2023 年 21 巻 2 号 p. 31-63
自然言語の意味の解釈にあたって、文やディスコースの中に含まれる複数の出来事または状態の間の時間的関係を突き止めることは重要である。自然言語のテンスは前方照応の特徴を持っており、これまで多くの研究者が参照時という概念を導入・使用することによって時間的関係を捉えようとしてきた。一方、参照時の代わりに、推論によるアプローチを取る研究者もいる。本研究は後者の可能性を実際に検証しようとするものである。検証として、村上春樹の小説『1Q84』のテキストの一部を対象に解析を行った。その結果、①推論によるアプローチは基本的には文を単位とするものであり、句・節の処理にそのまま応用することには無理があるということ、②ディスコース関係が必ずしも時間的関係につながるとは限らないということ、③推論を通じて得られた情報がテキストの構成的な意味と矛盾することがあるということ、を含めた幾つかの事実が明らかになり、推論によるアプローチだけでは時間的関係を捉えるのに限界があるということが判明した。