史学雑誌
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革命期ロシアのウクライナ問題と近世ヘトマン領
過ぎ去った自治と来るべき自治
村田 優樹
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2021 年 130 巻 7 号 p. 1-39

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抄録

本稿では、革命期ロシアで活動した二人の知識人、ミハイロ・フルシェフスキーとボリス・ノリデの学問的・政治的著作と実践政治の分析を通じ、当時の「ウクライナ問題」の展開を、「自治」という国制をめぐる論争という観点から分析した。特に、両者の活動のなかで、歴史研究、評論活動、実践政治が緊密に結びついていたことに注目した。
 第一章では、近世にウクライナの地に存在したヘトマン領自治についての二人の研究を扱った。両者は全く異なる問題関心から近世ヘトマン領自治にアプローチしていたが、一六五四年のヘトマン領とモスクワ国家の合同のみならず、一八世紀の自治の廃止まで通時的に論じることで、その歴史学的研究の水準を大いに進展させた。
 第二章では、二人による同時代の国制論議を検討した。ウクライナ民族主義者のフルシェフスキーは、ヘトマン領を民族の栄光の歴史の一部とみなし、同様の領域自治を、民族の自然権に依拠して達成することをめざした。他方、ノリデはヘトマン領自治の消滅の歴史を叙述することで、近代主権国家となったロシアの「単一と不可分」を擁護した。両者は専制についての相反する評価にもかかわらず、歴史的権利の原理への専制の非妥協的性格の認識において一致していた。
 1917年の二月革命後の時期を扱う第三章では、二人の政治家としてのウクライナ自治問題への関与を考察した。フルシェフスキーは民衆の動員の成功を演出し、臨時政府から自治への譲歩を引き出そうとした。他方、法制審議会の成員としてウクライナ問題を担当したノリデは、国家の単一性を依然として維持しようとした。こうして、ウクライナ自治の問題は、権力の正当性をめぐる対立として展開した。
以上を踏まえ、本稿では、ウクライナ問題の国制論争としての側面を論証したのち、「多民族帝国」の民族問題について、それぞれの社会固有の言説空間がもつ術語や論理構造に注目することが重要であると結論した。

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