谷本学校 毒性質問箱
Online ISSN : 2436-5114
〈特集3〉ファーマコビジランス
6.臨床及び非臨床における肝障害に起因しない血中トランスアミナーゼ活性の上昇について
丹 求菅井 象一郎永田 健
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2011 年 2011 巻 13 号 p. 82-106

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抄録

はじめに

 肝障害は頻度の高い副作用であり、重篤な肝障害は医薬品の販売や開発の中止の最大の要因の一つとなっている。そのため、肝障害あるいは肝障害を疑わせる事象に適切に対応することは、医薬品のリスクマネジメントにおいて非常に重要である。

 一方、臨床における肝障害をはじめとする副作用には、毒性試験ガイドラインで求められるスタンダードな非臨床毒性試験で予測できないものが依然として多い。また、臨床試験-非臨床毒性試験間では、観察される事象に不一致もしばしばみられる。このような事象の一つに血中トランスアミナーゼ活性の上昇がある。

 トランスアミナーゼは肝障害のマーカー酵素として古くから測定され、特異体質性肝障害のリスク評価においても鋭敏なマーカーの一つとされている。しかしながら、非臨床毒性試験においては血中トランスアミナーゼ活性のみが軽度に上昇し肝機能障害を示唆する病理組織学的変化が認められないことがある。臨床試験においても、血中トランスアミナーゼ活性のみが軽度に上昇するものの他の肝機能検査に異常がみられない状況にしばしば遭遇する。また、血中トランスアミナーゼ活性は、特に臨床試験において食事条件、運動などの環境要因で変動することも報告されている。さらに、一部の糖代謝/脂質代謝改善薬では、その薬理作用に関連して、臨床あるいは非臨床において血中トランスアミナーゼ活性が肝障害とは異なるメカニズムで上昇することも知られている1)。これらのことは血中トランスアミナーゼ活性を指標とした肝障害のリスク評価を困難なものにしており、非臨床あるいは臨床試験において血中トランスアミナーゼ活性のみが軽度に上昇するような状況においては肝障害のリスクを様々な角度から評価する必要がある。

 以上の背景を踏まえ本稿では、血中トランスアミナーゼ活性の軽度上昇が認められた3つの開発化合物(Compound A、B及びC)について臨床及び非臨床試験のデータを紹介する。これらの開発化合物はいずれも糖代謝あるいは脂質代謝改善を適応として開発されたものであり、臨床試験及び非臨床毒性試験において肝機能障害を示唆する明らかな所見は認められなかった。また、その開発過程においては、ヒトの肝障害リスク評価のための非臨床におけるメカニズム検討と、臨床、非臨床、安全性情報の各部門間で慎重な議論が繰り返された。メカニズム検討の結果、これらの開発化合物の血中トランスアミナーゼ活性上昇作用は肝機能障害に起因する可能性は極めて低く、その薬理作用に関連する可能性が高いことが示された。

 これら3つの化合物は、後にそれぞれ別個の理由で開発が中止されたが*1、臨床・非臨床部門の連携によるリスクマネジメントの一例として、血中トランスアミナーゼ活性上昇に関するわれわれの検討内容を紹介する。

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© 2011 安全性評価研究会
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