体で働いている | 156 | 28.8 |
北九州の自治体の職員 | 80 | 14.8 | |
福岡県の自治体の職員 | 37 | 6.8 | |
九州の自治体の職員かつ化学物質取り扱い者 | 39 | 7.2 | |
製造業で働いている | 224 | 41.3 | |
北九州市の製造業の従業員 | 139 | 25.6 | |
福岡県の製造業の従業員 | 26 | 4.8 | |
北九州市の製造業の従業員かつ【衛生管理者か 安全管理者 OR 化学物質取扱者】 |
48 | 8.9 | |
福岡の製造業の従業員かつ【衛生管理者か安全 管理者 OR 化学物質取扱者】 |
11 | 2.0 | |
あてはまるものはない(北九州市民) | 162 | 29.9 | |
Q26 自治体で働いている方にお尋ねします.あなたの職種を教えてください.(n=156) | 事務職員 | 92 | 59.0 |
消防局職員 | 8 | 5.1 | |
その他 | 56 | 35.9 | |
Q27 製造業で働いている方にお尋ねします.あなたの職種を教えてください.(n=224) | 一般事務職員 | 46 | 20.5 |
製造・研究部門の職員 | 128 | 57.1 | |
衛生管理者・安全管理者 | 15 | 6.7 | |
その他 | 35 | 15.6 | |
Q28 あなたは化学物質に関連する仕事に従事していますか.(n=380) | 化学物質に関連する仕事に従事している | 88 | 23.2 |
化学物質に関連する仕事に従事していない | 292 | 76.8 | |
Q29 あなたが住んでいる地域を教えてください.(n=542) | 北九州市小倉北区 | 97 | 17.9 |
北九州市小倉南区 | 91 | 16.8 | |
北九州市戸畑区 | 30 | 5.5 | |
北九州市門司区 | 38 | 7.0 | |
北九州市若松区 | 30 | 5.5 | |
北九州市八幡東区 | 35 | 6.5 | |
北九州市八幡西区 | 114 | 21.0 | |
上記以外の福岡県 | 80 | 14.8 | |
佐賀県 | 4 | 0.7 | |
長崎県 | 6 | 1.1 | |
熊本県 | 1 | 0.2 | |
大分県 | 4 | 0.7 | |
宮崎県 | 5 | 0.9 | |
鹿児島県 | 7 | 1.3 | |
あてはまるものはない | 0 | 0.0 |
また,Table 3に,回答者の基本特性以外の質問項目への選択肢回答割合を示す.化学災害の経験者は3.9%,化学災害の時に避難行動をとる意思があるとするは89.5%であった.化学災害時に悪天候の場合,避難するは57.0%であった.災害対応について情報をSNS等で調べるが50.0%であった.防災グッズを備えているが17.9%,災害時の避難場所を決めているは29.7%,化学災害時の消防署の対応方法を「よく知っている」および「どちらかといえば知っている」と答えた者は19.9%,有害な化学物質について「よく知っている」および「どちらかといえば知っている」が21.6%であった.化学災害時に避難の必要性については「絶対にそう思う」および「どちらかといえばそう思う」が85.8%であった.
質問内容 | 回答 | n | % |
---|---|---|---|
Q3 あなたは,化学工場の近く(500 m以内)に住んでいますか.(n=542) | はい | 496 | 91.5 |
いいえ | 46 | 8.5 | |
Q4 化学災害の経験はありますか.(n=542) | 化学災害の経験がある | 21 | 3.9 |
化学災害の経験がない | 508 | 93.7 | |
答えたくない | 13 | 2.4 | |
Q6 化学災害の経験がある方にお伺いします.健康を損ねる災害経験でしたか.(n=21) | はい | 7 | 33.3 |
いいえ | 14 | 66.7 | |
Q8 化学災害が起きた時,あなたは避難すると思いますか.(n=542) | 避難する | 485 | 89.5 |
避難しない | 57 | 10.5 | |
Q9 前問で避難しないとお答えの方にお伺いします.あなたが避難しないと思う理由を教えてください.(n=57) | 隣近所の人も避難しないと思うため | 5 | 8.8 |
どこへ避難すれば良いか知らないため | 23 | 40.4 | |
仕事や作業を手放したくないため | 4 | 7.0 | |
家に一緒に暮らす家族が居るため | 14 | 24.6 | |
面倒であると思うため | 11 | 19.3 | |
避難するほうが危険であると思うため | 9 | 15.8 | |
避難するより家に居た方が安全であると思うため | 22 | 38.6 | |
その他 | 4 | 7.0 | |
Q10 化学災害発生時,あなたは激しい雨や風など悪天候の時でも避難をしますか.(n=542) | 避難する | 309 | 57.0 |
避難しない | 233 | 43.0 | |
Q11 化学災害によって避難しなければいけない状況になったとき,どのような手段を使用して避難をしますか.最もあてはまるものをお答えください.(n=542) | 車 | 405 | 74.7 |
電車 | 8 | 1.5 | |
徒歩・自転車 | 119 | 22.0 | |
バス | 5 | 0.9 | |
その他 | 5 | 0.9 | |
Q12 化学災害発生時,自力で避難が困難な場合(怪我をしている,介護が必要であるなど),どのような行動をとりますか.最もあてはまるものをお答えください.(n=542) | 近隣の人に協力を仰ぐ | 72 | 13.3 |
家族や知人に協力を仰ぐ | 158 | 29.2 | |
警察や消防の手を借りる | 181 | 33.4 | |
避難は難しいと判断しその場にとどまる | 130 | 24.0 | |
その他 | 1 | 0.2 | |
Q13 化学災害によって避難しなければいけない状況になったとき,避難を始めるまでどのくらい時間がかかると思いますか.(n=542) | 5分未満 | 37 | 6.8 |
5~10分未満 | 139 | 25.6 | |
10~20分未満 | 144 | 26.6 | |
20~30分未満 | 117 | 21.6 | |
30分~1時間未満 | 70 | 12.9 | |
1時間以上 | 35 | 6.5 | |
Q14 化学災害が発生しても,あなたは自宅や会社などの屋内にいた方が避難するよりも安全であると思いますか.(n=542) | 自宅や会社などの屋内にいた方が安全だと思う | 72 | 13.3 |
どちらかといえば自宅や会社などの屋内にいた方が安全だと思う | 166 | 30.6 | |
どちらかといえば避難した方が安全だと思う | 194 | 35.8 | |
避難した方が安全だと思う | 110 | 20.3 | |
Q15 化学災害時にはどんな対応を考えていますか.(n=542) | 市や警察などに相談する | 179 | 33.0 |
情報をSNS等で調べる | 271 | 50.0 | |
避難の準備や検討をする | 267 | 49.3 | |
その他 具体的に: | 5 | 0.9 | |
特に何もしない | 52 | 9.6 | |
Q16 あなたは,化学災害時に使用する防災グッズを備えていますか.(n=542) | 防災グッズを備えている | 97 | 17.9 |
防災グッズを備えていない | 445 | 82.1 | |
Q17 あなたは,災害時に避難する場所を決めていますか.(n=542) | 決めている | 161 | 29.7 |
決めていない | 381 | 70.3 | |
Q18 化学災害発生時にあなたはどこから情報を得ますか.(n=542) | テレビ | 397 | 73.2 |
ラジオ | 148 | 27.3 | |
インターネット | 387 | 71.4 | |
消防・警察からの呼びかけ | 247 | 45.6 | |
近所の人からの呼びかけ | 100 | 18.5 | |
その他 | 5 | 0.9 | |
どこからも情報を得ない | 9 | 1.7 | |
Q19 あなたは化学災害時に消防署などがおこなう対処方法についてどの程度知っていますか.(n=542) | よく知っている | 25 | 4.6 |
どちらかといえば知っている | 83 | 15.3 | |
どちらかといえば知らない | 232 | 42.8 | |
全く知らない | 202 | 37.3 | |
Q20 あなたは有害な化学物質をどの程度知っていますか.(n=542) | よく知っている【15種類以上】 | 47 | 8.7 |
どちらかといえば知っている【10種類程度】 | 70 | 12.9 | |
どちらかといえば知らない【1~9種類程度】 | 262 | 48.3 | |
全く知らない | 163 | 30.1 | |
Q21 あなたは,災害時の対応(避難計画・防災グッズなど)について,教育を受けたことがありますか. ※小・中・高での教育を含みます.(n=542) | 教育を受けたことがある | 205 | 37.8 |
教育を受けたことがない | 337 | 62.2 | |
Q22 あなたはそもそも化学災害で避難が必要だと思いますか.(n=542) | 絶対にそう思う | 141 | 26.0 |
どちらかといえばそう思う | 324 | 59.8 | |
どちらかといえばそう思わない | 59 | 10.9 | |
全くそう思わない | 18 | 3.3 | |
Q23 あなたは化学工場に対して,化学災害への心配や不安はありますか.(n=542) | 非常にある | 72 | 13.3 |
どちらかといえばある | 255 | 47.0 | |
どちらかといえばない | 185 | 34.1 | |
全くない | 30 | 5.5 | |
Q24 化学災害が発生した場合,あなたは化学災害が発生した現場からどの程度離れていれば安全だと思いますか.(n=542) | 500 m未満 | 7 | 1.3 |
500 m以上1 km未満 | 46 | 8.5 | |
1 km以上5 km未満 | 154 | 28.4 | |
5 km以上10 km未満 | 140 | 25.8 | |
10 km以上20 km未満 | 74 | 13.7 | |
20 km以上 | 121 | 22.3 |
避難行動をとる意思に影響する要因(ロジスティック回帰分析およびフィッシャーの正確確率検定の結果)
Table 4に,各要因(質問内容を要約した)ごとの「化学災害時に避難行動をとる意思」の有無の割合を示す.Table 5に,ロジスティック回帰分析(強制投入法)の結果としてオッズ比,95%信頼区間,およびP値を示す.目的変数を「化学災害時に避難行動をとる意思(Q8)」,説明変数を「性(Q1)」,「年齢(Q2)」,「化学工場近くに住む(500 mを基準)(Q3)」,「化学災害の経験(Q4)」,「災害発生時に悪天候でも避難(Q10)」,「災害への準備(Q17)」,「消防署の対応の知識(Q19)」,「化学物質の有害性の知識(Q20)」,「災害時の対応の教育(Q21)」,「避難が必要との認識(Q22)」,および「化学工場への不安感(Q23)」とした.Q2はカテゴリを連続変数とみなした(P値は傾向P値).各質問における参照群は,Q1では女性,Q3では住居が工場から500m以上離れている,Q4,Q10,Q17,Q19,Q20,Q21,Q22では「いいえ」とした.
目的変数 | Q8 | 避難するかどうか | 避難しない | 避難する | |
---|---|---|---|---|---|
説明変数 | Q1 | 性 | 男性 | 44 | 322 |
女性 | 13 | 163 | |||
Q2 | 年齢 | 20代 | 1 | 20 | |
30代 | 19 | 58 | |||
40代 | 15 | 156 | |||
50代 | 14 | 163 | |||
60代以上 | 8 | 88 | |||
Q3 | 化学工場近くに住む(500 mを基準) | 500 m以内 | 50 | 446 | |
500 m以外 | 7 | 39 | |||
Q4 | 化学災害の経験 | あり | 3 | 18 | |
なし | 54 | 467 | |||
Q10 | 災害発生時に悪天候でも避難 | する | 4 | 305 | |
しない | 53 | 180 | |||
Q17 | 災害への準備 | あり | 10 | 151 | |
なし | 47 | 334 | |||
Q19 | 消防署の対応の知識 | 知っている | 15 | 93 | |
知らない | 42 | 392 | |||
Q20 | 化学物質の有害性の知識 | 知っている | 19 | 98 | |
知らない | 38 | 387 | |||
Q21 | 災害時の対応の教育 | あり | 15 | 190 | |
なし | 42 | 295 | |||
Q22 | 避難が必要との認識 | そう思う | 23 | 442 | |
そう思わない | 34 | 43 | |||
Q23 | 化学工場への不安感 | あり | 14 | 313 | |
なし | 43 | 172 | |||
Q24 | どれだけ離れていれば安心 | 500 m未満 | 4 | 3 | |
500 m以上1 km未満 | 7 | 39 | |||
1 km以上5 km未満 | 18 | 136 | |||
5 km以上10 km未満 | 8 | 132 | |||
10 km以上20 km未満 | 6 | 68 | |||
20 km以上 | 14 | 107 | |||
Q25 | 職場(自治体,製造業,一般住民) | 自治体で働いている | 16 | 140 | |
製造業で働いている | 27 | 197 | |||
あてはまるものはない | 14 | 148 | |||
Q28 | 化学物質取り扱い | ある | 6 | 82 | |
ない | 51 | 403 |
全体 | 一般住民 | 自治体職員 | 製造業従業員 | ||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
質問項目 | オッズ比 | オッズ比の95%信頼区間 | P値 | オッズ比 | オッズ比の95%信頼区間 | P値 | オッズ比 | オッズ比の95%信頼区間 | P値 | オッズ比 | オッズ比の95%信頼区間 | P値 | |||||
下限 | 上限 | 下限 | 上限 | 下限 | 上限 | 下限 | 上限 | ||||||||||
Q1 | 性 | 0.397 | 0.173 | 0.908 | 0.029* | 0.213 | 0.045 | 1.018 | 0.053 | 0.004 | 0.000 | 0.406 | 0.020* | 1.172 | 0.271 | 5.063 | 0.832 |
Q2 | 年齢 | 1.531 | 1.099 | 2.132 | 0.012* | 2.851 | 1.269 | 6.404 | 0.011* | 2.128 | 0.573 | 7.902 | 0.259 | 0.916 | 0.557 | 1.505 | 0.729 |
Q3 | 化学工場近くに住む(500 mを基準) | 0.955 | 0.260 | 3.499 | 0.944 | >100 | <0.01 | 0.999 | 0.809 | 0.047 | 13.995 | 0.884 | 0.257 | 0.033 | 1.990 | 0.193 | |
Q4 | 化学災害の経験 | 0.155 | 0.024 | 0.995 | 0.049* | 2.150 | <0.01 | 1.000 | <0.01 | <0.01 | 0.352 | 0.024* | 0.834 | 0.031 | 22.172 | 0.914 | |
Q10 | 災害発生時に悪天候でも避難 | 19.278 | 5.881 | 63.191 | <0.01* | >100 | <0.01 | 0.996 | 951.371 | 3.154 | 286949.505 | 0.019* | 11.560 | 2.636 | 50.697 | 0.001* | |
Q17 | 災害への準備 | 1.188 | 0.473 | 2.983 | 0.714 | 0.968 | 0.092 | 10.163 | 0.978 | 1.328 | 0.167 | 10.592 | 0.789 | 2.163 | 0.423 | 11.075 | 0.354 |
Q19 | 消防署の対応の知識 | 0.494 | 0.170 | 1.435 | 0.195 | 0.814 | 0.036 | 18.473 | 0.897 | 22.728 | 0.328 | 1576.764 | 0.149 | 0.116 | 0.019 | 0.689 | 0.018* |
Q20 | 化学物質の有害性の知識 | 0.523 | 0.198 | 1.383 | 0.191 | 0.046 | 0.003 | 0.638 | 0.022* | 0.264 | 0.007 | 9.793 | 0.470 | 0.895 | 0.208 | 3.856 | 0.881 |
Q21 | 災害時の対応の教育 | 1.295 | 0.550 | 3.049 | 0.554 | 2.986 | 0.317 | 28.139 | 0.339 | 0.169 | 0.014 | 2.009 | 0.159 | 1.155 | 0.306 | 4.358 | 0.832 |
Q22 | 避難が必要との認識 | 8.254 | 3.696 | 18.435 | <0.01* | 0.390 | 0.075 | 2.020 | 0.262 | 1357.983 | 10.907 | 169078.484 | 0.003* | 18.178 | 4.288 | 77.068 | <0.01* |
Q23 | 化学工場への不安感 | 2.216 | 0.962 | 5.104 | 0.061 | 3.760 | 0.709 | 19.938 | 0.120 | 38.308 | 0.504 | 2913.979 | 0.099 | 1.586 | 0.383 | 6.575 | 0.525 |
ロジスティック回帰分析の結果から,全体では,男性,「年齢」が高いこと,「化学災害の経験」がないこと,「災害発生時に悪天候でも避難」すること,「避難が必要との認識」があること,一般住民では,「年齢」が高いこと,および「化学物質の有害性の知識」がないこと,自治体職員では,男性,「化学災害の経験」がないこと,「災害発生時に悪天候でも避難」すること,および「避難が必要との認識」があること,製造業従業員では,「災害発生時に悪天候でも避難」すること,「消防署の対応の知識」がないこと,および「避難が必要との認識」があることが,それぞれ「化学災害時に避難行動をとる意思」を高めていた.
また,一般住民においてフィッシャーの正確確率検定を目的変数のQ8とQ3およびQ10に適用したところ,Q3とQ8の組み合せで,工場からの距離が500 m 以上離れていて避難しない者が14名で避難する者が143名および工場からの距離が500 m以内で避難しない者が0名で避難する者が5名では関連性が認められず,また,Q10とQ8の組み合せで,「災害発生時に悪天候でも避難」でなくて避難しない者が14名で避難する者が68名および「災害発生時に悪天候でも避難」で避難しない者が0名で避難する者が80名では関連性が認められ,「災害発生時に悪天候でも避難」する者がより避難する傾向が認められた.
北九州市を中心とした九州地域に居住する一般住民,自治体職員,および製造業従業員の合計542人を対象としたWeb質問紙調査を行ったところ,全体では,男性,「年齢」が高いこと,「化学災害の経験」があること,「災害発生時に悪天候でも避難」すること,「避難が必要との認識」していることが,「化学災害時に避難行動をとる意思」を高めていた.一方で,「工場の近く」に住んでいること,「化学災害の経験」があること,「災害への準備」をしていること,「化学物質の有害性の知識」があることや「居住地域が工業地域」は,「化学災害時に避難行動をとる意思」を高めていなかった.しかし,一般住民,自治体職員,および製造業従業員を比較すると,一般住民では,「年齢」が高いことと「化学物質の有害性の知識」がないことが,「化学災害時に避難行動をとる意思」を高くしていた.一方で,自治体職員および製造業従業員はともに「災害発生時に悪天候でも避難」すること,また「避難が必要との認識」をしていること,さらに,自治体職員では「化学災害の経験」がないこと,製造業従業員では「消防署の対応の知識」がないことが,「化学災害時に避難行動をとる意思」を高めていた. このような経験や知識の影響は,本人の避難よりも災害対策や一般住民の避難支援が優先されるべきだという自治体職員や製造業従業員の立場の結果かもしれないが,より詳細な調査が必要である.また,一般住民は,「化学物質の有害性の知識」がある方が避難行動をとる意思を抑制する傾向にあることが示された.この傾向については,有害性の化学物質の曝露を低くするためには必ずしも避難が望ましいものではないことから[23],化学物質の危険性・有害性についての必要な情報提供の充実とともに,有害性物質の濃度等に依存した避難をすべき条件の明確化が今後の研究に求められることが示唆された.
欧米諸国における化学災害時の対策の取り組みは,化学物質による災害時の緊急時対応と地域社会への情報周知に力点を置いているとされ,緊急時の化学物質の曝露防止に関連して毒性判断値の開発が行われている[5].欧米諸国における代表的な取り組みとしては,米国における濃度モデルと図化ソフトの組み合せを使ったシミュレーションがある[25, 26].流出源から風下方向における化学物質濃度を予測することが可能なAreal Locations of Hazardous Atmospheres(ALOHA)ソフトおよび地図上に危険領域を重ね合わせるMapping Application for Response, Planning, and Local Operational Tasks(MARPLOT)ソフトの組み合せで危険領域を示すことが出来るが,この際には危険性・有害性の基準値である防護措置規準;Protective Action Criteria(PAC)が急性閾値レベルとして用いられている[27].一方,日本は,化学災害の防止に関して,個別の化学物質またはそれを取り扱う事業者・施設を対象としている法律によって個別に対処している.化学災害防止を一括的に対象とする総合的な化学災害防止法制が存在しないような状況の中で,化学災害が起きた際どのような対応を取るべきかなど,緊急時のリスク回避行動を検討するための基礎的な情報が日本において不足している.
また,金らは災害時の避難に関する質問調査で[23],悪天候などの環境要因,主観的規範および有害ガスへの恐怖感が一般住民の避難を抑制するとしている.本調査では,職務上の義務として災害対応が求められる可能性がある自治体職員や製造業従業員は,「化学災害時に悪天候でも避難」する意思が「化学災害時に避難行動をとる意思」と関連性があることが示唆された.さらに,一般住民においても,化学災害時に悪天候でも避難しない者が0人で避難する者が80人であり,ロジスティック回帰分析では解析ができなかったが,他の要因の影響を調整していないフィッシャーの正確確率検定では,「化学災害時に悪天候でも避難」する意思が「化学災害時に避難行動をとる意思」と関連性があることが示唆された.
本研究には,いくつかの限界がある.調査はインターネット調査会社の福岡県内の対象者に限定された登録モニターを用いて行った調査であり,かつ一般住民,自治体職員,および製造業従事者であるかどうかは本人の自己申告による.したがって本調査の結果をそのまま他の地域や全国レベルの現状に当てはめることはできない.また,悪天候で避難するかどうかの質問で悪天候の場合に避難しない者が0人,工場から500 m以内に住んでいると答えた者で避難しない者が0人であり,条件を満たす群の人数が0人でロジスティック回帰分析が適用できなかった.フィッシャーの正確確率検定を単独で適用した結果を示し,考察することとなった.その他の場合においても場合分けした該当者数が一けた台の場合があり,誤差が大きくなった.また,避難行動に影響を与える可能性のある他の交絡因子として,社会経済的地位,教育レベル,心理的要因,および製造業従業員について化学物質製造事業場と化学物質取り扱い事業場の従業員の違い等を考慮していない点も本研究の限界として考えられる.しかし,少数例のアンケート調査であっても,自治体職員では「化学災害の経験」があること,製造業従業員では「消防署の対応の知識」があることが,「化学災害時に避難行動をとる意思」を低下させ,また,一般住民においては,「化学物質の有害性の知識」があることが「化学災害時に避難行動をとる意思」を低下させることが示唆された.
本研究では,一般住民においては,「化学物質の有害性の知識」があることが避難行動をとらない要因の一つであるという,一見して矛盾するように見える結果となった.しかし,有害性の化学物質の曝露を低くするためには必ずしも避難が望ましいものではないことから,米国で行われているような化学物質の危険性・有害性についての必要で精密な情報の提供とともに,有害性物質の濃度等に依存した避難をすべき条件の明確化が今後の研究に求められることが示唆された.
本研究は厚生労働科学研究費補助金(課題番号21JA0201)の支援を受けて実施した.
なし
研究中に生成された,および/または 分析されたデータセットは,合理的な要求に応じて責任著者から入手できる.