サービソロジー
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特集:サービスを測る
経済学から見た生産性計測の課題とサービス社会
滝澤 美帆
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2020 年 6 巻 4 号 p. 4-7

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1. 日本経済の成長と失われた20年

第二次世界大戦前の日本は貧しかった.例えば,深尾は,当時の日本の豊かさがタイやベトナムと同程度であった可能性を報告している(深尾 2005).しかしながら,戦後,日本は目覚ましい成長を遂げた.図1は内閣府の長期経済統計に基づき作成した1955年度から2013年度の名目GDPと一人当たりGDP(名目と実質)の推移である.1955年度の名目GDPと一人当たり名目GDPがそれぞれ9兆円,10万円程度であったのに対して,1990年代後半には520兆円,410万円程度までの成長を遂げている.物価変動を調整した実質の一人当たりGDPでも,1955年度と比べてピーク時(1996年)は42倍程度まで上昇している.

こうした経済成長の時期を経て,1990年代に入ると日本の経済成長は鈍化し,いわゆる「失われた20年」の期間に突入している.

図1 GDPと一人当たりGDPの推移

2. 日本のサービス産業における低生産性

人口の増加は経済成長の重要なドライバであるが,日本の人口は2008年をピークに減少を続けている.総務省の人口推計によると,2018年の高齢化率(人口に占める65歳以上人口の割合)は28.1%で過去最高を記録している.生産年齢(15~64歳)人口比率は,半世紀前の1950年と同水準まで低下しており,比較可能な1950年以降で過去最低の値を更新している.生産年齢人口比率は今後も減少し続け,2060年には50.9%まで低下することが見込まれている.

一般的に,経済成長を実現するためには,(1)人口を増やす,(2)労働力人口を増やす,(3)一人当たりの供給力を高めるなどの方法が貢献するが,現在の日本の状況を踏まえると(1),(2)には限界があり,(3)である生産性の向上に期待が集まっている.具体的には,新しい技術の取り込みや労働者のスキル向上などを通じて労働投入の質を向上させ,労働者一人あたりの経済成長への貢献度を引き上げることがますます重要になっている.

生産性とはアウトプットをインプットで割った値で計算される.こうした生産性を計測する際には,その意味を直感的に理解しやすいという理由などから,労働生産性が頻繁に用いられる.労働生産性の計測には,アウトプットとして,付加価値額が,インプットとして総労働投入人数や総労働投入時間が用いられることが多い.

日本の労働生産性の水準は他国と比してどの程度であろうか.一例として,滝澤は,アウトプットとして実質付加価値額を,インプットとして総実労働時間(就業者数×労働時間)を用いて,産業毎の労働生産性(1時間当たりで生み出される付加価値額)を計測し,各国の通貨が異なるという点を踏まえた産業別の購買力平価(PPP)による換算を行った上で,その水準に関する国際比較を行っている(滝澤 2018).

図2には2015年における日米の産業別労働生産性比較の結果が示されている.横軸は経済全体に占めるその産業の付加価値のシェアを,縦軸は米国を100とした場合の当該産業の労働生産性の水準を示している.

図2 日米の労働生産性水準の比較 (滝澤 2018)

一見して明らかな通り,米国の労働生産性水準を上回るのは化学のみで,その他の産業は米国の水準を下回っている.特に,GDP シェアが7割超を占める第3 次産業では,金融・保険,その他のサービス業(洗濯・理容・美容・浴場業といった対個人サービス業を含む),専門・科学技術,業務支援サービス業(研究開発サービス,広告業,物品賃貸サービス業など)といったごく限られた業種以外は,米国の半分にも満たない状況であり,サービス業全体でみても50.7と米国の約半分の水準である.なお,製造業全体では67.4で,サービス産業全体の労働生産性水準よりは高い.

更に,米国以外の先進国とも比較分析を行っているが,日本のサービス産業の労働生産性水準は,ドイツの3分の2(65.2%),英国(69.6%)やフランス(71.7%)の7割程度となっている.以上の結果は,日本の労働生産性水準は先進各国と比して低位に留まっており,特に,サービス産業分野の平均で見た場合において,米国の半分程度の水準であるのみならず,ヨーロッパ先進国と比べても相当程度の低水準にあることを示唆している.

3. 経済学から見た生産性計測上の問題

こうした労働生産性の計測に際して,アウトプットとしては付加価値(GDP)が用いられている.こうした指標を国際比較する際には,共通の基準で計測されている必要があるため,GDPは国際連合が提示する国民経済計算(SNA)のフレームワークに基づき,各国共通の基準での計測が試みられている.

では,こうしたGDPは「豊かさの指標」として適切であろうか.近年,この問いに対して様々な議論が行われている.例えば,GDPは市場で取引される財・サービスを対象に計測されているが,市場を介さずに行われる無償労働(例:家事活動等)は,国民経済計算においては記録されない.また,IT化が進むにつれて,多くの人々はインターネット上の無料のサービスを利用できるようになったが,無料のサービスについてもGDPには含まれない(注:インターネット上でサービスを提供している事業者が広告を募り,広告主から広告料収入を得ている場合はGDPには含まれる.)

また,そもそも,経済の豊かさの指標としてGDPを用いることの限界についても近年多くの指摘がある.例えば,Stiglitzらは,豊かさの計測に当たって,“shift emphasis from measuring economic production to measuring people’s well-being”,つまり「生産を計測することから人々の幸福・厚生の測定に重点をシフト」させることが重要であることを指摘している(Stiglitz et al. 2009).また,Stiglitzらは,well-being(幸福・厚生)を計測するには,多次元の定義を使用する必要があるとの指摘を行い,以下の8つを提示した.これは,現在のGDPの計測には含まれない健康や,教育,社会的なつながり,環境などもwell-beingには含めるべきとの指摘と理解される.

  • i. Material living standards (income, consumption and wealth);
  • ii. Health;
  • iii. Education;
  • iv. Personal activities including work
  • v. Political voice and governance;
  • vi. Social connections and relationships;
  • vii. Environment (present and future conditions);
  • viii. Insecurity, of an economic as well as a physical nature.

こうした概念が豊かさを正確に測るために重要であることは言うまでもないが,これらの多岐にわたる対象を取り込んだ指標を作成することが困難な作業となることは想像に難くなく,現状では残念ながら,GDPに代替する共通の基準で計測された国際比較可能な豊かさの指標は存在しない.

4. サービスの質の国際比較

Stiglitzらは,このほかにも,生産サイドから消費や所得サイドに目を向けることが豊かさの計測の上で重要であるという点も指摘している.例えば,独占的な市場で操業する企業は,提供する財やサービスの価格を自由に設定できるため,当該企業が自社の利潤を最大化する行動をとった場合,後述の「消費者余剰」は競争的な市場と比べると小さくなる.こうした消費者余剰の損失は,現在のGDP計測では勘案されていない(Stiglitz et al. 2009).

消費者余剰とは,直感的には,消費者が支払ってもよいというか価格から実際に支払った価格の差であり,消費者が消費を通して獲得する純便益として解釈できるほか,財やサービスの消費に伴う満足感をとらえるものとも理解できる.このため,消費者余剰は顧客満足度とも正の相関を有すると考えられる.一例として,対個人サービス業に関しては,日本生産性本部が日本版顧客満足度指数(JCSI)を作成し,公表している.こうした指標を活用することも消費者余剰の計測に役立つ可能性があるだろう.

サービス業に注目すると,消費者余剰は提供されるサービスの質とも強く関係している.サービスの質が高い一方で,そのサービスが非常に安い価格で提供されていれば,消費者余剰は大きくなるが,企業は安い価格で提供しているために,付加価値は小さくなる.先述の労働生産性の国際比較では,単純に付加価値を総実労働時間で割って単純に計算されているため,こうしたサービスの質が考慮されていないという問題が生じている.

上記の点を正確に理解するために,スーパーマーケットの例を取り上げよう.いま,店舗の広さなどが同程度の日米のスーパーマーケットについて,労働生産性を比較したいとする.このとき,日本のスーパーが従業員を米国よりも多く投入して,きめ細やかなサービスを提供していたとしても,日米のサービスの質の差を考慮しなければ,労働時間当たりの付加価値額として計測される日本の労働生産性は,米国よりも低水準となってしまう.

このように,質の高いサービスが日本では提供されているにも関わらず,労働生産性という指標にはそうした質の高さは反映されていないことから,そもそも正確な国際比較にはなっていないという批判がある.そこで,深尾らは,こうしたサービスの質に関する問題がどの程度労働生産性を計測する上で深刻な影響を及ぼすかを検証するために,日米で実施したアンケート調査結果を用いて,サービスの質を調整した日米労働生産性水準の計測を試みている(深尾他 2018).

深尾他(2018)では,2017年2月から4月に日本生産性本部が実施した「サービス品質の違いに関する日米比較」調査の結果が用いられている.本調査は日本と米国の両方でサービスの利用経験のある日本及び米国の一般消費者を対象とするアンケート調査であり,29分野の対個人サービスについて日米におけるサービスの質を調査したものである.

図3は,日米の分野別サービス品質差(米国を1とした場合)の推計結果を示したものである((深尾他 2018)の図2を抜粋).日本人・米国人ともに(大学教育と博物館・美術館を除く)多くのサービス分野で日本のサービスが米国のサービスと比較して品質が高いと評価している.例えば,日本人は,宅配便サービスについては,日本と同じサービスをアメリカで受けられるとすれば,16%程度,コンビニエンスストアサービスについては14%程度高く支払ってもよいと考えているとの結果が得られている.平均して,日米の品質の評価の差は1割から2割程度の価格差に相当している.

深尾他(2018)では,これらの金額換算された品質差を,生産性比較を行うにあたっての日米サービス品質差として利用している.付加価値を労働投入量で割った単純な労働生産性水準を,上記のサービスの質に関する調査結果を用いて調整した結果,質調整後の労働生産性水準の方が調整前より傾向的に高くなっていることが確認された.この結果は,日本におけるサービスの質が米国を上回るとの回答結果と整合的であった.例えば,輸送サービス業では,品質調整後は調整前と比べて労働生産性の水準が約1.2倍まで上昇している.その他の産業でも,質を調整すると,1割程度,生産性水準が上昇している.(詳細は,(深尾他 2018)の図3を参照.)

図3 日米のサービス品質差 (深尾他 2018)

しかしながら,図1でも紹介したように,サービス産業の生産性は平均して米国の5割程度である.サービスの品質の差の調査結果を参考にして2割程度,労働生産性が上昇したとしても,依然として米国との労働生産性格差は存在する.(運輸・郵便業で質調整前の労働生産性水準が47.7であるから,単純に1.2倍しても57.2と米国の6割にも満たない.)

5. おわりに

本稿で議論してきたサービス業における低生産性については,いくつかの要因が先行研究で指摘されている.例えば,サービス業におけるIT化が他の先進国と比べて遅れていること,非正規の労働者が多く雇用されており人的資本の蓄積が進まず,結果として,労働の質が上がらないことなどが挙げられる.また,規模の小さい事業者が日本のサービス業には多く存在し,規模の経済性が働かないことや,機械や設備など資本をうまく活用できていないことなども指摘されている.

サービス業はGDPの7割超を占め日本の経済の今後を占う上で重要な産業である.従来の標準的な経済学のフレームワークによって計測される生産性の水準を向上させていくこと,また,GDPと同様に国際比較可能でかつwell-beingの概念を含む新たな指標の開発に取り組むことを両面から進めることが重要であろう.

著者紹介

  • 滝澤 美帆

学習院大学経済学部准教授. 2008年一橋大学博士(経済学).東洋大学准教授,ハーバード大学国際問題研究所日米関係プログラム研究員などを経て,2017年より東洋大学教授.2019年より現職.

参考文献
  •   Stiglitz, J., Sen, A, K., Fitoussi, J. (2009). The measurement of economic performance and social progress revisited: Reflections and Overview. Report by the Commission on the Measurement of Economic Performance and Social Progress. HAL. ffhal-01069384f.
  •   滝澤美帆 (2018).産業別労働生産性水準の国際比較.日本生産性本部,生産性レポート, 7.
  •   深尾京司 (2005).1930年代の東アジアはどれほど豊かだったか:長期国際比較の再検討.国立大学附置研究所・センター会議主催シンポジウム, 『現代経済を科学する』における報告資料, 神戸大学, 2005年10月27日.
  •   深尾京司・池内健太・滝澤美帆.(2018).質を調整した日米労働生産性水準比較.日本生産性本部,生産性レポート,6.
 
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