天然有機化合物討論会講演要旨集
Online ISSN : 2433-1856
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植物,節足動物内生糸状菌のエピジェネティックな 二次代謝活性化による新規天然物の探索
浅井 禎吾羅 丹大槻 紗恵布木 純大島 吉輝
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植物,節足動物内生糸状菌のエピジェネティックな 二次代謝活性化による新規天然物の探索

 糸状菌のゲノム解読が進み,数多くの二次代謝物生合成遺伝子が通常培養では休眠状態にあることが示唆されてから,これら未利用生合成遺伝子にコードされる新規物質の取得を目指す研究が天然物化学の主流の1つになってきている.当研究室では,エピジェネティクスを制御する化学修飾酵素の低分子阻害剤を添加して培養することにより,糸状菌の様々な未利用生合成遺伝子の発現を誘導し,従来の培養条件では取得困難であった新規物質の発見を目的として研究を行っている.これまでに,二次代謝活性化に有効な酵素阻害剤の種類や濃度を見出し,それを用いて多様な新規物質の取得に成功し,第53,54回天然有機化合物討論会において報告した1.その後,新規物質の探索資源として内生糸状菌に着目し,酵素阻害剤を用いて培養したところ,多様な新規天然物の取得に成功したので報告する.

1. 内生糸状菌の分離

 [探索資源X培養方法=二次代謝物] であることを考慮すると,得られる二次代謝物の構造あるいは薬理活性における新規性や多様性は,その探索資源に大きく依存する.特に,エピジェネティック制御を介した二次代謝活性化法では,探索資源に潜在する二次代謝能を引き出すものであり,探索資源の生合成遺伝子の”質”がきわめて重要になる.すなわち,多様性に富み,特徴ある生合成系を有する菌群をいかにして選択するかが,効率的な新規物質発見の鍵となる.そこで,本研究では,「生物間相互作用」をキーワードに,植物および節足動物の内生糸状菌に着目した.植物内生糸状菌は,近年,興味深い構造や薬理活性を示す二次代謝物の良い探索源として,盛んに天然物探索研究が行われるようになってきている.その宿主である植物種の多様性を考慮すれば,探索の余地は今でも十分にあると考えられる.植物内生糸状菌の中には,タキソール,カンプトテシン,ギンコライド,ピペリンなどの宿主植物の有用成分を微量ながら生産するものも報告されており,独自の生合成系を有している可能性がある2.一方,節足動物の内生糸状菌に関する研究はみられないものの,それらの種の多様性を考えると,植物と同様に,多様な糸状菌の良い分離源となり得ることが期待される.内生糸状菌の二次代謝物の生産が,宿主内部という特殊な環境下で様々な外部刺激により誘導されるならば,従来の培養条件下では,これらに関わる生合成遺伝子は休眠している可能性があり,本法に適した探索資源と言える.

 採取した薬用植物や節足動物から,形態の違いを指標に,内生糸状菌を分離した.それらのD1/D2領域の塩基配列を基に系統樹を作成し,いずれも宿主ごとに分離される菌種が異なること,多様性に富んだ菌が分離されることがわかった (図1).

図1.

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 糸状菌のゲノム解読が進み,数多くの二次代謝物生合成遺伝子が通常培養では休眠状態にあることが示唆されてから,これら未利用生合成遺伝子にコードされる新規物質の取得を目指す研究が天然物化学の主流の1つになってきている.当研究室では,エピジェネティクスを制御する化学修飾酵素の低分子阻害剤を添加して培養することにより,糸状菌の様々な未利用生合成遺伝子の発現を誘導し,従来の培養条件では取得困難であった新規物質の発見を目的として研究を行っている.これまでに,二次代謝活性化に有効な酵素阻害剤の種類や濃度を見出し,それを用いて多様な新規物質の取得に成功し,第53,54回天然有機化合物討論会において報告した1.その後,新規物質の探索資源として内生糸状菌に着目し,酵素阻害剤を用いて培養したところ,多様な新規天然物の取得に成功したので報告する.

1. 内生糸状菌の分離

 [探索資源X培養方法=二次代謝物] であることを考慮すると,得られる二次代謝物の構造あるいは薬理活性における新規性や多様性は,その探索資源に大きく依存する.特に,エピジェネティック制御を介した二次代謝活性化法では,探索資源に潜在する二次代謝能を引き出すものであり,探索資源の生合成遺伝子の”質”がきわめて重要になる.すなわち,多様性に富み,特徴ある生合成系を有する菌群をいかにして選択するかが,効率的な新規物質発見の鍵となる.そこで,本研究では,「生物間相互作用」をキーワードに,植物および節足動物の内生糸状菌に着目した.植物内生糸状菌は,近年,興味深い構造や薬理活性を示す二次代謝物の良い探索源として,盛んに天然物探索研究が行われるようになってきている.その宿主である植物種の多様性を考慮すれば,探索の余地は今でも十分にあると考えられる.植物内生糸状菌の中には,タキソール,カンプトテシン,ギンコライド,ピペリンなどの宿主植物の有用成分を微量ながら生産するものも報告されており,独自の生合成系を有している可能性がある2.一方,節足動物の内生糸状菌に関する研究はみられないものの,それらの種の多様性を考えると,植物と同様に,多様な糸状菌の良い分離源となり得ることが期待される.内生糸状菌の二次代謝物の生産が,宿主内部という特殊な環境下で様々な外部刺激により誘導されるならば,従来の培養条件下では,これらに関わる生合成遺伝子は休眠している可能性があり,本法に適した探索資源と言える.

 採取した薬用植物や節足動物から,形態の違いを指標に,内生糸状菌を分離した.それらのD1/D2領域の塩基配列を基に系統樹を作成し,いずれも宿主ごとに分離される菌種が異なること,多様性に富んだ菌が分離されることがわかった (図1).

図1. 薬用植物および節足動物より分離した内生糸状菌とD1/D2領域の塩基配列に基づく系統樹

 分離した内生糸状菌を,エピジェネティック酵素阻害剤を添加する培養法を用いてスクリーニングし,二次代謝物の組成が大きく変化した内生糸状菌を大量培養し,そこに含まれる新規天然物を探索した.

2. ニチニチソウ内生Penicillium属菌3

 ニチニチソウの葉から分離したPenicillium属菌の菌体メタノール抽出物から,新規a-pyrone型ポリケタイドcitreoviripyrone A (1),B (2),既知化合物citreomontanin (3),citreoviridin (4) を単離した (図2).

図2. ニチニチソウ内生Penicillium属菌が生産するa-pyrone型ポリケタイド類

 Citreoviripyrone A (1) に見られるユニークなbicyclo[4.2.0]octadiene骨格を有する天然物は数少ないが,これまでに植物,放線菌,ウミウシや海洋真菌から単離された化合物は,いずれも対応するポリエン前駆体から8p–6p閉環により形成される経路が推測されている3.そこで,1のポリエン前駆体と予想される3 PdCl2(MeCN)2触媒を用いる二重結合の異性化に伴う環化反応を適応したところ43から1へ変換することができた.また,反応を長時間続けると,1の蓄積量の減少に伴い2の生成が認められた (図3).

図3. Citreomontanin (3) から citreoviripyrone A (1) とB (2) への変換

これらの結果から,1はall-trans型ポリエン前駆体3の異性化により形成される5を経由した8π-6π閉環反応によって生合成され,それに続くretro[2+2]環化付加により2に変換されると推測される (図4).本研究により,citreomontanin (3) からcitreoviridin (4) への経路に加え,新たにbicyclo[4.2.0]octadiene骨格形成を伴うcitreoviripyrone A (1) への生合成経路の存在が明らかとなった (図4).

図4. 3を経由する12および4の推定生合成経路

3. シャクヤク内生Graphiopsis chlorocephala5および

キダチアロエ内生Mycosphaerella属菌2

図5. シャクヤク内生G. chlorocephala が生産する新規ベンゾフェノン類

シャクヤクの葉から分離したG. chlorocephalaおよびアロエ葉から分離したMycosphaerella属菌より,それぞれ新規ベンゾフェノン類 6-11 (図5),新規脂肪族ポリケタイド12-14を単離した (図6).15の立体化学はNOE実験と新Mosher法により決定した.シャクヤク内生菌が生産するベンゾフェノン類は構造多様性に富み,塩素原子,高度に酸化されたプレニル基,7員環構造といった特徴があり,特に,11はC-C結合を介するユニークな二量体構造を有している.一方,キダチアロエ内生菌が生産するポリケタイド類は,天然には稀な多置換cyclohexenedione骨格を有している.

4. まとめ

 植物および節足動物を分離源として,多様な内生糸状菌を取得した.さらに,ニチニチソウ,シャクヤク,キダチアロエ内生糸状菌から,構造多様な新規天然物の単離に成功し,植物内生糸状菌が本法を用いた新規物質の探索に適した資源であることを示した.節足動物内生糸状菌についても研究を進めており, HDAC阻害剤添加により,数種の菌の二次代謝物組成に劇的な変化が認められた.現在,得られた新規物質は,MRSA,VRE,緑膿菌に対する抗菌活性,HIVなどに対する抗ウイルス活性試験を行っている.

謝辞:VCDスペクトル解析による絶対配置決定を行って頂きました北海道大学大学院先端生命科学研究院 門出健次教授および谷口透博士に感謝致します.X線結晶構造解析を行って頂きました東京工業大学大学院物質科学専攻 尾関智二准教授に感謝致します.糸状菌の培養にご協力して頂いております東北薬科大学 山下幸和教授に感謝致します.抗菌活性試験を行って頂いています岡山大学大学院医歯薬総合研究科 黒田照夫准教授および小川和加野博士に感謝致します.抗ウイルス活性試験を行って頂いています東北大学大学院医学系研究科 児玉栄一講師に感謝致します.

参考文献

1) (a) 浅井禎吾,山本崇史,Chung Yu-Ming,羅丹,森田峻太郎,白田直樹,山下幸和,大島吉輝 第53回天然有機化合物討論会講演要旨集,2011,25-30. (b) 浅井禎吾,山本崇史,森田峻太郎,白田直樹,大島吉輝 第54回天然有機化合物討論会要旨集,2012, 525-530.

2) Asai, T.; Otsuki, S.; Taniguchi, T.; Monde, K.; Yamashita, K.; Sakurai, H.; Ozeki, T.; Oshima, Y. Tetrahedrone Lett. 2013, 54, 3402-3405.

3) Asai, T.; Luo, D.; Yamashita, K.; Oshima, Y. Org. Lett. 2013, 15, 1020-1023.

4) Eade, S. J.;Walter, M. W.; Byrne, C.; Odell, B.; Rodriguez, R.; Baldwin, J. E.; Adlington, R. M.; Moses, J. E. J. Org. Chem. 2008, 73, 4830-4839.

5) Asai, T.; Otsuki, S.; Sakurai, H.; Yamashita, K.; Ozeki, T.; Oshima, Y. Org. Lett. 2013, 15, 2058-2061.

 
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