Studies in Language Sciences
Online ISSN : 2435-9955
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地方知識人家庭における家庭言語実践—多言語社会ブータン王国における家庭言語調査から—
佐藤 美奈子
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ジャーナル オープンアクセス

2021 年 19 巻 p. 49-75

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抄録

教育の普及に伴い、ブータンではゾンカ語(国語)と英語の有用性と威信性が高まり、ブータン社会における両言語の習得の必要性と重要性に対する人びとの認識が強まっている。本研究は、ブータンに新たに登場した、「英語もゾンカ語も堪能な知識人」を両親とする家庭を対象に家庭言語調査をおこない、核家族で地方に赴任した教師家庭と地元出身の大家族三世代で暮らす一般家庭を比較した。結果からは、ゾンカ語は両方の知識人家庭ですでに標準となっている一方で、両家庭の相違は、新たな家庭言語選択肢となりつつある英語の導入のされ方と民族語の継承にあることが明らかになった。家庭言語に対して高い意識をもつ教師家庭では、子どもの幼少期から両親が意識的に英語を導入しているのに対し、一般家庭では子どもの成長に伴い、子ども自身が学校で学習した英語を家庭へ持ち込むことで家庭言語として定着していく様子がみられた。民族語は、核家族で暮らす教師家庭では子どもが成長すると実用性の高いゾンカ語と英語にシフトされるのに対し、三世代同居の一般家庭では、祖父母世代の存在に支えられ、英語とゾンカ語と併用される形で維持されていた。その結果、一家庭平均3言語という高い複数言語環境を創造するに至っていることが明らかになった。

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