薬剤性腎障害とは、薬剤治療によって引き起こされる腎障害の発症および悪化である。腎臓は、複数の理由によって薬剤による障害を受けやすいと考えられている。第一は、血流の豊富さである。腎臓は左右2個合わせても体重のわずか0.4%ほどの重量にしか過ぎないが、心拍出量の約25%が通過するため、臓器のサイズに比して血流が非常に多いといえる。第二は、尿細管での尿濃縮に伴って腎組織が高い薬物濃度に曝露されるという要素である。糸球体で濾過されて生成する原尿は一日当たり100 L以上に及ぶが、尿細管を通るうちに自由水が再吸収され、最終的に排泄される尿は1~2 L程度であり、実に約100倍に達する濃縮を受けていることになる。第三は、腎臓に到達する薬剤は、糸球体で濾過されるものだけではなく、血流に乗って尿細管上皮細胞に直接運ばれるものも存在することである。尿細管上皮細胞の血管側(基底膜側)の細胞膜上にはorganic anion transporter(OAT)やorganic cation transporter(OCT)などといった輸送体が存在し、臨床的に使用されている腎毒性薬物を含む有機陽イオン・陰イオンの細胞質への取り込みを担っている 1)。血液中に分布する多くの薬剤やその代謝物は、これらの輸送体を介して、尿細管上皮細胞の細胞質に取り込まれる。取り込まれたこれらの薬剤は、最終的に管腔側に発現している様々な輸送体を介して尿細管内腔に排泄されるが、この輸送の過程において、尿細管上皮細胞の細胞質における薬剤濃度が一時的に高まりやすい。
薬剤による腎毒性は、臨床の現場において、急性腎障害(AKI)や慢性腎臓病(CKD)といった腎疾患の原因として頻度が高く、しばしば問題となる。そして、薬剤による腎毒性は、創薬の現場においても非常に大きな障壁となっている。新薬が有害事象により臨床試験中止になる確率は92%であるが、新薬の腎毒性が非臨床試験の段階で判明する確率はわずか7%とされる 2)。このように、薬剤の腎毒性を非臨床試験の段階で予測することは難しい。これは開発コストとして経済的な医療資源の損失に直結する問題である。
非臨床試験の段階で新薬の腎毒性を検出することが困難な理由は、実際のヒトの腎臓の生理学的機能を備えた信頼できるモデルが不足しているためである。腎毒性物質の主要な標的は近位尿細管細胞であると考えられているが、ヒト不死化細胞株などの腎毒性を評価するための既存のin vitroの手法としての培養細胞系は、OATやOCTなどの腎薬剤輸送体の発現が不十分であるという問題がある。初代ヒト腎近位尿細管細胞株(renal proximal tubule epithelial cells: RPTEC)は、脱分化により輸送体の発現を容易に失ってしまう 3,4)。HK2、HKC-8、ciPTECなどの不死化されたヒト近位尿細管細胞株も輸送体の発現を失っている 5,6)。もう一つの問題は、腎毒性の機序が多様なことである。腎臓のネフロンには糸球体と尿細管で合わせて20種類以上の細胞が存在し、薬剤によって障害の標的が異なるが、培養細胞系は基本的に単一の細胞から成っており、糸球体と尿細管の両方の損傷を同時に検出することはできない。一方、腎毒性を評価するためのin vivoの手法は動物モデルであるが、ヒトと動物では腎薬剤輸送体の機能や発現パターンに違いがある。このため、薬剤の細胞への取り込まれ方も異なることがわかっており 7)、腎毒性物質によってヒトで引き起こされる腎臓の現象を忠実に再現できないことが度々起こる。
以上の理由から、包括的な腎毒性評価に利用可能な新しい予測モデルが必要とされている。その一つの答えとして、腎臓オルガノイドを挙げることができる。近年、直接的な分化誘導または転写因子によるリプログラミングによって腎臓の細胞を作製する in vitroの方法が確立された 8-10)。これらの技術の進歩により、ES細胞やiPS細胞を含むヒト多能性幹細胞からネフロン前駆細胞や腎臓オルガノイドを作製することが可能となっている。我々のグループが作製し2015年に報告した腎臓オルガノイドは、糸球体足細胞、近位尿細管、ヘンレのループ、遠位尿細管のマーカーを発現するネフロン様の構造をもっており、in vivoのネフロンに類似した連続的な配置を有している 9,11)。腎臓オルガノイドは、バルクおよび単一細胞のRNAシークエンスでは依然として幼若で不完全なモデルであることが示されており 10,12)、腎代替療法に利用する組織の供給源としての長期目標に向けて、成熟性と機能を改善するための努力が払われている。一方、腎臓オルガノイドは、他の有望な用途として疾患モデリングへの応用も期待されており、遺伝性腎疾患、AKIなどを再現した報告も出てきている 13-16)。我々は、薬剤の腎毒性評価においても腎臓オルガノイドが利用可能なのではないかと考えて検証を行っている途上であり、これまでに判明している知見について概要をお伝えしたい。
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