現代社会学理論研究
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HIV/エイズ研究におけるスティグマ概念・理論の変遷と現在的課題
大島 岳
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2019 年 13 巻 p. 96-110

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抄録

本論文は、世界のHIV研究・対策におけるスティグマ概念の特徴を明らかにし、これまでのスティグマ低減に向けた対策実践とそれを枠づける社会理論の特徴と限界を俯瞰する。その上で、日本におけるHIVスティグマの現状および低減に向けた社会運動の変遷を分析することによって、スティグマに関する新たな理論構築の手がかりを探ることを目的とする。日本では、これまで自然科学的アプローチ偏重のもと、スティグマに関する社会科学的アプローチは軽視されてきた。しかし、世界的な取り組みのなかでは、スティグマは一つの中心的な概念であり、尺度も開発され多くの調査で用いられてきた。近年日本でも、HIV陽性者当事者参加型研究においてこの尺度を用い、スティグマの高い実態が明らかにされた。従来のスティグマ概念の理論化は、シンデミック理論と構造的暴力を主軸に実践が展開されてきた。とりわけハイチのような貧困と暴力が蔓延する国において、無料診療所の設立によりスティグマが低減され、貧困や暴力対策につながる著しい成果をあげてきた。一方で、日本に目を転じると、医療制度が整っても依然としてスティグマが高い現状があり、これらの理論化とは別の方向性を探る必要が生じている。健康と病いの社会学では、HIVをめぐる生存に向けた社会運動をA. Giddens のいう「ライフ・ポリティクス」として位置づける論者がおり、日本では薬害HIV感染被害訴訟をめぐる社会運動がその代表例といえる。近年、東アジアを中心に、より小さなグラスルーツの日常生活上の諸問題を直接解決することを目指す「リヴィング・ポリティクス」の生起が指摘されている。日本のHIVをめぐる現象との関連では、1990 年代にさまざまなCBOs(コミュニティ組織)が誕生し、2000年代にLiving Together計画が生起した。さらに、現在HIV陽性者は「Undetectables(血中ウィルス検出限界未満の人たち)」という新たなアイデンティティを獲得しつつあり、日常生活のなかに遍在するスティグマ低減に向けた実践が生じている。ゆえに、これら諸実践とリヴィング・ポリティクス論との関係を精査することは、今後HIV研究・対策の一つの重要な課題となる。

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© 2019 日本社会学理論学会
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