天然有機化合物討論会講演要旨集
Online ISSN : 2433-1856
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セスクアテルペン環化酵素を基軸とするテルペン創出経路の開拓
上田 大次郎山鹿 宏彰岡本 渉遠塚 悠輔品田 哲郎星野 力佐藤 努
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p. Oral18-

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セスクアテルペン環化酵素を基軸とするテルペン創出経路の開拓

はじめに

我々は、天然物探索から新規C35テルペンを発見して以来、C35テルペンに着目して研究を行っている1-6)。50,000種類を超えるテルペン類の中で、C35テルペンには長らく特別な分類名がなかったが、直鎖状C35イソプレノイドの環化を経る経路を酵素・遺伝子レベルで初めて証明し、「セスクアテルペン」と命名した2-5)。本経路には、1990年代から数多く見出されてきたテルペン環化酵素の一次構造と類似性をもたない「新型」テルペン環化酵素(テトラプレニル-β-クルクメン合成酵素:TS)が関わることを明らかにした(Scheme 1)2-5)。また、Bacillus megaterium由来のテトラプレニル-β-クルクメン環化酵素(TC)は、C35とC30の基質から各々4環と2環を形成する二機能性テルペン環化酵素であることを証明した2,3,6)。異なる2種類のテルペンを生体内で生合成する初めてのテルペン環化酵素であった(Scheme 1)2,3,6)

今回、セスクアテルペン環化酵素であるTSおよびTCに関する研究をさらに展開し、テルペン創出経路を開拓したので報告する。

1)TSホモログのゲノムマイニングによる新規セスタテルペン・新規トリテルペンの発見7)

TSホモログは、様々なバクテリアにおいて機能未知遺伝子として存在している。今回、手始めに好アルカリ性のBacillus clausiiのもの(Bcl-TS)をターゲットにした。B. clausiiゲノムにおいてTSホモログが存在するにも関わらず、菌体から化合物1が検出されなかった。一方、テルペン類と考えられる未知脂質(5と6)がGC-MSによって検出されたため、それらを単離・構造決定した。その結果、新規非環状セスタテルペン(5)と新規非環状トリテルペン(6)であることが判明した。各々β-geranylfarneseneおよびβ-hexapreneと命名した。

B. clausiiゲノムにおいてBcl-TS以外にテルペン合成酵素ホモログが存在しないことから、Bcl-TSが化合物5と6の生合成に寄与していることが考えられた。Bcl-TSの大腸菌発現系を構築後、精製Bcl-TSによってGFPP(C25)とHexPP(C30)から各々5と6が生成されることをin vitroで証明した(Scheme 2)。

Table 1に示したように、化合物5と6は多くの好アルカリ性Bacillusに分布していた7)。以前、B. alcalophilusのような好アルカリ性Bacillusはスクアレン3やデヒドロスクアレンを生産することが報告されていたが8)、我々は化合物5と6が生産されていると訂正した。

本研究によって、TSホモログがセスクアテルペン(C35)だけでなくC25やC30のような様々なテルペン合成酵素のファミリーであることが判明した。今後も、TSホモログのゲノムマイニングによって多くの新規テルペンを発見できるのではないかと期待している。

2)TCによる

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はじめに

我々は、天然物探索から新規C35テルペンを発見して以来、C35テルペンに着目して研究を行っている1-6)。50,000種類を超えるテルペン類の中で、C35テルペンには長らく特別な分類名がなかったが、直鎖状C35イソプレノイドの環化を経る経路を酵素・遺伝子レベルで初めて証明し、「セスクアテルペン」と命名した2-5)。本経路には、1990年代から数多く見出されてきたテルペン環化酵素の一次構造と類似性をもたない「新型」テルペン環化酵素(テトラプレニル-β-クルクメン合成酵素:TS)が関わることを明らかにした(Scheme 1)2-5)。また、Bacillus megaterium由来のテトラプレニル-β-クルクメン環化酵素(TC)は、C35とC30の基質から各々4環と2環を形成する二機能性テルペン環化酵素であることを証明した2,3,6)。異なる2種類のテルペンを生体内で生合成する初めてのテルペン環化酵素であった(Scheme 1)2,3,6)

今回、セスクアテルペン環化酵素であるTSおよびTCに関する研究をさらに展開し、テルペン創出経路を開拓したので報告する。

1)TSホモログのゲノムマイニングによる新規セスタテルペン・新規トリテルペンの発見7)

TSホモログは、様々なバクテリアにおいて機能未知遺伝子として存在している。今回、手始めに好アルカリ性のBacillus clausiiのもの(Bcl-TS)をターゲットにした。B. clausiiゲノムにおいてTSホモログが存在するにも関わらず、菌体から化合物1が検出されなかった。一方、テルペン類と考えられる未知脂質(56)がGC-MSによって検出されたため、それらを単離・構造決定した。その結果、新規非環状セスタテルペン(5)と新規非環状トリテルペン(6)であることが判明した。各々β-geranylfarneseneおよびβ-hexapreneと命名した。

B. clausiiゲノムにおいてBcl-TS以外にテルペン合成酵素ホモログが存在しないことから、Bcl-TSが化合物56の生合成に寄与していることが考えられた。Bcl-TSの大腸菌発現系を構築後、精製Bcl-TSによってGFPP(C25)とHexPP(C30)から各々56が生成されることをin vitroで証明した(Scheme 2)。

Table 1に示したように、化合物56は多くの好アルカリ性Bacillusに分布していた7)。以前、B. alcalophilusのような好アルカリ性Bacillusはスクアレン3やデヒドロスクアレンを生産することが報告されていたが8)、我々は化合物56が生産されていると訂正した。

本研究によって、TSホモログがセスクアテルペン(C35)だけでなくC25やC30のような様々なテルペン合成酵素のファミリーであることが判明した。今後も、TSホモログのゲノムマイニングによって多くの新規テルペンを発見できるのではないかと期待している。

2)TCによる非天然型head-to-tailトリテルペンの合成9)

研究1から発見された化合物6(C30)を基質として、枯草菌由来TCと反応させたところ、5環性化合物78が生成した(Scheme 3)。したがって、TCは生体内において4環(2)または2環骨格(4)を形成する酵素であるが(Scheme 1)、5環まで形成する能力があることが判明した。TCの活性部位キャビティーは5環を許容するだけの空間的スペースがあることを意味している。自然界から見出されているトリテルペンは、我々の知る限り、海洋性細菌の単環性10)と堆積物の多環性トリテルペン11)以外は、スクアレン由来のtail-to-tail型である。今回のように組換え酵素による非天然型head-to-tailトリテルペンの合成は初めてである。今後、変異型酵素によって数多くの非天然型head-to-tailトリテルペンを創出することも可能ではないかと考えている。

3)スクアレンの両末端環化:オノセロイド合成酵素の初めての同定および龍涎香の主成分ambreinの酵素合成12-14)

研究2の結果を受け、B. megaterium由来TCのスクアレン(3)との反応を見直した。大量のTCを用いた反応において、少量のTCを用いた時には見られない2つの生成物ピーク(910)を確認することができた。B. megateriumの菌体抽出物からも化合物910を検出できたことから、化合物910は天然物であった。

組み換えTCを含む大腸菌無細胞抽出液を用いて3とインキュベートし、生成物910を単離・構造決定した。Scheme 4に示したように、生成物910は両者ともオノセロイド(スクアレンの両末端環化によって生合成されるトリテルペン)15)であった。オノセロイドは動物、高等植物、シダ植物から見出されているが、真正細菌からの発見は初めてであった(9はシダ植物から単離されているが1510は新規天然物であった)。

したがって、スクアレンからの二環性生成物(4)が、さらにTC酵素内に取り込まれて化合物910を生産することを新たに見出した(Scheme 4)。つまり、オノセロイド合成酵素を初めて同定できた。本研究によって、対称および非対称構造のオノセロイドが、1つの酵素によって、片側末端が環化した中間体を経て生合成されることを初めて証明することができた。

さらに、TCの新たな機能を利用して、自然界から入手困難な龍涎香(マッコウクジラの結石からできていると考えられている高級香料であり、商業捕鯨が禁止されている現代において“幻の香り”とも言われている)の主成分ambrein(11)を3から、変異型スクアレン-ホペン環化酵素の触媒反応16)を経て、酵素合成することに成功した(Scheme 5)。以前報告されている11の化学合成は19~35段階を要するのに対し17-19)、本手法は容易に入手可能な3から2つの酵素だけで合成できた。また、収率は3.4%と良くないが、化学合成の1.3~3.8%と同レベルであり、今後、部位特異的変異による酵素改変等によって収率を向上できるのではないかと考えている。

現在、龍涎香の代用品としてambrox等が製品化されているが、龍涎香には同定されているだけで31種類の香気成分が存在する20)。龍涎香本来の香りを楽しむためには、11の合成が必要不可欠であると考えられる。さらに、龍涎香の漢方薬や媚薬としての生理活性の詳細なども不明であるが、貴重な龍涎香をそれらの研究に用いることは困難であり、研究が進展していない。本研究が“幻の香り”を身近に利用する契機となり、また新薬開発等につながることを期待したい。

まとめ

以前、我々はセスクアテルペンの生合成研究から新型および二機能性テルペン環化酵素を見いだした(Figure 1-ⅠとⅣ)1-6)。今回、その研究をさらに展開し、TSホモログのゲノムマイニング(研究1:Figure 1-Ⅱ)7)、非天然基質とのTC反応(研究2:Figure 1-Ⅲ)9)、およびTCの多機能性解析(研究3:Figure 1-Ⅳ)12-14)から新規・非天然型テルペンを創出できた(Figure 1)。加えて、希少な有用テルペンの酵素合成も達成した(研究3:Figure 1-Ⅵ)12-14)。したがって、本研究によってⅡ、ⅢおよびⅥを新たに加えることができ、セスクアテルペン環化酵素を基軸とするテルペン創出経路を開拓できた(Figure 1)。今後、本研究の特徴である新型酵素の発掘(Ⅰ)と酵素の多機能性解析(Ⅳ)をさらに精力的に進めるとともに、変異酵素解析(Ⅴ)を新たに加えるなどして、本経路を拡充していきたいと考えている。

参考文献

1) 佐藤努ら、第50回天然有機化合物討論会2008, 517-522.

2) 佐藤努ら、第53回天然有機化合物討論会2011, 97-10.

3) 佐藤努、化学と生物2012, 50, 622-623.

4) Sato, T., Biosci. Biotechnol. Biochem. 2013, 77, 1155-1159.

5) Sato, T., Yoshida, S., Hoshino, H., Tanno, M., Nakajima, M., Hoshino, T., J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 9734-9737.

6) Sato, T., Hoshino, H., Yoshida, S., Nakajima, M., Hoshino, T., J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 17540-17543.

7) Sato, T., Yamaga, H., Kashima, S.,Murata, Y., Shinada, T., Nakano, C., Hoshino, T., ChemBioChem 2013, 14, 822-825.

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10) Boroczky, K.; Laatsch, H.; Wagner-Dobler, I.; Stritzke, K.; Schulz, S. Chem. Biodivers. 2006, 3, 622.

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12) Ueda, D., Hoshino, T., Sato, T., J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 18335-18338.

13) 佐藤努、上田大次郎、星野力、アンブレインの製造方法、特許申請中、特願2013-184143.

14) 上田大次郎、星野力、佐藤努、バイオサイエンスとインダストリー、印刷中.

15) Ageta, H.; Shiojima, K.; Masuda, K. Chem. Pharm. Bull. 1982, 30, 2272–2274.

16) Sato, T. Hoshino, T., Biosci. Biotechnol. Biochem. 1999, 63, 2189-2198.

17) Mori, K.; Tamura, H. Liebigs Ann. Chem. 1990, 361–368.

18) Tanimoto, H.; Oritani, Y. Tetrahedron 1997, 53, 3527–3536.

19) Fujiwara, N.; Kinoshita, M.; Akita, H. Tetrahedron-Assymmetr. 2006, 17, 3037–3045.

20) Ohloff, G., In Frangance Chemistry; Themier, E. T. Ed.; Academic Press: New York; pp 535-573 (1982).

 
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