抄録
死者はしばしば生者より肯定的に評価される。心理学者はこれまで、death positivity bias(DPB)という、亡くなった人が存命中より能力や性格を好意的に評価される現象を検討してきた。一方、経済学者はdeath effect(DE)、すなわち芸術家の死後、その作品の市場価値が大幅に跳ね上がる現象を扱ってきた。著者らはまず、DPBとDEの先行研究をレビューし、それぞれの概要、検討対象、発生条件などを明らかにした。その上で、画家ヴィンセント・ヴァン・ゴッホをめぐる、「死後はじめて正当に評価された不遇の天才」という一般的な言説に着目し、ゴッホの事例がDPBあるいはDEによって説明可能かどうかを検討した。DPBとDEの発生条件やHeinich(1991)の論考にもとづき検討した結果、ゴッホが死後に得た名声は、単なるDPBやDEによるものではないこと、彼の卓抜した芸術的才能と、死後に上書きされた「悲劇的な殉教者」というイメージが結びついてもたらされたものであることが示唆された。