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肥満とは、BMI (Body Mass Index)値が25以上であると定義されており、平成24年度の厚生労働省による国民健康・栄養調査によると、日本人の肥満人口の割合は男性で29.1%、女性で19.4%と集計されている。また、ワシントン大学健康指標評価研究所の調査によれば、肥満は世界中で増加し続けており、2013年では21億人、実に世界人口の3分の1が肥満、或いは過体重である1。肥満は、糖尿病、心臓病、脳血管疾患といった生活習慣病の重大なリスク因子でもあるため、その解決に向けては世界的にも大きな関心が寄せられている。さらに、これらの生活習慣病の中でも糖尿病に関しては、日本の患者数は平成19年度の調査で2,210万人、また世界的に見ても2013年で3億8,200万人と推定されており、数年来増加の一途を辿っている。日本では年間1万4,000人が糖尿病で亡くなっており、また網膜症、腎障害、神経障害などの合併症を引き起こすことも大きな特徴の一つであり、このことから日常生活に不便を強いられる結果となる。
このような状況を鑑み、私達はこれまでに肥満や糖尿病に対する医薬リードを提供することを目的として、脂質代謝を調節するような天然有機化合物の探索、及びそれらの作用機構の解明に関して研究を展開してきた。本発表では、二種類の天然物、即ちカワラタケより単離されたternatin、及び最近同定したyoshinone類に関するトピックスを紹介したい。
Ternatin細胞内標的タンパク質の同定
Ternatinは、当研究室においてカワラタケCoriolus versicolorより脂肪蓄積を阻害する活性を指標に単離・構造決定された化合物である2。Ternatinは異常アミノ酸を含む環状ヘプタペプチドであり、EC50=0.16 mg/mLの濃度で脂肪の蓄積を抑える強い活性を示す。さらに、2型糖尿病モデルマウスを用いた動物実験から、本化合物には血糖値を低下させる顕著な作用もあることが明らかとなった3。従ってこの天然物は、肥満や糖尿病に対する効果的な予防・治療薬として期待されるが、作用機構の詳細は明らかになっていない。そこで本研究では、開発研究への端緒を開く事を目的として、アフィニティーカラムを利用したternatinの細胞内標的タンパク質の同定を試みた。
Ternatinアフィニティーカラム作成の戦略として私たちは、N-hydroxy succinimide (NHS)-ビーズに化合物を縮合させる方法を採用した。そのためには、遊離のアミノ基を有するternatin誘導体の作成が必要である。Ternatinに関するこれまでの構造活性相関研究から、6位のNMe-d-Ala残基は、他の残基に置換可能であることが示されている。そこで、この位置の側鎖から末端に一級アミンを有するリンカーを伸ばした化合物(1)を設計した。また、d-allo-Ile1、NMe-l-Ala5、NMe-d-Ala6残基をそれぞれ、d-Ile1、NMe-d-Ala5、NMe-l-Ala6残基に置換した立体異性体は、活性が大幅に低下することが明らかとなっている4。この知見をもとに、化合物1の立体異性体をnegative control(2)として設計した。
化合物1及び2は、既に確立されているternatin合成にのっとって合成した。即ち、各々対応するアミノ酸を液相法で縮合して
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肥満とは、BMI (Body Mass Index)値が25以上であると定義されており、平成24年度の厚生労働省による国民健康・栄養調査によると、日本人の肥満人口の割合は男性で29.1%、女性で19.4%と集計されている。また、ワシントン大学健康指標評価研究所の調査によれば、肥満は世界中で増加し続けており、2013年では21億人、実に世界人口の3分の1が肥満、或いは過体重である1。肥満は、糖尿病、心臓病、脳血管疾患といった生活習慣病の重大なリスク因子でもあるため、その解決に向けては世界的にも大きな関心が寄せられている。さらに、これらの生活習慣病の中でも糖尿病に関しては、日本の患者数は平成19年度の調査で2,210万人、また世界的に見ても2013年で3億8,200万人と推定されており、数年来増加の一途を辿っている。日本では年間1万4,000人が糖尿病で亡くなっており、また網膜症、腎障害、神経障害などの合併症を引き起こすことも大きな特徴の一つであり、このことから日常生活に不便を強いられる結果となる。
このような状況を鑑み、私達はこれまでに肥満や糖尿病に対する医薬リードを提供することを目的として、脂質代謝を調節するような天然有機化合物の探索、及びそれらの作用機構の解明に関して研究を展開してきた。本発表では、二種類の天然物、即ちカワラタケより単離されたternatin、及び最近同定したyoshinone類に関するトピックスを紹介したい。
Ternatin細胞内標的タンパク質の同定
Ternatinは、当研究室においてカワラタケCoriolus versicolorより脂肪蓄積を阻害する活性を指標に単離・構造決定された化合物である2。Ternatinは異常アミノ酸を含む環状ヘプタペプチドであり、EC50=0.16 mg/mLの濃度で脂肪の蓄積を抑える強い活性を示す。さらに、2型糖尿病モデルマウスを用いた動物実験から、本化合物には血糖値を低下させる顕著な作用もあることが明らかとなった3。従ってこの天然物は、肥満や糖尿病に対する効果的な予防・治療薬として期待されるが、作用機構の詳細は明らかになっていない。そこで本研究では、開発研究への端緒を開く事を目的として、アフィニティーカラムを利用したternatinの細胞内標的タンパク質の同定を試みた。
Ternatinアフィニティーカラム作成の戦略として私たちは、N-hydroxy succinimide (NHS)-ビーズに化合物を縮合させる方法を採用した。そのためには、遊離のアミノ基を有するternatin誘導体の作成が必要である。Ternatinに関するこれまでの構造活性相関研究から、6位のNMe-d-Ala残基は、他の残基に置換可能であることが示されている。そこで、この位置の側鎖から末端に一級アミンを有するリンカーを伸ばした化合物(1)を設計した。また、d-allo-Ile1、NMe-l-Ala5、NMe-d-Ala6残基をそれぞれ、d-Ile1、NMe-d-Ala5、NMe-l-Ala6残基に置換した立体異性体は、活性が大幅に低下することが明らかとなっている4。この知見をもとに、化合物1の立体異性体をnegative control(2)として設計した。
化合物1及び2は、既に確立されているternatin合成にのっとって合成した。即ち、各々対応するアミノ酸を液相法で縮合して右フラグメント、左フラグメントを構築し、それらの縮合と環化を経て作成するものである。また、一級アミンはシュタウディンガー反応によってアジドから得ることとし、アジド誘導体はホモセリンを出発原料として合成した(Scheme 1;化合物1のみ示す)。最終的に、化合物1、2共に14工程、収率2.3%で合成を完了した5。
これら作成した誘導体の活性を評価したところ、化合物1はオリジナルのternatinと比較して約35倍の活性低下がみられた(EC50=5.57 mg/mL)。しかしながら、negative control2との間には活性に大きな開きが確認されたため、これらは分子プローブとして利用できると判断した(Figure 1)。Ternatin 誘導体1、2を用いてアフィニティーカラムを作成し、細胞抽出液からternatin結合タンパク質の精製を試みた結果、positive control1を結合させたカラムにのみ見られるバンドを確認した。現在、ペプチドシークエンスによるタンパク質の同定を行っている。
脂肪細胞への分化阻害活性を示す天然有機化合物、yoshinone
肥満は、脂肪細胞の数の増加と肥大化という二つの事象の相乗効果によって形成される。従って肥満防止には、これらの事象が忌避されることが肝心である。生体内においては、脂肪細胞は脂肪前駆細胞から分化して生じるため、この分化過程を抑制することによって、肥満の直接の原因を断つことが出来るかもしれない。
ところで、マウス線維芽細胞である3T3-L1細胞は、インスリン刺激によって脂肪細胞へと分化するという特性を持つため、脂肪細胞分化のモデルとして汎用されている。私達は、この3T3-L1細胞を用いて、脂肪細胞分化を阻害する活性を示す天然有機化合物の探索を行った。
沖縄県石垣島で採集した藍藻Leptolyngbia sp.600 gを含水メタノールにて抽出した。この抽出物について、3T3-L1細胞の脂肪細胞への分化阻害を指標にしてHPLCによる精製をすすめ、yoshinon A、yoshinone B1、yoshinone B2と名付けた化合物をそれぞれ、1.0 mg、0.1 mg、0.1 mg単離することに成功した。さらに、これらyoshinne類について各種分光学的解析(NMRデータをTable 1に示す)から、その平面構造を決定した(Figure 2)。これら化合物は、g-ピロン環を有した、互いに類似した構造をしており、特にB1とB2に関しては、8位の不斉炭素における立体が異なるものと推定された。
続いて、yoshinone類の活性を評価した。Yoshinone類の存在下で3T3-L1細胞を分化させ、その分化率は、細胞内のトリグリセリドレベルを定量することで代替した(Figure 3)。その結果yoshinone Aは、EC50=420 nMという比較的強い活性を示す一方で、50 mMの濃度でも顕著な毒性を示さない事が明らかとなった。このことは、yoshinone Aが肥満防止に対して、潜在的な能力を秘めている事を示唆する。興味
深いことにyoshinone B1とB2は、脂肪細胞への分化阻害活性を殆ど示さなかった。Yosninone AとB類を比較してみると、g-ピロン環と側鎖部分の共役の有無が構造的な違いとして挙げられることから、この共役が活性に影響を及ぼしている可能性がある。そこで現在、yoshinone Aの作用機構について詳細な解析をすすめている。
1. Ng, N. et al. The Lancet in press
2. Shimokawa, K.; Mashima, I.; Asai, A.; Yamada, K.; Kita, M.; Uemura, D. Tetrahedron Lett. 2006, 47, 4445-4446
3. Kobayashi, M.; Kawashima, H.; Takemori, K.; Ito, H.; Murai, A., Masuda, S.; Yamada, K.; Uemura, D.; Horio, F. Biochem. Biopfys. Res. Commun. 2012, 427, 299-304
4. Shimokawa, K.; Mashima, I.; Asai, A.; Ohno, T.; Yamada, K.; Kita, M.; Uemura, D. Chem. Asian J. 2008, 3, 438-446
5. Kawazoe, Y.; Tanaka, Y.; Omura, S.; Uemura D. Tetorahedron Lett. in press