天然有機化合物討論会講演要旨集
Online ISSN : 2433-1856
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カプラザマイシン類の全合成研究
中村 斐有塚野 千尋安井 基博竹本 佳司
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p. Oral27-

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カプラザマイシン類の全合成研究

1. 序論

カプラザマイシン類は放線菌 Streptomyces sp. MK730-62F2 から2003年に単離された核酸系抗生物質の一種である1。これらは、3つの不斉中心を有する七員環ジアゼパン骨格を中心に、アミノリボース、ウリジン、脂肪酸側鎖が複雑に縮合した興味深い構造である(Figure 1)。生物活性としては、多剤耐性菌を含む結核菌に対し強い抗菌活性をもつことが知られており、その作用機序は細菌細胞壁の主要構成成分であるペプチドグリカンの生合成酵素MraYの阻害であると提唱されている2。MraYは今日広く用いられているグリコペプチド系抗生物質(バンコマイシン等)、β-ラクタム系抗生物質が標的とする酵素よりも生合成経路において上流に位置するため、MraYを標的とした新規抗菌剤はバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)やメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)などを含む広い抗菌スペクトルを示すと期待されている。本化合物群はその興味深い構造と生物活性のため、多くのグループにより注目されており、これまでに脂肪酸側鎖を持たないカプラゾールの全合成が2例報告されている3,4。しかしながら、カプラザマイシン類の全合成は未だ報告されていない。我々は新規抗結核薬シード化合物の創製に応用可能な合成経路の確立を目指し全合成研究に着手した。

2. 合成計画

 カプラザマイシン類の合成研究において、不安定構造を含む天然型の脂肪酸側鎖を導入した例はこれまでに報告がない。そこで、脂肪酸側鎖の新たな導入法を確立し、さらに全合成の最終段階ですべての官能基を損なうことなく穏和な条件下で一挙に除去できる適切な保護基を探索することが、本研究の重要課題である。以上を踏まえ、カプラザマイシンA (1)の合成計画を以下に示す(Scheme 1)。不安定と予想される脂肪酸側鎖2は、合成の終盤でジアゼパン8に対して導入することとした。脂肪酸側鎖2はL-ラムノース誘導体3、グルタル酸誘導体4、b-ヒドロキシエステル5から構成されている。4は3-メチルグルタル酸無水物7の非対称化5によって構築することとし、5は野依法によって対応するb-ケトエステルから合成することを計画した。

 カプラゾール骨格8に用いる保護基は、最終段階で合成した天然物の単離・精製を考慮してPd触媒存在下、接触還元により容易に除去可能な保護基を選択した。中心骨格の七員環ジアゼパン部位は光延反応で構築し、環化前駆体9はカルボン酸11とanti-b-ヒドロキシアミノ酸誘導体10の連結により合成する。また、11のアミノリボース部位は松田・市川らの報告を参考にアルコール体13に対するフッ化糖12のグリコシド化により構築することとした3

一方、当研究室ではチオウレア触媒15を用いるジアステレオ選択的アルドール反応を開発している。これを適用すれば、イソシアネート16とアルデヒド17のアルドール反応によりオキサゾリジノン14を合成した後、加水分解、脱炭酸反応を経由してsyn-b-ヒドロキシアミノ酸部位13を効率的に構築できると考えた。

3. 脂肪酸側鎖の合成とモデルジアゼパン環に対する導入

Songらはシンコナアルカロイド触媒を用いた環状無水物

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1. 序論

カプラザマイシン類は放線菌 Streptomyces sp. MK730-62F2 から2003年に単離された核酸系抗生物質の一種である1。これらは、3つの不斉中心を有する七員環ジアゼパン骨格を中心に、アミノリボース、ウリジン、脂肪酸側鎖が複雑に縮合した興味深い構造である(Figure 1)。生物活性としては、多剤耐性菌を含む結核菌に対し強い抗菌活性をもつことが知られており、その作用機序は細菌細胞壁の主要構成成分であるペプチドグリカンの生合成酵素MraYの阻害であると提唱されている2。MraYは今日広く用いられているグリコペプチド系抗生物質(バンコマイシン等)、β-ラクタム系抗生物質が標的とする酵素よりも生合成経路において上流に位置するため、MraYを標的とした新規抗菌剤はバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)やメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)などを含む広い抗菌スペクトルを示すと期待されている。本化合物群はその興味深い構造と生物活性のため、多くのグループにより注目されており、これまでに脂肪酸側鎖を持たないカプラゾールの全合成が2例報告されている3,4。しかしながら、カプラザマイシン類の全合成は未だ報告されていない。我々は新規抗結核薬シード化合物の創製に応用可能な合成経路の確立を目指し全合成研究に着手した。

2. 合成計画

 カプラザマイシン類の合成研究において、不安定構造を含む天然型の脂肪酸側鎖を導入した例はこれまでに報告がない。そこで、脂肪酸側鎖の新たな導入法を確立し、さらに全合成の最終段階ですべての官能基を損なうことなく穏和な条件下で一挙に除去できる適切な保護基を探索することが、本研究の重要課題である。以上を踏まえ、カプラザマイシンA (1)の合成計画を以下に示す(Scheme 1)。不安定と予想される脂肪酸側鎖2は、合成の終盤でジアゼパン8に対して導入することとした。脂肪酸側鎖2はL-ラムノース誘導体3、グルタル酸誘導体4b-ヒドロキシエステル5から構成されている。4は3-メチルグルタル酸無水物7の非対称化5によって構築することとし、5は野依法によって対応するb-ケトエステルから合成することを計画した。

 カプラゾール骨格8に用いる保護基は、最終段階で合成した天然物の単離・精製を考慮してPd触媒存在下、接触還元により容易に除去可能な保護基を選択した。中心骨格の七員環ジアゼパン部位は光延反応で構築し、環化前駆体9はカルボン酸11anti-b-ヒドロキシアミノ酸誘導体10の連結により合成する。また、11のアミノリボース部位は松田・市川らの報告を参考にアルコール体13に対するフッ化糖12のグリコシド化により構築することとした3

一方、当研究室ではチオウレア触媒15を用いるジアステレオ選択的アルドール反応を開発している。これを適用すれば、イソシアネート16とアルデヒド17のアルドール反応によりオキサゾリジノン14を合成した後、加水分解、脱炭酸反応を経由してsyn-b-ヒドロキシアミノ酸部位13を効率的に構築できると考えた。

3. 脂肪酸側鎖の合成とモデルジアゼパン環に対する導入

Songらはシンコナアルカロイド触媒を用いた環状無水物のエナンチオ選択的な非対称化を報告している5。本手法を利用して3-メチルグルタル酸無水物7を非対称化して4とした後、L-ラムノース誘導体36との縮合を経てエステル19を合成した (Scheme 2)。19はPd触媒存在下、接触還元して対応するカルボン酸20へと誘導した。また、b-ヒドロキシカルボン酸22については、b-ケトエステル217を野依法により不斉還元した後、二工程の保護基変換を経て合成した。

これまでにジアゼパン環に対する天然型の脂肪酸側鎖8の導入については報告例がない。また、本脂肪酸側鎖は、不安定なβアシロキシカルボン酸構造をもつことから、塩基性条件下においてβ脱離、アシル基の転位等が容易に進行することが予想された。そこで、モデルジアゼパン環を用いて脂肪酸側鎖22, グルタル酸誘導体20の連結を計画した。種々検討した結果、ジアゼパン23に対して、EDCI処理した脂肪酸側鎖22を反応させることで、β脱離、逆アルドール反応等の副反応を抑制して化合物24が得られることを見出した(Scheme 3)。化合物24はTroc基の除去とN-メチル化を含む三工程を経て25とした後、山口法を用いてグルタル酸誘導体20と縮合し、目的の立体化学を有する完全な脂肪酸側鎖の導入に成功した。本手法は、カプラザマイシン類のみならず、未だに全合成の報告例がないリポシドマイシン類、ムラミノマイシンF、A-90289 Aといった脂肪酸側鎖を有する核酸系抗生物質への適用も期待できる。

4. カプラゾール骨格8の合成

まず、ウリジン部を有するsyn-β-ヒドロキシアミノ酸誘導体13のジアステレオ選択的なアルドール反応を検討した(Scheme 4)。その結果、アルデヒド17 に対しイソシアネート16を(S, S)-チオウレア触媒15で処理することで、望みの立体化学を持つアルドール成績体14を85% (dr = 4.2:1)で得ることに成功した。得られた14は、一方のエステルを選択的に加水分解してモノカルボン酸とした後、DBUで処理することで、熱力学的に安定なtrans-オキサゾリジノンとした。続いて、オキサゾリジノンのエチルエステルを亜鉛四核錯体9存在下エステル交換、カルバメート部位のpNs保護、加溶媒分解を経て、syn-β-ヒドロキシアミノ酸誘導体13に変換した。13の二級アルコールは、松田・市川らの報告を参考にフッ化糖12を用いたβ選択的なグリコシド化後3、アジド基の還元およびCbz基による保護、さらに加水分解を経てカルボン酸11へと誘導した。次に、カルボン酸11anti-β-ヒドロキシアミノ酸誘導体10の縮合を試みた。詳細な検討の結果、Ghosez 試薬18を用いて11を酸塩化物とすることで、縮合体28を良好な収率で合成した。

引き続き、28のTBS 基を除去してアルコール体9とした後、カプラザマイシン類の中心部にあたる七員環ジアゼパン骨格の構築を検討した。その結果、PPh3, DIADで処理することで9の光延反応は進行し、中程度の収率ではあるものの、エピメリ化することなく、目的とする環化体29を与えた。得られた29pNs基の除去およびTroc基の導入、さらにアセタール保護基のCbz基への付け替えとTBS基の除去により、脂肪酸の導入に必要なアルコール体8へと誘導した。  

5. 結論

我々は、(1) モデルジアゼパン環に対して天然型の脂肪酸側鎖を段階的に導入することで、不安定構造を損なうことなく完全な脂肪酸側鎖の導入に成功した。また、(2) チオウレア触媒を用いるジアステレオ選択的アルドール反応によってカプラザマイシン類のsyn-β-ヒドロキシアミノ酸部位を構築し、大量合成にも適用可能な合成経路を確立した。さらに、(3) 光延反応を利用して、適切な保護基を有するカプラゾール骨格の合成に成功した。現在、カプラザマイシンA の初の全合成を目指し脂肪酸側鎖の導入を試みている。

参考文献

(1) M. Igarashi, N. Nakagawa, S. Doi, N. Hattori, H. Naganawa, M. Hamada, J. Antibiot., 2003, 56, 580.

(2) C. Dini, P. Collette, N. Drochon, J. C. Guillot, G. Lemoine, P.Mauvais, J. Aszodi, Bioorg. Med. Chem. Lett., 2000, 10, 1839.

(3) S. Hirano, S. Ichikawa, A. Matsuda, Angew. Chem. Int. Ed., 2005, 44, 1854.

(4) P. Gopinath, L. Wang, H. Abe, G. Ravi, T. Masuda, T. Watanabe, M. Shibasaki, Org. Lett., 2014, 16, 3364.

(5) S. H. Oh, H. S. Rho, J. W. Lee, J. E. Lee, S. H. Youk, J. Chin, C. E. Song, Angew. Chem. Int. Ed., 2008, 47, 7872.

(6) D. A. Evans, W. C. Black, J. Am. Chem. Soc., 1993, 115, 4497.

(7) D. F. Taber, P. B. Deker, J. Org. Chem., 1988, 53, 2968.

(8) (a) P. Gopinath, T. Watanabe, M. Shibasaki, Org. Lett., 2012, 14, 1358; (b) P. Gopinath, T. Watanabe, M. Shibasaki, J. Org. Chem., 2012, 77, 9260.

(9) T. Ohshima, T. Iwasaki, Y. Maegawa, A. Yoshiyama, K. Mashima, J. Am. Chem. Soc., 2008, 130, 2944.

 
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