サービソロジー
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特集:「Society 5.0 の時代の教育展望 教育というサービスの正しいあり方」
取り下げ:ピア・チュータリング:教えることによって学ぶ
椿本 弥生
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2017 年 4 巻 2 号 p. 16-23

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1. はじめに

日本国内の大学進学率は51.5%であり,過去最高値を記録している (文部科学省 2015).日本の大学教育は18歳人口の過半数を受け入れるユニバーサル段階(Trow 1961)に達して久しい.このような状況下では,大学教育が学習者に求める学力と学生の基礎学力との間に差が生じ,学習が困難であったり,学習への動機づけが低かったりといった学生が一定数入学する.多様な背景を持つ学生に対応するために,学習支援(learning support)の拡充による大学教育の質の転換・向上・維持が社会から大学に要請されている.学習支援は,「高等教育機関において,学生が教育課程を効果的に遂行するために整備された総合的な支援体制.履修指導や学生相談,助言体制の整備など」 (大学改革支援・学位授与機構 2016)と定義される.つまり学習支援とは,経済支援,生活支援,留学生支援などを含むより広い概念・機能である「学生支援」の一種であるといえる.学生支援と大学教育の関係については,「助言体制の整備やティーチング・アシスタントの活用などの学生支援機能を主軸として,正課と正課外が有機的に連関した大学教育を構想すべきである」とした大山の提言が注目に値するだろう (大山 2003).

日本よりも早くユニバーサル段階を迎えた米国では,正課の講義の理解を補填するための正課外教育としてのラーニングセンター (learning center)が多くの大学に設置された.ラーニングセンターでは各学生の異なる状況に対応することが必要だが,講義や教員を中心とした縦割り型の個別対応では限界がある(高橋,小田 2012).したがってラーニングセンターが提供する学習支援サービスでは,指導する学生(チューター)が相談に来た学生(チューティ)を教える個別指導である「ピア・チュータリング」という形態が主となる.米国には,これらのセンターの活動や組織の質を向上させるためにCRLA (College Reading & Learning Association),NCLCA (National College Learning Center Association),CAS (Council for the Advancement of Standards in Higher Education),ATP (Association for the Tutoring Profession),CLADEA (Council of Learning Assistance and Developmental Education Association)などの学術団体や,これらの団体による学習支援プログラムの認証評価制度が存在しており,正課外での学習支援のシステム化と人材育成において先駆的な発展がみられる.例えばCRLAは,チューターの知識や技術を高めるためのトレーニングが一定の質を満たしていることを認定する制度 (ITTPC:International Tutor Training Program Certification)を設けている.その制度によって,米国を中心に6か国1,100以上の機関が認定を受けている (CRLA 2015).

ユニバーサル化をすでに迎えた日本の大学においても,ラーニングセンターの設置と運営が広がっている(例えば,佐渡島 2005, 津嘉山 2011, 石毛 2012, 椿本他 2012).佐渡島は,日本語と英語によるアカデミック・ライティングの指導に特化したラーニングセンターである「ライティング・センター」を設置し,大学院生のチューターを育成している.津嘉山は,多言語の自主学習を支援するラーニングセンターにおいてITTPCを活用したチューター研修を実施し,国内初のCRLA/ITTPC認定校を誕生させた.石毛は,非常勤講師・他大学の大学院生・オーバードクターらで構成するチューターと,当該大学の学部2〜4年生らで構成するピアサポーターを組織化し,学部1,2年生の授業時間外課題の遂行を支援する体制を構築している.椿本らは,メタ学習の支援に焦点化したラーニングセンターを設立し,国内で2番目にCRLA/ITTPCの認定を受けた.

以上のように,ピア・チュータリングは,大学での課外学習支援において国内外で広く採用されている手法である.この手法の学習効果は,チューティだけではなくチューターにも生じることが多くの研究から示されている.したがって,ピア・チュータリングは学習における価値共創的な取り組みであるといえる.本稿では,大学における学習支援サービスとしてのピア・チュータリングについて,それに関する背景理論と学習効果について解説する.

2. ピア・チュータリングの定義と基礎理論

2.1 ピア・チュータリングの定義

New Oxford American Dictionaryによると,ピア・チュータリング (peer tutoring)のpeerはラテン語の par (equal,同等)を語源とする「同じ年齢や社会的立場,または能力を持つ人」という意味の名詞である.tutor はラテン語のtueri(見る,守る)から派生した「私的な教師.特に1人または少人数のグループを教える人」という意味の名詞である.これらを合わせると,peer tutoring とは「学生が,専門的な職業としてではなく私的に他の学生に個人または小さいグループ単位で教えること」であると定義できる.

ピア・チュータリングは,ピア・ラーニング (peer learning)の一形態である.ピア・ラーニングとは,構成主義的学習観に基づき,言葉を媒介として,学習者同士が協力して課題を遂行する学習方法である (池田,舘岡 2007).ピア・ラーニングやピア・チュータリングは,「学業的援助要請(academic help-seeking)」に基づき行われることがある.学業的援助要請とは,学習者が「学習において,困難に直面し,自分自身で解決が難しいと感じたとき,必要な援助を他者に求める行動」である (中谷 1998).学習者(チューティ)が自身の学習を主体的に進めるために学業的援助要請を適切に行うことは,有効な学習方略であり (Nelson-Le Gall 1985),学習成績を高めることが示されている (Ryan and Shin 2011).

2.2 説明することの効果

チュータリングでは,学習計画の立案といったメタ的な題材から,数学やアカデミック・ライティングといった具体的な教科まで,さまざまな内容が扱われる.しかし,どのような内容であっても,チューターとチューティは互いに説明しながら問題解決を行うという過程は共通している.このように,互いに説明と質問を繰り返したり,チューティが自分の理解を促進するために自分で自分に対して説明したりといった「説明活動」は,チュータリング場面に多くみられる.以下では,この説明活動の効果を紹介する.

Palincsar and Brownの相互教授法 (reciprocal teaching)は,協同学習 (collaborative learning)の研究から生まれた学習支援方法である.Palincsar and Brownは,教師に援助されながら,学習者が交代で文章の要約・質問・明確化・予測を行うことで読解方略を獲得することを目指した (Palincsar and Brown 1984).指導の結果,直後のテストと3週間後のフォローアップテストの両方において読解成績の向上がみられた.さらに,この手法を用いて相手と対話を行った学習者のほうが,そうでない学習者よりも,文章の要約や質問をより精緻に行えることが示された.

清河,犬塚は,文章読解を題材に相互説明の効果を検証した (清河,犬塚 2003).Palincsar and Brownでは各学習者の役割が混在しており,認知処理の切り分けと外化が明確ではなかった (Palincsar and Brown 1984).したがって清河,犬塚では,3名の学習者をそれぞれ「文章内容を説明する人(課題遂行役)」,「質問する人(モニター役)」,「説明と質問をチェックし評価する人(評価役)」の役割で分け,役割を交替しながら文章読解を進めさせた.相互説明の結果,説明者は文章内容を適切に説明できるようになった.質問者は説明者の曖昧な個所を指摘し,詳しい説明を促すような質問ができるようになった.

McNamaraは,チューティが自分で自分に説明する「自己説明」の効果を検証した (McNamara 2004).文章内容を説明する群と音読するだけの群を設定し,各群に同じ文章を与えて説明や音読をさせた後,その内容に関する理解度テストを行った.その結果,内容の専門知識が少ない学習者でも,自己説明によって内容理解が促進され,論理的な説明ができるようになるという効果がみられた.

以上で紹介したように,チュータリング場面を構成する基本要素ともいえる説明と質問を行うことによって,チューターとチューティは各自でより深い理解に到達することが可能となる.このことから,ピア・チュータリングという学習過程は,「誰もが同じ知識を同じような過程で身につける,その過程が学習である」という客観主義・認知主義的な学習観ではなく,「学習者が各自で異なる意味を自ら構成する過程こそが学習である」という,主観主義・構成主義的な学習観に基づいているといえる.

図1 メタ認知

2.3 メタ認知とメタ学習

認知 (cognition)とは,知覚,記憶,思考,問題解決などに代表される,あらゆる形態に対する認識および気づきをさす.また,「メタ」とは「高次の」という意味である.したがって,メタ認知 (metacognition)とは,学習者自身の認知処理に対する認識である.さらに,それを監視・制御するための意識的な試みも含まれる(図1).Nelson and Narensは,メタ認知活動を対象レベル (object-level)とメタレベル (meta-level)の相互作用ととらえた (Nelson and Narens 1990).すなわち,対象レベルとは課題を実際に実行する処理レベルであり,メタレベルは対象レベルから情報を得て,対象レベルを監視・制御することで実行状況を修正する処理レベルである.ピア・チュータリング場面にこれを適用すると,チューティは対象レベル,チューターはメタレベルの役割を主に担うといえる.

チュータリングで解決すべきチューティの学習不振の原因も,対象レベル(認知的原因)とメタレベル(メタ認知的原因)に分けることができる(奈良教育大学 2011).まず,認知的原因とは,課題解決の直接的な道具となる知識・技術が不足している状態である.例えば,パソコンで締切までに文章を書くという課題に対して,パソコンの使い方を知らない,文や文章とは何かを知らない,といった状態をさす.次に,メタ認知的原因とは,問題解決の直接的な道具は身についているが,その使い方や使い所がわからないという状態である.上記の課題では,文章の書き方はわかるが,締切までに書くための計画が立てられないといった状態をさす.

チュータリングでは,学習不振の原因を特定しなければならない.メタ認知的な原因であれば,チュータリングではメタ認知的な支援が必要になる.例えば,「今日ここに来るまでに,どんな学習方法を試しましたか?」「今日のチュータリングで難しかったところはどこですか?」「今後も,今日のような学習方略を使ってみたいですか?」などと,チューティ自身のメタ認知を活性化するための言葉がけを行う.このような働きかけにより,本来はチューティの個人内で行われる処理をチューターとの個人間で外化し明確化できる.さらに,方略の使用をチューターが目の前で演示するなど具体的な指導を加えることで,メタ認知的な考え方やメタ認知の活用方法がチューティに内化することが期待できる.

メタ学習 (meta learning)とは,メタ認知を活用し自分の学習を客観的に認識することを基盤として,よりよい学習のために思考し行動することである.自分の学習とは,具体的には学習方略 (learning strategy)や学習観 (conception of learning)をさす.学習方略とは,学習を促進するために長期的・意図的に行う心理的あるいは行動的な方略である.例えば,項目を体系化する,区切りのよいところまで学習するなどである.学習者は,課題と学習の段階に応じて様々な学習方略を用いることで,できるだけ効率的・効果的に学習しようとする(辰野 1997).辰野によれば,学業成績がよい学生がそうでない学生よりも多く用いる学習方略には,例えば「勉強を始める前に,なすべきことを明確にする」,「文章を書く時には,完全な文章を書く」,「勉強が進む時には,それまでの全ての内容をマスターする」などがある.

一方,学習観とは,学習者が学習について持っている考え方である.例えば,「考える過程が大切」,「正解することが大切」などである.学習者が気づかないうちに持ってしまいやすく,長期的な学習成果につながりにくい学習観には以下の3つがある (市川 2000).

  • ●   結果主義 …考え方よりも答えが合えばよい
  • ●   暗記主義 …意味を解さず,事実や手続きを覚える
  • ●   物量主義 …練習量や勉強時間ばかり気にする

学習成果が持続しやすい学習観は,意味理解主義や学習過程重視主義であるという.Zimmermanによる自己調整学習 (self-regulated learning)の考え方では,チューティが適切な学習方略や学習観を知り,身につけることで,自主学習が可能になることが示されている(Zimmerman 1986,1989).

以上をまとめる.ある学習内容の初学者やそれが苦手な学習者は,メタ認知を十分に働かせ,方略を意識しながら学習を進めることが困難な場合がある.このような場合に,適切な言語的支援や学習方略・学習観の明示,自己説明の促しなどによって,チューターがチューティのメタレベルの処理を担ってみせるとよい.このことが,チューティが次第にメタレベルの処理を内化し,自主的・自律的な学習者に成長するための支援となる.チューターがチューティのメタレベルの処理を促進し最終的な独り立ちを目指すというピア・チュータリングの枠組みは,認知的スキルの学習モデルであるCollinsらの認知的徒弟制 (cognitive apprenticeship) (Collins et al. 1987)のモデルにあてはめることもできよう.

2.4 発達の最近接領域

Goldschmid and Goldschmidのレビューでは,チューターとチューティの社会的な相互作用と協力関係の中で,双方の学習が促進されると結論づけている(Goldschmid and Goldschmid 1976).このように,ピア・チュータリングで生じるチューターとチューティの成長は,認知発達の社会的構成主義の視点から理解することができる(Topping 1996).Vygotskyは,学習者の認知能力を「周囲の支援がなくても1人で行える現時点の発達レベル(actual developmental level)」と「周囲の支援があれば到達できる発達レベル」の2つに分けた(Vygotsky 1978).この2つのレベルの間は発達の最近接領域 (zone of proximal development: ZPD)と呼ばれる(図2).

ZPDは学習と発達の可能性の領域である.Vygotskyは,発達が学習を規定しているというそれまでの発達と学習の関係を見直し,「周囲と協調的に相互作用しながら学習することで,学習者に多様な内的発達プロセスが生起する」という新たな視点を示した.ここでの周囲には,学習者より1歩先を行くチューター,友人・仲間(ピア),先輩,教員などがあてはまる.相互作用には,共同作業,質問,説明など多くの形態が考えられる.ZPDの幅はチューティによって異なるため,チューターは,チューティの状況を把握し相互作用の形態を適切に変化させる必要がある*1.さらに,チューティの現在のレベルに合った内容をチュータリングしているだけでは,チューティのZPDを刺激し学習を促進することはできない.したがってチューターは,チューティの現状より1歩先の学習内容や学習方略を示す必要がある.チューティの学習を促進するためにチューティを観察し指導することは,チューター自身のZPDを刺激することにも繋がると考えられる.このようなチューターとチューティの互恵的なやりとりは,彼らの協調性・動機づけ・自己効力感を増加させる(Goldschmid and Goldschmid 1976).特に,有能な学習者が,課題と他の学習者との間のやりとりを媒介しようとするとき,両方の学習者に利益が生じるとされている (Vygotsky 1978).これは,ピア・チュータリングの状況そのものである.

図2 発達の最近接領域

2.5 経験学習理論

学習には,経験と知識のどちらが重要なのかという対立した考え方がある.Kolbは,経験学習理論(experimental learning theory)において,経験を基盤とした連続的な学習プロセスを示すことで,学習モデルの中で経験と知識を統合した (Kolb 1984).経験学習理論における学習プロセスは,次の4ステップから構成される(図3).

まず,具体的な経験をする(①).その後,経験した内容とは何だったのかを振り返る (reflection)(②).振り返った内容を,一段上の概念や理論にまとめる(③).経験を昇華し構築した概念・理論を実際の場面に適用する(④).このようにKolbは,経験を概念化・モデル化して構築した仮説を試すことで,次の経験をより深めることができるとした.また,この繰り返しによって学習が成立すると主張した.このモデルから,学習は個人の経験(外部)のみ,または知識(内部)のみで生じるのではなく,これらの相互作用で成立するといえる.経験と知識の組み合わせには以下の2種類があると考えられる.

  • (1)学習者と別の学習者
  • (2)学習者とその学習者の過去

上記の「学習者」を,チューターとチューティにあてはめることができる.(1)はチューターとチューティの組み合わせである.(2)は,「チューターとチューターの過去」もしくは「チューティとチューティの過去」を示す.いずれの相互作用においても,振り返りを行うことが重要である.振り返ることで,次にどう学ぶか,どう教えるかといった方針を考えることができるからである.

図3 Kolbの学習サイクル

3. ピア・チュータリングの効果

3.1 社会的相互作用による価値共創

チューターは適切な支援を常に行えるわけではない(Maynard and Almarzouqi 2006).チューターとチューティ間の上下関係の発生や,それに起因するトラブルを予防するために,責任や生じうる学習効果などについて事前の相互確認が必要である (Colvin 2007).それでも,チューティとの間の効果的なやりとりをスムーズに生じさせられなかったり,信頼できるという印象形成に膨大な時間を費やしてしまったりする (Rittschof and Griffin 2001).

このような限界はありつつも,多くの研究が,チューターとチューティが相互にコミュニケーションをとりながら学ぶ協同学習の状況が,チューターとチューティ双方のメタ認知,コミュニケーションスキル,学力,感情などに正の効果をもたらすことを報告している (Goldschmid and Goldschmid 1976, Topping 1996, Juedes 2010-2011).

3.2 チューティへの効果

チュータリングがチューティに与える認知的効果として,例えばチューティは1人でいるときよりもチューターといる時のほうが困難な課題に挑戦することや,チュータリングを受けた学生のほうがそうでない学生よりもより高いGPA*2を獲得すること (Goldschmid and Goldschmid 1976, Juedes 2010-2011)が総合的なレビューによって示されている.なお,Toppingはこのような効果について多様なチュータリング場面ごとにまとめている (Topping 1996).

チューティの成績の向上に関して,Comfort and McMahonは,スポーツ科学専攻の学生に対して,運動課題のチュータリングを受けた群と受けなかった群の課題達成度を比較した (Comfort and McMahon 2014).その結果,チュータリングを受けた群の達成度が有意に高くなることを示した.運動以外の科目,例えば物理を学ぶ学生に対しても,実験の上達や新たなスキルの獲得においてチュータリングを受けた群の優位性が明らかになっている (Johnson and Ward 2001).

直接的な成績向上以外の効果も示されている.冨永らは,チュータリングを利用したチューティらにインタビューを行い,チュータリングがチューティに与える影響を分析した (冨永他 2015).その結果,チュータリングを受けることにより,チューティは直面している問題を解決できるだけでなく,学習に対するメタ的な見方が涵養されることが明らかになった.しかしながら,批判されるかもしれないという不安からチュータリングの利用を躊躇したり,結果主義的な学習観を持っていたりするチューティの存在も示された.このようなチューティに対する支援方法の検討は,チューティへの効果を拡大し保障するための今後の課題となるだろう.

チュータリングの効果を正課外学習の効果としてより広範にとらえた研究には,(溝上2009)がある.溝上は,大学生活に関する調査から学生を4つのタイプに分類した.その結果,正課と正課外の双方にバランスよく関わるタイプの学生は,将来展望を高く持ち,大学生活を通じて自らの成長を実感していることが明らかになった.なお,この研究ではピア・チュータリングの効果を直接的に検証したわけではないことに注意が必要である.ピア・チュータリングを受けた経験と大学生活の充実度や成長実感との関係について,今後の検証が待たれる.

3.3 チューターへの効果

チュータリングによってチューターが経験する有益な認知的効果はチューティ以上であることが,多くの研究から明らかになっている (Juedes 2010-2011).

例えばAnnisは,読解課題で学生を①テストに備えて読む,②チューティに教えるために読む,③チューティに教えるために読み,実際に教える,④読まずに内容をチューターに教えてもらう,⑤自分で読んだ後にチューターに教えてもらう,という5群に分け,教えることと教わることによる理解度と認知的側面の差を検証した (Annis 1983).その結果,教えるために読んだ群は,教わった群よりも課題の得点が高かった.また,②よりも実際に教えた③のほうが,より得点が高かった.Annisによれば,教える際の教える内容への注目,理解した内容の説明,既有知識と教える内容との関連づけによって教える効果が生じるという.さらに,読解のような認知的課題とは異なる運動課題においても,実際に教えた学生のほうが,教えなかった学生よりも課題の達成度が高いことが示されている(Comfort and McMahon 2014).

また,津嘉山は学業成績を含むより多様な成長実感に着目した (津嘉山 2011).チューターによる自己評価を行った.その結果,「(学習支援センターで働くことは)個人の成長だけでなく,他者の成長も促す」,「開催したワークショップの中で,チューティの学力だけでなく態度も向上した.自分自身の語学力も向上した」など,チューターとしての自身の成長が,チューティのみならずチューター本人にとって利益となるという言語報告が得られた.

このようなチューターの成長には,豊富なチュータリングセッションの経験と教員からの体系的・専門的な研修が必要である.中村らは,チューティによる利用者アンケートの分析をもとに,チューター研修が利用者満足度に及ぼす影響を検討した (中村他 2015, 2016).その結果,研修を開始して2年経過した時点で,全てのアンケート項目(傾聴,親しみやすさ,説明のわかりやすさ,問題解決,自主学習方法の提示,学習リソースの提示)がチューティの総合的な満足度に貢献することが示された.中村らは,「研修での学びを現場で運用できるレベルにまで高めるには,ある程度の時間を要する」と述べている.

以上のようなチューターとチューティへの効果より,ピア・チュータリングとは,チューターとチューティの双方が互いの学習を助け,双方に価値をもたらす学習の場であると言える.

3.4 副次的な効果

文部科学省は,ピア・チュータリングの教育効果を重視し,学生による主体的学習の効果を高めるための仕組みの1つとして,大学におけるピア・チュータリングの拡充を勧めている (文部科学省 2013).一方で,チューティの学習時間は,ピア・チュータリングを含めても決して多くはない.谷村・金子による学習時間の日米比較では,日本では約7割の学生が,授業外での授業関連の学習は週に5時間以下しか行っていないことが示されている (谷村,金子 2009).特に,週の学習時間が「0時間」と回答した学生は日本の1年生では9.7%,4年生では22.1%であった.一方,米国では1年生・4年生ともに0.3%であった.

ピア・チュータリングと正課授業を連携させる試みは,国内外の学習支援センターで広く行われている.このような試みは,学生の学習時間問題の1つの解決方法となる可能性があるだろう.

4. まとめと今後の課題

本論では,近年日本の大学教育の現場でも実践が広がりつつあるピア・チュータリングについて紹介した.ピア・チュータリングの効果を支える理論として,発達の最近接領域,経験学習理論,メタ認知,相互教授法,自己説明を示した.さらに,チューターとチューティのそれぞれにもたらされる学習効果について,先行研究を示し紹介した.

チュータリングにおいて,教える側と教わる側が明確に分かれているのであれば,この学習支援は「教える側から教わる側へのサービス」と言えるかもしれない.しかし,協調的な活動であるチュータリングでは,教える側と教わる側の区別は必ずしも明確ではない.チューターはチューティを実際に教えることで多くのことを学ぶ.チューティはチューターによる認知的・感情的な支援を受け,学習への向き合いかたを学ぶ.チューターとチューティは,両者とも学習者であると同時に指導者である.彼らは相互に教育サービスを与え,互いの発達と学習を促進しあう互恵的関係だといえる.

正課と正課外教育の今後の課題として,溝上は2点指摘している (溝上 2009).1つめは,正課外学習を促す授業デザインや学習環境の充実である.2つめは,正課の授業デザインを抜本的に変えるためのFD (faculty development)の実施である.1つめについては,反転授業 (flipped classroom)の実践研究の増加や単位制度の実質化の動きがある.これらを背景に,ピア・チュータリングのような正課外学習を有効活用できる正課授業のデザイン・実施・評価が必要であると思われる.2つめについては,インストラクショナル・デザイン(instructional design)理論を基盤としたアクティブ・ラーニングの実施と評価に関するFD研修が,学会や大学を中心に広まりつつあることに注目したい.アクティブ・ラーニングの効果的な実施には,ティーム・ティーチング (team teaching:TT)やティーチング・アシスタント (teaching assistant:TA)の積極的な導入が必要となる.教員ら,TA,さらにはラーニングセンターが相互に連携しながら授業改善を推進することが望まれる.なお,アクティブ・ラーニング型講義におけるTAの資質については (冨永他 2016)に詳しい.

ピア・チュータリング研究の今後の課題としては,例えば,正課との連携の効果測定,チューティのGPAへの影響など,チューターとチューティそれぞれの成長を定量的・定性的に測定評価することがあげられる.その文脈では,測定や評価方法の開発や,大規模な調査の実施も重要な研究となるだろう.一方で,チューター研修などを対象としたデザイン研究も重要な知見をもたらすだろう.チュータリングは教育実践であるため,効果測定における要因の統制が困難である.しかしながら,実験や質的研究法などの複数の手法を組み合わせ,多角的な視点からピア・チュータリングの教育効果を実証する必要がある.大学教育の状況は変化し続ける.したがって,ピア・チュータリングに関わる教員は教育効果の実証と,それをふまえた実践の改善を続けなければならない.ピア・チュータリング実践をアップデートし続けることで,学生たちは「教えることで学び続ける」ことができる.それにより,教員も学生たちから学び続けることができるのである.

著者紹介

  • 椿本 弥生

2008年東京工業大学大学院社会理工学研究科博士課程修了.博士(学術).東京大学 大学総合教育研究センターマイクロソフト先進教育環境寄附研究部門特任助教.2009年より東京大学大学院情報学環特任助教などを経て,2014年より公立はこだて未来大学システム情報科学部准教授.専門は教育工学.教授学習過程に関する研究に従事.

*1  この理由は,適性処遇交互作用 (aptitude treatment interaction)の考え方にも求めることができる.例えば(Namiki and Hayashi 1977)を参照.

*2  Grade Point Averageの略.各科目の成績から算出された学生の成績評価の値をさす.学生の学力を示す一定の指標となる.

参考文献
 
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