谷本学校 毒性質問箱
Online ISSN : 2436-5114
レクチャー1 労働安全衛生・環境影響評価
6.医薬品の環境リスク管理に関する現状と今後の課題
-エコファーマコビジランスという考え方-
東 泰好
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2017 年 2017 巻 19 号 p. 40-44

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抄録
 私たちが病気や怪我の治療・予防の目的で使用した、あるいは使用する目的で入手しながら使用されずに廃棄された医薬品が、河川等の水環境中で多数検出されている(図1)。起源としては、人用医薬品の他に、動物用医薬品、家畜飼料添加物、農薬等の用途で用いられているもの等(人用医薬品と同じ有効成分でありながら用途分類により医薬品としてみなされていないものも含む)についても考える必要があるが、環境中への排出/漏出という観点でこれらを包括的・定量的に調査した研究報告は見当たらない。この新たな環境汚染が毒性学的・社会的課題として関心を集め、SETAC(Society of Environmental Toxicology and Chemistry: 環境毒性学及び環境化学に関する国際学会)等の国際学会において活発な科学的議論が展開されているのみならず、UNEP(United Nations Environment Programme: 国際連合環境計画)のSAICM(Strategic Approach to International Chemicals Management: 国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ)推進のための議論も高まり、2015年秋のICCM4(The 4th session of the International Conference on Chemicals Management: 第 4 回国際化学物質管理会議)において、本課題を重要優先政策課題として扱うべきとの合意がなされ、もはや医薬品であることを理由に特別扱いすることが許されない状況になりつつある。
 河川等の水環境に医薬品が存在することによってどのようなことが懸念されるのであろうか(図2)。第一に、飲用水や食物の摂取を介しての人健康への影響が考えられるが、非意図的な曝露レベル(摂取量)と薬効または有害作用(毒性)の発現がみられる曝露量(血漿中濃度)の比較から、直ちに人健康に対する悪影響を心配する必要はないであろうというのが、多くの専門家たちの見解とされている。しかしながら、国連WHOの報告書1)でも言及されているように、これまでの調査・研究では複数の医薬品による複合的な影響の評価はされておらず、また、感受性の高い人々(妊婦・胎児や化学物質に過敏な反応を示すような人々)における安全性の確認もなされていないことから、今後、より詳細な研究が必要であるとされている。第二に考えなければならないのが、生態系に対する影響である。最近の研究では、実際に環境中で検出されているのと同程度の濃度で水生生物に対して何らかの悪影響が認められる医薬品があることが示されており2,3)、また、人の健康に対する影響の場合と同様に、複合影響についても考慮する必要がある。従って、生態系に対する環境中医薬品の影響については、人の健康に対する影響の場合よりも懸念は大きく、より慎重に検討される必要があると考えられている。加えて近年、環境中に排出された抗菌薬や抗ウイルス薬による薬剤耐性形成助長の問題を指摘する声もあり4)、研究手法の確立が急がれている。
 報告されている水環境中各種医薬品の検出濃度は、他の環境汚染化学物質と比較すると概して低く、医薬品の種類や調査の時期・場所等の違いによる変動はみられながらも、一部の例外を除き、多くは ng/Lのオーダーである。しかし、医薬品は高い生理活性を示すように設計された化学物質であることを考えると、環境濃度そのものだけではなく、環境中での物質動態や、物理的・化学的なファクターの関与なども含めた慎重な曝露評価が必要となる。また、生態系を構成する個々の生物種に対する影響は、毒性に対する感受性が生物種の違いにより異なることによって少なからず左右される。さらに、個体に対する毒性の評価と個体群に対する毒性影響の評価は異なることも考慮しなければならない。以上のことから、これらを包括的に検討し、医薬品が環境(生態系)に対する影響を正しく評価することが簡単な作業ではないことは容易に想像できよう。1970年代後半に医薬品による環境影響の問題が論じられるようになって以来、相当数の調査・研究成果が報告されているが、上述したような問題の難しさもあり、環境中に存在する医薬品が人間の健康や生態系に対してどのような影響を及ぼすか、また、薬剤耐性を示す病原菌やウイルスの出現助長に関与しているのかどうかに関する研究は必ずしも十分ではなく、リスク管理のために必要となる科学的根拠の確立にはまだまだ膨大な時間がかかると思われる。
 このような現状において、時に散見されるやや誇張的とも思われるようなメディア報道や扇動的なインターネット情報等に惑わされ、必要以上に不安を大きくしてしまい、無用な社会混乱に陥ってしまったり、医療上必要な医薬品の使用に不条理な制限がかかってしまったりすることがないよう、社会としての冷静な対応が求められていることを認識する必要がある。
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© 2017 安全性評価研究会
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