サービソロジー
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会員活動報告
行動変容のためのサービスデザイン
武山 政直
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2019 年 6 巻 2 号 p. 58-59

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1. はじめに

2019年3月3日と4日に開催されたサービス学会第7回国内大会において,「行動変容のためのサービスデザイン 」と題するオーガナイズドセッションが行われた.本セッションでは,大学と企業の研究者による5つの報告がなされ,それに続いて本テーマに関するパネルディスカッションが行われた.

2. 行動変容のためのサービスデザイン

まず,慶應義塾大学の武山より,行動変容のサービスデザインに期待が寄せられる背景として,行動変容への社会的関心の高まり,行動変容を支えるテクノロジーの普及,政策やデザインにおける行動科学の知見の応用の広がりの現状について説明がなされた.そして,サービスと行動変容との関わりについては,行動変容がサービスの利用目的となる場合と,様々なサービスの価値向上の手段として行動変容が位置づけられる場合があるが,どちらも,特定の行動に焦点を合わせて診断と対策を行う問題解決型のデザインアプローチと,体験やシステム全体を対象に価値共創を目指すデザインアプローチを補完的に組み合わせることが重要との認識が示された.また,サービスデザイン特有の課題として,複数のアクター相互の行動変容を促すこと,個人の行動変容と組織の制度的変革を同時に考えていくこと,さらに行動変容のデザインプロセスにユーザーを参加させていくことも指摘された.

3. データ起点の行動デザイン

次に,日立製作所の佐々木から「データ起点による人の行動変容と習慣化を促すデザイン」という題目で,同社内で開発したデザイン手法と応用事例が紹介された.本手法の特徴は,人間の行動データから行動変容に至る段階的なステージを抽出し,ステージ毎のターゲットに向けて,ステージアップを阻害/促進する要因を探り,それぞれに個別最適な施策をデザインするという点にある.またデータ分析に加えて,定性調査による裏づけを取り,行動デザインの先行事例も踏まえて検証可能な行動介入アイデアを検討するといった工夫もなされている.社内の従業員の交通費精算手続きを事例とした同手法の有効性の検証結果を示すとともに,今後,様々な分野への応用を通じて,行動分析,認知バイアス,行動介入施策の各ナレッジをパターン化し,成功率の高い施策の効率的開発を目指すことを目標として掲げた.

4. マルチアクターの行動変容に向けて

また大日本印刷の佐々木は,「行動デザインとサービスデザインの統合手法によるデザイン思考型営業支援」と題する報告において,同社のサービスデザインラボが取り組んだ,営業活動におけるデザイン思考実践支援プロジェクトを紹介した.本プロジェクトでは,デザイン思考を応用した理想の営業行動を実行に移すことができていない営業担当者の行動障壁をインタビュー調査によって明らかにし,認知バイアス等の知見を応用して行動支援策を導いた.その策とは,営業担当者が顧客に提示するソリューション事例の資料をトリガーにして,顧客に真に実現したいことの発言を促すものであり,コミュニケーション手段に介入することで,営業担当者の行動スタイルは変えずに,顧客の行動変化を引き出す点に特徴がある.本報告では,そのような営業担当者と顧客とのコミュニケーションを対象とするマルチアクターの行動変容のための手法開発や,営業活動のデザイン的支援を実行に移すための営業サポート部門との連携などの組織的・制度的課題も提示された.

5. 心理学とビジネスの対話

続いてソニーの小俣からは,「行動変容における心理学の貢献と課題」という題目で報告がなされた.近年,サービスの企画・開発において顧客やユーザーの行動について理解し,関係者に説明する必要性が高まり,サービスデザインにおける心理学者の貢献機会も増している.本来であれば,心理学の知見が人間の行動について理解を深め,有効なデザインを支援することが理想だが,実際には,企業内で特定の技術の利用や解決策の実行が先に検討され,その正当化の根拠として心理学の知見が事後的に求められる場合も少なからずあることが明かされた.このような現状認識を踏まえ,本報告では,行動変容のサービスデザインにとって,ビジネスや技術の専門家と,心理学をはじめとする社会科学の専門家との対話と知見の相互理解が必要であること,さらに倫理や安全性の側面についての議論を深めることが重要であると指摘された.

6. おもてなさないサービスの可能性

最後に,大阪大学の松村から,「サービスデザインへの仕掛学的アプローチ」という題目で報告がなされた.現在,行動変容のデザインでは,認知バイアスやヒューリスティックスに注目するアプローチが主流となっているが,その背景には,ユーザーのシステム1の思考に働きかけることで,できるだけ認知的負担をかけずに,行動を望ましい方向へ導こうとする期待がある.これに対して,仕掛学は,望ましい行動が取られていない状況で,その行動を自ずとしたくなる目的と結びつくように認識させ,促す点に特徴があり,ユーザーの能力よりも動機に注目したデザインアプローチとなっている.本報告では,仕掛学の応用事例の紹介とともに,「おもてなさない」サービスという考え方が導入された.ユーザーのためにプロバイダーが何をするのでなく,ユーザーが自ずと行動したくなる環境を用意して,結果的にユーザーがもてなされたのと同じ満足を得るという発想である.

7. ディスカッション

パネルディスカッションでは,まず行動変容のためのサービスデザインにおけるリサーチャー,エンジニア,データサイエンティスト,デザイナー等の異なる職能の連携と,デザイナーの果たす橋渡し的役割について議論がなされた.また企業における事業企画者,技術者と心理学者の対話における視点や手続きにも議論が及び,特にこれらの立場の異なる担当者が行動変容に関する課題の意図や背景を多面的に理解し,問題定義を一緒にし直すことの重要性を確認した.

続いて,行動変容へのアプローチについて質疑が行われ,認知バイアスの応用を考えるナッジと仕掛学の違いに話題が及んだが,ナッジが新たに行動を強化しようと工夫するのに対して,仕掛学は既に強化された行動に代替する点で異なること,またナッジでは正しい行動が決まっていて,全員できた方が良いと考えるのに対して,仕掛学はやりたいと思う人だけやれば良いと考える点で思想的な違いもあることが理解された.

会場の参加者からは,行動変容デザインの倫理面についての質問があり,行動変容の結果もたらされる影響についてデザイナーが理解すること,また消費者やユーザー側への教育や,行動変容デザインの倫理面のガイドラインの整備について意見が交わされた.

8. まとめ

80分間の限られた時間であったが,具体的な事例を交えて,行動変容のサービスデザインの効果や影響とともに,その手法や実行の体制についての知見や課題が,登壇者の報告や会場全体での活発な議論を通じて共有され,有意義なセッションとなった.

著者紹介

  • 武山 政直

慶應義塾大学経済学部教授.サービスデザインやイノベーションの手法開発と応用を産学共同研究を通じて実践的に推進中.Service Design Network日本支部共同代表.

 
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