サービソロジー
Online ISSN : 2423-916X
Print ISSN : 2188-5362
特集:サービスとウェルビーイングI:サービスにおけるウェルビーイングを問い直す
特集「サービスにおけるウェルビーイングを問い直す」
根本 裕太郎
著者情報
ジャーナル オープンアクセス HTML

2019 年 5 巻 4 号 p. 2-3

詳細

サービスは何のために存在するのか?これを突き詰めて考えると,サービス受給者の「よりよい生」に資することが,その存在意義であることに気づく.この「よりよい生」にあたる言葉として,私には,多くのサービスで目的化されている「満足(satisfaction)」よりも「ウェルビーイング(well-being)」の方がしっくりくる.短絡的に受給者のニーズを充足し満足を勝ち取っても,それが,その人の「よりよい生」につながるとは限らないのだ.

では,ウェルビーイングとは何だろうか.それを志向するサービスはどうあるべきだろうか.これらを探るために,本特集では「サービスとウェルビーイング」と銘打ち,多様な識者に記事を執筆していただいた.特集は二部構成となっている.第一部となる本号では「ウェルビーイング」の側に重きを置く.そもそもウェルビーイングとは何か,サービスにおけるウェルビーイングをどう考えたらよいか.副題の通り,これらを問い直すことが本号の狙いである.続く次号(2019年4月発行予定)は,ウェルビーイングを志向するサービスの側に焦点を移す.ただし,両号で扱う話題は,はっきりと分かれるものではなく,相互乗り入れ的になることを了承いただきたい.

ウェルビーイングは,直訳すれば「よく在ること」を意味する.何がよい(well)かは明言されておらず,何とも懐の深さを感じる概念だ.ウェルビーイングの代表的な見方に,それぞれギリシャ哲学に由来する「へドニア(hedonia)」と「エウダイモニア(eudaimonia)」という二つの側面がある(Ryan et al. 2008).ヘドニアは快楽的幸福を意味し,満足やポジティブな感情など,喜びの感覚がその因子となる.一方で,エウダイモニアは持続的幸福とも訳され,人生に意義を見出し,自分の潜在能力を発揮している状態だとされる.そこには,自律性の発揮や有能感,他者との関係性などが関わってくる.ウェルビーイングは,この二つの側面から複雑に構成されると考えられており,現在あるモデルの多くが,この両側面を取り入れている(カルヴォ, ピーターズ 2017).また,ウェルビーイングの概念は,個人だけでなく,集団や組織,さらにはエコシステムの在り方にまで適用される(Anderson et al. 2013).そこでは「環境に適応する能力があること」がウェルビーイングだとする見方もある(Vargo et al. 2008).ここまで概観してきたように,ウェルビーイングは一筋縄ではいかない重層的な概念のようだ.本号の著者は,このようなウェルビーイングを明にあるいは暗に扱いながら研究やビジネスを行っている方々である.それぞれの視点から刺激的な話題を提供していただけた.

エウダイモニアとしてのウェルビーイングを考えるとき,特に重要な因子が「自律性」である.情報学研究者であるチェン氏は,自律性を軸に,自身も開発・運営に携わる情報サービス(特にSNS)におけるウェルビーイングの問題に切り込む. SNSは,今や我々の日常に溶け込んでいる.しかし,FOMO(Fear Of Missing Out:重要な情報を見逃してしまうことへの恐れ)の問題など,ユーザーの精神状態に悪影響を与えることが指摘されている.日本においてこのような問題を考えるときに,西洋的なウェルビーイングのモデルを直接持ち込むのではなく,日本的な価値観に基づくウェルビーイングを問い直す必要がある.チェン氏の考察では,日本は,西洋的な個人主義と,東洋的な集団主義のあいだに位置し,それゆえ一見背反する個人の自律性と集団性とをうまく結びつけることが必要だという.そのためには,他者の自律性を許容することが重要だとし,サービスにおける提供者とユーザーの関係性は,一方が他方を制御する他律モデルではなく,相互に対称的な存在として相互作用を行う自律モデルであるべきだと看破する.

サービスを生み出すために人々は日夜働いている.昨今の働き方改革の流れは,ウェルビーイングを維持するための働き方を模索するものだと言える.コクヨ株式会社の山下氏には,特に働く「環境」の側面からウェルビーイングについて解説していただいた.オフィスに対する価値観が,効率性から柔軟性,人間性,多様性へと変遷していくなか,企業の管理する対象は,従業員の身体的健康からウェルビーイングへと移りつつある.山下氏は,先進国オーストラリアにおける実践知や,ウェルビーイングを後押しする施策としてのWELL認証について紹介したうえで, 三つの問いを投げかける.その一つが「ウェルビーイングに関する施策の多くは,人間性に注目しているとは謳っているものの環境のセッティングによって,機械的に人間の生産性を操作できるという機械論的アプローチの域を出ていない」という指摘だ.これは,先の他律モデルの議論に通ずる問題意識である.

働く環境だけでなく,その基底にある社会制度を考えるうえでもウェルビーイングの観点は重要になる.公益資本主義推進機構の寺田氏には,資本主義の在り方,そして企業の在り方について話題提供していただいた.企業は株主のものだと見る英米型の資本主義は,経済成長をもたらす一方,格差の拡大など「社会のウェルビーイング」を阻害する.これに一石を投じるのが公益資本主義という考え方だ.公益資本主義は,中長期視点による経営,起業家精神をもったイノベーション,公平な社中分配の三つの原則からなる.利益を度外視するのではなく,企業活動を通じて得た利益を,直接的(社中分配など)あるいは間接的(地域教育など)に多くの人や社会へと還元することを志向する.これに基づけば,企業のウェルビーイングは,多くの人や社会とつながり,利益の還流を生み出せている状態だと見なせるのかもしれない.

高齢者向けのサービスは,受給者の生と死に直接的に関わることから,ウェルビーイングを考えるうえで学べることが多いのではなかろうか.続く二つの記事はともに,高齢者向けサービスに従事してきた識者に,その運営を通じて見えてきたことを共有していただいたものである.1980年代から福祉づくりの活動をしてきた小川氏と,全く別の業界からサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)の運営に進出した下河原氏,両氏の視点を対比しながら読むと,背景は異なるものの共通する見方をもっていることが実に興味深い.例えば,

  • (1)   なるべく被介護者を管理しないこと
  • (2)   地域住民による支えあいをつくること
  • (3)   多様な個に出会うこと

などは,両氏に共通する指針だ.全ては紹介しきれないので,ここでは(1)を詳しく見ていきたい.小川氏は「基準管理すればするほど,日常生活の『当たり前』は縮小されていく」とし,下河原氏は「管理は依存を生みますからね,高齢者たちが,どんどん依存体質になっていっちゃうんですよね.生きる意欲を奪っていく」と述べている.これは,効率化や生産性向上,はたまたコンプライアンスだけを考えていたのでは,辿り着けない問題意識である.もちろん,両氏の着眼や考え方の相違点も示唆に富んでいる.

以上を振り返ると,各記事に通底するテーマは,重層的なウェルビーイングの概念のなかでも,自律性と多様な他者とのつながりであったように思う.本号を経た私なりの結論,つまりサービスにおけるウェルビーイングの問い直しの結果はそこにある.言い換えれば,サービスで考えるウェルビーイングの重心を,へドニアからエウダイモニアへと移すことが肝要であり,そのためには管理のための最適化ではなく,開放による創発的アプローチが有効であろうということだ.

著者紹介

  • 根本 裕太郎

東京都立産業技術研究センターIoT開発セクター副主任研究員,博士(工学).首都大学東京システムデザイン研究科にて博士後期課程修了後,日本電気株式会社を経て,2018年4月から現職.専門分野はサービス工学,設計学,Product-Service Systems.近年は,サービスにおけるテクノロジー活用とウェルビーイングに関心をもつ.

参考文献
 
© 2019 Society for Serviceology
feedback
Top