2022 年 42 巻 1 号 p. 47-52
本報告は妻と子を自死で亡くした桐野仁さん(仮名)への聞き取り調査を通じて得た語りをもとに、従来の研究で自明視されてきた経験を物語る行為の意義の、自死遺族における妥当性について検討したものである。桐野さんはこれまで「物語ること」を通じて日常性の回復に努めてきた。だが徐々に語り得ないものを物語化することへの戸惑いを覚えるようになり、今では語ること以外の方法で出来事と向き合っている。桐野さんの事例を通じ、身近な人の自死という経験を物語り意味づけることの限界と、言葉に含みきれない経験領域について提示するとともに、悲嘆を解決すべき課題として捉える従来のケア理論からもれる悲嘆の異なる側面に目を向け、意味づけし得ない広がりをそのまま受け止めながら自死者や自死の経験に向き合うケアの可能性を示した。