抄録
昨今、コリア系住民、特に在日韓国・朝鮮人を標的にしたヘイトスピーチが急速に広まっている。本稿では、まずは、ヘイトスピーチと、それを実践している在特会などの排外主義的な団体の拡大について、社会心理学的説明と社会運動論からの説明の両方を批判的に検討する。その上で、この問題を考えるには、その実践者たちには意識されないまま、その行為に駆り立てている原因、いわば「背後の原因」を探求する必要があることを論じる。また、この問題を現場のリアリティを視野に収めて考えるとき、ヘイトスピーチを【恍惚的な嫌悪の表明】として捉えることが適切であることを論じる。では、【恍惚的な嫌悪の表明】はいかにして「背後の原因」から説明できるだろうか。
本稿では、イデオロギーと主体化に関わるルイ・アルチュセールの理論と、それについてのジュディス・バトラーの解釈を手掛かりに、この問いに答えることを試みる。これを通して、最終的には、ヘイトスピーチに見られる在日韓国・朝鮮人への激しい嫌悪が、主体化以前の様態にある自分自身への嫌悪の投影であることを示す。またデモにおいて見られる恍惚感が、大文字の主体の元で小文字の主体として包摂されることによってもたらされるものであることを論じる。最後に、理論的な考察から導かれるヘイトスピーチの理解に基づくとき、理論的には適切と考えられる対処の仕方が何であるのか、問題提起を行う。