2018 年 31 巻 4 号 p. 164-177
メチルシクロヘキサン(MCH)は,水素を燃料電池車(FCV)に供給するオンサイト型水素ステーションに水素を効率よく輸送し,貯蔵する水素キャリア候補の1つである。MCHを水素キャリアとして使用した場合,貯蔵・輸送が常温・常圧で可能であり,ガソリンで蓄積された社会インフラが利用できるメリットがある。一方で,ガソリンと同様にMCHとその脱水素後に生じるトルエン(TOL)が,地下タンクへの受入時に大気環境に排出され,水素ステーション周辺住民が吸入曝露することにより,健康影響を引き起こす可能性がある。
本稿では,1日60台のFCVに水素を供給する水素ステーションを想定し,MCHとTOLの年間大気排出量を推定し,大気拡散モデルにより周辺住民の両物質の吸入曝露を評価した。そして,MCHとTOLに同時に曝露されるため,周辺住民の慢性吸入曝露による健康リスクを,複数物質への曝露に対するハザード・インデックス(HI)と個別物質への曝露に対するハザード比(HQ)を併用して判定した。HIを算出するエンドポイントとして神経,血液および腎臓への影響を選択するとともに,両物質で生じる各影響のヒト無毒性濃度を設定した。また,既存情報が少ないMCHでは生理学的薬物動力学モデルを用いた経口経路から吸入経路への動物試験結果の経路間外挿も行った。算出された神経,血液および腎臓への影響に対するHI, さらにその他の影響に対するHQはいずれも0.1未満と小さく,水素ステーションから排出されるMCHとTOLによる周辺住民への慢性健康影響のリスクは懸念されないレベルであると判定された。