日本生態学会誌
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総説
窒素負荷に伴う森林生態系の窒素循環過程の検討
徳地 直子大手 信人臼井 伸章福島 慶太郎
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2011 年 61 巻 3 号 p. 275-290

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抄録

本稿では、近年増加が指摘されている窒素負荷が森林生態系に与える影響について既存の文献を整理し、窒素飽和を規定する要因と今後研究が必要な課題について検討した。産業革命以降、化石燃料の燃焼や化学肥料の使用に伴って多量の反応性窒素が大気中に放出され、降下物として生態系に負荷される窒素量が増加している。温帯森林生態系の多くは窒素制限下にあるが、生物のもつ窒素保持能を超えて窒素が負荷されると、窒素は制限要因ではなくなり"窒素飽和"に至る。森林生態系からの流出水中の硝酸態窒素(NO3-)濃度は窒素負荷量の増加に伴って上昇するため、流出水中のNO3-濃度やその変動が窒素飽和に至る指標として用いられる。しかし、集水域レベルでの窒素状態(N status)は植生・土壌・土地利用履歴などの影響を受け非常に多様で、窒素負荷に対する応答は一様でない。加えて、自然撹乱も森林生態系から窒素を流出させてN statusに影響し、このような自然撹乱が森林生態系の窒素制限の維持に寄与しているとする窒素制限理論も提示されている。そこで、窒素飽和の予測のためにはNO3-だけでなく有機態窒素や脱窒で生じる森林生態系からの窒素流亡量の推定精度の向上と、森林生態系のN statusの正確な把握が必要であると考えられた。一方で、定量的なモニタリングに加え、簡易でより鋭敏である植物などの種組成や指標種の消長を用いる生物指標を併用し、より早く、より広い範囲で生態系への影響が検出できるモニタリング体制の構築が望まれる。さらに、窒素負荷は温暖化や大気中の二酸化炭素濃度の上昇などとの相互作用のもとで、広い地域で純生産量を増加させる。土壌の窒素保持量も炭素保持とともに増加し、土壌の炭素/窒素比の低下が示されている。これらのことから、効率的な土壌の非生物的窒素保持メカニズムの存在が近年示唆されている。安定同位体比の利用により土壌中に既存の窒素や酸素が負荷由来のものと区別できることが示されており、安定同位体比の利用により不明な部分の多い土壌の窒素保持メカニズムの解明が期待される。

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© 2011 一般社団法人 日本生態学会
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