史学雑誌
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平安時代の除目における蔵人の役割
「撰申文」を中心に
佐々木 恵介
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2022 年 131 巻 8 号 p. 37-59

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抄録

本稿は、蔵人が平安時代の任官のなかでどのような役割を果たしたかについて、「申文を選ぶ」という政務を通じて明らかにしていくことを目的としたものである。
 玉井力氏の研究によれば、10世紀には、相対的に重要性の高い官職を望む申文(申請文書)は、その多くが蔵人方に提出されるようになった。その頃から、蔵人がそれらの申請文書を整理する作業は行われていたと推測できるが、「申文を撰ぶ」という表現が史料に現れるのは10世紀後半以後である。さらにこの政務は、11世紀半ばの後朱雀天皇の時代に申文撰定儀として整備された。蔵人は提出された申文を関白に内覧、天皇に奏覧した後、清涼殿東庇の昼御座で、申文を撰ぶ作業を行う。この作業では、申文を、希望する官職ごと、あるいは申請方式ごとに分類、整理し、申請文書の束に短冊を付けて、任官会議における天皇御座の前に置かれた硯箱の蓋に積むと同時に、申文目録を作成して天皇と関白に進上した。
しかし、蔵人による申文の選定では、単に申文の分類、整理にとどまらず、受領や顕官、さらには京官の判官・主典などの申文について、一定の基準に基づいた選抜が行われていた。このような選抜は、かつて外記方に多くの申請文書が提出されていた時代には、外記方でも行われていたと推測できるが、10世紀以後は蔵人が、天皇から執筆大臣(任官会議の議長)に申文が下される直前の段階で、すなわち任官の確定により直結した形でその役割を担うことになった。すなわち、蔵人の「申文を選ぶ」という政務は、官僚の人事という重要な側面で、太政官の機能を大幅に吸収したものだったと評価できるのである。

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