谷本学校 毒性質問箱
Online ISSN : 2436-5114
後進へ伝えたいこと
−若者への期待−
佐藤 哲男
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2014 年 2014 巻 16 号 p. 126-131

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抄録

 「毒性学ってなんだ」とよく訊かれる。それが一般の人なら納得するが、大学の医学部、薬学部の教員の中でも認知度が低いとなるといささか問題だ。この傾向は日本だけではなく米国でも同じである。たしかに薬理学、病理学、生化学などの基礎医学・薬学に比べたら歴史が浅い。また、その内容が医薬、食物、農薬、環境など多岐にわたるのでその焦点が判りづらい。一般市民に毒性の例として「薬の副作用」を挙げると誰もが理解するが、「水銀、農薬も毒性学の対象だ」というと、たちまち混乱が生ずる。つまり、「薬の副作用」と「水銀の毒性」は結びつかない。

 1970年代に日本に“Toxicology”が導入された頃、関係者はその日本語訳に頭を悩ませた。「毒性学」、「副作用学」、「安全性学」、「毒物学」などが勝手に使われたが、どれもToxicologyの一面を表しているに過ぎない。本稿では「毒性学」を使うこととする。米国では、1961年に薬理学、生化学、病理学などの著名な研究者9名が発起人となってSociety of Toxicology (SOT)を設立した。彼らは専門領域の異なるいわば“ヘテロ集団”だった。私がSOTに入会した1974年頃はSOTはまだ混沌としていた。しかし、その後お互いに異なる専門分野の研究者が原動力となって新しい学問であるトキシコロジーの体系が確立された。

 日本では1981年に、それまで別々に活動していた「毒性研究会」(獣医研究者集団)と「毒作用研究会」(医学、薬学研究者集団)が合体して「日本毒科学会(現日本毒性学会)(JSOT)」が設立された。JSOTもSOTと同様に異なる背景の研究者からなる“ヘテロ集団”である。この様に、トキシコロジーは多面的な応用科学であるだけに、一つの事象を解析する場合でも研究者の背景により意見が異なることが多い。 これは“ヘテロ集団”の宿命である。しかし、専門領域が違うことにより、自分が見えなかったことが他人により指摘されて成功につながることもある。これは“ヘテロ集団”の強みである。

 私はこれまで創薬の現場の経験はないが、企業研究者との交流や多くの集会を通して、毒性学研究の内容が科学の進歩とともに着実に変わりつつあることを実感している。たとえば、最近の毒性研究者の関心は個体から遺伝子レベルへシフトした。昔、個体の実験動物を使って行われたがんの研究が、今では核内レセプターやがん遺伝子、microRNAなどを介して説明される様になった。この様な変化は自然科学の発展に伴う進化なのでそれを否定するものではない。事実、薬物代謝酵素の遺伝多型の解析により、それまで困難とされていた薬物の毒性発現機序が解明された例は少なくない。したがって、分子生物学的手法は毒性の解明にとって強力なアプローチとなることは間違いない。しかし、創薬の現場では今日でも動物実験、in vivo試験の必要性は議論のないところである。

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© 2014 安全性評価研究会
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