抄録
社会理論において、個人と社会の二元論的対立を「二重性」の観点から捉えなおすものに、A・ギデンズの「構造化理論」がある。構造化理論は、諸個人の実践の帰結として成立する構造が、それ自体実践の再生産の媒体であるという「構造の二重性」を基礎におく。二元論を二重性の観点から理解する試みは、和辻哲郎の「間柄」概念にも認められる。和辻は人間という日本語が、個人を表すと同時に社会を意味する点に着目し、この二重性をヘーゲル弁証法の観点から「否定の運動」として解釈する。すなわち、個人は社会の拘束を逃れるかぎりで個人(=社会の否定)として、社会は個人が結びつくかぎりで社会(=個人の否定)として成立し、この相互否定が「実践的行為的連関」としての間柄とされる。
ギデンズと和辻は、二重性論理の中心に「社会的実践」をすえるという共通点をもっているが、加えて両者に共通するのが、他者に対する「信頼」への言及である。ギデンズは社会的実践の意味を、人間存在のかかえる存在論的不安の「括弧入れ」におき、この括弧入れのはたらきを信頼とみなす。その意味で、ギデンズは信頼を心理学的に扱っているといえる。他方、和辻は信頼を二重性の論理に従って、信頼の否定にあたる裏切りの可能性を、行為によって否定する運動として理解する。それゆえ和辻は信頼を、個々の対人関係によって規定される、行為論的なものとして扱っているといえる。