経済社会学会年報
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準共通論題(査読付論文)
日本企業における従業員のワーク・エンゲイジメントとマネジメント・スキル
岩澤 誠一郎
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ジャーナル オープンアクセス

2016 年 38 巻 p. 72-90

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抄録
幸福の経済学に影響を与えてきた心理学は、近年、「幸福」の代わりに、「エンゲイジメント」や「意味・意義」を要素とする構成概念である「良き人生(well-being)」をそのテーマとするべきであるとの議論を行っている(Seligman 2011)。一日の多くを仕事に費やす人にとってみると、仕事の際にポジティブで充実した心理状態でいることは「良き人生」を送るための重要な条件である。Schaufeliらにより開発された活力、熱意、没頭を要素とする「ワーク・エンゲイジメント」は、この点を測るための構成概念であり、「ワーク・エンゲイジメント」が高いことは、1)心身の健康、2)仕事や組織に対する態度、3)仕事のパフォーマンスの面でポジティブな成果をもたらすとの実証結果が得られている。  Schaufeliらの研究によれば、日本企業における従業員の「ワーク・エンゲイジメント」は、国際比較において相対的に劣後している。この結果の一部は、日本人がポジティブな含意を持つ質問に対し「No」と答える文化的なバイアスを持つことに起因している可能性がある。だが現在までの研究では、このバイアスが日本における「ワーク・エンゲイジメント」が相対的に低いことの全てを説明していると言い切ることもできない。  我々は日本企業における「ワーク・エンゲイジメント」が低水準であることの一因が、管理職の、管理職としてのマネジメント・スキルが十分でない点にあるとの仮説を検討する。日本企業における長期雇用は、管理職の選抜の基準を、管理職としての能力や適性に基づくものにすることをしにくくする(八代2011)。実際我々は、日本のビジネススクールの社会人受講生を対象とした実証を通じ、「ワーク・エンゲイジメント」に強い影響を及ぼす、部下の仕事のモチベーションに関する理解力や、業績に関するフィードバックなどの面において、日本企業の管理職のスキルの水準が低く評価されていることを示す。更に、タイにおける米国系企業と日本系企業との比較実証研究(Colignon et al. 2007)は、従業員の内発的動機を通じ「ワーク・エンゲイジメント」に影響を及ぼすとみられる、上司の部下とのコミュニケーション能力や相互の信頼感、部下が自律的に仕事を行うための側面支援などの面で日系企業が劣後することを示している。こうした実証結果は、先の仮説を支持するものである。
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© 2016 経済社会学会
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