抄録
本稿では,19世紀初頭までに,イギリスの大西洋奴隷貿易が大きな成長をとげた要因を考察する。この問題に対して,まずマクロレベルで,マリオン・ジョンソンが編纂したイギリスの対アフリカ貿易統計を分析する。それによって,大西洋奴隷貿易の促進には,イギリスから再輸出されていたインド産綿織物が重要な役割を果たしていたことが明らかになる。次いで,マクロな貿易史を補完するために,ロンドンの卸売商トマス・ラムリーの史料を分析することによって,インド産綿織物が,インドからイギリスをへて,アフリカに流通した経路を具体的に示す。このような貿易統計と商人の史料の分析を通じて,われわれは,イギリスの大西洋奴隷貿易が,同時代の国際商業との関係のなかで拡大していたことを理解するだけでなく,グローバルな視点,とりわけアジア貿易との関係が,奴隷貿易拡大を考察するうえで重要な研究視角となることに気づくだろう。こうしたモノ(本稿ではインド産綿織物)の流通に焦点を絞った研究はまた,植民地化以前の西アフリカ社会における消費構造の地域差に関する考察にも,寄与するものと考えられる。