1990年代、心毒性を理由に市場撤退した非循環器用薬が数多く報告され、その多くは致死性不整脈の一種であるTdP(Torsades de Pointes)誘発やQT間隔延長作用が原因であった 1)。さらに、臨床試験においても、中止となった原因の22%が心循環器系の有害作用によるものであるとのデータもある 1)。このような背景のもと、ICH(International Council for Harmonisation of Technical Requirements for Pharmaceuticals for Human Use)S7Bガイドライン「ヒト用医薬品の心室再分極遅延(QT間隔延長)の潜在的可能性に関する非臨床的評価」が2004年にICHの総会で最終合意、採択され(Step4)、本邦においては2009年(平成21年)に通知された(Step5) 2)。周知のとおり、本ガイドラインが実装されて以降、医薬品の研究開発においてQT間隔延長の主たる原因であるhERG(human ether-a-go-go related gene)チャネルの阻害活性を指標としたスクリーニングが実施されるようになり、hERGチャネル阻害活性を有しない医薬品を選択する傾向が強 まった。その結果、QT間隔延長によって誘発されるTdP が生じる医薬品はほとんど上市されていないと言われている。このように、hERGチャネル阻害活性評価はTdP の排除においては非常に効果的である。一方で、心筋細胞の活動電位は、複数のイオンチャネル(ナトリウムチャネル、カルシウムチャネル及びカリウムチャネル)のバランスによって高度に制御されており、hERGチャネル阻害活性を有する化合物でも、その他のイオンチャネルへの影響のバランスによってはQT間隔延長を生じない場合がある。また、QT間隔延長が必ずしもTdP を誘発しないことも知られていることから 3)、有用な医薬品をスクリーニング段階で排除している可能性が指摘されてきた。
この問題を解決することを目的に、2013年、FDA(Food and Drug Administration)、HESI (Health and Environmental Science Institute)、CSRC(Cardiac Safety Research Consortium)及びSPS(Safety Pharmacology Society)によってCiPA (Comprehensive In Vitro Proarrhythmia Assay)が提案された 3)。CiPAは非臨床評価について、次のような評価フローを提唱している。まず、hERGチャネルを含む複数のイオンチャネルの阻害活性データを取得する。次にそのデータを用いてin silicoシミュレーションで催不整脈性を評価する。最後に、 in silicoシミュレーションの結果を検証するために、ヒトiPS細胞由来心筋細胞などを用いてQT間隔延長、あるいは催不整脈性を評価する(図1) 3,4)。
CiPAに基づく国際的な研究活動の結果から、2022年2月にICH E14/S7B Q&AがStep4 となり、本邦において2022年(令和4年)7月22日付けで通知された(Step5) 5)。本稿では、CiPA提唱のそれぞれの評価フローについて概説する。
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