天然有機化合物討論会講演要旨集
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二重連結型カテキンオリゴマー, (+)-シンナムタンニンB1の合成研究
伊藤 勇次原地 美緒大森 建鈴木 啓介
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p. Oral24-

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二重連結型カテキンオリゴマー, (+)-シンナムタンニンB1の合成研究

 植物の組織に多量に含まれるフラボノイドの中には、フラバン-3-オール(カテキン)を構成単位とするポリフェノールが多種多様に存在する。その中で最近、複数のカテキン単位からなるオリゴマーが、通常の抗酸化作用以外にも多様な生理作用を示すことが明らかとなり、注目されている。

 これらカテキンオリゴマーは、構成単位であるフラバン骨格の連結様式の違いにより、二つに分類される。一つは、二つのフラバン単位がC–C単結合のみを介して連結しているものであり(直鎖型オリゴマー)、もう一つは、カテキン単位同士がC–C結合とC–O結合で連結され、特異なジオキサビシクロ[3.3.1]ノナン構造を形成しているものである(二重連結型オリゴマー)。前者に関しては、すでに合成例も多く、最近ではそれを基盤とした構造活性相関研究も進みつつある。一方、後者の合成に関しては、生合成的視点に基づく検討がなされているのみである。しかし、この二重連結型オリゴマーには、これまでにない注目すべき生理作用(インスリン様作用、抗炎症作用等)や特性(強い甘味)が見出されていることから、魅力的な研究対象である。

 今回、我々はこの二重架橋型カテキンオリゴマーの合成の鍵となるビシクロ骨格の効率的かつ立体選択的な構築法を見出し、それを用いて二重架橋型オリゴマーの一つである (+)-プロシアニジンA2 (1)、および複合型オリゴマーである (+)-シンナムタンニンB1 (2)の初の選択的全合成に成功したので報告する。

 まず、従来提唱された生合成仮説を紹介する。その一つは、直鎖型オリゴマーの2位の位置選択的酸化、およびフェノールの分子内関与により環が形成される、という経路である(酸化的環化経路)。もう一つは、アントシアニンに代表されるフラビリウムイオンが求電子成分となり、求核的なカテキン単位とアヌレーションを起こし、一挙にビシクロ構造が形成されるという経路である。

 本研究では、これらを参考に、独自のアプローチを考案した。すなわち、フラバン骨格の2位と4位に予め脱離基を導入した求電子単位を合成する。続いてこれを求核単位と反応させ、アヌレーションを行うことを計画した。前述のフラビリウムイオンが関与するアヌレーションでは不斉要素がないため、立体制御が困難であるが、今回設計したIには3位の不斉炭素原子を足掛かりとして立体制御が可能であると考えた。ここで懸念されることは、Iが活性化された際、脱プロトンをきっかけとしてフラビリウムイオンへ変換されてしまわないか、ということである。また求核的カテキン単位との反応においても、その位置制御が可能か否かという点も懸念材料となる。これらを念頭に置き、実際の検討を行った。

1.DDQ酸化による 2,4-ジオキシ体の調製

 まず、鍵となる求電子単位Iの合成を行った。一般にフラバン誘導体をアルコール共存下、DDQを用いて酸化するとフラバン骨格の4位が位置選択的にアルコキシ化される。ところが、この反応を長時間継続

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 植物の組織に多量に含まれるフラボノイドの中には、フラバン-3-オール(カテキン)を構成単位とするポリフェノールが多種多様に存在する。その中で最近、複数のカテキン単位からなるオリゴマーが、通常の抗酸化作用以外にも多様な生理作用を示すことが明らかとなり、注目されている。

 これらカテキンオリゴマーは、構成単位であるフラバン骨格の連結様式の違いにより、二つに分類される。一つは、二つのフラバン単位がCC単結合のみを介して連結しているものであり(直鎖型オリゴマー)、もう一つは、カテキン単位同士がCC結合とCO結合で連結され、特異なジオキサビシクロ[3.3.1]ノナン構造を形成しているものである(二重連結型オリゴマー)。前者に関しては、すでに合成例も多く、最近ではそれを基盤とした構造活性相関研究も進みつつある。一方、後者の合成に関しては、生合成的視点に基づく検討がなされているのみである。しかし、この二重連結型オリゴマーには、これまでにない注目すべき生理作用(インスリン様作用、抗炎症作用等)や特性(強い甘味)が見出されていることから、魅力的な研究対象である。

 今回、我々はこの二重架橋型カテキンオリゴマーの合成の鍵となるビシクロ骨格の効率的かつ立体選択的な構築法を見出し、それを用いて二重架橋型オリゴマーの一つである (+)-プロシアニジンA2 (1)、および複合型オリゴマーである (+)-シンナムタンニンB1 (2)の初の選択的全合成に成功したので報告する。

 まず、従来提唱された生合成仮説を紹介する。その一つは、直鎖型オリゴマーの2位の位置選択的酸化、およびフェノールの分子内関与により環が形成される、という経路である(酸化的環化経路)。もう一つは、アントシアニンに代表されるフラビリウムイオンが求電子成分となり、求核的なカテキン単位とアヌレーションを起こし、一挙にビシクロ構造が形成されるという経路である。

 本研究では、これらを参考に、独自のアプローチを考案した。すなわち、フラバン骨格の2位と4位に予め脱離基を導入した求電子単位を合成する。続いてこれを求核単位と反応させ、アヌレーションを行うことを計画した。前述のフラビリウムイオンが関与するアヌレーションでは不斉要素がないため、立体制御が困難であるが、今回設計したには3位の不斉炭素原子を足掛かりとして立体制御が可能であると考えた。ここで懸念されることは、が活性化された際、脱プロトンをきっかけとしてフラビリウムイオンへ変換されてしまわないか、ということである。また求核的カテキン単位との反応においても、その位置制御が可能か否かという点も懸念材料となる。これらを念頭に置き、実際の検討を行った。

1.DDQ酸化による 2,4-ジオキシ体の調製

 まず、鍵となる求電子単位の合成を行った。一般にフラバン誘導体をアルコール共存下、DDQを用いて酸化するとフラバン骨格の4位が位置選択的にアルコキシ化される。ところが、この反応を長時間継続すると徐々に2位も酸化され、2,4-ジオキシ体が得られることが分った。たとえば、2−エトキシエタノールの共存下、塩化メチレン中で3を加熱還流(10 h)すると、低収率ながら目的とする2,4-ジオキシ体4が得られた。また、用いるアルコールをエチレングリコールにすると収率が大幅に向上し、対応する2,4-ジオキシ体が69%の収率で得られた。さらに、フェノールの保護基をベンジル基からTBS基にかえると収率が81%にまで向上した。

2.モデル実験

 続いて、自己反応を抑えるため芳香環に臭素を導入し5a、ブロモ体9とした後、これとフロログルシノール誘導体10を用いてモデル実験を行った。すなわち、910の混合物に、塩化メチレン中、ルイス酸としてBF3・OEt2を作用させたところ(–40 °C, 2 h)、目的とする二重連結体12が20%の収率で得られた。またそれと同時に中間体とみられる単結合体11が66%の収率で得られた(run 1, Table 1)。実際、この11を同一反応条件に付したところ、12が生成することが分った。そこで、910の反応を、より高温(–20 °C)で長時間(3 h)かけて行ったところ、一度生じた11が徐々に消費され(TLCによる観察)、最終的に12のみが93%の収率で得られた(run 2)。

 以上より、本反応では求電子成分の4位がまず活性化されていることが分った。この結果は、想定されるカチオン中間体およびの相対的な安定性を考えると理解することができる。すなわち、はベンゼン環を介して計3つの酸素原子から電子供与を受け安定化されるのに対し、は直結した酸素原子とB環上のパラ位に置換した1つのアルコキシ基からの供与しか受けないため、相対的に安定性が低い。したがって、活性化に際しては速度論的にの生成が優先するものと考えられる。ここでが求核成分10の2’位と反応し、まずC–C結合が形成された後、二度目の活性化(2位の活性化)が起こり、あらたに生じたカチオン種が分子内のフェノールにより捕捉され、目的とするビシクロ構造が構築されたと考えた。こうして、形式的には生成しうるにもかかわらず、位置異性体12'が生じなかった理由も説明することができる。

3.プロシアニジンAの合成

 この知見をもとに、実際にフラバン誘導体13を求核単位として用い、9との反応を試みた。その結果、期待通りアヌレーションが進行し、14が収率よく得られた。この14は単一の立体異性体として得られ、望む位置および立体化学を有することがX線結晶構造解析により明らかとなった。最後にすべての保護基を除去し、(+)-プロシアニジンA2 (1)の初の全合成に成功した5d

4.シンナムタンニンB1の合成

 続いて、複合型オリゴマーであるシンナムタンニンB1(2)の合成を試みた。ここでの課題は、二重連結型構造を保ったまま、さらにもう一つのカテキン単位を結合できるか否かにある。先に当研究室ではオルトゴナル合成法を用い、フラバン単位の逐次的オリゴマー化に成功している5aーc。すなわち、異なる条件下で選択的に活性化可能な脱離基を備えたカテキン単位同士を交互に活性化し、縮合反応に用いることにより、効率的にオリゴマー構造を構築することができる。そこで、この方法を用いて2の合成を試みることにした。すなわち、アリールチオ基(SXy)を導入したエピカテキン単位15を求核成分として用い、ジオキシ体9をハードなルイス酸(BF3・OEt2)で反応を行うと、SXy基を損なうことなく、対応するビシクロ体16が高収率で得られた。続いてソフトな活性化条件(I2, Ag2O)で、今度はSXy基を選択的に活性化し、求核成分17と反応させると、対応する三量体18を収率よく得ることができた。最後に保護基を除去し、(+)-シンナンムタンニン B1 (2)の初の全合成を達成した5d

 以上、我々はあらかじめ酸化度を整えたカテキン誘導体を調製し、それを用いてこれまで合成困難であった二重架橋型のカテキンオリゴマーの選択的合成に成功した。今後、この方法を利用し、さまざまな誘導体の合成を試みる予定である。

参考文献

1. a) L. Jurd, A. C. Waiss Jr., Tetrahedron 1965, 21, 1471–1483; related works, see: b) C. Selenski, T. R. R. Pettus, Tetrahedron2006, 62, 5298–5307; c) G. A. Kraus, Y. Yuan, A. Kempema, Molecules 2009, 14, 807–815.

2. R. A. Anderson, C. L. Broadhurst, M. M. Polansky, W. F. Schmidt, A. Khan, V. P. Flanagan, N. W. Schoene, D. J. Graves, J. Agric. Food Chem. 2004, 52, 65–70.

3. a) S. Morimoto, G. Nonaka, I. Nishioka, Chem. Pharm. Bull. 1985, 33, 4338–4345; b) S. Morimoto, G. Nonaka, I. Nishioka, Chem. Pharm. Bull. 1987, 35, 4717–4729; c) N.-I. Baek, M.-S. Chung, L. Shamon, L. B. S. Kardono, S. Tsauri, K. Padmawinata, J. M. Pezzuto, D. D. Soejarto, A. D. Kinghorn, J. Nat. Prod. 1993, 56, 1532–1538.

4. Marles, M. A. S.; Ray, H.; Gruber, M. Y. Phytochemistry 2003, 64, 367–383.

5. a) K. Ohmori, N. Ushimaru, K. Suzuki, Proc. Natl. Acad. Sci., U.S.A. 2004, 101, 12002–12007; b) K. Ohmori, T. Shono, Y. Hatakoshi, T. Yano, K. Suzuki, Angew. Chem. 2011, 123, 4964–4969; Angew. Chem. Int. Ed. 2011, 50, 4862–4867; c) T. Yano, K. Ohmori, H. Takahashi, T. Kusumi, K. Suzuki, Org. Biomol. Chem. 2012, 10, 7685–7688;d) Y. Ito, K. Ohmori, K. Suzuki, Angew. Chem. Int. Ed. 2014, in press.

 
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