2022 年 35 巻 3 号 p. 159-168
日本のPRTR(Pollutant Release and Transfer Register: 化学物質排出移動量届出)制度では,対象業種の事業者が指定された化学物質の排出・移動量を届出しているが,従業員規模などの要件を満たさない小規模事業者(すそ切り以下事業者)からの化学物質の排出量(以下,「すそ切り以下排出量」)は国が推計して公表している。すそ切り以下排出量は,塗料や接着剤などの排出源ごとに対象となる化学物質の業界調査データや事業所アンケート調査に基づいて全国の「総排出量」を推計し,これに売上高などの経済指標に基づいて設定された「すそ切り以下排出割合」を乗じて推計されている。本研究では,すそ切り以下排出量が正しく推計されているのかについて,すそ切り以下排出量が,事業者からの届出排出量データと比べて妥当な数値となっていると見なせるのかという観点から検討した。具体的には,すそ切り以下排出量の推計値を評価するために,その元となる総排出量を検証した。総排出量の検証は,国が推計した総排出量からすそ切り以下排出量を差し引いた届出排出量に相当する値(推計届出排出量)を算出し,事業者から届出された排出量(実届出排出量)と比較することで行った。すそ切り以下排出量が正しく推計されて両者が整合していれば,推計届出排出量と実届出排出量は一致することが期待されるが,後者に対する前者の比率は370万分の1から50倍までを示し,1/2~2倍に収まる物質が40物質ある一方で,3オーダー以上の乖離が確認された化学物質が19物質あった。業界調査に基づく推計を行った物質の推計量と届出排出量データの整合性が保たれているのに対し,アンケート調査のみで推計された物質の多くは数桁のレベルで過小となっていたことから,事業者へのアンケート調査のみに基づくと,すそ切り以下排出量を大幅に過小推計する可能性が高いことが示唆された。