天然有機化合物討論会講演要旨集
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生合成酵素による糸状菌二次代謝産物の汎用的合成法の開発
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生合成酵素による糸状菌二次代謝産物の汎用的合成法の開発

 糸状菌は放線菌と並ぶ多様な構造を有する天然物の宝庫であり、生理活性物質の主要供給源であることが知られている1。また、シーケンス技術の急速な発展に伴い、糸状菌ゲノム中には既知化合物から予想されるよりも遥かに多い数の生合成遺伝子群が存在することも明らかにされつつある。これより、二次代謝産物生合成遺伝子(群)の機能を最大限に活用するための汎用性の高い方法論を確立すれば、既知物質の効率的生産に加えて新規生理活性物質の発見につながると考えられる。

 麹菌異種発現系は、糸状菌由来の有用タンパク質の生産において優れた実績を持つ発現系である2。藤井・海老塚らは、この信頼性の高い麹菌発現系を二次代謝産物の生合成研究へと応用し、ポリケチド合成酵素の機能解析において先駆的な研究を行ってきた3。また近年では、複数遺伝子の導入による天然物とその中間体の合成例(tenellin4、pyripyropene5)も報告されている。我々もaphidicolinの酵素的全合成6の達成を契機として、麹菌異種発現系を利用した生合成遺伝子の網羅的解析と物質生産への展開を図ってきた。本討論会では、インドールジテルペンpaxiline(1)の酵素的全合成7、機能未知遺伝子の強制発現によるophiobolin F(8)合成酵素の同定8を例として、麹菌異種発現系の有用性について議論する。

1. インドールジテルペンpaxiline(1)の酵素的全合成

 Paxiline(1)に代表されるインドールジテルペンは、糸状菌が生産する代表的なマイコトキシンである。ポリプレニル鎖の鎖長(炭素数15もしくは20)と環化様式、酸化度などの違いにより構造多様性が創出され、類縁化合物の総数は百以上にも及ぶ9(図1)。Scottらによる先行研究から、1の生合成遺伝子クラスターの特定と多段階酸化反応を触媒する2種の酸化酵素(PaxP、PaxQ)の機能解析が行われていたものの9、インドールジテルペンの共通中間体であると考えられてきたpaspaline(2)までの生合成経路については不明であった。そこで我々は1の生合成マシナリーの再構築と酵素的全合成を目指し、麹菌異種発現系を利用した1の生合成研究に着手した。

 まず、同位体標識化合物の投与実験10から環化直前の中間体であることが確認された3-geranylgeranylindole(3)の合成に必要な遺伝子を実験的に特定することにした。麹菌NSAR1株に対し、ゲラニルゲラニル二リン酸(GGPP)合成酵素遺伝子paxGとプレニル基転移酵素遺伝子paxCを導入したところ、期待した通り、3が合成された(図2-iv)。次に6環性骨格の構築機構を調べるため、paxG/C株に対してエポキシ化酵素遺伝子paxMと環化酵素遺伝子paxBを追加導入した。各形質転換体が生産した化合物の単離・構造決定から、paxG/C/M株ではモノエポキシド4(図2-iii)、paxG/C/M/B株では2の生産を確認した(図2-ii)。paxG/C/M株が4を生産したことを考慮すると、エポキシ化と環化が段階的に進行することで3から2へと変換されることが予想された。そこで、paxB単独導入株を用いて4及び有機合成的に調製したビスエポキシド6の微生物変換反応を行った。反応生成物の

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 糸状菌は放線菌と並ぶ多様な構造を有する天然物の宝庫であり、生理活性物質の主要供給源であることが知られている1。また、シーケンス技術の急速な発展に伴い、糸状菌ゲノム中には既知化合物から予想されるよりも遥かに多い数の生合成遺伝子群が存在することも明らかにされつつある。これより、二次代謝産物生合成遺伝子(群)の機能を最大限に活用するための汎用性の高い方法論を確立すれば、既知物質の効率的生産に加えて新規生理活性物質の発見につながると考えられる。

 麹菌異種発現系は、糸状菌由来の有用タンパク質の生産において優れた実績を持つ発現系である2。藤井・海老塚らは、この信頼性の高い麹菌発現系を二次代謝産物の生合成研究へと応用し、ポリケチド合成酵素の機能解析において先駆的な研究を行ってきた3。また近年では、複数遺伝子の導入による天然物とその中間体の合成例(tenellin4、pyripyropene5)も報告されている。我々もaphidicolinの酵素的全合成6の達成を契機として、麹菌異種発現系を利用した生合成遺伝子の網羅的解析と物質生産への展開を図ってきた。本討論会では、インドールジテルペンpaxiline(1)の酵素的全合成7、機能未知遺伝子の強制発現によるophiobolin F(8)合成酵素の同定8を例として、麹菌異種発現系の有用性について議論する。

1. インドールジテルペンpaxiline1)の酵素的全合成

 Paxiline(1)に代表されるインドールジテルペンは、糸状菌が生産する代表的なマイコトキシンである。ポリプレニル鎖の鎖長(炭素数15もしくは20)と環化様式、酸化度などの違いにより構造多様性が創出され、類縁化合物の総数は百以上にも及ぶ9(図1)。Scottらによる先行研究から、1の生合成遺伝子クラスターの特定と多段階酸化反応を触媒する2種の酸化酵素(PaxP、PaxQ)の機能解析が行われていたものの9、インドールジテルペンの共通中間体であると考えられてきたpaspaline(2)までの生合成経路については不明であった。そこで我々は1の生合成マシナリーの再構築と酵素的全合成を目指し、麹菌異種発現系を利用した1の生合成研究に着手した。

 まず、同位体標識化合物の投与実験10から環化直前の中間体であることが確認された3-geranylgeranylindole(3)の合成に必要な遺伝子を実験的に特定することにした。麹菌NSAR1株に対し、ゲラニルゲラニル二リン酸(GGPP)合成酵素遺伝子paxGとプレニル基転移酵素遺伝子paxCを導入したところ、期待した通り、3が合成された(図2-iv)。次に6環性骨格の構築機構を調べるため、paxG/C株に対してエポキシ化酵素遺伝子paxMと環化酵素遺伝子paxBを追加導入した。各形質転換体が生産した化合物の単離・構造決定から、paxG/C/M株ではモノエポキシド4(図2-iii)、paxG/C/M/B株では2の生産を確認した(図2-ii)。paxG/C/M株が4を生産したことを考慮すると、エポキシ化と環化が段階的に進行することで3から2へと変換されることが予想された。そこで、paxB単独導入株を用いて4及び有機合成的に調製したビスエポキシド6の微生物変換反応を行った。反応生成物のHPLC解析の結果、4からemindole SB(5)及び6から2への変換が共に確認できたことから段階的なエポキシ化/環化機構が支持された。類似のエポキシ化/環化反応が関与するポリエーテル骨格構築機構11とは、①単一の酸化酵素が異なる面選択性でエポキシ化する点、②エポキシ化/環化が段階的に進行する点で異なる。この違いは、天然物の構造多様性構築戦略を考える上でも大変興味深い結果であると考えている。

 続いて、多段階酸化反応を触媒する2つの酸化酵素遺伝子(paxPpaxQ)の導入による1の全合成を試みた。この時点で遺伝子を導入するために使用できるベクターが1つ(pUNA)しか残されていなかったため、各遺伝子をそれぞれpUNAに組み込んだ2種類のプラスミドの同時導入を検討した。その結果、paxPpaxQだけが導入された株(計3種)に加えて両遺伝子が導入されたpaxG/C/M/B/P/Q株(4種)が得られた。この形質転換体では、35 mg/Lという収量で1が生産された(図2-i)。

 以上、麹菌に対する生合成遺伝子の逐次導入と代謝産物の単離を繰り返すことで、生合成中間体の特定とpaxiline(1)の酵素的全合成を達成することに成功した。1の生合成中間体であるpaspaline(2)は、複雑な構造を有するインドールジテルペンであるlolitrem やpenitremなどの中間体でもある。従って、2を生産するpaxG/C/M/B株をプラットフォームとした修飾酵素遺伝子の導入や交換により、類縁化合物及び非天然型インドールジテルペンの網羅的合成へと展開できると考えている。

2. 機能未知遺伝子の強制発現によるophiobolin F8)合成酵素の同定

 機能未知遺伝子の強制発現による新規二次代謝産物の取得(ゲノムマイニング)は、糸状菌がもつ未開拓遺伝子資源を効率的に活用するための方法論の一つとして大きく期待されている。本研究では、イソプレノイドの構造多様性創出を担い、かつ、基質合成ドメインと環化ドメインを併せもつ二機能性環化酵素遺伝子に焦点を絞り、麹菌異種発現系を利用したゲノムマイニングを試みた。

 ゲノム公開株(Aspergillus属)から炭素数20のfusicoccadiene(7)の生産に関与する二機能性環化酵素遺伝子(PaFS12)のホモログを探索したところ、14個の候補遺伝子が見いだされた。麹菌に対する候補遺伝子の導入と形質転換体が生産する代謝産物の探索を行ったところ、Aspergillus clavatus NRRL1株に存在する遺伝子(ACLA_76850)を導入した形質転換体から4種類の化合物(8-11)が単離できた。GC-MS解析の結果、当初の予想に反し、8-11は炭素数25のセスタテルペンもしくはそのアルコール体に相当する分子イオンピーク(m/z 340もしくはm/z 358)を与えることがわかった。主生成物8は、X線結晶構造解析から5-8-5環性骨格を有するophiobolin F13であることが明らかとなった。その生成量は米培地100 g当たり12.4 mgであった。一方、9及び108と類似した5-8-5環性骨格を有する類縁化合物であること、11は4-9環性骨格を有するセスタテルペンであることを各種NMR解析から決定した(図3(A))。9-11の生成量は、米培地100 g当たりそれぞれ8 mg、15 mg、25 mgであった。以上の結果を踏まえ、ACLA_76850をophiobolin F合成酵素(AcOS)と命名した。続いて、大腸菌で大量発現したAcOSを利用して酵素反応を行うことで、ファルネシル二リン酸(FPP)と2分子のイソペンテニル二リン酸(IPP)から8が生成することを確認した。

 AcOSによる8の生成機構を図3に示す。まず、伸長ドメインがFPPとIPPを利用して炭素数25のゲラニルファルネシル二リン酸(GFPP)を合成する。生成したGFPPは環化ドメインへと受け渡された後、C1-C11間で環化することで11員環を有する中間体12が生成する。次いで、C10-C14間で環化して5-11員環となった後、1,5-ヒドリドシフト、C2-C6間での環化により中間体13へと変換される。13に対して水分子の付加反応が進行した場合には主生成物8が生成し、脱プロトン化反応が進行した場合には副生成物9及び10が生成する。4-9環性骨格をもつ11は、中間体12におけるC2-C10間での環化とそれに続く脱プロトン化反応により生成する。

 以上、機能未知遺伝子の強制発現により新規セスタテルペン合成酵素AcOSの同定に成功した。AcOSとアミノ酸配列が類似したフシコクシン合成酵素(PaFS)がジテルペン(C20)化合物を生産することを考慮すると、生物は基質の炭素数を改変するという極めて単純な戦略でセスタテルペン(C25)を生合成している可能性が高い。これは、天然物の進化を考える上でも大変興味深い結果である。また、8は類縁化合物(図3(B))の中でも最も酸化度が低く、さらなる修飾反応を受けることが予想される。実際、AcOS遺伝子の周辺にはチトクロームP450を含む複数の酸化酵素遺伝子が存在している。現在、酸化酵素遺伝子を導入した多重形質転換体を作製し、その代謝産物の解析を進めている。

まとめ

 麹菌異種発現系を利用する事で、インドールジテルペンpaxilineの酵素的全合成とゲノムマイニングによる新規セスタテルペン合成酵素AcOSの同定に成功した。本手法の最大の特徴は、標的遺伝子を導入するだけで物質生産が効率的に行われる点にある。これにより、①化合物種に依存しない二次代謝産物の合成(ポリケチド、テルペン、アルカロイド)、②基質-生成物の特定に基づく生合成経路の解明、③機能未知遺伝子の強制発現による二次代謝産物の取得が期待できる。また、複数遺伝子同時導入法の確立により、理論上、10個以上の遺伝子導入も可能になった。多くの糸状菌由来二次代謝産物の生合成遺伝子の数が10個程度である点を考慮すると、麹菌異種発現系は二次代謝産物生合成マシナリーの再構築による既知及び新規化合物の創製へと応用できる汎用性の高い方法論になることが期待される。

【謝辞】

 A. oryzae NSAR1株をご供与頂いた東京大学・北本勝ひこ教授に感謝いたします。本研究は新学術領域研究「生合成マシナリー:生物活性物質構造多様性創出システムの解明と制御」(22108002)の援助により行われたものであり、ここに深謝致します。

【参考文献】

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