天然有機化合物討論会講演要旨集
Online ISSN : 2433-1856
55
会議情報

矢毒カエル毒チリキトキシンの全合成
安立 昌篤今津 拓也榊原 良佐竹 佳樹磯部 稔西川 俊夫
著者情報
会議録・要旨集 フリー HTML

p. Oral46-

詳細
矢毒カエル毒チリキトキシンの全合成

【目的】

 古くから知られているフグ毒テトロドトキシン(TTX, 1)は、電位依存性ナトリウムチャネルの強力な特異的阻害剤である。自然界には多くのTTX類縁体が存在し、コスタリカ産矢毒カエルAtelopus chiriquiensisから単離されたチリキトシキン(CHTX, 2)もその一つである1)。その化学構造は1990年に山下・安元らによって決定され2)、CHTXはTTXの11位にグリシンが結合した最も複雑な構造を持つ天然TTX類縁体である。また、TTX類縁体の中で唯一ナトリウムチャネルだけでなくカリウムチャネルに対しても作用することが報告されているが3)、CHTXは天然からの入手が困難なため、その詳細は現在も明らかにされていない。当研究室では、TTXが関与する様々な生命現象を分子レベルで解明するために、TTXとその類縁体の合成研究を行っている4),5)。本研究では、イオンチャネルに対する作用の詳細を明らかにするために、CHTX (2)の全合成を検討した。

【合成計画】

 当研究室では最近、8位と11位に水酸基を持つ汎用性の高い中間体3の合成を報告し6)、3からの5-deoxyTTXの全合成に成功している7)。本研究でも3を用いることで、TTX (1)およびCHTX (2)が効率的に合成できると考えた(Scheme 1)。すなわち、アリル酸化によって位置選択的に5位へ水酸基を導入した後、エポキシ化とオゾン酸化によりアルデヒド4へ誘導する。カルボン酸等価体としてアセチリドを4へ付加させ5とし、アセチレンの酸化開裂とエポキシドの開環を伴うラクトン化、続くオルトエステルへの変換によって、重要中間体6を合成する計画である。最後に、6にグアニジンを導入すればTTX (1)が得られ、また6の11位水酸基を酸化しアルデヒド7とした後、D-camphor由来のグリシン等価体とのanti選択的なアルドール反応によってCHTX (2)の合成が可能であると考えた。

Scheme 1

【方法および結果】

 まず、中間体3からラクトン化前駆体15を合成した(Scheme 2)。8位水酸基の立体配置を反転した後、二酸化セレンを用いたアリル酸化による5位への水酸基導入を検討した。その結果、アセテート8を使うと望むアリルアルコール9が良好な収率で得られることが明らかとなった。続いて、9のアセチル基をTBS基へ変換した後、環内オレフィンをエポキシ化して10を合成した。エポキシド10の5位水酸基をPMB基で保護し、ビニル基のオゾン酸化によってアルデヒド11とした。得られた11にリチウムアセチリドを作用させたところ、10:1の比で9位水酸基の立体配置がTTXと同一のアルコール12を優先的に得た。次いで、12の水酸基をアセチル化した後、TMS基を脱保護し末端アセチレン13とした。得られた13の5位水酸基の立体配置はTTX (1)とは逆であったため、その立体配置の反転を行った。DDQによりPMB基を脱保護し、PCC酸化とNaBH4 による立体選択的な還元によってジアセテート15に変換した。

Scheme 2

 続いて、得られた15から鍵中間体17を合成した(Scheme 3)。まず、15のアセチレンを四酸化ルテニウムと過酸化水素水で段階的に酸化してカルボン酸とした後、エポキシドの開環を伴ったラクトン化とオルトエステル化によ

(View PDFfor the rest of the abstract.)

【目的】

 古くから知られているフグ毒テトロドトキシン(TTX, 1)は、電位依存性ナトリウムチャネルの強力な特異的阻害剤である。自然界には多くのTTX類縁体が存在し、コスタリカ産矢毒カエルAtelopus chiriquiensisから単離されたチリキトシキン(CHTX, 2)もその一つである1)。その化学構造は1990年に山下・安元らによって決定され2)、CHTXはTTXの11位にグリシンが結合した最も複雑な構造を持つ天然TTX類縁体である。また、TTX類縁体の中で唯一ナトリウムチャネルだけでなくカリウムチャネルに対しても作用することが報告されているが3)、CHTXは天然からの入手が困難なため、その詳細は現在も明らかにされていない。当研究室では、TTXが関与する様々な生命現象を分子レベルで解明するために、TTXとその類縁体の合成研究を行っている4),5)。本研究では、イオンチャネルに対する作用の詳細を明らかにするために、CHTX (2)の全合成を検討した。

【合成計画】

 当研究室では最近、8位と11位に水酸基を持つ汎用性の高い中間体3の合成を報告し6)3からの5-deoxyTTXの全合成に成功している7)。本研究でも3を用いることで、TTX (1)およびCHTX (2)が効率的に合成できると考えた(Scheme 1)。すなわち、アリル酸化によって位置選択的に5位へ水酸基を導入した後、エポキシ化とオゾン酸化によりアルデヒド4へ誘導する。カルボン酸等価体としてアセチリドを4へ付加させ5とし、アセチレンの酸化開裂とエポキシドの開環を伴うラクトン化、続くオルトエステルへの変換によって、重要中間体6を合成する計画である。最後に、6にグアニジンを導入すればTTX (1)が得られ、また6の11位水酸基を酸化しアルデヒド7とした後、D-camphor由来のグリシン等価体とのanti選択的なアルドール反応によってCHTX (2)の合成が可能であると考えた。

Scheme 1

【方法および結果】

 まず、中間体3からラクトン化前駆体15を合成した(Scheme 2)。8位水酸基の立体配置を反転した後、二酸化セレンを用いたアリル酸化による5位への水酸基導入を検討した。その結果、アセテート8を使うと望むアリルアルコール9が良好な収率で得られることが明らかとなった。続いて、9のアセチル基をTBS基へ変換した後、環内オレフィンをエポキシ化して10を合成した。エポキシド10の5位水酸基をPMB基で保護し、ビニル基のオゾン酸化によってアルデヒド11とした。得られた11にリチウムアセチリドを作用させたところ、10:1の比で9位水酸基の立体配置がTTXと同一のアルコール12を優先的に得た。次いで、12の水酸基をアセチル化した後、TMS基を脱保護し末端アセチレン13とした。得られた13の5位水酸基の立体配置はTTX (1)とは逆であったため、その立体配置の反転を行った。DDQによりPMB基を脱保護し、PCC酸化とNaBH4 による立体選択的な還元によってジアセテート15に変換した。

Scheme 2

 続いて、得られた15から鍵中間体17を合成した(Scheme 3)。まず、15のアセチレンを四酸化ルテニウムと過酸化水素水で段階的に酸化してカルボン酸とした後、エポキシドの開環を伴ったラクトン化とオルトエステル化により16を合成した。続いて、16のアセトニドを選択的に脱保護し、1,2-ジオールの切断と生じたアルデヒドを分子内アセタールとして保護して、鍵中間体であるエチルアセタール17を得た。さらに、トリクロロアセチル基を脱保護し生じたアミノ基をグアニジン化した後、HF水溶液で全ての保護基を一挙に脱保護して、4,9-アンヒドロTTX (19)を得た。なお、19は酸加水分解によってTTX (1)に変換できる8)

Scheme 3

 続いて、鍵中間体17からCHTX (2)の全合成を検討した(Scheme 4 and 5)。まず、当研究室で開発した方法9)により17のトリクロロアセチル基を一段階でCbz基に変換し20とした。次いで、20の11位水酸基のTBS基を選択的に脱保護しAlbright-Goldman酸化によって、6位水酸基がMTM化されたアルデヒド21を合成した。グリシン等価体としてイミノラクトン2210)のリチウムエノラートを21に付加させたところ、立体選択的にアルドール反応が進行し、望む立体配置を持つ付加体23を得た。さらに、Cbz基を脱保護しdi-Bocメチルイソチオウレアと反応させ、CHTXと合成的に等価なグアニジン24を合成した。

Scheme 4

 残る変換は保護基の除去のみとなったが、既存の条件でMTM基を脱保護することは困難であったため、Pummerer反応を利用した新たな脱保護法を開発しそれを解決した。すなわち、24のMTM基をスルホキシドに酸化しTFAAで処理するとPummerer反応と11位水酸基のトリフルオロアセチル化が進行して、モノチオアセタール26が得られた。さらに、26を加水分解することでMTM基が脱保護されたジオール27を得た。HF水溶液で全ての保護基を脱保護して、4,9-アンヒドロCHTX-13,6-ラクトン (28)を得ることに成功した。最後に、分子内アセタールの酸加水分解とピリジン水溶液によるラクトンの開環によって、CHTX (2)を得た。合成したCHTX (2)のNMRスペクトルは天然物のものと一致し、CHTX (2)の初の全合成を達成した。

Scheme 5

【総括】

 以上、我々は8位と11位に水酸基を持つ汎用中間体3からオルトエステル中間体17を合成し、グリシン部分との立体選択的なアルドール反応、グアニジン導入、およびPummerer反応を利用したMTM基の脱保護を経てCHTX (2)の全合成を達成した。現在、CHTX (2)およびその合成中間体(28)のイオンチャネルに対する阻害活性試験を検討中である。

【謝辞】

 天然のCHTX (2)のNMRチャートのご供与および精製法について有益なご助言を頂きました東北大学大学院農学研究科の山下まり教授に深謝いたします。

【参考文献】

1) Kim, Y. H.; Brown, G. B.; Mosher, H. S.; Fuhrman, F. A. Science 1975, 189, 151.

2) Yotsu, M.; Yasumoto, T.; Kim, Y. H.; Naoki, H.; Kao, C. Y. Tetrahedron Lett. 1990, 31, 3187.

3) Kao, C. Y.; Yeoh, P. N.; Goldfinger, M. D.; Fuhrman, F. A.; Mosher, H. S. J. Pharmacol. Exp. Ther. 1981, 217, 416.

4) (a) Ohyabu, N.; Nishikawa, T.; Isobe, M. J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 8798. (b) Nishikawa, T.; Urabe, D.; Isobe, M. Angew. Chem., Int. Ed. 2004, 43, 4782.

5) Nishikawa, T.; Isobe, M. Chem. Rec. 2013, 13, 286.

6) Satake, Y.; Nishikawa, T.; Hiramatsu, T.; Araki, H.; Isobe, M. Synthesis 2010, 1992.

7) 佐竹佳樹,西川俊夫,磯部 稔 第94回有機合成シンポジウム,O-33,2008年.

8) Goto, T.; Kishi, Y.; Takahashi, S.; Hirata, Y. Tetrahedron 1965, 21, 2059.

9) Nishikawa, T.; Urabe, D.; Tomita, M.; Tsujimoto, T.; Iwabuchi, T.; Isobe, M. Org. Lett. 2006, 8, 3263.  

10) Li, Q.; Yang, S.-B.; Zhang, Z.; Li, L.; Xu, P.-F. J. Org. Chem. 2009, 74, 1627.

 
© 2013 天然有機化合物討論会電子化委員会
feedback
Top