現代社会学理論研究
Online ISSN : 2434-9097
Print ISSN : 1881-7467
不正を理解すること
原発事故と「復興」をめぐる一考察
橋本 摂子
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2014 年 8 巻 p. 14-25

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抄録
本報告は、原発事故後の福島の現実、特に「復興」をめぐる住民の分断と現地を覆う閉塞感についての、社会学的(かつ、多分に私的)見地からの一考察である。震災直後から、福島では復興を掲げ数多の取り組みが始められたが、被ばくリスク認識における性・世代間のギャップは埋められず、住民間の温度差は加速しているように思える。その背景には、除染の困難、健康被害の不確定性、依然続く補助金・交付金行政など被災地特有の事情に加え、今回の「災害」に対する住民間および福島内外をまたぐ共通理解の欠如がある。深刻な放射能汚染をもたらしたこの惨事について、原因はどこにあり、その本質は何だったのか、利害や立場を超えて出来事の意味を問う姿勢がほとんどないまま、ただ「復興」という言葉だけが一人歩きを続けている。
こうした現状から、本報告ではH. アーレントの「範例的妥当性」という概念を手がかりに、原発事故を社会的不正義の観点から捉える1 つの視座を提起したい。福島の被害を「不正」だと感じるわれわれの共通感覚の源泉は、被ばくリスクの負担を貨幣価値に換算し、困窮する過疎地の人びとへ残酷な選択肢を突きつけたことにあるのではないだろうか。社会理論とは意味を扱う学問である。復興の前に何を正さねばならないのか、何を繰り返してはならないのか、出来事の意味を繰り返し問うことは、震災によって社会学に課された仕事でもあるだろう。
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© 2014 日本社会学理論学会
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