サービソロジー
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特集:フィンテックがもたらす新たなデータの利活用
インタビュー記事:フィンテックにおけるユーザーエクスペリエンスのデザイン
瀧 俊雄増田 央戸谷 圭子
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2019 年 6 巻 2 号 p. 32-40

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1. マネーフォワード共同創業の背景

増田 瀧様がマネーフォワードを共同創業された背景と,今,注力されている取り組みを教えてください.

 私は大学時代から金融の,サービスというよりはインフラの在り方であるとか,政策の在り方に興味がありました.そして,野村證券の野村資本市場研究所に新卒で入社,配属されました.8年半,野村にいて,うち2年間はスタンフォードへの留学でした.当時,研究していた対象は,個人の金融資産や年金の在り方,社会インフラの再投資の方法などです.高齢化して過去のやり方が立ち行かなくなっている日本のストックに対して,政策での対処を考える人が多くいます.一方で,個人の意思の積み重ねで社会はできている.投資の意思決定等,個人のインセンティブの方に働きかけるといったことをしないと,日本はもう人口動態の変化に負けてしまうと考えています.その点に対処するために,いろんな市場機能の活用ができるのではないかという観点から研究をしていました.

シリコンバレーへの留学中に,いろんな非伝統的なアプローチに触れました.ITの世界の方が行動変容を与えることができるスピード感が速いという認識をそこで持ちました.そして,ある概念を知ってもらうために,昔であれば主にマーケティングや広告,フィジカルな信用を店舗で持つといったことが必要でしたが,今は,便利さといったユーザーエクスペリエンス(UX)*1自体がその通貨になると考えています.

シリコンバレーでの経験を踏まえ,この世界にもっと入らなければいけないと考えている中で,社長の辻と出会い,いろんな概念やサービスのアイデアを議論しました.最初は,家計簿を共有して,お互いに貯金ができていないことを知ったり,お互いの残高を見合うことで転職が進んだりといったことができないかという思いで,2012年に共有型家計簿で創業に至りました.

マネーフォワードでは,政策対応の仕事をこの3年間ぐらいは専従してやっています.ただ他に,カスタマーサポート部署(CS)は,創業当時から担当しています.それは,UXが現代のビジネスの通貨であり,その通貨のフィードバックを受け取る場所がCSだと考えているからです.他にも,自社の潜在的なライバルを含めてエコシステムを育てることにも注力しています.また,自分たちが思い描くようなサービスを作るために,今の法律が適合してないのであれば,それを変えるためのロビー活動もします.銀行APIを利用する事業者の自主規制機関の代表もやっています.

2. フィンテックスタートアップによる金融サービスの価値創出

増田 フィンテックスタートアップが金融サービスのインターフェイスとなることで,どのようなサービスが新たに実現可能になっているのでしょうか.

 その回答のために,まず金融サービスの分類について説明させてください.

2.1 金融サービスにおける高頻度・複雑性が低い領域と低頻度・複雑性が高い領域

 金融サービスには需要側で需要量を決めることができる業界と,需要側から需要量を決めることが難しい業界があります.需要者が需要量を決めることができる領域は,家族への振込をする時には手数料は安いところがよいというように,需要者自身でその判断ができるサービスです.一方で,需要者が需要量を決定できないサービスに類似する例として,医療があります.医療が,規制業種であるのは,患者がこれを処方するからと医者に言われても,半分でよいですとは言えない業界だからです.これは知識の差が需要側と供給側で著しく大きいためです.金融も医療に似ているところがあり,住宅ローンをいくら借りるのか,と言われても,最大までという人がほとんどです.実際には,何らかの曲線があり,最大化すると,例えば3,822万円みたいな数字があるはずですが,気持ちよく5,000万円でと言うわけです.

そのような観点から金融サービスを,横軸を頻度,縦軸を複雑さ(需要量を需要者で決定できるかどうか)とした,2軸で捉えることができます.例えば,家族への振込というのは,高頻度で複雑ではないです.これは月に2,3回あるかもしれない.ただ振込の中でも,知らない人への振込だと頻度が下がって,複雑さが高まる.海外送金の場合は,IBANコードのようなアルファベットと数字で構成された記号を使うなど,更に頻度が少なく,複雑さが増します.振込に対して,住宅ローンを組むというのは低頻度で複雑です.このような振込と,住宅ローンを組むといった間には,例えば,投資信託を買うなどがあるわけです.

銀行に限らずいうと,生命保険というのは人生で1,2回しか入らず低頻度,複雑です.契約人ですらその約款全部は読んでいないのではないでしょうか.また,自動車保険というのは頻度は少ないが比較サイトが充実してきており,その複雑性は低下してきています.

低頻度・複雑性の高い領域と,高頻度・複雑性の低い領域の間では,向いているチャネルのあり方や,顧客の満足度の感じ方などが根本的に異なります.

ただ,どの金融サービスもそれなりに制度リスクを抱えているので,いずれも何らかの規制対象にはなってくる.銀行業を例に取って考えると,BtoBの送金なども高頻度ですが,BtoB送金というのは,失敗すると企業が連鎖倒産するので,システミックリスクがあります.また年金では,例えば変額年金保険の販売などは,複雑な領域です.金融商品における販売・勧誘の適合性原則に違反するリスクがあり,証券業や保険業が律せられています.

このサービスの分類をITの文脈から見た時に,ITが得意な領域とそうでない領域がある.人工知能が奪う仕事と同じ話ですが,ITは繰り返しで単調性が高い仕事が得意です.そうすると,BtoB送金みたいな高頻度で複雑性が低い領域は,ITフレンドリーになってくる.AIが得意にしていく領域というのは,どちらかというとこういった日常的な意思決定に近い部分があります.その一方で,低頻度で複雑性が高い領域は,対面チャネルが担っていく領域だと思います.例えば,今どの会社の生命保険に入るべきか, といったところは自動化されにくい.本人が,死んだあとの世界なんて滅びれば良いと思っていれば,生命保険の需要額はゼロになりますが,そんなことはGoogleにもしゃべっていない場合には,自分の需要額がどこにも情報になっていないので自動化による判断ができません.

高頻度の日常的な意思決定が累積すると複雑性の高い領域のデータになるという考え方があります.高頻度で複雑性の低い領域では赤字でよいが,低頻度で複雑性の高い領域のワンショットで儲かればよいというのが銀行の総合取引の概念です.そのために,各銀行はメインバンクになろうとする.ここには,そのようなシナジーがあると信じる人たちと,一方で,別に日常的なことは日常的なことでやり,必要があれば,窓口で相談する,といったシナジーがないとみる人たちがいる.今,このリンケージの捉え方が,日本の金融を左右している論点ではないかと思います.

2.2 銀行の従来の取り組み

 ただ,銀行のこれまでの世界観には,銀行が全部情報サービスをやらなければいけないという自前主義がありました.例えば,銀行でも自動家計簿を展開していたところが昔はありました.ただ,どうしても銀行業というのは,本質的に,その三固有業務(預金,貸付,為替)の外で,優先順位を高くするインセンティブを持っていないのではないかと思います.これは規制業種であるがゆえに,固有業務以外の便利なものを,本業を上回るぐらいに育てる理由がないという規制上のジレンマがあるからだと思います.そのため情報をうまく扱えてこなかった.

また,もう一つあるのは,単純に,情報を活用するUXを設計すること自体がものすごく難しい.UXの設計は,ある意味時代が読めるかという運のような要素と,UI(User Interface)だけでなく,その専門的知識と人間への理解がないとできません.GAFA(Google,Amazon.com,Facebook,Apple)の取り組みは,全部UXの積み重ねであるといえます.情報が早く見れるとか,昔の知り合いにすぐに会えるとか,おむつが秒単位でオーダーされるとか,全て速いということが,そのUXのコアになっている.その速さに加えて,今,インターネットでいろんな情報を付加できるため,従来ではあり得ないUXが提供可能になっている.例えば,私が,今,話しながら複数のタクシー会社から同時に同じ場所にタクシーを呼ぶことができます.昔だったらできなかったことが,インターネットや,オンラインのアプリが簡単に利用できるといった,いろんな要素が相まって,可能になっている.

2.3 フィンテックスタートアップの取り組み

そのような従来の銀行の取り組みに対して,情報だけでも外に取り出すとよいことがあるということを,我々や,freeeさん,Zaimさんといったプレーヤーが独自に立証してきました.ユーザーは我々にパスワードを預けてでも,それをやってほしいということです.

私は,速さ,課題解決インパクト,推薦意向,の観点からUXの普及の評価ができるのではないかと考えています.このような要素がある新しいUXが広がっていくと,ネットワーク外部性が働いて,本質的に意味があるところでUXが回りだす.実際,我々が提供する機能自体は,例えば帳簿がすぐ作れるとか,今まで一度も自分の支出がわからなかった人がわかるとか,基礎的なことです.IDとパスワードを預かって情報を集めることができれば,できて当たり前といわれるものです.ただ,機能的に大きな進歩がなくても,体験を作りにいくところで,いろいろな試行錯誤が必要になります.どのようなUXが刺さるのかはなかなか予見できない.ここに,オープンイノベーションの難しさがあります.

増田 先ほど言われた運の要素はどのように関わってくるのでしょうか.

 その点に関して,UXのもう一個の公式として,顧客生涯価値(Lifetime Value: LTV)から顧客獲得単価(Customer Acquisition Cost: CAC)を引いた値をどこまで大きくできるか,という視点があります.Webサービスはこれが達成できるかどうかが全てであるともいえます.実際,20年前からスクレイピング家計簿を行うサービスは日本にありました.99年ぐらいには,アメリカのそういうサービスを日本に導入した人たちもいました.ただ,CACの観点から見ると,その当時,日本人は,インターネットバンキングを開設してないとか,わざわざパソコンにソフトウェアをインストールして,丁寧にお金のことを入力する人がそんなにいないといった状況でした.それが,スマートフォンが出てきたことで,PCよりもウェブが見やすくなった.また,スマホアプリのプラットフォームが整備され,スマホ経由で,アプリをダウンロードして,勝手にユーザーが使ってくれるようになりました.

それに加えて,我々もそうですが,SaaS(Software as a Service)のサービスはサブスクリプションと相性がよいです.サブスクリプションというのは,基本的にサービスをやめないタイプの事業なので,これがLTVに大きくプラスに寄与します.

20年間ずっともがいていたスクレイピング家計簿は,スマートフォンの登場という背景により,そのCACが下がりました.また同時に,銀行法の改正で,小規模事業社に登録制が導入されるなど,信用を得るルートが増えたという点もあります.そして,スクレイピング家計簿が使われ始めると,人にお勧めしたいという要素もあり,普及していったと考えられます.

あとは,LTVを上げるために,高付加価値の顧客に安いお金でいかにサブスクリプションを利用してもらえるようにするかといった,ここのエコノミクスをいろんな場面で試していく必要があります.

LTV-CAC>0と,UXに関する,速さ,課題解決インパクト,推薦意向による関数を満足するような,この二つの公式を満たすサービスだと,その実現がよくなります.実際,我々もこの公式の当たりを探すという側面がありました.マネーフォワードも最初に申し上げたように共有型家計簿から開始しました.それは,共有型家計簿が人にお勧めしたい度合いが強いだろうと考えてのことです.でも,実際には誰もそんなものを求めていなかった.他人のお金が見えることが,課題解決になっていないということに,まず直面しました.今はまず,自分のお金が見たいという課題解決が,我々の主たる対象であると考えています.

我々のようなフィンテックスタートアップが実証してきた,情報を外で使うというところは,スピード感が速く進められます.一方で,例えば,全銀ネットに代わるネットワークで企業間送金を変えるというのは,それを実現する手段と,その実験の数を考えたら,そんなに速く進展するわけがありません.トライアルのしやすさという度合いを考えると,制度対応が必要なものは,どうしても苦しく,また,低頻度・複雑な領域でも難しくなってきます.結果として,フィンテックスタートアップによるオープンイノベーションは,トライアルがしやすいライトな領域で生まれるという特徴があると思います.

技術活用での価値創出で,もう1点あるのは,金融サービスは透明になることに価値があるということです.金融サービスなんて誰も欲しくないのです.利用者は金融の課題解決はしてほしいが,それを解決するためにわざわざ銀行店舗に行きたいとは思っていないはずです.支払いや投資ができればよくて,店舗に行かないためならお金を払うと思います.UberやAmazonのワンクリックペイメントなどもそうですが,例えば,利用者はVISAカードで払えるから嬉しいとは思っていません.実際は,早く配車してほしい,早くおむつを配送してほしい,と思っています.金融サービスは,取引は行われているけれども,自動化されて見えなくなっていくことで付加価値が出るタイプの事業だと考えられます.テックフィンと呼ばれるようなアリババやGoogleの人たちの方が魅力的に見えるのもこの観点からだと思います.

2.4 高頻度・複雑性が低い領域と低頻度・複雑性が高い領域での連携について

戸谷 高頻度・複雑性が低い領域のデータの蓄積が,低頻度・複雑性が高い領域で活用できるかどうかというシナジーの観点がありましたが,マネーフォワードさんとしては,そこにシナジーはあると考えますか.

 銀行業において,法人に対する融資業務だとそのようなシナジーは大きいと思います.例えば,企業間の融資のために,各企業の売上の情報を毎月見ることができるという意味では,強いシナジーというか,範囲の経済性が立証されています.

ただ個人に関しては,今だと普段使っている銀行でいつも給料をもらっているし,海外送金もやっているけど,別の銀行のほうが融資が安かったらそっちにいきます,となります.これは,インターネットでの比較可能性が,複雑性の高い上側の領域を全部複雑性の低い下側の領域に引き下げるような効果があるからではないかと考えています.価格.comが家電を買いやすくしているのと同じ話です.例えば,27万円の冷蔵庫があって,それは高機能ですが複雑です.でも,価格.comで,これは高いけど価値があるというレビュアーの説明を読むことで,その複雑な機能の理解が進む部分がある.このような比較サイトやレビューの効果が,ある種インターネットの本質だともいえます.複雑性の高い上側の領域であれば専門業者の存在理由があります.複雑性が低い下側の領域だったら全部Amazonというか決済業者さえいればよい.金融サービスでも,その複数の事業者や専門業者等を比較しました,という人たちが出てくると,わざわざ上側にいくより,安い下側のほうでよい,という話になってくると思います.インターネットというのは,総じて難しいものを簡単にし,情報量が多いところを縮約していきます.食べログで3.92点といわれるだけでシズル感が出ます.従来は,厳選された黒毛和牛のA5肉を使っていて,なにか理由があって,安い,みたいなことを説明する必要があったのが,今は,3.92点の焼肉屋さんというだけで説明できる.インターネットではそういう複雑性がどんどん排除され,しかもワンクリックとか何もしないで済むような方向に技術が進んでいる.これにより,多くのものがユーザー側で判断できるようになってきている.これに対して,まだユーザー側では判断できないと思っている業態と,ユーザー側で判断ができると思っている業態では,イノベーションに対するアプローチが違ってきます.

2.5 UXの積み重ねでの信頼の獲得

戸谷 先ほど,銀行は三固有業務以外をやるインセンティブがないとおっしゃっていました.インセンティブがないと思ってやらないでいるうちに,現時点では,その遅れが取り返せない状況になっていると思います.このようになってしまった原因について,どのようにお考えでしょう.

 ご質問に対しては,実際のところはわかりませんが,優秀な人が社会ではどちらかというとまだ金融機関にいるので,そこが一つの担保にはなっていると思います.ただ,それも今後は裏切られてしまう可能性が高い仮説だと思います.

金融では信用や信頼がすさまじく作用します.例えば,私が戸谷先生に今じゃんけんで負けたら100万をあげますと言っても信じませんよね.でも,もし,印鑑証明付きで契約書も入って,ハンコをついて,じゃんけんをしたら私は泣くわけです.なぜかというと,そこにはコミュニケーションのうえに認証情報が乗っているからです.印鑑証明書があって,マイナンバーつきで契約書が取れます,のようなことになると,認証度が上がった契約になります.

金融とそれ以外の産業の違いは,その認証の有無だけだということです.金融機関の一言が重いのは,それがただの口だけの約束ではなくて,ちゃんと実態的な法が背後に存在しているからです.

そういうことを考えた時に二つの視点があります.一つ目は,重い契約に関しては,このような認証が引き続き重要になりますが,もし100万円をあげる,ではなくて,100円をあげるだったら信じるわけです.それは認証のレベルが取引のリスクに応じて減るからです.現在,インターネットにこのようなリスクが低いものをどんどん追い込んでいるところがあります. 

二つ目の視点として,問題は,高頻度・複雑性の低い領域では,もう一生のうち何百回,何千回と商いをするので,ビジブルなブランドができますが,低頻度・複雑性の高い領域にはめったにいかないので,事前に信じられてないと取引にいかない,というのがあります.高頻度・複雑性の低い領域は,いずれはレッドオーシャンになるような業態です.ただ,オープンイノベーションを進めないとここでの芽が取れません.それでも人は既存金融機関に話を聞いてみようと思うかというところですが,従来であれば,他に相談ができる場所が無いため既存金融機関に行っていたと思います.

ただUXを積み重ねると,人間は親よりもGoogleを信用するようなところがあります.我々はGoogleという創業して20年ぐらいの会社に非常に多くの付加価値の高いデータを預けている.Googleが自分のことを裏切って自分の恥ずかしい写真を外部公開とかはしません.親のほうがむしろいろいろ忘れたり,間違ったり,裏切ったりするかもしれない.それでも信じるべきなのが親だと思いますが,このUXの積み重ねみたいなものがすさまじい価値を持つようになっている.朝起きて今日の予定はなんだっけとGoogleに聞き,それで万が一Googleが間違っていたら,俺が悪かったなと思うわけです.信頼の蓄積により行動の基準が変わってしまう.世の中でも人を動かせる量としてのある種の信頼量というものが変質したのだと思います.もしくは,Googleが簡単に他企業を追い抜くだけの機能を提供できたということだと思っています.

そこまでいってしまうとGoogleにすすめられた保険のほうが,既存の金融機関で3時間のコンサルティングを受けたものより信じられてしまう可能性が出てくる.しかも,Googleの提案が合っている可能性もあるかもしれない.そのような社会に向かっている気がしています.

既存の金融機関の人たちは,そうではないと考えているかもしれません.ただ,産業横断的な大きな金融を考える際は別だと思いますが,大抵のことはもう自律的に市場に任せておいたほうがよいのかもしれない.私も金融出身なので,そのマインドを変えるのに時間がかかりました.最近はこの考えのほうが物事の説明がうまくいく気がしています.

ただこの考えでは合わないことがいくつかあります.年金や遺言の作成は,今のところはGoogleにはできないことです.遺言というのはまず,親としゃべらなければいけないというハードルが高いところから始まります.ここのコミュニケーションはまだ銀行員の仕事ではないかと思います.

2.6 情報銀行についての考え

戸谷 マネーフォワードさんはあるカテゴリーのデータを大量に持っていらっしゃいますが情報銀行という観点ではどういう方針でやられようとしていますか.

 情報銀行という言葉を我々は今後積極的に使いたくないと思っている側面があります.基本的にはデータはポータブルなものにしたいです.ただ,その二次流通をユーザーがどこまで求めているのかというと,いきなりには求めてない,というのが我々の見解です.ユーザーは我々に非常にセンシティブなデータを預けています.場合によってはお金以上に価値があるかもしれないデータです.手取り金額など毎月どんどんデータが入ってくる.例えば,そのデータを不動産サイトや転職サイトに登録すれば,お薦めの家や転職先をどんどん送ってくれると思います.でも今我々が話している利用者の総意としては,必要があれば情報を提供するけど,ほとんどの人は能動的には情報を提供しないだろうと考えています.

我々はセキュアにデータはお預かりしますが,情報銀行ではありません.デジタルな情報の保管庫としての意味での情報銀行には意味があると思います.でも,そのように預けた情報が,外部で運用されているとは,今の日本人は思っていないのではないか,ということです.ただ,銀行が情報銀行をやるというのもわからなくはないです.これはオペレーターとしては,社会的信用が高い人たちがやるべきです.例えば,日本総研で行われている医療情報を大阪で預かって,ほかの病院で使えるようにしたり,それをソーシャルインパクトボンドに役立てたりといったような,公共性の高いものは,ばんばんやるべきだと思います.ただ,それを超えた日常的なユースケースとして,瀧さん,あんパン4個も買っているけど,といって糖尿病検査のお知らせがくるというのは何か違う気がしています.

3. 顧客側のリテラシーを踏まえたUX設計

増田 顧客側で判断できることが増えると,対応できる顧客とそうでない顧客が出てくることも想定されます.金融サービスへの技術活用を進める中で,マネーフォワード様としては顧客側のリテラシーも踏まえ,どのような方針でUXを設計しているのでしょうか.

 金融というのは,根源的にユーザーが商品をわかっていないものであると考えたほうが自然です.ただ,グローバル分散投資と,子どもが生まれた際の生命保険ぐらいは必需財として存在するはずです.しかし分散投資の意味を腹落ちして理解するためにはリスクや行列の概念を理解しなければなりません.分散投資は,ポートフォリオの各資産に関する相関係数の行列を作り,その期待リターンとリスクの最適化から出てくる係数で,それぞれの資産をアロケーションすれば良いという考えです.大学でもファイナンス論の応用までいけばこの概念が詳しく説明されますが,そうでない人にはExcel等でのマクロが渡されて終わります.ですので,ほとんどの日本人は腹落ちしてその理解ができていないのではないでしょうか.何で分散投資が大事なのかという一般的な説明に,例えば,「卵は一つのカゴに盛るな」というものがあります.株式の期待リスクプレミアムで高いものがあれば,何で若い人は全員全部株じゃだめなのか,という問いはパラドックスとして説明されます.結局,こういった説明で,腹落ちした理解をせずに,そこまでのものをという際に必要とされるのが,現代のツールです.腹落ちしない部分は,何か失敗したら金融機関の人が謝りに来てくれるといった,別の制度設計で担保しているのが金融制度だと考えています.利用者に仕組みを全て理解させることは難しいです.ある程度理解して,だから人が必要なんだ,というところでの理解をしてもらうのが重要になります.そのサービス設計は今後も引き続き必要になると思います.

ここから先の人の説明は大したことではないが,一応人に委ねる必要があるといった,利用者の理解の感覚を得るための金融機関のサービスデザインは重要です.このような設計を必要とするのが,低頻度で複雑性が高い領域です.

それに対して,高頻度で複雑性が低い領域でのサービスデザインのポイントは,いかにタップ数を減らすか,自動化,現在地から先を読んで今やりたいことを考えてあげる,といったことだと思います.人間は省力化に対して貪欲です.例えば,毎晩頭を抱えながら家計簿をつけていて,月5時間かかっていた.その5時間を3分にできたら,家計簿の粒度は悪くなりますが,格段に省力化できます.もちろん,毎日ちゃんとレシートを見て家計簿をつけていたら,趣味的にはすごくよい家計簿ができる.ただ私たちは,それはサステナブルじゃないと考えています.

4. プログラマーとデザイナーの役割

増田 マネーフォワードではプログラマーだけではなく,デザイナーも加えて,そのサービス開発を行っているということですが,プログラマー視点でのサービス開発と,それに対する,デザイナーの方々の視点の違いについて教えてください.

 マネーフォワードは最初の1年間ぐらい,デザイナーはいませんでした.その間はとにかくエンジニアリングデザインでアプリを作っていた.最初は1個のものしか作れないからそれでよいです.ただ,どんどんあれもこれもと作り始めた時にアプリの左側のハンバーガーメニューが23個ぐらいの項目になり,テレビのリモコンのボタンのようにごちゃごちゃになりました.何を訴求したいのかもわかりづらくなっていく.マネーフォワード自体も資産管理の自動化,銀行APIを使うからセキュリティも安心とか,どんどん情報が増えていくところがありました.ただ,最初の機能が良ければ,人間はごちゃごちゃしていてもそれを使います.最初の1年間によく言っていたのは,(今だと名前が変わりましたが)2ちゃんねるはあんなに汚くても人間はそれを20年間使っているということでした.

ただメッセージは,単調でシンプルでないと人は聞いてくれません.今まで使っていなかったものを使わせるために,そのメッセージは極力簡単じゃないといけない.わかりやすすぎるものが欲しいです.多くの人に訴求するに従って,そのようなメッセージのシンプルさのほうのアジェンダが出てきました.それで今,デザイナーも多く入っています.

アプリのデザインは,ユーザーを観察しながら時には大幅に変えています.その理由としては,ユーザーが他のアプリで見るUIと,我々が提供するアプリのUIが違っていると,それでついてこられなかったりする.UIの流行があります.端末のスペックや,毎年のAndroidとiPhoneの標準的なデザイン一つ取っても違います.そういう差異をちゃんと考慮してUIに取り込んであげる必要がある.

毎年,アプリのデザインを変えるので,内製でシステムを作る必要があります.ただ,基本的に日本の金融機関というのは不良債権問題の時にいろんなシステムを外注せざるを得なかった.それだと,例えば,豊洲の会社に発注したものが戻ってきて,効果検証をしている間に2013年から2015年になってしまいます.

世界的にも,JPモルガンやイギリスのいろんなアプリ専業銀行みたいなのものが,一見,銀行のものとはわからないようなアプリをどんどん出してきています.各社毎にいろんなアプリを提供していますが,それぐらい様々な実験をすることで初めて,高頻度・複雑性の低い市場が取れる可能性が出てきます.

UXそのものがベンチャー企業等の訴求価値になっているところがあり,そのような他社の取り組みに,スピード面でついていくのは,ほぼ必須といえる状況です.そのため,目的そのものと一緒に動くということも必要です.まず,他のサービスに金融サービスを入れるという観点では,例えばAmazonに振込機能を連携しておかないと,Amazonの支払いで銀行振込は利用されないのではないかということです.Amazon Dash Buttonで何の決済サービスを使うかなんて,払えて当たり前だろうと,利用者は誰も考えてくれないわけです.一番初めにたまたま登録したカードがずっと利用されていたり,車を呼ぶ瞬間にたまたま登録したカードになるとか,何かそういうデフォルトのカードの立ち位置を確保する必要があります.そこでは金融機関のアプリは起動すらされません.実際,このパターンでは,割引以外にそれほど差別化要因が残ってないのではないかと思います.

それに対し,金融側に他のサービスを取り込んでいくというパターンがあります.従来であれば,いろんなところに行かなければできなかった,例えば映画の予約やタクシー手配等のサービスが,手元の振込の横についている,といったものです.そうやって金融機関が他のサービスに歩み寄りをしていく必要があると考えています.銀行だから利用者から来てくれるといって,それを待っていては,硬直的な発想になってしまいます.

5. プラットフォームでの展開について

戸谷 プロットフォームでの展開については,どのようにお考えでしょうか.

 マネーフォワードはウォレットサービスをやっておらず,そこから支出につなげる動線も持っていません.ただ,金融サービスで本当に困った時に,価格.comのような比較サイトが無いのでそれについてはサービスがあるべきだと思います.そういう意味で,マネーフォワードで今後大事になっていくサービスとして,金融商品・サービスのショッピングモールとなるMoney Forward Mall があります.これがマネーフォワードのプラットフォーマー型ビジネスといわれることもある.どんな金融サービスに今入ればよいのか,みたいなことに対して,利用者の評価やレビューで各商品の比較ができます.

プラットフォームでの課金モデルは,基本的に代理店のようになると思います.一番美しい姿は利用者からサブスクリプションで全てのオーダーを任され,我々がクレジットカード会社から,激安でクレジットカードに入れるオプションを持ってくる,というものです.しかしながら,実務上,人間は金融サービスにサブスクリプションでお金を払うということをしません.金融サービスの市場にはそのような歪みがずっと存在しており,一企業の努力ではなかなか変えられません.海外でも課金ができている家計簿サービスはありません.我々もどこかでお金をいただく必要があります.そうすると,どうしても商品の代理店として,もしくは,人間がより払い慣れているものに対して,我々が寄り添った戦略を行うというパターンになります.

戸谷 今,マネーフォワードのプレミアム会員は何割ぐらいですか.

 プレミアム会員は全体の約2%です.我々もサービスを提供する中で,プレミアムサービスが一番調和が取れていると思います.しかし,我々のプレミアムは,食べログやクックパッドのプレミアムほどの普及をまだできていません.100~200万人から月300~400円を課金するまでには,まだ様々な努力が必要と感じています.

6. 今後の展開

6.1 少子高齢化への取り組み

増田 日本においては少子高齢化での対策が必要になってくるかと思いますが,マネーフォワードとしては,今後,どういう取り組みを行っていくのでしょうか.

 認知症世帯のケアはしていきたいと思っています.例えば成年後見制度でマネーフォワードを使っていただいて,家族にデータへのアクセスをさせるといった実験をやろうとしています.高齢化に伴い,認知症患者は世界中で増えることが予想されます.日本では認知症は予防できると思っている風潮があるが,認知症はある程度の確率論でなるものです.ならないためのではなくて,なっても安心して生きられるためにはどうしたらよいのかというメンタリティの転換を迫られるのが,今後の社会の在り方だと思います.この取り組みから何らかのアルゴリズムなり,政策形成ができるはずです.これは,社会に役立つし,また,認知症の方々だけじゃなく,生活困窮者の方々の見守りにも使えるものになると考えています.

具体的には,異常なお金の支出が行われた瞬間に息子に連絡がいくといったことをやれればよいと思っています.これもデータアクセスとデータの認証のところが最初に必要になります.本人が認知症になったケースを想定して,まず後見人にいろんなデータアクセスに関する権限を与えます.例えば,後見人は本人から息子には全部見せないでくれと言われている.そのため,認知症になった際に,口座の有無とアラートだけを息子に送るといったことです.行員さんは全部見てもよい等,その権限性の付与はAPI向きのところがあります.マネーフォワードはお金を増やしてあげることはできませんが,必要な情報を必要な時に届けることは得意です.個人的に信じている仮説として,人間は数字を見れば大体は落ちつくというところがあると思っています.

6.2 競合を育てるという視点

戸谷 最初のご説明で競合を育てていきたいとおっしゃっていました.そこの意図をもう少し教えていただけないでしょうか.

 金融サービスにおけるAPIエコノミーの形成が進んでいますが,もちろんマネーフォワードだけが利用するために法律の改正に取り組んだわけではないです.ひょっとするとマネーフォワードは,日本社会でハズレかもしれない.競争に負ければこれは明確に認めなければいけないことです.自分たちもいろんな試行錯誤をするし,絶対的には勝つようにしたい.ただ,自社だけをそのような場に立たせるというのは,社会は認めないでしょう.APIエコノミーで,いろんな人が創意工夫をして初めてオープンイノベーションが生まれます.こういうサービスがあると何か刺さるかもしれない,というのは一つの仮説にすぎません.いろんな人が強い思いを持ってUXを作りにいくから意味を持ちます.それで本当にうまくいったら,合併や投資をすればよい話です.

R&Dも,従来であれば研究所の中に投資予算があったのが,今は成果刈り取り型で高くなったところで買うように,R&D&Aと買収(Acquisition)を加えるようになった.ただそれでも何がくるかはわからない.メルカリのサービスが始まった時,ここまで普及すると思っていた人は少ないと思います.でも今は違います.本当に困窮層の人たちが最後の一手でメルカリを使って修学旅行に行けたとか,そんな場所になっている.そこにはやはり,いろんな意味があるということです.我々にとっても,そういう芽を摘まないということが,メッセージとしてすごく重要だと考えています.

識者紹介

  • 瀧 俊雄

2004年,慶應義塾大学経済学部を卒業後,野村證券株式会社に入社.株式会社野村資本市場研究所にて,家計行動,年金制度,金融機関ビジネスモデル等の研究業務に従事.スタンフォード大学MBA,野村ホールディングス株式会社の企画部門を経て,2012年より株式会社マネーフォワードの設立に参画.経済産業省「産業・金融・IT融合に関する研究会」に参加.金融庁「フィンテック・ベンチャーに関する有識者会議」メンバー.

著者紹介

  • 増田 央

京都大学経営管理大学院特定講師.博士(経済学).京都大学大学院修了後,北陸先端科学技術大学院大学を経て,現職.サービスのコミュニケーションにおける文脈を考慮したデータ取得・管理・評価・支援環境構築・理論化に関する研究に従事.

  • 戸谷 圭子

明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授.筑波大学大学院経営・政策科学研究科博士課程修了.博士(経営学).専門はサービスマーケティング.サービスにおける共創価値尺度の開発,製造業のサービス化研究に従事.

*1  あるサービスの外形的なデザインのみならず,どのような利用体験となるのかを質的にも捉えた概念.外形的なデザインを表すユーザー・インターフェース(UI)と区別して用いられる言葉.

 
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