異文化コミュニケーション
Online ISSN : 2436-6609
Print ISSN : 1342-7466
招聘論文
共に生きる社会をめざして
エルファの活動から
南 珣賢
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2025 年 28 巻 p. 1-4

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NPO法人エルファは1999年、居宅サービス事業所(介護保険指定事業)として京都市南区に設立されました。2001年にはNPO法人認可を受け、在日コリアンをはじめ外国籍や異文化を背景にもつ高齢者のための介護事業を中心に障害者支援、子育て支援、多文化共生実現のための活動を行っています。

2000年4月に施行された介護保険法には国籍条項がありません。日本人だけでなく外国籍住民も介護保険利用者となりました。24年前の施行当初、利用対象となる外国人高齢者はコリアンが最も多く、そのほとんどが1世でした。しかし一方で在日コリアン高齢者が保険料は徴収されるが介護保険サービスをスムーズに受けられないという状況が生まれました。

在日コリアンは「国籍条項」により長きに渡って社会保障制度の外で生きるしかありませんでした。国民年金をみても、外国人が加入できるようになった時点で経過措置が実施されなかったことから、介護保険施行当時74歳以上のコリアン高齢者は日本人なら受給可能な「老齢福祉年金」を受給できない「無年金」世代だったのです。

介護保険を利用する上でコリアン高齢者が抱えていた主な問題点は福祉サービスだけでなく制度に対して無関心であること、日本人ではない者は制度を利用できないという認識を持っていたこと、就学経験がなく読み書きができないことにより情報が行き届かない、そして日本人高齢者とは言語、文化的背景、生活歴が異なるという点でした。

ある日、ケースワーカーから依頼を受け印鑑のトラブルで介護サービスを受けられなくなったという独居のハラボジ(おじいちゃん)宅を訪ねました。朝鮮語で話を聞いてみると「(植民地時代)ハンコのせいで日本に連れてこられ炭鉱を渡り歩いた。わしの親もハンコのせいで土地を奪われた。家族とも生き別れ、わしの人生をメチャメチャにしたハンコなんや。弁当もらうくらいでなぜハンコというのか!」と「抗議」をしていたのです。そこで私たちが朝鮮語で介護保険のしくみを説明すると安心され、その後はサービスを受けてもらえるようになりました。

ある施設では他の利用者たちが唱歌を歌うと不機嫌になるハルモニ(おばあちゃん)、習字や俳句が始まると職員の促しを無視して立ち去るハラボジ、朝鮮語なまりの日本語を使うと馬鹿にされるからと、一言も発せず「失語症」として対応されていたケースなど…誰でも読み書きができ、唱歌が歌えると思い込んでいる施設職員さんは「できない」、「知らない」という発想になかなかたどり着けません。歴史が残した心のバリアがそのような行動に及んでいることに気づけず、施設の「クレーマー」として扱われてしまうケースも多くありました。

介護保険制度が外国籍住民も含めた制度として成立する以上、異文化を背景にもつ高齢者の言語的・文化的背景に配慮し、彼らも日本人高齢者と同質のサービスを受給できることが必要です。そのためには要介護認定の際、必要であれば母語での通訳を行うスタッフがおり、多文化を意識した、「心のバリア」に目を向けることのできる事業所や介護職員などが求められます。

認知症の高齢者の中には後天的に習得した日本語を忘れ生まれ育った故郷での生活が蘇り今を理解しにくくなるケースがあります。

エルファでは日本語を忘れてもコミュニケーションに困らないよう職員はバイリンガルで、在日コリアンのルーツや現状に寄り添ったケアを提供しています。デイサービスでは学校への憧れが強い1世の思いを考慮し学校の要素を多く取り入れ、同時に朝鮮食材作りなど、これまでの生活歴を尊重したレクリエーションをプログラムしています。

中でも一番のレクリエーションは来訪者との交流です。エルファには学生から各種団体まで日本各地や海外から年間1,000人ほどの方々と交流があります。「なーんも知らん私らに会いに来てくれてありがとう!」来訪者を笑顔で迎えるハラボジ、ハルモニたち。来訪者たちは1世の言葉と屈託のない笑顔の裏に隠れた深い悲しみと痛みを心で受け止め、触れ合わずして持っていた先入観や固定観念を払拭して帰っていきます。迎えるハラボジ、ハルモニにたちは会いに来てくれる人がいることに戸惑いながらも、まだ自分が必要とされる存在なのだという喜びを生きる意欲につなげてくれます。

エルファではバイリンガルのヘルパーを121名養成し、その中からたくさんの介護福祉士やケアマネジャー、有資格者が誕生しました。現在、居宅介護支援事業所、訪問介護事業所、2箇所のデイサービスを有し、1ヶ月あたり110余名のコリアン高齢者のケアに50名の職員が携わっています。

言葉の通じるケアマネジャー、介護職員や看護師がいて、故郷の友がいる、食べ慣れたキムチや朝鮮料理を食べ、懐かしい歌を口ずさめる場所─エルファ。エルファとは嬉しい、楽しい気持ちを高める感嘆詞です。言葉にならない苦しみと痛みを負った在日コリアン高齢者の「アイゴー(哀しみの感嘆詞)」の人生を笑顔と喜びに満ちた「エルファ」に変えたいという思いで活動してきました。

エルファでの経験を基に、愛知、兵庫、福岡をはじめ全国各地のコリアン集住地域に介護事業所が誕生しました。また、中国残留邦人(帰国者)1世やその家族のための介護協力も行ってきました。帰国者の場合、国籍は「日本」だけれど生活文化は「中国」にあります。日本で生活する上で抱えている問題は随分前の在日コリアンと重なっていて、同じような悩みと困難を抱えているのです。

東海地方では日系ブラジル人の高齢化が地域の課題として上がってきました。

国は労働力不足だけでなく地域の持続可能性の観点から新たな在留資格を設け、外国人を労働者として受け入れています。政府は「多文化共生推進プラン」を策定し外国人と共生する地域をつくるためにようやく動き始めています。

しかしその一方で、ある集団や個人を標的とするヘイトクライムは現存しています。

朝鮮学校のみを排除した高校無償化制度はまさに「官製ヘイト」(元文部科学事務次官前川喜平談)であるのです。構造的差別の問題を解決しないままの「多文化共生」など…絵に描いた餅にすぎません。

ひと昔前なら外国人といえば韓国・朝鮮籍で、コリアン以外の外国籍者は居住する地域も一部の製造業が盛んな地域に集中していました。時代は流れ今では多様な言語、文化、習慣、法制度の中で生きてきた外国人が、多様な在留資格で、地方にも散住しながら小規模工場や建設、介護などの内需型産業に従事しています。このような変化は、教育、医療、福祉などあらゆる現場でニーズの多文化化、複合化を生んでいます。

在日の1世たちが制度から取りこぼされないようにと2,3世が立ち上げたエルファには、多様な背景を持つ人たちを支えるためのノウハウに満ち溢れています。

外国人を支援する対象ではなく、学び合いのパートナーとして共に生きていくには、多言語表示や意識改革も大事ですが、日本と自国の生活文化に精通した在日外国人が資格を取得しやすい仕組みが構築され、彼、彼女らと市役所や保健センター、病院、福祉施設などで出会うようになれば、外国籍住民が安心して暮らすことができるでしょうし、そんな地域は外国人だけでなくすべての住民が安心して自由に生活できるのではないでしょうか。

日本に住む外国人やマイノリティの人権が保障され、彼、彼女らのエンパワーメントが発揮されるその日まで、エルファならではの活動を推し進めていきたいと思います。

 
© 2025 異文化コミュニケーション学会および本論文著者
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